追跡≠ストーカー
屋上へと赴いた僕達は、備え付けの人口芝生に弁当を広げる。
僕は意気揚々と真奈ちゃんから渡された弁当を包む青色の布を解いてから、蓋を開けて中身を拝見。
白米に唐揚げ、卵焼きにポテトサラダ、デザートでウサギ型に切られたリンゴ。
おかずの定番な物ばかりだけど、真奈ちゃんが作ると、煌びやかに洗礼されている様に見えるから不思議だ。
僕が「いただきます」と手を合わせて挨拶すると、真奈ちゃんは「召し上がれ」と笑顔で返す。
まず、黄金に輝く唐揚げから一口、と。
「うんっ! やっぱり美味しいよ、真奈ちゃんの弁当!」
お世辞でもなく本当に美味しかった。
残念なのが。芸能人みたいな、この味を言い表すポキャブラリーが僕には欠落しているって事ぐらいだ。
こんな美味しい物を米粒一つでさえ残すのは勿体ないと、僕は豪快に口に流し込み、
「…………ッ!? ゴホッゴホッ!」
「もう……そんな急いで食べても弁当は逃げないよ。はい、お茶」
「あ、ありがとう……」
口に勢いよく掻き込んだ所為で、食べ物が気管に入って咽せる僕を、食事を溢した子供に叱る母親な物言いで、お茶のペットボトルのキャップを開けて差し出す真奈ちゃん。
お茶は一気に飲んで咽せを押さえた僕は、キャップを閉めてから話を切り出す。
「そう言えば、真奈ちゃんってさ、今日の放課後は空いてるかな?」
「え? なんで?」
藪から棒に訊ねる僕に、真奈ちゃんは首を傾げて聞き返す。
「いや、ね。昨日、テレビで『シーサイドミストラル』ってここから近い場所が特集されてたんだ」
『シーサイドミストラル』とは海辺付近にあるショッピングモール。
買い物を楽しめるだけじゃなく、夜景が綺麗って事でデートスポットでも有名な、ここからバスで30分の場所にある施設の事だ。
まあ、学生な僕達が、夜分遅くまでいると問題だから、夜景目的じゃない。
「そこで売られている『トロピカルシェイク』ってのが絶品らしくて、今日の放課後一緒に買いに行こうよ」
僕が真奈ちゃんを誘うが、真奈ちゃんは申し訳なさそうに首を横に振り。
「ごめんね、颯ちゃん。今日は放課後用事があって無理なんだ。今度の機会に一緒に行こう」
今度の機会……か。
真奈ちゃんにそれを言われるのは何度目だろうか。
けど、無理強いするわけもいかず、真奈ちゃんには真奈ちゃんの用事があるのだと言い聞かせ、
「うん、分かった。今度一緒に行こ」
心とは裏腹に作る笑顔で返し、心中を悟られない様にする。
その後は他愛の無い会話で時間を潰して、昼休みは終了。
昼食の栄養が身体全体に巡り、午後の授業は、襲い掛かる睡魔と教師の睡眠魔法との闘いに明け暮れるのだった。
* * *
必死に戦った睡魔に勝ち、一度も寝ずに頑張って起きていたが、朧気な意識のままに書き記したノートを鞄に入れてると、隣のクラスの真奈ちゃんが、ひょいと教室の扉から顔を覗かせて、僕の方に小さく手を振る。
「それじゃあ、颯ちゃん。また明日ね」
「うん。また明日、真奈ちゃん」
一緒に帰れずとも、僕の所に顔を出してから帰る真奈ちゃんの律儀さに、思わず感嘆な声が出そうになる。
そんな笑顔で手を振る真奈ちゃんの姿が見えなくなると、僕は机の上に顔をうつ伏せる。
「うぅ……やっぱり可愛いよ真奈ちゃん! けど……今日も一緒に帰れなかった!」
僕の悲痛な想いが口から漏れ、クラスの痛い視線が僕に集中する。
が、僕はお構いなしに言葉を続ける。
「真奈ちゃんは毎日美味しい弁当を作ってくれる。勉強だって教えてくれる。優しいし、可愛いんだけど……。どこかよそよそしいというか、付き合い始めてから、まだ一度も一緒に帰れてない……」
おっと、何故か周りから殺気を感じるぞ? っと、僕はすっとぼけるが、正直後悔する。
……そんな事よりも、やっぱりこれはおかしいよね?
僕が真奈ちゃんと付き合い始めて一ヵ月が経過している。
真奈ちゃんに告白をしたのが、春の肌寒い季節だったけど、今は初夏に入って衣替えが始まる頃になっている。
なのに、僕達はこの一ヵ月の間に、一緒に登下校をした事がない。
そもそも、休日のデートだってしていない。
恋人として、一切進展してない毎日を送っている。
真奈ちゃんは料理上手で、毎日弁当を作ってくれて、昼休みには一緒に食べてくれる。
勉強も、分からない所があれば、少しの時間残ってくれて僕に勉強を教えてくれる。
メールの返信だって。直ぐにってわけではないけど、一度も無視せずに返信してくれる。
ここまで聞けば「あぁ……カップルなんだな」って思うけど……少なくとも僕の中では。
僕だって年頃な高校生で、真奈ちゃんが初めての彼女でもある。
ワガママを言えば、休日に真奈ちゃんとデートがしたい。
映画館にも行きたい。
買い物もしたい。
だけど、真奈ちゃんはこの一ヵ月の間、全ての休日が用事があると言って僕に付き合ってくれない。
僕は束縛するタイプではないけど、ここまでされたら少なからず不安を募らせてしまう。
「やっぱりこれはおかしいよね! 一回、真奈ちゃんとしっかり話し合わないと!」
このままではいけないと思った僕は、思い立ったが吉日と椅子を蹴って立ち上がり、机の横に掛ける鞄を手に取ると、急いで教室を出る。
廊下は走ってはいけないから、ギリギリの速度で進み、靴箱で靴に履き替えてから、走って真奈ちゃんを追いかける。
真奈ちゃんが教室を出て間もない頃に出たおかげで、校門を出て直ぐに彼女の姿を発見する。
真奈ちゃんはどこか挙動不審に、周りを気にした様子で歩き、僕は物陰から追跡する。
……客観的に見て、僕って完全にストーカーだよね?
他の人から警察に通報されても弁明出来る自身がない……。
「(けど……なんで真奈ちゃんは、あそこまで人の視線を気にしてるんだ……?)」
僕は探偵よろしく物陰に隠れながら、|真奈ちゃん《犯人》を追跡。
真奈ちゃんはキョロキョロと。僕はコソコソと道を歩き。
裏路地に入る道の前で真奈ちゃんは最後に周りを見渡すと、小路へと姿を消す。
僕も直ぐに向い、裏路地の角に身を潜ませ、気づかれない様に顔を覗かせる。
裏路地は薄暗く、じめじめと湿気が籠り、換気口の音だけが響き、真奈ちゃん以外誰もいなかった。
「(真奈ちゃんはここでなにをするつもりなんだろう……)」
真奈ちゃんの様子を窺っていると、真奈ちゃんの足元に一匹の茶色のネコがすり寄って来る。
ネコは真奈ちゃんの足元まで近寄ると、頬を真奈ちゃんの足に擦り付けて甘えた行動を取る。
「(ネコの癖にうらやま…………ごほごほっ)」
……動物に嫉妬するとなんだか虚しいね……。
「(けど……。ネコって事は、餌でもあげるのかな?)」
僕が推測するとは裏腹に、真奈ちゃんは屈んでネコの頭を一撫でした後、独り言を囁く様に口を動かしていた。
残念な事に、僕と真奈ちゃんの距離が空いていて、内容は聞き取れなかった。
そして、真奈ちゃんの足元にいるネコが、真奈ちゃんの独り言に返答する様に、ニャーと鳴くと空気が一変する。
気温が下がった様に冷え……何かに魂が吸い込まれる様な、少し怖い空気に……。
そして――――
「(えぇええええええ!? なに、あの黒い扉はっ!?)」
ネコの鳴き声に呼応する様に、影もなく忽然と出現する黒い扉。
突発な事に、僕は驚愕するも必死に口を押えて声を呑む。
けど、身体が驚きを隠せず、腰を抜かして尻餅を付いてしまう。
そんな僕に真奈ちゃんは気づく事なく、現れた黒い扉に臆せずドアノブを回し扉を開く。
まるで家に帰るかの様な自然な歩みで、扉の先にある黒い空間へと姿を消した。
「ま――――真奈ちゃん!?」
黒い扉に呑み込まれる真奈ちゃんを、僕は咄嗟に追いかけた。
下の方から消滅しかかる開きっ放しの扉の先にある黒い空間に僕は飛び込み、
「うわぁああああ――――――!」
奔流する黒い空間へと吸い込まれる。