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2.堕ちた令嬢 Ⅱ

私が押し付けられた分の清掃を終えたのはもう日がとっくに沈んだ頃だった。
最早他の下女は仕事を私に押し付けて帰っており、王宮に残っているのは私に給金を渡す衛兵のみだった。

「何で、こんなことを俺が……」

そして、そう文句をぼやきながら私が渡されたのは給金と呼ぶにはあまりにも少ない金額だった。
私達下女は日給で給料を貰っているのだが、私の給料は一食分で無くなってしまう程度。
それは他の下女の分も働いていた労働量には明らかに見合っていない。
そしてそれどころか、私に仕事を押し付けて帰っていった下女と比べても明らかに少ない。

「……ありがとうございます」

だが、私に文句を言うことは許されなかった。
私は唇を噛み締め、感情を押し殺して給金の袋をひっ掴み王宮を飛び出した。

「おい!待てよ!」

背後からとり方が乱暴だったことに苛立ったのか衛兵の怒鳴り声が聞こえる。

「っ!」

だが、私は足を止めることはなかった。
今足を止め、きちんと謝らないと衛兵は今度会った時から私にさらに冷たい態度を取るだろう。
最悪、私に敵意を抱くかもしれない。
だが、それだけのことがわかっていながらも私は足を止めることはなかった。

今の私にはそんな余裕は存在しなかった……


◇◆◇


外に出ると想像以上に外は暗くなっていた。

「この調子でどんどん遅くなっていくのかなぁ……」

私はその暗さに心細さを感じそう呟く。
家政婦になった最初の頃は確かに周囲の人間から疎まれていたが、だがそれでもこんなに酷い扱いはされていなかった。
ここまで扱いが酷くなった理由は王子の妾達だった。
令嬢として王子と婚約を結んだ時、私はかなりの美貌の持ち主だったらしい。
正直、私はお母様と言う絶世の美女を知っているので、自分に関してはある程度容姿が優れている程度としか認識していなかったが、その噂はどんどんと周囲に広まっていった。
そしてそれを快く思わなかったのが妾達だった。
彼女達は決して王子に恋心を抱いているとか、そう言うわけではなかった。
ただ、王子との婚約で得られる利益を見て王子の財産目当てで妾になった女性が多い。
そして彼女らは王子の妾になる程の美貌を備えてはいたが、

だが、私には劣ると王子に思われていたらしい。

正直、私は妾達がそう思い込んでいるのは、政略結婚をして正妻の座を手にした私を、王子が一目惚れしたと考えているからだろう。
それは政略結婚の可能性さえも頭にない、あまりにも短絡的な考えで、

だが、妾達の思い込みが間違っているということが彼女達の嫉妬を抑えることはなかった。

私が婚約破棄される前は名門アストレア家であると言うことを恐れ、やんわりと嫌味を告げてくるだけだったが、私がアストレア家の名を捨ててからは、彼女達は私に嫌がらせを始めたのだ。
そしてアストレア家には劣るものの、貴族である妾達が私をいじめる様子を見て、その時から私は今のような扱いをされるようになっていった。
下女は私にはどんどんと仕事を押し付けるようになり、そして衛兵は私に渡す給金を盗み始めた。
どんどんと王宮では私は人として扱って貰っていないような状況になっていった。

「っ!」

そして私を襲った変化はそれだけではなかった。
私はふと背中に気配を感じて振り返る。

「おぅ、ちょっと身体を貸してくれない?」

そこに居たのは欲望を目に浮かべて私を見つめてくる男達だった。
その男達を見て、私はようやく暗闇になってからは無用心に歩いてはいけなかったことに気づく。
そう、いまの私の一番の脅威は身体目当てで近寄ってくる男達だった。
ボロボロになった私には今までのように言い寄ってくる貴族の男性はいない。
だが、元貴族の身体を貪ろうと現れる男達は数え切れない程に増えている。
そして今の時間は最も警戒しなければならない時間だったと私は唇を噛みしめる。
私のような存在を止めてくれる宿屋はほとんど存在せず、私が今止まっている場所は王宮から酷く遠い場所にある。
そしてそんな長時間この暗闇の中歩いていればこの手の輩が現れることぐらいは想像できたはずなのだ。

「おお、怯えている……」

だが、次の瞬間1人1番大柄な男が私に手をかけようとしていきなり意識を失った。

「なっ!」

そしてその男の突然の異常に仲間の男達がざわめき出す。
しかし、直ぐにその男達も地面との抱擁を交わすことになる。

「大丈夫ですか、お嬢様」

そして現れたのは全身を黒い服で覆った人間だった。
一般人が見れば直ぐに衛兵を呼びそうな明らかに怪しな格好。
だが、その姿を見て私の胸には安堵が広がる。
何故なら彼はアストレア家専属の人間なのだ。

「っ!」

しかし最終的に私がとった行動はお礼さえも言うことなくの逃亡だった。

ー 襲われかけいることをまた救われた。あの酷く情けない姿をまた見られた。

私の胸に広がるのはどうしようもない羞恥だった。
こうなると知っていた。それでも罪を被った。

だが、それでもこの今の落ちぶれた姿を信頼している人間に見られることだけはどうしても耐えられなかった。

悲劇のヒロイン、そう言えば言えば聞こえのいいかもしれない。
だがそこにいたのは唯のぼろぼろの少女だった。

公爵令嬢という輝かしい立場から、自ら望んで堕ちたにも関わらず、その苦しみの中で泣き叫ぶことしかできない、

そんな無様な、まさしく堕ちた令嬢というべき少女だった………

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