起動する軍事機密
『さて、ふざけるのもここまでにしよう。
ルーン魔導共和国陸軍第08試験小隊、傾注!』
瞬間、アニエスも含め全員通信機に耳を傾ける。
『流れは分かっているな?
これは撤退だ。逃げて生き返ることが任務だ。
無論それは全員の命だけではない。
―――自らの乗る機体が、我が共和国の最高機密であることを忘れるな』
ぎゅ、と操縦桿の力を込めてしまう。
実戦。
それが、もうすぐ来る。
『不安な者もいるだろう。戦いに高ぶっている者もいるだろう。
当然だ。これは命のやり取りだからな。
我らの任務は、この新型機体を、この機体の背負う物を届けきることだ。
余計な交戦は避けたいが、まぁ『荷物』のせいでこの通り取り残された身だ』
『敵中突破ですか! これは腕が鳴りますわい!』
『よせよ爺さん、俺は彼女も嫁も見つけてねぇのに死ねねぇよ』
『良いんじゃない? 死んだら英雄として私の村で語り継いであげる♪』
『そんなことより、エルフの嫁さんは可愛いって評判だから良い人紹介してくれませんかねぇ?』
『いいの? 全員あなたの親より年上よ?』
『面食いなんでかわいい子は400でも年上のお姉さんです』
『おい、見合いの相談なら平時にやってくれ! それと、私も紹介してほしいのだが?』
こんな時だが、周りはとても気楽な軽口を叩きあっている。
皆、余裕を出すためにわざとしているんだ、とは思う物の、アニエスは中々その輪には入れないでいた。
『というか、近くにちょうどいい年上で可愛い、しかも巨乳の子がいるじゃないですか!
マリナー少尉ぃ、生きて帰ったら俺とお茶しませぇん!?』
「―――えぇ!?」
ただ、結局強制参加させられてしまうが。
「あ、あの、わた、私、えっと……」
『やめなさいよ! この子1600年生きてても初心で処女なんだから!』
「えぇ!? いやそうですけどもぉ!!」
確かに1600年生きていて処女で初心なのは認めるが、そうまではっきり言われるとは思わなかった。
『まぁいいじゃないか、どうせこの戦いで処女じゃなくなるだろう。
もちろん本来の意味では、生きて帰るか捕虜になるかしかないが』
さて、という言葉で、全員が身構える。
『全員、クリスタリオンを起こせ。
寝起きが悪かったら相手に怒りをぶつけさせろ』
その言葉と共に、アニエスを含め全員が目の前の魔導石パネルに触れ、自身の魔力を流す。
起動。
周りの壁が光り、外の様子が写し出される。
『レッド1、起動』
『レッド2、起動』
『レッド3、起動』
『レッド、起動じゃ』
「……レッド4、起ど、うわっ!?」
突然、その場所が揺れる。
『おぉ、相変わらず元気だな?』
「くっ……ふぅ……起動確認」
ようやく、写し出される視界も安定した。
『よろしい!
全『ワルキュリオン』、発進!』
「『『『了解!』』』」
左手で握った出力系(スロットル)レバーを上げ、フットペダルを踏む。
どしん、と足元から伝わる振動と共に、その巨大な体が動く。
巨大な木の中腹、枝をかき分け、巨大な水晶の体が現れる。
全長約59フィロト。鋭角な意匠と雰囲気を持つ背の高いクリスタリオン。
その瞳が、鋭い捕食者のごとき意思の光を放つ。
***