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エルフの森4

 リャナンシーに連れられ湖から移動する。
 リャナンシーの住むエルフの里は湖から結構近くにあった。ただし、深い森の中の移動に慣れていない普通の人間の脚では、例え迷わなくとも二日以上は掛かりそうな距離ではあったが。
 そこは森に生えている木をそのまま利用した里で、入り口には蔦らしきモノを編み込んだロープと木材を組み合わせて出来た門が設置されていた。
 家は木の上に建てられていたり、大木の洞を利用しているようで、それを繋ぐ通路が上空にまるで太い枝のように広がっていた。
 僕達がリャナンシーの先導の下その門に近づくと、門番らしきエルフに止められる。

「何故人間がここに居る!」
「殺されたくなければ、さっさと去れ」

 槍を突き付けられて、そう怒気混じりに警告される。今までのエルフの言動を考えれば、直ぐに襲ってこないだけ良心的だろう。しかも、去れば殺さないと来た。離れたら襲われそうだけれど。これはリャナンシーが一緒に居るからなのかな。

「槍を収めなさい! 彼らは私の客人です!」

 威風堂堂とした姿で門番にそう命令するリャナンシー。どうやら彼女はこの里のお偉いさんらしい。

「し、しかし! リャナンシー様!」
「人間なんかを里に入れる訳には・・・」

 その迫力に狼狽えながらも、何とかリャナンシーを説得しようと試みる門番。
 そんな風に入り口で騒いでいると、里の中から武装したエルフが集まってくる。

「これは一体何の騒ぎだ!」

 黄色と金色を混ぜたような明度の高い髪の、一際体格のいいエルフが剣を片手にその中から出てくる。
 そのエルフはリャナンシーと門番を見た後に、僕の方を見て一瞬眉を不快げに跳ねさせた。そのままプラタとシトリーへ視線をずらすと、怪訝な顔になった。
 その場に居る者の顔を一通り確認した後、警備兵らしきそのエルフはまずは門番から事情を聴く。
 その後にリャナンシーから話を聴いたあと、警備兵のエルフは首を横に振った。

「いくらリャナンシー様の客だとしても、人間を中に入れる訳にはいきません」
「彼らはナイアード様が認められた方々ですよ!」
「それでもです! それに、騙し盗み嬲り犯し殺す事しか考えていない人間なぞに何が出来ますか? 人間なぞ卑しい魔力の持ち主ではないですか!」
「それは些か言葉が過ぎますよ!」

 その辺りで両隣から背筋が寒くなるほどの怒りを感じた僕は、慌ててその発生源へと目を向ける。

「卑しい魔力?」
「虫けらが調子に乗ってるねぇ」

 ポツリと呟かれたプラタとシトリーのその言葉に、僕は冷や汗が止まらない。

「だ、大丈夫だからね。今は抑えて」

 じゃないとエルフだけじゃなくてこの森も地図から消えちゃうから!

「リャナンシー様もリャナンシー様です! いくらナイアード様のお言葉とはいえ、つい先刻人間に攫われたばかりではありませんか!」

 まだ二人の言い合いは続いていた。お願いだからこの二人を刺激しないで! 片方だけでドラゴンが可愛く思える存在なんだから! 正直この三人で僕が一番弱いんだから!
 薄氷の上を履む状況の方が圧倒的にマシだよ! これ失敗すれば全てが文字通り無に帰すんだからね! そう叫びたい衝動に駆られながらも、慎重に慎重を重ねてプラタとシトリーを抑える。まだ言う事を聞いてくれているからいいが、これ本気で怒ってるんですけれど・・・。

「ならばこうしましょう。この人間の男だけは断固として里には入れられませんが、その二人の少女ならばいいでしょう」
「それは助けて下さる相手に対して失礼でしょう!」
「これでも最大限に譲歩しています。本来であれば即刻その命を取るところなのですから!」

 まぁ、そうなるよなー。と僕は思うのだが、どうやらそれは僕と向こう側のエルフ達だけのようだ。

「貴方という人は――!」

 怒りに震えるリャナンシー。隣で殺戮態勢に入ろうとするプラタとシトリー。これ、どうしよう。
 僕がもう諦めかけたその時、里の方から声が掛けられる。

「ジャック! 勇ましいのは結構だが、彼我の差を見極める眼ぐらいは持て」

 そう言いながら集まったエルフの中から出てきたのは、何時ぞやの白髪のような金髪のエルフだった。

「プロフェッソ様! それはどういう意味でしょうか?」
「そのままだ。・・・悔しいが、私の部隊はその人間の男にかすり傷一つ付けられなかった。それどころか、一瞬で制圧されたのだよ。私がその眼を持っていなかった為に危うく全滅していた。そんな相手だ、この場のエルフ総出でもその人間の命を取る事が叶わないだけではなく、簡単に返り討ちに遭うだけだ」
「そんなはずは!」

 ジャックと呼ばれたエルフやその周囲のエルフから懐疑的な目を向けられる。どうしよう。

「ご無事だったようでよかったです」
「ふん。無傷で制圧しといてよく言う。我らのプライドはズタズタだよ」

 それには困ったように笑うしかなかった。あの場ではああするしかなかったのだから。

「プロフェッソ様! な、何故そのような嘘を仰るのですか!」
「私は嘘など言わんよ」
「脆弱で卑怯な人間ごときにそんな訳・・・!」
「はは、私もそう思っていたのだがね」

 ジャックと呼ばれたエルフはすがるような目でプロフェッソを見上げるも、当のプロフェッソはジャックの言葉に苦笑いする事しか出来ないようだった。

「それでは、オーガスト様を里に入れてもよいですね?」
「人間を・・・!」

 それでも悔しそうに抵抗をみせるジャック。まだ時間が掛かりそうだな。というかまぁ、正直別に里内に入る必要はないんだよな。

「話し合いなら別に中に入る必要もないでしょう」
「オーガスト様?」
「要はこちらが魔族を引き受ければいいだけなのですから、襲撃するならその日取りを決めればいいだけですし。この周囲に偵察の類いは居ません。敵側に寝返ったエルフも居ないでしょうから、何も問題はないでしょう」
「・・・オーガスト様がそれでいいと仰るのであれば」
「いいですよ、この言い合いに時間を割く方が無駄ですから」

 エルフの里の中に興味が無いと言えば嘘になるが、絶対に見たいかといえばそんな事はない。無理なら容易に切り捨てられる程度の興味だ。
 それに、魔族軍が集結を終えて攻めてくる前なのだ、攻めるにしろ守るにしろ早く決めるべき事は決めておきたかった。だから、エルフにとっては重要な論議でも、こんなくだらない言い合いに費やす時間は本来無いのだ。
 僕の返答にリャナンシーは申し訳なさそうに頷くと、一度里長を連れてくるために里の中へと入っていった。
 門の前で待つ僕達には好奇の目が向けられるも、人間である僕には憎しみや軽蔑、侮蔑の目も混じる。大人しくしているので、放っておいてほしい。
 程なくして、リャナンシーが一人で戻ってきた。

「申し訳ありません!」

 里長を呼びに行って一人で帰ってきたリャナンシーは、目の前に立つなり謝ってくる。理由はまぁ容易に想像がつくが。

「里長は人間には会わないと申されまして・・・」
「はは! それはそうですとも! 人間などという卑賎な種族に我らが崇高な里長様がお会いになるはずがありませんよ!」

 リャナンシーの言葉に息を吹き返したジャックが、勝ち誇ったように言い放つ。だが、リャナンシーも僕達もそれを意識の外に置いている。

「ですが全権は任されましたので、私が里長に変わりオーガスト様達との話し合いを行います」
「なっ!!」

 続いたリャナンシーのその言葉に、ジャックは驚愕した顔になる。表情豊かなエルフだことで。

「では、早速始めましょうか」
「はい。お願いします」

 リャナンシーが頷いたのを確認して、まずは現状の把握を行おうと僕はプラタに現在の魔族軍の状況を訊いた。

「現在魔族軍は集結を終え、編制ももうすぐ終えるところです。陣内でも動きがありますので、明日か明後日にでも何らかの動きがある可能性が高いと思われます」
「ありがとう」

 プラタに礼を言った後に、リャナンシーの方を向く。
 リャナンシーはその説明を真剣に聞くと、難しい顔で考える。

「現在、森と荒野の境付近に配している戦士は千ほどです。その後援に三千の戦士を用意していますが、広大な森の中で大軍を相手ではどうやっても守りが薄くなってしまうでしょう。これが異形種のみが相手であれば、残りの戦士を総動員してでも何とか対処してみせますが、魔族が混じってしまうと各個撃破されてこちらが不利となるでしょう」
「エルフ側から侵攻はしませんよね?」
「はい。侵攻するにもこちらは数が少ないですし、防衛に徹するつもりです」
「では、当初の予定通り森の中の魔族についてはこちらで対処しますが、異形種は全てそちらに任せてしまってもいいですか?」
「それで構いません」
「しかし、明日か明後日に侵攻があるとしても、今から向かっても間に合わないですね」
「そうですね。こちらも今から各里に呼びかけて増援を編制してからですと、十日・・・いえ、八日は掛かるでしょう」
「とにかく、僕達は今から遊撃として前線へ向かいます」
「お願いします。オーガスト様達の事は伝えておきますが、間に合わないかもしれません」
「こちらは別に構いませんが・・・念の為に頼みます」

 エルフの攻撃は防げるし、何の脅威でもない。ただ、エルフ側が混乱してしまうと無駄な被害が増えてしまうだろう。

「我々も優先順位ぐらいはつけられる・・・と信じたいところですが」

 リャナンシーは困ったような表情を浮かべる。先程の一件を思い浮かべているのかもしれない。

「プラタ様、敵側の進行経路や陣形などは分かりますか?」
「分かりません。ですが、装備は斧や剣などの近接武器が多いので、そこまで凝った動きはしないと思います。例外はありますが、そもそも異形種は数と地力での力押しが得意ですが、あまり戦術のようなものを弄する頭は持ち合わせていません。特に戦士形態ではそれが顕著になります。それ故に魔族が指揮しようとも、その辺りは心配いらないかと。それに、こうも深い森の中ではエルフの方が有利でしょう。ですから、異形種は数こそ脅威ですが、エルフにとって警戒するべきなのはやはり魔族の方でしょう」
「そうですか。ありがとうございます」

 リャナンシーは頭を下げると、思案する仕草を見せる。
 今回起こるであろう侵攻は力押しになりそうではあるが、そもそも集結している異形種のほとんどが偵察の兵であって戦士とは少し違うらしい。元から基礎となる身体能力はエルフの方が上であるし、地形もエルフが有利。ならば戦力差が数十倍でも数日は保つかもしれない。
 あとは魔族だが・・・間に合うだろうか? 何となくプラタはまだ喋っていない事がある気がするんだが。

「では、ここでいつまでもこうしている訳にもいきませんので、そろそろ行動に移りましょう。他に共有すべき情報は在りますか?」

 その問いに僕は首を振る。そもそも軍隊や戦術、他種族に詳しくない僕ではあまり役には立たないだろう。

「それでは、私は戦士を集めて参りますので」
「では、僕達は先に前線へと向かいます」
「よろしくお願いします。ご武運を」
「そちらこそご武運を」

 そう言うと、互いに己がやるべき行動に移るべく背を向ける。
 僕達は来た道を戻り、また森の出口へと向かう。その途中、十分にエルフの里から離れたのを確認してからプラタに問い掛けた。

「それで? どうやれば間に合うのかな?」

 そんな僕の突然の問いにも、プラタは直ぐに答えを返す。

「フェンを使うのがよろしいかと。不安でしたらシトリーも使えばよいかと」
「どういうこと?」
「影渡りで御座います」
「影渡り・・・」

 確か、影から影へ渡る能力だったか。

「ここから前線まで届くの?」
「それはフェンの能力次第ですが、一度で届かなくても数回に分ければ可能でしょう」
「なるほど。でも、それだとフェンがバテない?」
「フェンならば大丈夫かと愚考致します」
『フェン、いける?』
『創造主に創造して頂いたこの身ならば、容易な事で御座います』
「大丈夫そうだけれど、魔族狩りね・・・魔物だと余計な混乱を生むかな?」
「可能性はあります」
『出来るだけ密かに魔族を狩れる?』
『創造主がそうしろと仰るのでしてたら可能です』
『じゃあ侵攻開始後に、無理をしない程度で密かに森の中に入ってきた魔族を狩ってきて』
『御意。向こうでお待ちしております』

 そう言い残してフェンが去ったのが判った。

「行ったようですね」
「うん。まぁ上手くやってくれるさ」
「私は行かなくていいの? オーガスト様」
「フェンだけで大丈夫さ。それに、僕達が到着する前に全て狩られても暇なだけだろ?」
「それはフェンも同じだと思うけれど?」
「フェンならその辺りは承知の上で調整してくれるさ」
「なるほどね。私だってそれぐらい理解出来るけれど?」
「うん。だけれど二人だと早く終わりすぎて待つのが暇になるでしょ」
「むぅ。私もオーガスト様の役に立ちたいのに」
「期待してるよ」

 そう言ってシトリーに笑いかけると、僕達は移動速度を上げた。





 僕達が森の出口へと向かった翌日。魔族軍の侵攻がはじまった。
 それをプラタとフェンの報告で知るも、森の出口まではまだまだ距離がある為に、フェンに適度に相手してもらう。あまりに減らしてしまうと僕達がやることがないというのもあるが、エルフ達の問題は出来たら自力で解決してもらいたくもあった。黒い理由としては、恩は高値で売った方が何かと便利だろうというところか。まぁ相手が借りを借りと理解出来ればだが。
 森の中を出口へと進みながら、プラタとフェンから逐一報告を受ける。
 魔族軍の第一陣は異形種のみの編制らしく、数は推定二万。
 対するエルフ側は、魔族軍の動きを事前に察知して後援から呼び寄せた千を加えた二千。
 森に侵入しようとした魔族軍は、守りを固めていようとも、エルフによる魔法と弓矢による遠距離攻撃によりおよそ五百もの死傷者を出した。
 そのまま突撃して残りの第一陣が森へと侵入したことにより、エルフ側は遠距離攻撃から森での遊撃戦へと移る。
 異形種達は慣れない森にもたつき、そこにエルフの奇襲攻撃を受ける。それにより少しずつ数を減らし、大して森を進めぬうちに第一陣は撤退する。しかし、慣れない地に加えて数の多さも災いし、そこでももたついた為に更に被害が拡大。最終的に魔族軍は死傷者を五千ほど出したらしい。
 それに比べてエルフ側は負傷者を三十ほど出しただけだったとか。

「得意な森の中とはいえ、異形種相手には圧勝だね」

 その結果に、僕は呆れるしかなかった。
 とはいえ、まだ序盤。エルフ側は数が少なく、異形種側はまだまだ数は大量に居る。ただの力押しだけでも、エルフ側は最終的に息切れして敗けることだろう。まぁ異形種側も傷は深いが、三十万でも異形種としてはまだ少ないらしいから、そうでもないのかもしれない。
 これに魔族が戦線に加われば、そんな泥臭さしかない戦線も直ぐに終わることになるだろう。

「もうすぐ着くけれど、フェンの出番は偵察だけに終わりそうだな」

 それでもかなり役立つのだが、プラタがあまりにも万能過ぎて影が薄いのは否めない。
 不眠不休で移動して六日目の夕方。水だけを飲みつつ移動したおかげでもうすぐ戦場の端に到着するところだった。

「折角湖まで行ったんだから、水を補充してくればよかったな」

 おかげで荷物は軽かったが、魔法で精製した水を飲みながらの移動となった。水筒を取り出す手間が省ける分、急行するには役に立つのだけれども。

「また帰りにでも補充致しましょう」
「そうだね。精霊が住んでいるからか、あそこの水は人間界の水よりもおいしいからね」
「それはナイアードが浄化しているからだと」
「ああ、やっぱりか。浄化しているとは言っていたけれど、精霊が住む湖ってなんか特別綺麗そうだもんね」

 精霊について詳しくないので完全に想像でしかないんだけれども。
 そして夜を迎えた頃、僕達は戦場の隅に到着した。

「現状はどうなっている?」
「今は魔族軍第二陣とエルフが睨み合っている状況です。ですが、もう少しすれば次の戦端が開かれるかと」
「そうか、今は小休止か」

 プラタにそう確認していると、フェンが影に戻ってくる。

『ただいま戻りました。創造主』
『おかえりフェン。お疲れ様』
『お役に立てず申し訳ありません』
『十分役に立ってくれたよ。ありがとう、助かってるよ』
『その御言葉を励みに、これからも精進致します』
『うん。これからもよろしくね』
『はっ!!』

 フェンが頭を下げたような雰囲気を感じ取り、そこで会話を終える。

「そういえば、その第二陣に魔族の姿は?」

 そこを確認しておかなければいけなかったのを忘れていた。

「中衛と後衛に数体確認されております」
「そうか、いよいよ魔族を投入か」
「はい。丁度良いタイミングでご主人様の引き立て役が投入されたようです」
「引き立て役って・・・」

 プラタの言い様に僅かに苦笑を漏らす。何もないならそれでいいのだ。それに、これは影ながらの手助けであって、あまり目立ってもいいことはないだろう。

「まぁいいや。なら、もう少しこの場で待ってようか」

 出番になるのは開戦して魔族軍が森の中に入ってからだ。今は後方で大人しく出番を待っていればいいだろう。
 それに、ここまで休まずに急行したから休憩しておきたかった。僕以外は必要ないけれど。
 そう提案して僕は近くの木の根元に座る。その両隣にプラタとシトリーが腰を下ろす。

「はぁ、まさかエルフの手助けをする事になるとはねー」

 元々は魔族軍の動向調査だったのだが、それが戦闘の手助けになるとは。これが上手くいくと、動向を探るだけだった魔族軍を追い返すことになるのだから、何が起こるか分からないものだ。

「手助けじゃなくてエルフも魔族もオーガスト様が退治すればいいのに。何なら世界征服なんてどう? この世界はオーガスト様が統べるべきだよ!」
「ははは。そんな面倒な事は進んでやりたくないな」
「そうなの? オーガスト様が世界を統べるならそのお手伝いをしたかったのに」
「その時は私もご主人様の御力になります」
『無論、小生もです』

 三人の言葉に、僕はちょっと困った笑みを浮かべる。気持ちはうれしいが、出来る出来ないは別にしても、世界征服とか過程も終わった後も面倒でしかない。僕は平穏無事に日々を過ごしたいのだ。

「ありがとう。だけど、そんな予定はないな」

 僕は三人にそう返して、木に背を預けた。シトリーは少し残念そうにしていたものの、プラタはいつも通りの無表情でこちらを見つめるだけなのでよく判らない。フェンは声がしないのでこちらもよく判らなかった。
 そう思うと、表情が豊かなシトリーはなんか新鮮であった。見た目が常に無表情なプラタと同じなのが、またそれをより一層引き立てている。

「うん? 私の顔に何かついてる?」

 僕の視線に不思議そうに首を傾げたシトリーに、僕は何でもないと首を横に振った。





 後方で休憩して暫くすると、魔族軍の第二陣の攻撃が開始される。
 エルフ側は前回と同じように魔法と弓矢でそれを迎撃する。
 それなりの死傷者が出たものの、今回は魔族軍の先手には中衛の魔族による防護がなされていたようで、防具だけの第一陣の時ほどの被害は出なかった。
 そのまま第二陣が森に侵入を開始し、エルフ側は遊撃に移る。

「さて、そろそろ出番かな」

 立ち上がって成り行きを待っていた僕は、森に魔族軍が侵入したという報告をプラタから聞いて、前線に近づく。

「魔族の確認は?」
「全て済んでおります」
「場所は?」
「御案内致します」

 プラタを先頭に、僕とシトリーはその後をついて行く。
 戦場の真ん中を突っ切らないように迂回気味に密かに進むと、最初の魔族と遭遇する。
 その魔族の外見は人間とさして変わらないが、内包する魔力量は桁が違った。

「まずは一人目か」

 それでも僕達四人の誰にも及ばない。

「それじゃさっさと処理しようかな」

 自分に言い聞かるように軽く言うと、シトリーに腕を掴まれた。

「ん?」

 それに顔をシトリーの方へと向ける。

「私にやらせて。オーガスト様の役に立ちたいの!」
「・・・分かった。じゃ任せるよ」
「やった! ありがとうオーガスト様。大好き!」

 そう言ってシトリーは木の枝を伝って魔族の頭上まで忍び寄ると、姿を不定形のモノに変えて魔族の頭上から溢れる様に落下する。

「ッ!!」

 一瞬で身体をシトリーに包まれた魔族は、その中で声を出せずに溺れているようにもがき足掻く。
 しかしそれも僅かな間だけで、直ぐに身体中の魔力を吸い出されて絶命した。
 シトリーは魔族を体内から吐き出すと、またプラタと同じ姿に戻る。服装まで再現されているので、あれも擬態の一部なのだろう。
 シトリーに魔力を吸われた魔族は、魔力の強制的な枯渇により絶命している。ただし、外見上はただ地面に倒れているだけだ。シトリーの身体は魔力の塊のようなものだからか、濡れてもいない。

「不味い魔力だこと」

 そう言うと、シトリーは苦い物でも口にしたかのように不快げに顔を歪める。

「どお! どお!? オーガスト様の役に立てたかな?」

 僕に駆け寄ると、目を輝かせて問い掛けてくるシトリー。

「うん。助かったよ」

 頷く僕に、シトリーは指を突き合わせてもじもじとしだす。

「?」

 何事かとそんなシトリーを眺めていると。

「あ、あのオーガスト様!」
「なに?」
「ご、ご褒美に魔力を少し貰えませんか? 口直しもしたいので・・・」

 最初に出会った時のような感じだろうか? あのぐらいなら問題ないかな。

「少しならいいよ」
「やった!」

 心底嬉しそうな笑顔を浮かべると、シトリーは僕の手を掴み自分の顔に寄せる。そして。

「いただきまふ」

 そう言いながら小さな口を開くと、僕の指先を咥える。

「えっと?」
「?」

 指先を口に含みながらこちらを見上げてきたシトリーは、どうしたのかとそのまま首を傾げた。

「その姿のままでも吸い出せるのね」

 てっきり最初の時やさっきみたいに不定形な姿に戻るのかと思った。
 魔力を少し吸ってシトリーは満足したのか指先から口を離すと、さきほどの僕の疑問に答えてくれる。

「少量だったらわざわざ形を崩す必要はないんだよ。まぁ口である必要もないんだけれど、その場合、体内だと形を緩めないといけないから、少し手間が掛かるんだよね」

 そういうと、自分の片腕にもう片方の手の指を突き入れる。指が中に入った腕は僅かに形作る線がぼやけたようになっている。

「なるほど」

 それを見てスライムというのは面白いモノだと、感心する。

「それよりオーガスト様!」
「ん?」
「魔力御馳走様でした! やっぱりオーガスト様のが一番美味しいね! だから、これからもたまに少し吸わせてもらっても良いかな?」
「・・・まぁたまに少量ならね」
「やった!」

 喜ぶシトリーを眺めながら、魔力の味ってどんなのなんだろうかと少し興味を覚える。

「・・・ご主人様、早々に次の魔族を狩りに向かう事を推奨致します」

 どことなく不機嫌っぽいプラタの言葉に「そうだね」 と頷くと、僕達はプラタの先導の下、次の得物の場所へと移動を開始した。
 最初の魔族からそう離れていない位置に次の魔族の姿はあった。やはり外見は人間とあまり変わらない。
 その魔族の周辺には異形種が五人、魔族を囲むようにして共に行動していた。

「今度は魔族を入れて六人か」

 その一塊になっている一団を眺めながら、どう仕掛けようかと思案する。出来るだけ速やかに終わらせたい。

『創造主』
『ん?』

 そこに飛んできたフェンの僕を呼ぶ声に返事をする。

『今度は小生にお任せください』
『分かった。任せるよ』
『感謝致します』

 フェンにも活躍の場をあげたかったので、信じて任せる。

「フェンがやってくれるって」

 それをプラタとシトリーに伝えて、少し離れた場所からフェンの活躍を眺める。
 視線の先では魔族達が移動している。そこに、六人を囲むように足元から巨大な口が現れたかと思うと、その六人をあっさり丸呑みにしてしまった。
 そのまま地面に沈むように閉じられた口が消えると、その場には絶命した六人が倒れていた。
 その一瞬の出来事に僕が驚いていると、フェンから声が掛かる。

『完了致しました。創造主』
『う、うん。確認したよ。お疲れ様、フェン』
『小生如きに勿体なき御言葉!』

 しかし、何が起こったのか。倒れている六人を見ても外傷はない。ただ、魔力は枯渇している。

「魔力吸収?」

 シトリーと同じ能力を持っているのかとも思ったが、それをシトリーが否定する。

「・・・あれはそんな可愛いモノじゃないよ、オーガスト様」
「え?」

 シトリーの方に顔を向けると、苦笑にも見える僅かに頬をひくつかせる様な微妙な表情を浮かべていた。

「あれは何て言えばいいのかな・・・魂を砕くというか、命そのものを奪い去るモノだよ」

 シトリーの言葉の意味が分からず、僕は首を傾げる。

「それとあれは魔力を吸ったんじゃなくて漏れたんだけれど・・・とにかく強力な一撃ってこと」
「なるほど」

 どうやらフェンは途轍もなく強いらしいという事だけは何とか理解できた。後、フェンってあんなに大きくなれるのね。
 そのまま次の魔族を探して、僕達はプラタの後に続く。
 異形種とエルフの脇を通り抜けて進んだ先で、次の魔族を見つけた。
 今度の魔族は異形種四人と共に行動していた。

「ご主人様。今度は私に御任せ頂きたく存じます」

 珍しいプラタからの主張に驚きつつも、頷いて任せる。
 それにプラタは一礼を返してから、魔族達三人の方へ顔を向けた。
 ただそれだけで、五人の首が胴から落ちる。

「・・・・・・」

 あまりに一瞬の出来事ではあったが、どうやら風の魔法で一気に全員の首を狩り取ったらしい。
 素早い魔法の構築に、精確な発現。
 相変わらずプラタの魔法は認識が難しいものの、完成度がもの凄く高い為にとても美しい。
 どうでしょう、とでも言いたげにこちらを向くプラタ。

「相変わらず見事なものだね」

 僕の賞賛の言葉に、プラタは嬉しそうに頭を下げる。

「それにしても、三人共僕には勿体ない程の優秀さだね」

 呆れるほどに圧倒的な三人の強さに、僕は小さく笑う。もしこの三人と一対一で戦ったとしたら、勝率はかなり低そうだ。

「さて、それじゃあ次に行こうか」
「はい」

 プラタは頷くと、移動を始めた。その後を追って僕達も森の中を移動する。
 森と荒野の境付近。魔族軍の中衛か後衛辺りに次の魔族が三人居た。
 その魔族の他に、異形種三十人程が周囲を警戒するように数人単位で散っていた。

「小粒ばかりだなー」

 先程から確認出来る魔族はどれも大したことはなく、期待外れであった。勿論、人間に比べれば十分すぎる程に強いのだが。それこそ今のぺリド姫達よりも強いだろう。
 それでも、魔族は魔法に長けた強者だと学んでいただけに、簡単に倒せそうな強さは落胆しかなかった。偵察の時に確認できたゾフィやミミックは強そうだったんだけれどな。

「如何致しましょうか? ご主人様の御手を煩わせずとも、また我らが相手を致しましょうか?」

 プラタの言葉を受けて暫し考える。ここまで来て自分の手を汚さないというのは、流石に気が引ける。

「今回は僕がやるよ」
「左様ですか?」
「うん。失敗したら三人にお願いする事になるけれど」

 僕の言葉にプラタは頷くように頭を下げた。
 まずは魔族とその護衛らしき異形種の位置を把握する。精確に把握すればそれだけ確実に最小の魔法で事を成すことが出来る。
 どう倒そうかと考えながらも位置の把握が完了する。新しい試みでもしてみよう。
 まずは把握した魔族三人と異形種三十二人の下へと密かに僕の魔力を送る。魔力の配置が全て終わると、その魔力を勘付かれない様に三十五人の体内へ素早く浸透させる。
 それを完了させると、その魔力を使って内から崩壊させる。流石に三十五人を同時に乗っ取る技術は今の僕には持ち合わせがない。
 内から肉体を破壊された三十五人は同時に絶命した。外傷はないし外に血も出ていないが、その倒し方にプラタ達三人のような美しさは欠片もない。

「御見事で御座います」
「ありがとう」

 横からのプラタの賛辞に、苦笑気味に笑みを返す。

「面白い倒し方をするね」
「そう?」
「うん。あんな面倒で技術と才能がやたらと必要なやり方はそうそう見れないよ。それもあんな早さで終えられるのも凄いよ。流石はオーガスト様!」

 目を輝かせて見上げてくるシトリーだったが、拙いやり方だった為に少々申し訳なくなってくる。
 もっと技術を磨かないとなと決意を新たにすると、プラタに次の魔族の場所に案内してもらう。その移動中、僕は残りの魔族の数などについて尋ねる。

「あとどれぐらい魔族は居るの?」
「あと三人居ます」
「戦況は?」
「ご主人様の御活躍の御蔭でエルフが優勢ですが、魔族によってエルフ側に被害が出始めています」
「そうか、なら急がないとな」

 とはいえ、隠密行動が基本な為に今以上の速度は出せない。まぁ現行の移動速度も結構な速さなんだが。
 それから少しして、僕達は次の魔族の場所までたどり着く。
 その魔族は人と変わらない姿ではあったが、僅かに額辺りから短い角のようなものが一本生えていた。
 他には異形種が五人追随している。

「角?」
「少し魔力の影響が出ているようですね」
「魔力の影響?」

 魔族には角や羽なんかの人間とは異なる部位を持つ者が居る事は知っているが、それが魔力の影響というのは初耳だ。

「魔力に敏感な者・・・必要以上に適応した者が、自身の許容量以上の魔力を持っていた場合に発現するモノで、余剰魔力を発散させる為に魔力が表面に現れた状態です」
「なるほど。ならあの魔族は強いってこと?」
「一概には言えません。これは体質的なモノなので、強さには直接関係していません。それに、許容量の大きさも個体差があります。個体によっては許容量が少なく、魔力の扱いが下手だからこそ発現する場合があるので」
「なるほど。でも、人間では視ないけれど」
「人間は持ち合わせている魔力量が少ないので。魔法も取り込んだ周囲の魔力で大半を補っている有り様なので」
「ああ、それは確かに」

 僕は自前の魔力だけでもそれなりの魔法を扱うことが出来るものの、大半の人間の魔法使いは魔法を行使する際には外部から魔力を取り込む事が絶対条件になっている。
 つまりは人間に比べて魔族は基本から違うという事だろう。似ているのは外見だけか。
 まぁ今はそれよりも、目の前の魔族を処理する事に集中せねば。

「オーガスト様! また私にやらせて」
「ん? いいよ」
「やった!」

 また魔力を吸収するのだろうか? そう思ってみていると、シトリーは自身の魔力を操作する。

「さっきのオーガスト様の戦いを見て閃いたんだ!」

 そう言うと、シトリーは僕が先程やった様に魔力を対象の近くに発現させる。そして、それを一気に対象に纏わりつかせた。

「うわぁ」

 魔力が纏わりついた瞬間、対象は骨まで消えて無くなった。

「融解ってやつ? これほど強力なのは見たことないけれど」
「これなら何も残らないから後片付けが楽だよ!」

 シトリーは無邪気に笑って僕にそう報告してくる。

「そ、そうだね」

 それに僕は若干引き気味ながらも頷いて笑いかけた。

しおり