庭いじり
タクトはただ、自分で育てたアヤメの花壇の手入れがてら、庭の草むしりをしているだけだった。泥だらけに汚れた軍手をはめて背の高い草を引き抜くという単調ではあるが楽しい作業。雑草取りに楽しさを感じているのは、野草に花卉とは違う趣を感じるからで、それを見せつけられるのは草むしりの瞬間だけだった。地を這って命を燃やしている草の葉や茎には美しさこそないものの、力強さというか、勢いがある。この魅力ある野草を引き抜いてその命をつぶすのは、やはり自分が育てたアヤメがきれいでかわいいからで、アヤメに近づく不届き者には容赦はできないからだった。
とはいえ、雑草退治にも程がある。タクトはその日、必要以上に不届き者の成敗をしていて、石で囲んだアヤメの花壇から遠く離れた家の隅まで不届き者の成敗をしていた。その手は敷地のはじまでおよんでいた。
別になにも考えてはいなかった。ただこの先種子をまき散らしてアヤメ領を侵そうとしている連中を摘む作業を続けているだけだった。地面すれすれを軍手に走らせて、群れる緑の息の根を引っこ抜く。カマでなでるように、慣れた手つきで。片手で持つにはぎりぎりの雑草の束をつくろうにはそう時間はかからなかった。
片手にまとめた束を地面に置いて、さて次の束を、と草に引き抜きながら地面を這わせているときだった。なにか堅いものが狩人にぶつかった。土の固さは見なくても感じ取れるし、土をまさぐるときの感触はコンクリートに触っていたってイメージできる。だが、手に感じたものは、全く違う、芯のある硬さだった。地面に突き刺さって、土のヴェールをかぶって、はじめは土の感触、もう少し力を入れれば土ではない感触を与える。
よく分からない埋没物は無心なタクトの関心をひどくひきつけた。今まで気づかなかったものが、生まれてこのかたずっと暮らしている場所にある。これは驚くべきことだった。タクトはなんどもこの庭を掘り返し、花壇をつくっては花を育て、そして朽ちれば花壇そのものを壊して新しい場所に花壇をつくる。菜園をつくったこともあったが、とにかく、庭のどこかしらはすでにタクトが手を入れているはずなのだ。なのに、目の前にはいまだ踏みこんでいない領域がある。
調べてみなければ。栽培のために。
花壇のところに置きっぱなしの移植ごてを手に、土を掘りかえす。土を、というよりも、土とは違うなにかを。花壇なり畑なりをつくれるのか確かめるという名目のもと、タクトは土に埋まっているものの正体を見たい。そりゃあ庭の未踏の地は庭いじり大好き少年にとってしてみれば魅力的な土地だけれども、その魅力的な土地に眠る物体はもっと魅力的だった。
ある程度土を取り除いて引き抜いてみると、思いもしない長さだった。おおむね二の腕と同じ長さで、やや黄ばんだ色合いにあれ? と思った。両端の形が膨らみ気味で、球体が二つくっついているような形にやっぱりと思った。これは骨だ。大きな動物の骨なところ、昔は大きな犬でも飼っていたのだろうか。
発掘した跡を削り取るように掘り進めて見ると、まだ骨らしきものと出会った。先ほどの棒状のものではないらしく、なだらかな面がこぶし大ほどの広さで露わになっていた。ここで止めておけばよかったのに、タクトの興味はもっと深さを増した。この骨はなにか。どんな犬の骨か。そもそもイヌの骨なのか。
発掘してゆくうちに、なだらかな面だったのがどこか球体に近い形をしていることが分かってきた。犬のものにしては大きすぎるし、なにしろ、球状の骨なぞ犬の身体のどこを想像したって思いつかない。ではどの生物の骨か。サルか? だが、初めに見つけた長い骨を考えれば、サルはサルでもかなり体の大きいサルを想像する。自分の先祖の代に、そのような生物を飼うなんてことははたしてできるものか。
掘り進めるにつれて、どんどん自分がとんでもないものを掘り起こそうとしている、とようやく気づきだした。大型霊長類を買って飼育できる一般の家庭があるはずがないのだ。あるとしても動物園、それに先祖の代となれば歴史的な要因が阻んで手に入れられるようには思えない。
ソレ以外に出てくる骨も骨だった。細くて湾曲している骨がいくつか、平べったい骨や最初の発掘物に似たもの、蚕のマユをそのまま小さくした形の骨。大小さまざまな骨が発掘された。とどめの一撃は、歯。見慣れた形、小さいころに抜けた歯のような形だった。
前腕の半分が入るぐらいの深さまで達したところで、ソレが取り出せるほどになった。だが、内なるタクトのために手が伸びない。たぶんその骨がなんの骨なのか分かっている。見当はついている。それが自宅の庭にあることを、しかし認めたくない。だが、確かめたい。見当を事実として把握したいという、興味、関心。
手に取ってみればことのほか軽かった。なにも入っていない、空っぽのプラスチック容器のような手ごたえ。プラスチックというよりは、膜というべきか。少しでも力をこめてしまえばその形をぐずぐずに崩してしまいそうな感覚が指先から指全体に広がっていった。
自分の手中にあるとはいえ、骨はまだ掘り起こされたときの姿勢を保っていた。このまま穴の中に戻して埋めて、残念だけれどもこの場所は園芸には向かない、と烙印を押してしまえばよいのではと頭の隅っこでは訴えていた。けれども目の前の黄ばんだ、ところどころ泥で汚れた骨の正体を突き止めてしまった方が、ソレは本当にアレ? と中途半端に悶々とするよりましではないか、と半ば都合よく頭を言いくるめた。
両手で丸い骨を挟んだ状態。手首を奥に向かってひねってやれば、見えてくる側面。丸く穿たれた穴が左右対称に一対、その二つに挟まれるような三角のくぼみ、その下には歯が並んでいて、その下に『あるはず』の骨はなかった。穴を見れば、まだ土に半分ほど埋まっていた。
人の頭、頭がい骨。だいたい見当はついていたが、改めて事実として頭が目の前の事柄を吸収するなり、体全体に虫が這いまわる感覚がほとばしって、タクトは震えあがった。腕のみならず、背中にも鳥肌が立っているのではと思えるぐらいに。だからといって手の骨を投げ捨てて逃げるわけにもいかない。だれかの骨であって、自分の家の敷地から掘り出された骨であったから。壊さないよう丁重に扱わなければならない。とりあえず穴の中にゆっくりともどして、それからほかの骨を周りにちりばめて、ふんわりと土をかけて埋めた。こんもりと山になったところに、手ごろな硬さの草を突き立てて、合掌をした。