20話 乱入
褒美とルフィーは口にした。
確かに暴走精霊を倒したら褒美をくれるとルフィーが言ったのを、友は思い出す。
冗談や軽口の類と思っていた。だがルフィーは褒美と言い、身体を寄せている。
何をするつもりなのか、と友は問い質したかった。
だが友が言葉にするよりも早く、ルフィーは回答の行動をする。
回答に、ルフィーは言葉を使わなかった。
身体と行動で、何をするつもりかを雄弁に語る。
友の顔を抱きかかえるように、ルフィーは腕を回した。
ルフィーの脚は、友の脚に絡みつく。
全身でルフィーの柔らかさを感じ取る友は、全身を硬直させた。
胸に当たる柔肉が、太ももで脚やその上を擦る動作が、非常に艶めかしく感じる。
「や、やめ……」
ルフィーを制止しようと友は呻く。
だがルフィーの瞳は友を射貫いた。
自然と言葉が止まる。
「ねえ、……伝わってるよ? 凄いことになってる」
ルフィーが掠れたような声で囁く。
抑えた声量の目的は何だろうか。
友にさえ届けば良かったためか。
それとも恥じらいからなるのか。
ルフィーは目を僅かに逸らし、一度目を伏せる。
そして、躊躇いがちに瞼を開けて、友に向けて囁いた。
「……しよっか?」
「何をさあああああ!」
「ぬあああああああ!?」
ドアが、勢いよく開けられる。
友は混乱したまま、ルフィーを撥ね除けた。
「きゃん」
ルフィーが思いの外可愛らしい悲鳴をあげて宙に転がる。
しかしルフィーの動きに構っていられない。
友は恐る恐る扉に顔を向けた。
「る、る、ルフィー! な、ななにをしてるのさ!」
桜が仁王立ちでルフィーに人差し指を向けていた。
ルフィーとは異なるが、ドレス型のパジャマに身を包んでいる。
フリルなどのデザインで彩られ、少女らしさに溢れていた。
リボンがウサギの耳のように見えるヘアバンドで髪をまとめている。
そんな可愛らしい格好とは裏腹に、剣呑な視線をルフィーに向けていた。
友に撥ね除けられたルフィーは宙に浮かび、空中で脚を組んで座る。
「あらら、サクラ? また素敵なタイミングで」
「だ、ダメだよ! おにいちゃんを誘惑しちゃ!?」
狼狽した様子の桜が、ルフィーに詰め寄っていた。
しかし桜がルフィーを責める矛先の方向が、どこか引っかかる。
「おにいちゃんに、我慢できる訳ないじゃん!」
「そ、そこなんだ。ゆ、ユウだよ? 大丈夫なんじゃないかなあ」
「できないよ! さっきのお風呂だって!」
桜が何を言い出すのかと怯えつつ、友は桜の発言を見守った。
宙に浮かぶルフィーは相槌を打ちながら、桜の発言に少し戸惑っている。
「ふ、風呂って何かあったっけ?」
「だって! おにいちゃん、ルフィーの方ばっかり見てたし!」
「あー……、そうね。そうだったわね」
「鼻の下伸びっきりだったし。あと、その、ずっと……前屈みだったし」
「そうね……。うん、そこには触れないであげて?」
「やっぱり、おっぱい大きくしなきゃダメかなぁ」
桜が一気にトーンダウンした。
安堵しつつも、ルフィーが喉を鳴らして静かに笑っている。
桜を見ていたルフィーの目は友に移っていた。
ルフィーは視線で、こう語っていたからだ。
風呂での真相はわかっている、だから、実に愉快である。
友はルフィーから顔を逸らし、頬に手を当てむすっとする。
(うるせえな、ったく)
友がふて腐れるのが、更に面白かったらしい。
ルフィーの顔は喜色満面になり、笑顔で桜を宥め始めた。
「まあまあ、サクラ。断言してあげるわ。胸の大きさは関係ないはずよ」
「そうなのかなぁ。説得力がないけど」
「ほら、思い出してみなさい。ディーネなんて、ちっこいじゃない」
「ディーネちゃんに反応していれば、していたで別な問題な気がするけど」
「あんたと然程変わらないけどね」
「むー」
じゃれ合うような会話が続いていた。
ふと友は話題に上がったディーネはどうしたと首を巡らせる。
視線を扉に向けると、ディーネが立っていた。
ころころと表情を変える桜を見て、くすくすと笑っている。
(何の用だろうな?)
愉しんで貰えているのは結構だが、何をしに来たのかと友は思った。
騒がしいから見に来たという可能性もあるが、まずは訊ねてみる。
「ディーネ、どしたの? うるさかった?」
「あ……っと、いや、あの」
ディーネは口ごもりながら、服の裾を掴んでもじもじしている。
桜がパジャマを貸したのだろう。
前ボタン式の上衣とズボンの裾を折りたたんでいた。
丈が合っていない。
だぼだぼ感が、友の心の琴線に触れる。
しかし服も可愛いが、汚れを落として綺麗になったディーネの可愛さは尋常ではなかった。
改めて友は部屋を眺める。
系統は違うが、美人と美少女が三人いた。
皆、可愛いパジャマに身を包み、華やかだ。
友は自分の衣服に目を落とす。
シャツにハーフパンツ。
質素で地味だった。
対抗した方が良いのかもしれないと、腕を組んで友は唸り始める。
「あの……」
服の裾が引かれる。
友が視線を向けると、ディーネが近付いていた。
ベッドに上がり、膝立ちの状態で友の服の裾を摘まんでいる。
何事かを言おうと口を開くが、躊躇い口を噤んでいた。
(さて、なんだろうか)
友を見ては、逸らす視線にどのような意図があるのか。
ディーネの躊躇う理由を考え始める。
見て取れる情報としては、恥じらい。
顔を赤くする姿から、恥ずかしいと感じる何かを訴えようとしているのだろう。
瞳と眉の動きに注視する。
ディーネから伝わるのは、恥ずかしいという感情とは別種のものだった。
それは、きっと怯えの感情。
(ええっと、見たことがあるんだよな)
どこか既視感を覚えた友は、天井を見て考え込む。
ディーネと同じ表情と行動を、昔見たことがあった。
「ああ、なるほど」
友は思い至り、視線を桜に向ける。
桜は未だにルフィーと胸について語り合っている。
神妙な顔で教えを受けている桜を見ながら、記憶を掘り起こす。
怖い映画やテレビを見たときのことだ。
桜は寝られないと、友と共に寝ることが多かった。
言うなれば、独りで寝るのが怖いときの行動だった。
そのときの桜の表情も、ディーネと似たような顔だったと思い出す。
友はディーネの頭を撫でながら、優しくに問いかける。
「なんか、怖かったりする?」
友の言葉に、ディーネは躊躇いがちに、こくりと頷いた。
無理もない、と友は一息吐く。
数時間前に得体の知れない化物に追われ、あわや喰われそうになったのだ。
子供が恐怖を覚えるのは当然の話だ。
(むしろ、思ったより落ち着いてるのが不思議なくらいだ)
ディーネを見ても、恐慌状態に陥っているように見えない。
ただ、漠然と不安に思っているような雰囲気だった。
(これくらいで済んで良かったと喜ぶべきなのかね)
しかし当人からすると、辛いモノだろう。
少しでも和らぐ方法について考慮し、そもそもディーネがやってきた理由に思いついた。
(まあ、それが今できることか)
友はディーネの頭を撫でていた手を止めて、そのまま額を突く。
ディーネは目を丸くして友を見上げた。
安心させるように、友はにっと笑う。
「一緒に寝るかい?」