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勝者と敗者

 時間は少し遡り、オーガスト達が調査を終えてエルフの住まう森を抜けた頃。とある場所の一室で四人の男女が集まっていた。
 その部屋は十人以上が余裕で入れるほどに広々としているが、部屋の奥に少し大きめの丈夫そうな机が一つある以外には、壁一面にある本棚とそこに敷き詰められた厚さの異なる本があるぐらいの質素な部屋であった。
 その部屋には魔法の淡い光が満ちており、相手の表情が窺えるぐらいには明るい。

「・・・それで? 勿論良い報告なんだろうな?」

 声を上げたのは、その一つだけある机に備え付けてある椅子に腰かけている若い男。
 その男は透き通るような白髪に消え入りそうな白さの肌をした、不気味なまでに圧倒的な威圧感を持つ男であった。
 白髪のその男は机の上に置いた両の手の指を組むと、机の向かいで片膝を着いて頭を垂れている、白銀の髪をした老齢の男に冷たい視線を送る。
 その老齢の男は、白髪の男の声に、血の気の引いた青白い顔で息を呑む。

「あ、亜人の討伐は失敗致しました」
「ほぅ。見て呉ればかりの森の亜人も討伐出来んとはな」

 どこまでも冷たい白髪の男の声に、老齢の男は呼吸が浅くなるのを感じる。

「アッハハ! あんな単なる動く美術品に勝てないとかどうしたの? 穴蔵の獣人だけじゃ心配だからと、我らの同胞まで連れて行ったってのに?」
「・・・して、被害の規模と敗因は?」

 白髪の男の隣に立っている、鮮やかな赤髪に縦に割れた黒い瞳孔をした金色の目、凹凸のはっきりした身体を見せつける様な露出の高い服に身を包んだ女が嘲笑うような口調で老齢の男に言葉を投げると、その赤髪の女とは反対側に立つ、洗練された雰囲気を持つ長身痩躯の男が、老齢の男に冷静に問う。

「現在纏めておりますので細かい数字は改めて書面と共に御報告いたしますが、軽傷者も含めまして被害はおよそ六万。帰還した同胞は・・・」
「帰還した同胞は?」
「・・・十にも満たないかと」

 老齢の男性の言葉に、向かい側の三人は空気を鋭いものに変える。

「それで? 敗因・・・いや、同胞が散った原因は? 森の亜人如きに後れを取る様な惰弱者を派遣した訳ではあるまい?」
「も、勿論で御座います! 万全を期す為にその方面の精鋭を派遣致しました!」
「なら原因は?」
「・・・それが、不明でして」
「ほぅ」
「げ、現在も調査はさせておりますが、未だに判らないのです!」

 白髪の男の放つ空気が一気に下がったのを感じた老齢の男は、慌ててそう口にする。

「それだけの事態で『判りません』 の一言で済むと思ってんの? 何か一つぐらい判ってることあんでしょ? もったいぶってないでそれをさっさと報告しなよ」

 赤髪の女が殺意の混じった苛立ち声で老齢の男にそう促す。

「本当に何も判らないのです。出陣した同胞はただの一人も帰っては来なかったのですから」
「死体は?」
「なんとか数体は見つけて持ち帰りましたが、外傷は何もありませんでした」
「外に無いのであれば内側にあるのでは? 勿論調べられたのでしょう?」
「内側も異常は何も見当たりませんでした・・・いえ、回収できた内の一体だけ生命器官と魔力器官の根源が壊されておりました」
「ほぅ。どれぐらいの損傷だ?」
「調べた者の報告では最小の損害だと」
「そうか。どうやらその戦場には面白い何かが居たようだな」

 白髪の男は少し愉快そうにそう口にする。

「だが、それで貴様の失態が無くなる訳ではないがな」
「ッ! は、ハッ!! いかような処罰でも!」

 白髪の男は冷たい目で老齢の男を見下ろす。

「それでは貴様の手持ちを少々縮小させてもらおう。それと共に汚名を(すす)ぐ機会を与えてやろう」
「ハッ! 寛大な御処置、有難う御座います!!」

 拝承の声と共に礼を口にする老齢の男を、白髪の男は変わらぬ冷たい視線で見下ろし続ける。

「それにしましても、その不明の敵の正体は何なのでしょうか?」
「それはそこの老人が調査するんでしょう? だけれど、あの方面なら可能性が在る存在は限られてくるはずなんだけれど・・・精霊かな?」
「精霊が森の民に力を貸しているとは聞きますが、妖精ならばまだしも、あの方面の精霊の強さを考慮に入れましても、同胞を簡単に全滅させられる程とは思えません」
「ふぅん? 他に何か居たっけ? あの方面の亜人は雑魚ばかりだったはずだけれど」
「住んでいるのは亜人ばかりではありませんが、それでも我らの敵になり得る存在は居ないはずですね」

 白髪の男を挟んで赤髪の女と長身の男がそう考えを述べあっていると、不意に白髪の男が小さく笑った。

「どうかされましたか?」
「ん? あたしら何か変なこと言ったかな?」

 それに不思議そうに首を傾げる赤髪の女と長身の男。

「居るぞ。確かにあの方面には我ら、いや我に匹敵するやも知れぬ存在は居るぞ。だが、あれが森の亜人に手を貸すかね」

 どことなく懐かしむ様な口調の白髪の男に、その場の他の三人は驚愕を顔に浮かべる。老齢の男なぞ驚きのあまりに思わず顔を上げて白髪の男の顔を凝視していた。

「そんな存在が居るのですか!?」
「ああ、森の先に居る亜人にな」
「森の先と言いますと、出来損ないの亜人、ですか?」
「ああ」
「「「・・・・・・」」」

 そんなはずはないと思う三人だったが、白髪の男は冗談を言っている雰囲気ではなかった。

「まぁお前達の疑問は理解できるが、出来損ないとはいえ、あの亜人共と我ら人間は一応祖先は同じだぞ? 可能性はあろうて」
「そうなの!?」
「勉強不足だな。かつて切り捨てた弱者の末裔があの出来損ないの亜人共だぞ」
「それは私も勉強不足でした」
「結局弱者は弱者だったがな。かつての祖先の選択は正しかったという事だ。しかし、やっと出て来たか」

 白髪の男は最後に誰にも聞こえない音量でそう呟いた。
 白髪の男にとって今回の遠征は、期待はしていなかったが、その存在が出てくるかどうかを探る為のものでもあったのだ。それと同時に、白髪の男は昔を思い出すように僅かに視線を横へと逸らした。





 それは白髪の男がまだガーブリと名乗っていた頃の話。
 ガーブリは見聞を広める為に世界を旅していた。その道中、ガーブリは出来損ないの亜人が治めている地を訪れていた。
 その地は脆い防御障壁が覆う場所であった。
 ガーブリは最初、その防御障壁を壊そうかと思いはしたものの、今は騒ぎを起こすのが目的ではないと自重する。

「さて、ではどうやって入ろうか」

 こんな脆い防御障壁に頼るぐらいに臆病で、か弱い存在が治める地に正面から平穏に入れるとは到底思えなかった。
 ガーブリは遠巻きに防御結界を観察して、それに穴が開いているのを見つける。

「この程度の障壁も満足に張れんのか」

 それに呆れつつも、ガーブリは姿を消してその障壁に開いた穴の中から侵入する。
 障壁の先には壁があったが、それを観察したガーブリはその壁が地中には埋まっていないことに気づき、地中を通って壁の内側に入っていく。
 壁の内側は長閑なものであった。均された地に整備された森。街が遠くに見えるが、壁は低く空への備えは大したことがないように見える。感じる魔力はどれも小さなものばかり。

「いや、それだけではなくここの魔力濃度が薄いのか」

 ガーブリは振り返り防御障壁を確認する。

「あれの維持にこの周囲の魔力を使っているのか・・・ふむ?」

 そこでガーブリは自身の魔力も少し吸われている事に気がつく。

「この程度では侵入者の弱体化が目的ではあるまい・・・ただの愚か者の集団か?」

 あのような脆い障壁の維持の為に自らを弱体化させている出来損ないの亜人達に、ガーブリは理解できないと眉をひそめる。
 ただでさえ弱い存在が自ら進んで自身を弱体化させるなど狂気の沙汰だった。

「折角ここまで生き残ったというのに、そんなに早く滅びたいのならば手助けしてやるのもいいかもしれないな」

 そう言うと、ガーブリは暗い笑みを浮かべる。

「まぁその前にこの地を調べてからだな。有益な情報が強者の下にしか集まらない訳ではないからな」

 その笑みを巧妙に隠すと、ガーブリはとりあえず近くの街へと赴く。その道中、先んじて街の方へと探知や解析の魔法を用いてこの地の住人について分かる事を調べていく。

「内在魔力値は極めて低いが、身体的な造りは我ら人間と大きな違いはないのか。この辺りは大半の種族と同じだな」

 ガーブリはこの地に訪れるまでに様々な種族を視てきたが、似たような形の種族は構造の方も似ていた。

「しかし、ここまで一緒では魔力を失った我らとも言えるのか?」

 それでも魔力量以外の構造がほぼ同じというのは初めての事で、ガーブリは少し考える。

「極端に言ってしまえば全ての種族の先祖は同じなのだが、それにしてもこれは同じ種族と言ってもいい程に似ている・・・これはどういうことだ? この出来損ないと我らが同じ種族ということになるが」

 ガーブリは街に近づきながらも思考を巡らす。

「これは、滅びる幇助(ほうじょ)は当分先だな」

 ガーブリは街に到着すると、離れた場所から門の付近に目を向ける。

「ふむ。やはりここでも身分の確認はされるのか。もう少し小さい街ならば行われていないのだろうが、それだけ重要な施設でも集まっているのか?」

 ガーブリが今まで見てきた様々な種族の街の中でも眼前の街はそれなりに大きくはあったが、それでも外敵は壁の外。街の防御態勢は兵が見回りをしているぐらいだ。同族の犯罪者対策なのだろうが、ガーブリにはその警備体制があまりに無防備に見えた。

「我の目には警備なんて無いに等しいが、この地ではこんなものなのか? 理解に苦しむな。考えられる常識の程度を更に下げなければいけないようだ」

 見てくれだけは立派ながらも、未開の地に迷い込んだ気分になったガーブリは思わず苦笑する。

「とりあえず街の中に入るか」

 ガーブリは姿を消すと、街を囲んでいる壁を易々と越えて中へと入っていく。
 街の中は道も建物も全てが石が敷き詰められたり積み重ねられて出来ていた。ガーブリはひたすら街の中を歩き、街の様子や地理を頭に叩き込む。
 どうやらこの街は中央を大きな道が通り、その両端は街に二つある門まで続いていた。その大通りには様々な商店が固まって建ち並び、大きな市場を形成している。
 そこから少し道を外れれば工房やそこで造られている日用品などが売られる店が増え、更に外側に移動すれば民家や酒場、質屋などが増え始めるが、その辺りの奥へ行けば賭場や怪しい雰囲気の店がちらほらと確認できた。
 その更に外、街を囲む壁に最も近い場所には兵士の宿舎や警備施設、厩舎(きゅうしゃ)やゴミ捨て場などが見て取れた。
 他には街の中央にある広場が住民の憩いの場になっており、その周辺に街の重要施設が建ち並んでいたが、門の周辺にもいくつか存在していた。

「ここも言語は我らとは違うのか」

 調べながらも街の住民が口にしていた言葉を耳にしたガーブリは、言語もある程度は理解しなければならない事に小さくため息を零す。
 言葉が通じない上に、この地の通貨の持ち合わせも無かったガーブリは、道行く者達の言葉に耳を傾け学習しようとする。身振り手振りで話す者を特に重点的に観察する。あとは商人の呼び込みの声も勉強になった。
 数日を観察と学習に費やした後、ガーブリは懐に手を入れ、周囲に見られない様に部分的な転移魔法で別の場所に手だけを飛ばし、そこに収納しているよく分からない何かを取り出すと、通りを歩いていた子どもに声を掛けてそれを見せた。
 それで「何それ?」 という言葉を修得したガーブリは、子どもの疑問に適当にそのよく分からない物の名前を答えて、「何それ?」 と子どもの持ち物について質問を始めた。
 それでいくつか物の名前を修得したガーブリは、観察で修得した「ありがとう」と「じゃあね」 を言って子どもと別れた。
 その後もそうして色々な相手に質問を続けて行い、ガーブリは短期間でそれなりに物の名前を覚える事に成功する。
 それからも言語習得と常識を観察と質問を重ねることで学習したガーブリは、そろそろ出来損ないの亜人の世界を見て回ろうと、街を後にした。

「次は向こうに赴いてみるか」

 明確な目的地が無いガーブリは、適当に足の向きを決めて進み、その先々の街で見聞を広めていく。
 そんな旅を続けて各地を転々としていたガーブリは、とある町で一人の少年と出会う事となった。
 その少年を目にした瞬間、ガーブリは理解した。ああ、これは自分と同類だと。
 出来損ないの亜人の中に神の魔力をその身に宿した同胞を見つけた事に驚きはしたが、その身に纏う魔力はあまりに弱弱しかった。
 そんな力の使い方を知らない兄弟に、ガーブリは力の使い方を教えようと考える。初めて出会った兄弟という存在に、ガーブリは親近感というモノを初めて感じた為でもあった。
 その少年はとても冷めた目をした少年であった。言動も達観しているように冷たかったが、才能は目を見張るものがあった。

「これは凄いな・・・」

 その修得速度は、ガーブリの人生の中で最も感嘆する事となった。何せ、覚えが悪くても一度見せるだけで終わるのだ。大抵の事は説明の途中で完全に習得してしまう。
 要は力を教える師が不在だっただけに過ぎない。その少年には一節でもいいから説明が必要だっただけだった。そして、ガーブリはそれですらまだ認識が甘かった事を知る。
 少年に自分が知る様々な魔法を伝え、武術も教える。呑み込みが異様に早い為か、ガーブリがそれに充足感の様なモノを覚え始めていた頃、少年はガーブリの予想を遥かに超える事をやってのける。

「我は一体何に知恵を与えてしまったのだろうか・・・」

 ガーブリは人生初の戦慄を覚える。少年はガーブリの手を離れ自力で新たな魔法を開発してのけたのだ。
 それでガーブリは自分が勘違いしていた事を理解する。少年に足りなかったのは知識でも経験でも、まして師などでもなく、必要だったのはただ単にきっかけに過ぎなかった事を。
 それに戦きながらも、ガーブリは同時に誇らしく思えた。それは己の兄弟であり弟子である少年が高みに昇る一助になれた事によるものであった。
 その後、ガーブリは手持ちの本を与えて自分達の文字を教えてみたり、時に語らってみながら少年と一緒の時を過ごす。

「君は強い。だから知るといい。力あるものは弱者・・・いや、世界の為にその力を振るう義務がある事を。まぁ君はまだ若く視野が狭い。だから、今分からずともいつかは分かる時が来るだろうさ」

 そう伝えるも、少年は何の反応も返さず、ただジッといつもの冷めた表情のままガーブリを見つめ続けるだけだった。
 そんな話を時にはしながらガーブリは少年と過ごすうちに、一つ確信した事があった。それは、出来損ないの亜人と自分達人間が同じ祖を持つという事。
 だが、何故こうまで魔力量に違いが生じているのかまでは解らなかった。もしかしたら出来損ないの亜人の住まう地を覆うこの防御障壁のせいかとも考えたが、それだけでこうも違いが生まれるとは到底思えなかった。
 少年と過ごす時間はガーブリにとってとても有意義な時間ではあったが、いつまでもこうしている訳もいかないと、次の地に向かう事を決意するが、その前に確認したい事が一つだけあった。

「思いの外長い時をこの地で過ごしてしまったが、我には知りたい事がある故、我はそろそろこの地を去る事にする」

 ガーブリのその言葉に、少年は感情を窺わせない口調で「そうですか」 とだけ呟いた。相変らず表情は微塵も変化が見られなかった。

「そこでだ、最後に我と手合わせをしてみないか?」
「手合わせですか?」
「ああ。君に頂の高さを教えてやろうと思ってな」

 ガーブリの好戦的な笑みに、少年は相変わらず冷めた表情のまま「はぁ」 とだけ返す。

「さぁ、少し場所を変えようか!」

 そう言うと、ガーブリは少年を連れて防御障壁の外へと転移する。

「ここならいいだろう」
「ここは?」

 見慣れない山間に、少年は大股で数歩分離れた場所に立つガーブリに向けて首を傾げる。

「ここは君が住んでいた地からかなり離れた場所の山間だ」
「それは見れば分かりますが」
「ここなら邪魔は入らない。それに魔力の濃度も君の住む地と比べ物にならないぐらいに高いだろ? さぁ、全力で来るがいい。心配せずともこれが終わればちゃんと帰してやる」
「そうですか。では、行きます」

 少年は冷めた目をガーブリに向けると、大量の氷の塊をガーブリの頭上に落とし続ける。

「ここまでの威力がある魔法はそうそう味わえんな」

 その岩石の如き巨大な氷の塊の雨を防御障壁で受け止めながら、ガーブリは感心してそう口にする。

「それでも我には届かんがな」

 ガーブリは防御障壁を展開したまま、少年に向けて光の塊を放つ。

「ぐっ!」

 防御障壁を展開しながらそのあまりに速い光の塊を受けた少年は、大きく後方へと吹き飛ばされた。

「流れには逆らわんか。大したものだ」

 ガーブリの攻撃を受けて吹き飛ばされながらも、ほぼ無傷で立ち上がる少年。
 吹き飛ばされたことで当初の十数倍は離れた距離を、少年は瞬きをするより早く詰めてくる。

「相変わらずその魔法は驚嘆するな」

 転移とも違う少年の編み上げたその魔法をガーブリはそう評しながらも、少年が手にする雷の剣を宙に浮いた黒色の盾で受け止める。

「残念。この石の盾は電気も通さんよ」

 ガーブリはその盾ごと少年を地面に叩きつけた。

「がぁっは!!」

 叩きつけられた圧で、少年から強制的に空気が漏れる。

「どうした? それで終わりか?」

 見下ろすガーブリに少年が次の魔法を放とうとしたところで、その身に掛かる圧が増して発現前に魔法は霧散した。

「これで終わりかい?」

 苦しそうに呻く少年だったが、目だけはガーブリから離さない。

「・・・その戦意には敬意を表するが、これで終いだ」

 少年から向けられるその眼に微かに寒気の様なモノを感じたガーブリは、勝負を決する為に一気に掛ける圧を増加させる。
 それに意識が朦朧としながらも、少年はガーブリから目線を外さない。そのまま少年の意識が落ちる間際、僅かに安堵の為に力を抜いたガーブリの背に暗黒球が落ちてくる。

「な、に!」

 地に顔を付け、少年に驚きの目を向けたガーブリの耳に少年の小さな声が届いた。

「最後まで油断は禁物ですよ」

 しかしそこで少年の意識が途切れた事で、勢いを無くした暗黒球をガーブリは難なく消し去る。

「あの短期間でこれ程成長するか、これは楽しみだな」

 ガーブリは裂けた様に口角を持ち上げ笑うと、少年が目を覚ますのを待つ。

「やはり君は強いな。おかげでいい発見が出来た。でもまぁ残念ながら我の敵ではなかったな。それでもとりあえず合格だ、これからも精進せよ」

 ガーブリは目を覚ました少年にそう言うと、少年だけを出来損ないの亜人の国へと帰す。

「我の敵ではない、か」

 少年が消えた後、ガーブリはぽつりとそう零す。それはガーブリが少年の強さに恐怖したが故に口をついて出た言葉であった。

「さて、それじゃあ最後に仕上げの試験といこうかね。君は故郷を守れるかな?」

 そう言ってガーブリは小さく笑う。その笑みは少し内なる愉悦を感じさせる邪悪なものであった。

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