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ある作曲家の苦悩

(ダメだ、このままではダメだ――!)
 痩躯の男は金髪に染めた髪を掻きむしった。周囲には、音楽の機材やコンピュータが置かれている。
 彼は作曲をなりわいとしており、すでに結構な成功を収めていたが、どうしても乗り越えられない壁があった。

 それは『斬新さ』――。

 斬新なものを創ることへの熱情は、創作に携わる者が一度はかかる麻疹(はしか)のようなものであるが、麻疹で済ませてしまうには、彼の『斬新な一曲』への憧れは重すぎた。
 作曲の依頼というのは、「こんな感じの曲でお願いします」と頼まれるパターンが大半で、「斬新な曲をお願いします」と言ってくる人はまず居ない。まあ、それが当たり前だし仕事である以上受けるが、それは心の底に、何とも言えないしこりのようなものを残していった。

 斬新とは何だろうか。常識外れのコードで音楽を形成すれば、それで斬新なものになるという話でもない。
 かつて、日本でテクノ・ポップスが一世を風靡したことがあったが、そういう新たな潮流を生み出してみたい。そんな思いが、ここしばらく、うねりのように彼を突き動かしていた。

 彼は、思索にふけるためコンポをセットして、アフリカの民族音楽を流し、座り心地の良い作業用椅子に身を沈めた。
 人類の源流はアフリカにあるという。彼は曲作りに迷うと、こうして音楽の原点に立ち戻ることにしていた。打楽器と男性コーラスを主軸とした、プリミティブな音波が彼を包み込む。

 どのぐらい、そうしていただろうか。彼はコンポの電源を落とし、椅子を反転させヘッドホンをかけ、作曲用のパソコン一式を立ち上げる。
 彼は深く深呼吸して、鍵盤のキーを叩き始めた――。

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