ボッチ、湖で約束する
「───綺麗......」
思わず、伽凛は感嘆した。
水が穏やかに流れ、その湖からは微かな流れる音が聞こえる。
湖は一切汚れてなく、水底の岩肌や優雅に泳ぐ魚の姿がはっきりと見えるくらいに、鮮度が一線を越えていた。
「......俺も見つけたとき本当にそう思ったよ」
伽凛が今見ているだろう目の前の光景に目を縫い付けながら、駿はまた続けた。
「実はここをどうやって見つけたか、自分でもよくわかってないんだ......」
「え? ひょっとして偶然なの近藤君」
「偶然......にも近いし、誘導された気がするんだ。見つけたときは───」
伽凛が首を傾げる姿を一瞥した駿は、発見したときの状況を回想しながら、説明した。
───本当に驚いたんだけど、歓迎会に向かう途中にどこかから綺麗な歌声が聞こえたんだ。
その綺麗な声と同等の声は俺たちの世界を探しても多分見つからないほどに、本当に透き通っていて......どこまでも透き通っていて、高く、そして歌声からの感情が豊かだった。
俺はその声が聞こえる方向に思わず木々を掻き分けて足を進めた。
そして木々を抜けると湖の真ん中で水面に誰かが立っていたんだ。
当然立てるほどの深さじゃなかった。しかし、本当に足の裏を水面に着けて立っていた。
よく見ると、その人は女の子だった。髪の毛が腰ぐらいの高さまで長くて、色は分からなかったけど、それでも女の子ということは分かった。
俺がきたのを気付いたのか、その子はこっちに一回振り向いたあと、歌うのを止め、霧となって消えたんだ。
でもこれだけは分かった。
女の子が歌ってたということ。
そして───
「───この湖がその子に何らかの関係があるということ」
「......その子って何者なの? 話を聞く限り、誘導されたと思うんだけど」
伽凛は駿が説明した後に、神妙な顔で何回か頷いたあと、質問した。
「いや、誰かは分からないんだよな......実際、俺はあの美声に釣られてここを見つけたんだし、だから偶然か、誘導されたかどちらか決めることが出来ないんだよな」
「なるほど......確定できる素材と情報が少ないからね。でもこの話、王様に伝えた方がいいんじゃない?」
「確かに。よくよく考えれば不法侵入っぽいしね......もし刺客だったらっていう場合もここは異世界だから十分あるかも」
駿はそういったあと、少し悪いにやつきを伽凛に送った。
刺客登場だったら、それもそれで面白くなりそうだ......クックック......
「近藤君......なにか期待してない?」
「いや......ナンデモナイヨ」
「それだったらいいけど......?」
伽凛はそう言いながらジト目を駿に送り続ける。
「わわわ、わかったよ......す、少し期待してましたよ......」
「もうっ、ダメだよ? 近藤君は危ないことに巻き込まれやすい体質に見えるから......そういうのされると余計に心配しちゃうから......」
「どんな体質だよ......まぁそうだね。あんまりこういうことはフラグに......いや、なんでもない」
「近藤君、戦いが終わったら......次もまた来ようね?」
「うん、峯崎さんはわざとじゃないことは分かってるけど俺には死亡フラグにしか聞こえないなーどうしてだろうなー」
「ふらぐ......?」
「いや......なんでもないです」
「......?」
伽凛はさっきから変な駿に困惑していると、その駿から呟いた。
「峯崎さん。俺は多分、戦いが終わってもあの世界には帰らないと思う」
「うん......」
やっぱり残るんだ......
「峯崎さんは残るか分からないけど......どんなに離れたときも、俺は峯崎さん達と一緒に居ると思っておいてくれる? そしてこれからも優真と一緒に皆を引っ張ってくれる?」
「......!?」
近藤君......そんな事言えるんだ......
伽凛は駿の言葉を聞いたあと、これまでの駿の柄とは合わないその言葉に、伽凛は驚き、同時に胸が少し跳ねる感覚が襲った。
さっきまでのいつもの優しい面持ちとは違い、真剣な面持ちで自分の目をじっと見つめられ思わず、頬や耳、胸等とにかく全身が火照り、恥ずかしい感情が体を縫い付けた。
伽凛にしては、この感情や体に起こっている現象は今まで味わった事がない。
しかし、そんな状況を、自分を駿が見てくれているこの状況を嬉しくも思った。
そして、伽凛にしても、この訳の分からない感情は嫌いではないと思った。
そんな矛盾し続ける心に、なんだそれっ......、と思わず苦笑いしたあと、伽凛は返答する。
「......うん! 約束する! 私、頑張るよ! でも───」
「......?」
伽凛は駿に意気込んだあと、少し火照った顔を隠すように俯き、呟いた。
「───離ればなれは......やだよ?」
「......!」
伽凛の言葉に、駿もまた同じように胸を跳ねさせた。
......そうだな。俺も優真と......峯崎さんと......皆と離れるのはやだな......
「......うん、俺も約束する! 離ればなれにはならない。そしてもし離ればなれになったとしても、また必ず合流して見せる」
「うん......」
伽凛は満面な笑みを浮かべ、駿は微笑み返す。
水色に輝く湖の前で、二人は笑いあった。
「そうだ、指切りしようよ近藤君」
「えっ......」
それって......峯崎さんの指と俺の指を絡ませることができるというのかっ!?
「指切りってあれだよね? 指と指を......」
「ふふっ......それしかないでしょ?」
キタコレ......やばっ......緊張してまうわ~!
「......お......おお」
「お?」
伽凛は少し奇声を発した駿に首を傾げる。
「じゃ、じゃあ......」
「うん───せーのっ」
あぁ......なんと柔らかき至宝......
指と指を絡ませたとき、駿の気持ちは最高潮に達した。
「「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます、指切った」」
「これで、約束できたね?」
「うん......そうだね」
駿は熱すぎる顔を隠しながら言った。
伽凛は指と指を絡ませたとき、実はこちらも最高潮に達したことを悟られないように平然と振る舞っていたが、冷や汗がどんどんと出ている。
「......そろそろ帰ろっか」
「......う、うん」
まるで二人は始めたあったときのような初々しい様子で、月明かりに照らされた夜道を、一緒に帰路に着くのだった。
───そしてそんな二人の背中を、見計らったように湖の上に現れた少女が金に光る瞳をじっと見つめていたことは、誰も知りえなかった。
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王宮へ戻ったあと、駿は伽凛と軽い会話を済ませて、部屋に戻っていた。
「ふぅ......」
やっと一息つけた気がする......そういえば今日ここの世界に来たんだっけな。てか今日一日で何かありすぎだろ......
駿はベットに身を預けながら、長い吐息を吐いた。
とにかく......これからは戦闘技術を手に入れないと、この世界じゃ何も出来ない。多分、明日から訓練は始まるから頑張らないと......
「......頑張るんだけど......やっぱり、楽しむことも重要だよな」
どんな旅になるんだろうな......
期待度は上がるばかりだ
「ふわぁ............さてと、眠くなってきたし、いい、夢......見ろよ? お、れ......」
駿はそう言って、目を閉じると、そのまま気持ちがいい感覚が体を支配し、微睡みに落ちていった。