月が墜つる夜
今日もまた月が墜ちていく。
同時に多くの命が星となる。
夜空に燃えている月。
そこに暮らしていた人々。
更に月が地球に落下すれば、地上にいる人々が巻き込まれる事もある。
そんな事はお構いなしにと月が月を墜とす。
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長い年月をかけて地球の衛星軌道上に無数の月が生まれてきた。
何故、そんなにも無数の月が生まれたのか。
元々は人類が地球外に生活の場を求めて人工の月を造り始めた。
本物の月に人類が住める環境を作るよりも、人工の月を造って、その中に人類が住める環境を作る方が容易だったのである。
そして、その技術が発展した結果、人工知能をもったロボットを打ち上げるだけで、そのロボットが自身を月へと造りあげていく様になった。
人類はそのロボットに必要な材料を提供すればいい。
ロボット月は人類から材料の提供を受ける事の引き換えとして、自分の中に人類が生活可能な環境を与えた。
元々は人類の道具でしかなかったロボット。
知能を与えた事で人格の様なものが形成される様になり、今やそのロボットとの契約をしなければならなくなった。
ただし人類が契約を守りさえすれば、ロボットが契約を破る事は無い。
ロボットを打ち上げて材料の提供を続けさえすれば、次々とロボット月が造られていく。
その様にして、これまで無数の月が生まれてきたのである。
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今日、墜ちていった月は何という名なのだろうか。
専門家には分かるのかもしれないが、素人には分からない。
一つだけある本物の月。
『ONE』と名付けられた月だけは素人にも見分けがつく。
地表の凹凸が模様として見えるからである。
そういえば、その模様を"ウサギが餅つきをしている"なんて例えもあった。
一方、ロボット月の外観は似たり寄ったりだ。
いや、どれもこれも外観で見分ける事は不可能。
専門家は月の位置から固体を特定する事になる。
何故なら、ロボット月の地表は太陽光パネルで埋め尽くされているだけなのだ。
根本となっている技術が同じなので、当然にそうなってしまう。
そして、その似たり寄ったりのロボット月達が、いつの頃からか、争う様になった。
それも殴り合いをする。
その殴り合いに敗れた月が地球に墜とされるのだ。
また殴り合いに勝った方の月に住む者達にも大勢の被害者が出てしまう。
そして此処数日は毎日の様に月が墜ちている。
争いに敗れて地上に落ちた月に住む者達は一人残らず死んでしまうだろう。
それに加えて、地上で巻き込まれる被害者と勝った月の方の被害者。
此処数日で一体、どれ程の命が星となったのか。
ロボット月達はお構いなしである。
かつて地上では人類が他の生命にはお構いなしに戦争を繰り返した。
その人類が生み出したロボット月達によって、今度は人類が蔑ろにされる様になってしまったのである。
因果応報。
その様子を『ONE』が眺めている。
そして今夜もまた月が墜ちた。
果たして『ONE』は何を思うのか。
地球に人類が誕生するよりずっと以前から、地球を眺めてきた『ONE』。
今日の様に月が墜つる夜。
地表の模様がウサギではなく、嘲笑に見えなくもない。