ボッチ、賭けに出る2
王都のボルズ公の屋敷へと続く大通りには、颯爽と二十騎の騎馬が物凄いスピードで走っている。
その二十騎の最後尾にもう二騎の二人ずつ乗った騎馬が付いていっていた。
「速ぁっ!?」
「ですからちゃんと掴まっておいてくださいね? ユウマ様」
「いやっ......その......悪いといいますかなんといいますか......」
優真と伽凛はあの後、すぐに王国騎馬軍第一騎馬団に合流し、伽凛はその第一騎士団の団長を勤めているエリン・ジブールの馬の後ろに乗せてもらい、優真はその副団長を勤めているジータ・リムスの馬の後ろに乗せてもらっていた。
「今はそんなこと言ってる場合ではありません。早く私に掴まらないと吹き飛んでしまいますよ?」
「え、えぇ......」
伽凛は問題なく前のエリンに掴まり、馬の猛スピードの風圧に難なく耐えているが、優真はというとジータという会ったときにこれ騎士ですか?と思うほど金髪翠眼美少女なため、腰に手を回して掴まるという行為に躊躇っていた。
しかしそんな躊躇いのせいか一度落ちそうになる事態が優真を襲っている。
だってさ! 抱きつくんだぜ......!?
優真は一人で葛藤を続けていると、前にいるジータがこう言ってくれた。
「私は気にしませんから......それよりももっと速度を上げますから三秒以内に掴まってください」
ん?......
「えっ......もっと───どわぁ!?」
優真は結局不可抗力で掴まってしまうのだった。
一方、伽凛は掴まっているエリンの肩越しから前を見据えていた。
大丈夫かな......
「───もっと気を抜いたらどうだ?」
「え?」
伽凛の強ばった表情を感じ取ったのかエリンは助言し、栗色のロングな髪の毛を向かい風で多少崩れないように片手で髪を抑えながら、肩越しで伽凛を見ていた。
「戦闘では常に冷静で落ち着かなくてはならない。戦闘前からそんな気を張っていたら精神が持たんぞ?」
エリンは優しさ溢れる声色で伽凛にそう言った。
「す、すみません......」
伽凛は苦笑いしながら謝る。
「別に謝ることじゃない。初戦闘はそうなるに決まってるからな......ならない者の方が珍しい」
「その......エリン団長も最初は?」
「あぁ、今では懐かしい思い出だ。私も当時はカリン殿より気を張り、戦闘後しばらく体が動かなかったんだ。それに比べてカリン殿は肝が座っておられる。多分十倍くらい私の方が気を張っていたな」
エリンの話に、伽凛は思わず苦笑い。
「そんなにですか?」
「ふふっ......恥ずかしながらそんなにだ」
「ふふふっ」
伽凛はエリンの笑い声に釣られた。
エリンはその直後温かい目で伽凛の目を見つめる。
「なんですか?」
伽凛は疑問に思い首を傾げたため、エリンは直ぐに理由を述べた。
「もう気は張ってないようだな。これで私の二の舞にはならないだろう」
あ......私の気を抜かせるために?
伽凛は一瞬目を見張ったが、エリンを笑みを浮かべながら親しみを込めた目で見つめ直す。
「エリン団長......ありがとうございました」
「団長の役目はこんなことぐらいしかないさ......カリン殿が戦って功績を出してくれれば、その功績が私にとってのお礼となるから頑張ってくれ」
「はい! 必ず礼を返します!」
エリンに満面な笑みを浮かべた後、伽凛は強く願った。
近藤君! 待っててね!
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「───ぐっ......あぁ!? あぁあぁあああああ!!」
駿は今、葛藤していた。
「なんだ......こいつ」
「あれは......何が起きてるのでしょうか?」
苦渋な表情を浮かべながら必死に胸を抑えて悶える駿を見て男、ルリア、メイド達は困惑していた。
「がっ......あああああああああああああああああああああああああぁぁ!!」
そんな痛みに耐える叫び声を出しながら、悶え続ける。
やがて、駿の胸からこれまでで最大量の黒いオーラが黒い障気に変貌し、部屋を禍々しい空気に変える。
「がああああああああああああああああああぁぁぁ!───」
「!?」
「まさか......魔物堕ちを!? 駄目です......! やめてくださいっ......!」
男は瞠目し、ルリアは必死な形相で制止の言葉を駿に向かって叫ぶ。
膨大な量の黒い障気を駿は細身の胸から体外へと解放し続けている。
そのおぞましさは、元冒険者だった男でも見たことが一度もない、この世の闇を体現してるかのようなものだった。
誰も見たことがないその光景に、自然と鳥肌が立ち、足が震えるほど恐怖してしまう。
まさに未知との恐怖に邂逅している。
「あ"ぁああああああああ───」
依然として狂気にかられたような声で叫び続ける駿。
そんな恩人に、ルリアは何か出来ることはないか必死に頭を働かせる。
魔物墜ちする人に多い原因は何もかもを絶望した事と、一番大切なものを失った事が多いと聞きます......ですがそんな原因があるとするならあの人は先程私たちに向けて優しい笑みを浮かべてましたが、辛い過去があるならそんな行動をする可能性は低いと思います......ましてや人助けもするかどうか分かりません......
ルリアは苦しんでいる駿を再び一瞥し、焦燥感と共に自然と頭の回転率が早まった。
そもそも、魔物堕ちはそれらの最悪の事が自分に襲うことにより、大気中にある魔物の元である闇の魔粒子が本来人の心を覆っている光の魔粒子が気持ちの突然の降下により薄まり、隙間から心の奥底に闇の魔粒子が浸入することによって魔物堕ちが始まります......戦う前に私達を安心させようと笑いかけてくれたあの人は、過去に魔物堕ちするほど悲しいことがあったように見えませんでした......
「あ"あああああああぁぁぁ......───ウハハッ......ハハッ......ぐっあああああああああああ」
「は、早く何か思い付かないと......」
駿の半身はすでに黒いオーラが纏まりつき、駿は依然として悶え苦しみ叫び声を発していたが、下半身が黒いオーラに覆われた瞬間、度々何かに乗っ取られたように不気味な笑い声を上げ始めた。
そんな恩人の変わりゆく姿を目の前に、さらにルリアに焦燥感を与え、これまで以上に汗を滲ませながら服の裾を強く握り締めさせた。
......あっ、そういえばあの人は身体強化のような魔法を詠唱するとき、契約と言ってました......もしこの魔物堕ちが承知でやってた場合、まだあの人は魔物堕ちから解放できますっ......
だがルリアはそう一つの考えに行き着いた後、また苦悶の表情を浮かべた。
しかしやり方が思い付きません......確か本には、本人が一番温かく感じ、そして驚くことが記憶を掘り返し、それによって光の魔粒子に変換されると書いてありました......
「ハハッ......ハハハハハッ......───」
「っ......」
部屋に木霊していた悲痛の叫び声はほとんど無くなり、狂気の笑い声の比率が多くなっている。
つまりそれは、もうすぐ駿が魔物に変貌を遂げる前兆。
魔物堕ちを知らない者でも、そう雰囲気で察することが出来た。
「......ぁ」
ルリアは過去の記憶を思い出している時、ハッとした。
......解決策、見つかったかもしれません
ルリアは静かに立ち上がりゆっくりと黒いオーラにほぼ侵食された駿の元へ近付く。
「───思い出しました......」
そう口に出し、空色の長い髪をさらさらと揺らしながら、駿の事を髪色と同色の透き通るような優しい目で見つめる。
ルリアは一旦立ち止まり、次にはこう呟いた。
「コンドウ・シュン様......ですね?」
「あ"あぁあぁあああ───」
まだルリアに名乗ってないはずだが、ルリアは恩人の名前を言い当てた。
リーエル王女殿下に散々話されたのですから......特徴もほぼ当てはまりますし、まさかとは思ってましたが、ダークナイトという職業であれば今の状況が起こったのも理解できます......
近付けば近付くほど、濃密な黒い障気がルリアの体を襲う。
恐ろしいほどの寒気と、今まで感じたことがない絶望や悲しみが押し寄せた。
「くっ......」
しかしルリアはそれらを耐え、苦渋な表情を浮かべながらも駿の元へ一歩ずつ進んでいく。
「ハハハハハハハハハハッ───」
可哀想に......
悲痛に感じた。
「シュン様はリーエル王女殿下に初めて出会った時の事......覚えてますか?」
「ハハッ......ハハハハハッ」
もう駿のほとんどを、黒いオーラに飲み込まれていた。
笑い声だけを上げるようになった駿の元にやっと近付くことが出来たルリアは、優しく微笑みかけながら───
ぎゅっ......
───駿を優しく抱きしめたのだった。