水兵は入りし、強欲の渦
結羅がトウゲンで山城を倒す時からほんの少しさかのぼる。
「これから誰に勉強教えてもらお」
「頭いいからって調子に乗りやがって」
「つーか、あいつは勉強以外の存在価値ないだろ」
どこかのホールで男子3人がヒソヒソと笑う。
「違う……」
そんな中、そのホールで1人だけ何か呟く女の子がいた。
ホールの壇上にはおびただしい程の花が置いてある。遺影にはムスッとした顔の結羅が。
「結羅は、そんなんじゃないから……」
その女の子は、祈りを捧げた。
「もし来世があるならば……」
私の代わりとなるような人を作って、結羅と関わりを持って、少しでもいいから私のことを思い出してほしいな。
どこかのホールで男子3人がヒソヒソと笑う。
「どうするんですか?」
「……取り返すしか」
「ないですよね」
ミントは俺の返事にうんうんと頷いた。
「行くか」
「はい、トウゲンまで、あなたの仲間を奪い返しに」
馬車を乗り継ぎ、最近回復したトウゲン行きの馬車を乗り継いだ。
俺もミントも、馬車は苦手なようで。
「話してないと酔うんで、なにか話しましょうよ」
「いいけど……何話すよ」
「じゃあ、前世でのあなたの彼女とかいたんですか」
いたけど。
いない、と言った方がいいのかな?それとも真実を述べた方がいいのかも。
真実を述べよう。やはりそう決めた。
「いたよ」
名は雪風春海。俺と同い歳の18だ。
父が何かで成功して大金持ちになっていて、俺が時々春海の家に遊びに行った時に、『これがおやつで出るんですか』みたいなものがちょくちょく出てくる。
春海自身の物欲はそこまで強くなく、むしろ倹約家で、買い物とかに行くと、
「これはダメね、高いわ」
とか言ってたっけな。
異世界に来たからには、前世の記憶などないも同然で暮らすのがいいのだろうが、俺はそんな訳では無い。
未練タラタラだ。
「そうですかぁ……」
ミントは一つ下を向き、考える素振りを見せた。
するとミントは、
「きっとその雪風さんもあなたに忘れられたくはないんじゃないでしょうか」
「え、どうして?」
「なんとなく、ですが」
ミントはそう付け足した。
「あなたがこうして雪風さんに未練タラタラなのも、仕方ないですよ。」
聞く限りラブラブですし、と皮肉っぽく言う。
ミントといる間は、少しだけ春海の事を思い出すのだ。
何故だろう。
「お兄ちゃんたち、着いたぜ」
走行してそうこうしていると、トウゲンに着いた。
俺とミントは馬車をひょいっと降りた。
のだが。
「お兄ちゃんたち、さぁ、金目のもの全部だしな」
その商人たちは斧を持ってこちらに近づいてくる──
「分かりました」
結羅はポケットから財布を取り出し、商人に渡す。
「へへ、だいぶ入ってんじゃねぇか」
「では、実力行使に参りましょう」
結羅は太刀を抜いて財布を持っている商人の首に突きつけた。
「おお、俺たちを何だと思ってんだ? 俺達はなぁ! 懸賞金990万ロストの山賊『ロドワーツ山賊団』だぜ!?」
「では、あなた達を殺して手柄を立てれば、990万ロストが手に入ると」
「まぁ、無理だけどなぁ!」
山賊達は一斉に襲いかかってくる──
そして。
数秒後には。
血塗れで倒れていた。
結羅の黒い髪の毛が返り血で赤く染まる。
結羅の目の色は変わっている。
「お前……」
「失せろよ。ゴミ虫」
結羅は山賊団長のような者に太刀を突きつけた。
「てめぇみてーな糞虫が寄って集って俺を倒そうとしたって所詮は糞虫。うぜぇんだよ」
「ゆ、許して下さい! 団長の命はボクで賄うんで!」
1人の若手山賊が正座をして結羅に頼む。
後頭部で一つに結んだ青い髪が揺れる。
「そうか……」
「ねぇ……もういいって……」
そこにはミントが。
怯えていた。
「悪いが若手君。君の望みは叶えられないよ。」
「そんな……!」
「ゴミ虫は早めに処理しないと」
そう言って結羅は、その若手の目の前で団長の首を切ったのであった──
「足……洗って……ね」
「はい……」
流石にやり過ぎた。
反省だ。
ミントは『別にいいんじゃねぇの』的な感じなのだが。
あ、そうだ。
「キミ、俺の仲間になってよ」
「ボク……ですか?」
「うん」
「命令とあらば……そうします」
「あとは……さっきはゴメン。あんなことしちゃって。やり過ぎだよね」
「いえ。ボクがいけないんですし、団長も団長で、あれで良かったんだと思います。」
団長は、死にたかったんですから。そう付け加える。
「そう言えば、キミの名前は?」
「私は<リーベ>という名前です。この山賊団に入る前は水兵をやっていました」
「よろしく、リーベ」
「よろしくお願い申し上げます」
リーベと握手を交わす。しかしリーベの手は震えている。
何だか心の奥底が悲鳴をあげているような感覚になった。
良心が。
悲鳴をあげているような感覚になった。
敬語じゃなくていい。
気を遣わなくていい。
そんなことを言っても無駄だろう。リーベの目の前で団長と呼ばれた者の首を切ってしまったのだし。
リーベの俺に対する感情は<怒り>か<畏怖>か、そのどちらかの三択だ。
前も、あった。
この世界にいない時に。
感情制限が上手くいかずに、怒りのまま動いてしまったことを。
さっきは。俺の物を奪われたからか。
俺って、変わってないよな。
昔から、何一つ──
近くのホテルに泊まることにした。
今夜は、だ。
「じゃあ、三部屋お願いします」
そう言ってホテルを三部屋借り、今日はこのホテルに泊まる。
とりあえず、俺は汗と血の臭いを落とそう、そう思い、シャワーを浴びることにした。
シャワーのお湯が俺の汚れと血を落とす。
しかし、俺の心の中の罪悪感は落ちない。
「くっ……そ……」
変わってない。
前までの俺と変わってない。
激情に任せて動き、悪い方面で自分に素直になり。
全てを奪う、という強欲さを捨てて、仲間を守ろうと思ったのにな。
違いすぎる。
「すみません、少しいいでしょうか」
リーベの声。
「今少しまずい気がしまーす!」
そう返した。
「お風呂でしょうか」
「ご名答です」
「では、そちらに向かいますね」
ん?
なぜ故のその展開?
「待って」
俺がそう言ってバスタオルを外から持ってこようと風呂のドアを開けようとした時。
「失礼します」
入ってきてしまった。
あちらタオル1枚。
こちら全裸。
はい。
「お前、女の子だよな?」
「そうですよ」
ヤバい。
あっちはタオル1枚だからヤバい。
それでこの姿がミントに見られてもヤバい。
「なんで来たん」
「捕虜になったらとりあえずこれやっとけ、と団長に言われました」
「それ間違った常識! 待って! 俺タオル持ってくるから待って」
とりあえず股間を隠した。
これで放送上大丈夫だろう。
互いに背中を洗う。
「あのぅリーベさん、もう少し強めにいいっすか……」
「はいはい、分かりました」
言われた通りに少しだけ強めにやってくれるのだが……
「どうして、あの時ボクを殺さなかったんですか?」
初球からストレートだ。
インコースもアウトコースも付いていないド真ん中のボールだ。
「そうだなぁ……」
あの時のみんなの目だ。
「みんな汚れた目をしているのに、キミだけまだキレイだったから、かな」
「そうなんですか」
愛想のいい返事をするリーベ。
そのまま湯船に入った。
2人で、だ。
2人で『ふひー』という唸り声をあげながら入った。
「やっぱり、ボクはナイスなカラダしてるとは思いますが……」
上から下まで見てみると、まぁナイスなカラダだ。
「それがどうしたの?」
「私はこのカラダのせいで色んなところに飛ばされましたから、ここはもしかしたらの飛ばされない場所がいいな、って」
「飛ばさない。」
俺がさせない。立ちあがって言った。
「もう誰も奪わせない。俺のものに手出しはさせない。」
「ふふっ、ボクが立場を忘れてしまうほど、面白い人です」
良いよ立場なんて、と言おうとした。
が。
「女の子とお風呂ですからね、カラダが正直になるのも無理はありません」
「うるさいわい」