22話 夏休み前の学校行事とくれば
学生が夏休みに入るためには、必要なことがある。
それは終業式だ。
終業式の日に、授業は行なわれない。
基本的にホームルームと、大掃除が行なわれる。
夏休みが始まる直前では、中学生に授業を行なっても頭には入らない。
それ程に浮かれている、友の周囲に集う級友を見るだけですぐに理解できる。
だが、今日この日に限っては、周りが浮き立つのは、夏休みが理由ではなかった。
(まあ、それもそうだわなぁ)
自分の席に座る友は、苦笑を浮かべて、そっと息を吐く。
皆、一様に友を見て目を輝かせていた。
否。正確には友を見ていない。
友の胸元より下に、視線が集まっている。
皆と同じように友も下を見る。
「あははは……」
ディーネが膝の上に座っていた。
友と同じように、ディーネは引き攣った笑みを浮かべている。
先ほどから、級友たちに声を掛けられ続け、些か疲れているようだ。
何者なの、どこから来たの、すっごい可愛い、ぱねえ、草河とどんな関係なの、また草河めえ、一緒に居たお姉さんマジ美人だったんだけど、すっごい胸大きかったよね、おのれ草河ぁ、等々。
(まあ、こうなることは半ば予測していたけどよ)
友は登校したときを思い出して、眉間に皺を寄せる。
一夜明けて、朝を迎えて、友と桜は頭を悩ませた。
ディーネをどうしよう、と。
昨日の戦闘で、
いつ暴走精霊が生じるかわからない状況だった。
暴走精霊が生まれた場合、十中八九、餌を求めて行動する。
餌として標的となるのは、友と桜、そしてディーネだった。
近隣で精霊に襲われる可能性を持つのは、この三人だけだとルフィーは言った。
かと言って、友と桜は学校がある。
明日になれば夏休みだが、今日は午前中だけだが、授業があった。
そうなると、友と桜は学校に行き、ディーネは留守番となる。
桜を友が守り、ルフィーがディーネを護衛することも考えたが、却下された。
仮に友と桜が、暴走精霊に襲われたとき、十全に対応できない。
『風王の剣』を砕いた黒ずくめの男の存在も気になった。
ルフィーは友の側を離れないことを固持した。
ならばと、休むことも視野に入れた。
だが、それはそれで夏休み明けにクラスメイトから何を言われるか、わかったものではない。
休めない。だがディーネを残しておけない。
そのため、友たちは悩んだ挙句に奇策に出た。
「いやあ、しかし一緒に来たお姉さん、美人だったなぁ」
近くに立っていた斉藤が、うっとりと口にした。
周囲の男子も腕を組んで唸り始める。
「クラスに挨拶をしに来たお姉さんだろ、ありゃあ美人だ」
「なんだっけ? 草河のところに夏休みの間、ホームスティするんだっけか」
「ご姉妹そろって美人だもんなぁ」
「桜ちゃんも居るのに、更に美人と美少女」
「くっそ、羨ましいよな」
「でも、一日間違って来ちゃったってさ、可愛いよな」
男子生徒が口にしているのを聞き、友は苦笑する。
友たちが描いた筋書きは、こうだ。
ホームスティに来たルフィーとディーネだが、日付を一日、間違えた。
ルフィーは仕事があるので、妹のディーネを独りにしてしまう。
そのため、学校に預かって貰えるように、友と共に頼み込みに来たのだ。
田舎の学校ゆえの大らかさ、そして午前中のみということで、あっさりと話が通った。
(まあ、ルフィーが美人だったからなぁ。美人は得だこと)
校長や教頭の鼻の下が、伸びきっていたことが忘れられない。
説得力を持たせるためにスーツと眼鏡を装備させたが、効果は高かった。
男性教諭のだいたいが骨抜きにされた風景を見て、友は溜息を吐く。
トドメと言わんばかりに、ルフィーはクラスに挨拶まで告げていった。
ノリノリだった。
敢えて片言の日本語を話し、大袈裟なリアクションを見せて外国人アピールしていた。
友と桜が胡散臭そうに見る横で、男子のほぼ全てが目を奪われていた。
「あのスタイル、すごかったなぁ」
「うん、おっきかった……」
男子の会話の中に、一部女子が混ざり始める。
議論は、ルフィーのスタイルについてだ。
グラビアやテレビでも、海外のモデルも顔負けのスタイルだ。
映像でも見たことのないスタイルの良さに魅了されたらしい。
友は窓の外に視線を向ける。
窓の外には、精霊化したその本人がだらけて漂っている。
欠伸交じりの気の抜けた顔に、友は苦笑を浮かべた。
「しかし、草河ー。重たくないの? 膝の上に乗っけてるけど」
斉藤が友に訊ねてきた。
友は視線をディーネに向ける。
ディーネも友を見上げていた。
友はディーネの頭に手を置き、斉藤に笑いかける。
「大丈夫だね。軽いよ、とても」
「そうだよなぁ。細っこいもんな」
「すごい可愛いし、お人形さんみたい」
「髪も目も綺麗、外国の人って凄いねー」
今度は女子が群がってきた。
友は助けを求めて、前の席の桜を見る。
周りがディーネに集中している今、桜は皆の視界から外れていた。
その所為か、桜は一瞬、呆れたような顔を浮かべる。
友は笑顔を維持しつつも、瞳などで桜に懇願した。
肩を竦めた桜は、席を立ち、手を叩いて注目を集める。
「はいはい! そこまでそこまでー!」
桜が衆目をかき分けて友の横に立つ。
「ほら、大掃除しないとー。夏休みが始まらないよー」
言っている言葉は正しい。
現にホームルームは終わり、自分たちの教室と割り当てられた場所の掃除が待っていた。
(確か、体育館の掃除だっけか)
担任教師の言っていた言葉を思い出す。
広い体育館の掃除は、大変だ。
早めに行動しなければ、帰宅が遅くなる。
桜の正論に誰もが頷くはず、友は期待を込めて一同を見る。
しかし、予想は裏切られた。
皆、生温かい目で桜を見ていた。
「えっ、えっ!? ちょっと予測と違うよ!? みんな!?」
「ああ、桜ちゃん」
「なるほど、お兄ちゃんを取られて不機嫌と」
一様に腕を組み、頷いている。
「ち、違うし! なんでそうなってるの?」
桜が顔を赤くして抗議するが、誰もがわかっていると言わんばかりの顔で踵を返した。
「やー。朝から不機嫌そうだったもんねー」
「理由はわかるよなー。草河は朝からべったりだもん」
「さあて、掃除しますか」
「だべなー。男子は体育館だな」
「教室の掃除は女子に任せといてー」
「あ、桜ちゃんは、お兄ちゃんと一緒に体育館掃除でいいよー」
「ま、いいんでないかい? 俺らも目の保養になるし」
「こらこら。しっかり掃除してよ?」
「草河君がいるから大丈夫だと思うけど」
「したっけー」
ぞろぞろと去って行く級友たち。
男子は廊下に出て体育館に移動を始め、女子は机を教室の端に寄せ始めた。
桜と友、そしてディーネだけが、そのままの姿勢でいた。
友は傍らで呆然と立つ桜を見上げる。
顔を赤くして、ぷるぷるとしていた。
友はディーネを膝から下ろすと立ち上がり、桜の肩をぽんと叩く。
「あー。ドンマイ?」
桜はバッと友に顔を動かした。
顔を真っ赤に染めた桜は、友へ思いの丈を向ける。
「ドンマイじゃあ、ない! 皆! すごい! 勘違い!!」
「あー……、うん。そうだね」
友も理解していた。
ディーネを可愛がるあまり、桜を蔑ろにしていると、級友は思ったのだろう。
それに堪えかねた桜が、拗ねて行動を起こしたとも。
「うー。皆にわたしって、普段からどう思われてるんだろ?」
桜は顎に手を当てて唸り始める。
友も首を傾げた。
少なくとも、今日の桜は普通のはずだ。
ディーネに嫉妬し拗ねていると、学校ではベタベタしていない。
学校から離れた姿を見たならいざ知らずだが。
「考えても、仕方ないさ。とりあえず、行こうか」
級友たちの勘違いの産物ではあるが、巧く固まって行動できる。
ルフィーが周囲を警戒しているが、それでも安全を見た方がいい。
友は、桜の肩を叩き、移動を促した。
「結果オーライってやつだ、校内で離れるのはアレだったし。ね?」
「うー……、納得できないー……」
桜はむくれながらだが、友に押されて歩き始める。
友は宥めつつ、引っかかる何かを覚えていた。
確かに、桜は少し不機嫌である。
学校にいるのに、家にいるときの感情溢れる顔が僅かに見えていた。
「ぬー……」
「なんか、本当に不機嫌だなー?」
「めー……」
「どしたー?」
「むー……」
友が宥めようと色々と声を掛けるが、桜は唸り声で相槌を返す。
そろそろ自分の脚で歩いて欲しいが、歩くことを放棄している。
仕方ないと思い、友は桜を黙々と押し続けた。
ディーネは桜の横に並んで歩き、桜の態度を見ている。
(やっぱりディーネのせいだろうか)
級友の発言は的を射ていたのかと、友は苦笑する。
そして友は桜の背を押しながら、考えながら歩いた。
頭の中は、精霊に襲われないように警戒が半分、桜の態度についてが残りを占めた。
目の前の桜の様子は、考えから外れている。
だから友には聞こえなかった。
「……おにいちゃんがあんなこと言うから……」
桜がぶつぶつと呟いていたことを。