告白
――――僕は平凡な日常からの脱却を夢みている訳じゃない。
平凡な日常は好きだ。
友達と他愛の無い会話をして、下校の時に適当な本を物色して、家に帰ってご飯を食べて寝る。そして次の朝を迎える。
特に中身はないけど、平和に惰性を送る生活は好きだ。
小中もこんな生活を送り、気がつけば高校2年という歳まで進んでいた。
何一つ刺激のない。平凡な高校生が平凡な日常を送る。
まさに、絵に描いたような高校生活を送っていた。
ここで突如、目の前に女神様が現れて『貴方は選ばれた者です、勇者様』などと言われ、異世界で世界を救う旅に出たりとか。
突然、空から女の子が降って来て、ドキドキワイワイな学園コメディーを送るってのに憧れてないってわけではない。
けど、そんな非現実的な事が起きるはずがないと、妄想に耽る自分を自嘲する。
僕のスペックを考えてみて、そんな事は本当にない。
ラノベの主人公には、最初から色々な属性がある。それが良くも悪くも。
『ニート』『無職』『引き籠り』……全て意味が一緒なような気がするけどこの際気にしない。
底辺な人がある事を切っ掛けに力を得て、頂点へと駆け上がるものが多い。
僕、立花颯太にはその様な下もなく上もない。
お世辞にも『平凡』としか言いようがない『中』の属性しか持ち合わせていない。
アルバイトを複数掛け持ちする程の貧乏ではなく、苦のない普通の生活を送り。
両親が大企業の社長……ではなく、父は中小企業に勤め、母は看護師をしている。
家族構成も両親と3歳年下の妹、最近居候を始めた1歳年上の従妹がいる程度の普通の家族。
今までに死にたくなるほどの挫折を味わった事なく、特に目立った不自由もないまま、ここまで成長してきた僕だが、今日は少し違った。
僕は、今にも心臓が破裂しそうな程に鼓動をし、緊張から喉が渇き、息苦しい。
生まれて初めて体験するこの感覚に、汗は止まらず、何度目かの深呼吸を入れる。
場所は体育館裏の影。
ここから見て僕以外の人は見えず、聞こえるのは体育館から響く部活動生の空元気だけ。
僕は携帯で時間を確認して、最後にもう一度と心を落ち着かせるために長い深呼吸を入れると、バチンと両頬を叩き気合を注入する。
――――よしっ! 一世一代の大勝負! 当たって砕けろ! 立花颯太!
勿論砕けたくはない。あくまで気合を入れる為の言葉の綾だ。
緊張のあまりに右足と右手が同時に出て、ぎこちない歩みで僕は約束の場所へと向かう。
角から出ると、先程の場所からは見えなかったけど、体育館裏に人がいた。
その人の許に、一歩、一歩、歩く度に心臓が高まり、冷や汗が流れる。
――――今日こそ、あの時から思っていた気持ちを、伝えるんだ!
僕は制服のシャツの上で、汗で滲んだ拳を作り、強く胸を叩く。そして咽る。
僕はこれからある人に告白する。
二年前。河辺で出会い。
そして、高校で奇跡的に再会をした、あの人に。
去年はただ見ている事しかできなかった、憧れの人。
誰もが注目をする、雲の上の存在で、高嶺の花。
成功確率は限りなく低いと思う。それこそ、宝くじで一等を当てるぐらいに。
それだけ僕にとっては、今回の告白はとてつもなく重要で、心の底から神様に祈る程に成功を望む。
ぎゅっと目をつぶり、自分を奮い立たせる。
口に溜まる唾を呑み込み、額に流れる汗を強く袖で拭い、僕は彼女の前に立つ。
「お、お忙しい所呼んでしまい、もうちわちぇございま…………」
――――もう死にたい。
最初の出だしから緊張のあまりに噛んでしまった。
笑ってないよね? 笑ってないよね!?
愛想笑いを浮かばしているけど、彼女、嘲笑の意味で笑ってないよね!?
気を取り直してコホンと咳払いを入れ最初からやり直す。
今度は失敗しないように、ゆっくりでもハッキリと。
「お忙しいところお呼び出しして申し訳ございません、三森さん」
「別にいいよ。特に急ぎの用事はないし、それで……立花君だっけ? 手紙主の」
「はい。立花颯太です。ぜひ、お見知りおきを」
僕は深々とお辞儀をして自己紹介をする。
僕の前で「こちらこそ、よろしくね」と笑顔を向ける彼女の名は三森真奈さん。
僕の通う学校で神格化として崇められ、崇高される学園のアイドル。
誰もが目を引く、物語から出てきたような美少女。
僕は今朝、そんな彼女の靴箱に手紙を入れたのだ。所謂ラブレターを。
それを読んで、無視せずに律儀にここまで足を運んでくれた三森さんは本当に優しい人だ。
手紙には体育館裏に来てくださいとしか書いてなく、彼女を呼んだ理由を、僕の口から直々に言う。
自分の想いを、彼女に届ける大きな声は、朱色の夕焼け空に響く。
「単刀直入に言います! 僕、立花颯太は、三森真奈さんの事が好きです! どうか! 僕とお付き合いください!」
勇樹を振り絞って言い切った告白。
この告白が、後の僕の運命を変える事に、この時は思いもしなかった。
そして―――――!
「ごめんなさい!」
……あっさりと振られました。
―――――――ですよね~