11話 風の王
腕の中の少女は、友の言葉に目を丸くしていた。
苦笑交じりの笑みを浮かべた友は背後に向けて叫ぶ。
「安全は確保したぞ! いいぞ!」
「あいよ。……ったく、あんたねぇ……」
友の言葉に反応したルフィーは、震えた声を放ち始めた。
声の向かう先は、友ではない。
精霊に向かって怒気を向けている。
(あ、これはマズイ)
ビリビリと震え始めた空気を肌で感じた友は、少女をしっかりと抱える。
「え? え?」
「えっと、混乱はわかるんだけどね。悪いんだけど、しっかり捕まってて欲しいかな?」
少女は友の言葉に戸惑っていたが、友の背後に目を向けた。
「う……わ……」
横で桜が呻いた。
少女も身体をびくりと震わせる。
何が見えたのだろうか。
友は眉間に皺を寄せながら、考えるのを停止する。
怯え始めた少女は友の指示に従った。
友の胸に頭を当て、背中に腕を回し、服を掴んでしっかりと握る。
横の桜が、半目で友を睨んでいるが、友は無視してルフィーの反応に警戒する。
「ずーっと苦労して抑えてきたってのにさ……」
ルフィーが声を出し始めた。
感情を押し殺そうとして押し切れていない
友は顔を動かし、背後を伺う。
「なんで、あんたみたいな下級精霊相手にさ……」
ルフィーの髪の毛が、ざわめいている。
そして、ルフィーの身体が光っていた。
緑色の光で、輝いている。
ちょっと怖い風景だった。
「本気出さなきゃなんないのよっ!!」
憤慨の言葉と同期するように、ルフィーの身体から出る光が噴き出した。
光の柱が立っていた。
柱の中に友、そして桜も巻き込まれる。
(まぶしっ)
痛みも何もなく、ただ眩しいだけだった。
光に耐える為目を細めた友は変化を見守る。
ルフィーの衣服が弾け飛んだ。
思わず友は手を握る。
しかし、光輪が生まれた。
ルフィーの身体を幾重にも包む。
見たいところが見られなかった。
友は歯噛みする。
悔しがる友を余所に、ルフィーの衣服は替わっていた。
白を基調とした緑が混ざった、ふわりとしたガウンのようなワンピース。
緑色の羽衣を羽織るルフィーの姿は、絵画で描かれるような天使のようだった。
(お怒り全開じゃなければな)
髪を掻き上げて、不機嫌そうに溜息を吐くルフィーは右手を挙げた。
噴き上がっていた光が掌に集まる。
掌の上に、緑色に光る玉が生まれた。
「はーい、しっかり捕まってねー」
緊張感の欠片もない声を、友はしがみつく少女にかける。
少女は友の言葉に従い、衣服を掴む手に更に力を込めた。
恐怖を感じているのか、少女は震えていた。
(怯えているのは。多分ルフィーに対してだろうな)
あやすように少女の背中を撫でる友の頬を、風が撫でる。
風が吹き始めた。
最初は優しく。
そして徐々に激しさを増していく。
慌てて大きく息を吸い、呼吸を止めた友は、再びルフィーに視線を戻す。
ルフィーの持つ光玉を中心に風が吹いていた。
激しい風は、渦を巻き始める。
つむじ風、いや竜巻と形容すべき風が生じた。
土や葉を巻き込み、風の形を見ることができる。
「喧嘩を売ってくるのは、暴走してるし構いやしないけど」
ルフィーの声が静かに響く。
友たちを中心に広がる竜巻は、半径を増し、竜巻の圏内に暴走精霊を収めた。
最初は四肢を地面につき、暴走精霊は風に堪えようとしていた。
「あたしの風に、下位の精霊風情が耐えれるわけないでしょ」
怒りながらも呆れを含んだルフィーの言葉通り、耐えられる勢いではない。
土を剥がし、木々を巻き込む風。
「あんたの前に立つ『精霊』をなんだと思ってる?」
踏ん張り耐える精霊だったが、耐えられるような生温い風ではない。
激しさを増す風。
それは果たして風と言えるのだろうか。
空気が流れ動き、生じるのが風だ。
定義的には風なのだろう。
しかし、大地を剥がすような現象を、風と呼ぶのか。
破壊が、始まる。
地面が土塊となり、剥がされ始めた。
土も、草も、木も、石も。
大地の全てを根こそぎ引き抜き、そして巻き込む風が範囲を広げる。
破壊の風の中心で、原因が冷ややかに笑う。
「風の、最上位精霊――」
その視線の先で、精霊が取り込まれた。
取り込まれる精霊は、竜巻に飲まれたまま、友たちの周囲を回る。
竜巻を操る風の主は、顎を上げて鼻を鳴らした。
「――四元素が長の一つ、『風の王』が相手なのよ?」
精霊は、自然を司る存在だ。
自然は四元素から成り立つと、古代ギリシアの時代から考えられていた。
四元素、すなわち火・水・土、そして風。
ルフィーは風を司る精霊だ。
そして風の精霊の頂点に立つ存在である。
人型で力を抑えている状態ならいざ知らず。
光柱が立つほどに精霊力を解放し、『風の王』の状態に戻ったルフィーの力は常軌を逸する。
扱える力は、友の前で披露されたように、強大極まりない。
「あんたなんぞが、相手になるわけないじゃない」
ルフィーが肩に掛かった髪を手で払う。
下級精霊では、例え四大元素を司る精霊であっても、ルフィーに太刀打ちなどできない。
風の範囲がどんどん広がり、勢いを増していく。
竜巻に取り込まれたままの暴走精霊は速度を上げ、渦から弾かれるように吹き飛ばされる。
「ユウ」
暴走精霊の行方を目で追っていた友の肩をルフィーが叩く。
ルフィーは不機嫌そうな瞳を友に向けていた。
面倒ごとを押し付けると言わんばかりの視線から避けるように、空を見上げる。
竜巻が未だに存在していた。
友はがっくりと首を落とす。
「竜巻を維持してるってことは、そういうこと?」
「もちろん。トドメは任せるわ」
「……せっかく力を解放したんだから、全部片付けるとか……」
「いやよ。あんなのに全力を使っても、虚しいだけじゃない」
暴走精霊を、あんなの、とルフィーは称した。
ふと、吹き飛んだ精霊はどうなった、と思った。
遙か遠くまで吹き飛んでしまったらしい。
百メートルは距離があった。
再動したらしく、遠方から元気に土煙を上げて駆け出していた。
「……力の差も理解できず、ただ精霊力を持ってる者を見境なく襲うだけ」
ルフィーは呆れたように溜息を吐いた。
そして髪をすっと掻き上げる。
ルフィーの瞳には、僅かに憐憫の感情が含まれているようだ。
「……早く、祓ってあげてよ」