02-[少女との出会い]
暖かな太陽の光に照らされ活気に満ち溢れる往来の片隅で、一人の青年は捨てられていた木箱に頬杖を付きながら道行く人々の持つ食べ物を眺めていた。
「お腹すいた・・・」
思わず本音が漏れてしまったその青年は年齢にして20歳前後、平均よりもやや高い背丈で一見細身に見えるがしっかりと鍛え抜かれており、吸い込まれるような漆黒の髪を目にかからないように横に流しているためなかなかの好青年という印象である。機能よりも見た目に重きをおいた羅紗を主原料する簡素な服装は貴族のものとはどこか違うが上品さという意味では通じるものがある。そのような出で立ちから街を行き交う人々は「こんなところには珍しいどこぞの貴族のご子息か?」と一瞬興味を持つが、腹を空かせてだらしなく木箱にもたれかかっているその姿を見ると「なんだ、ただの変わり者か」とすぐに通り過ぎて行った。
今青年がいるこの街はヴィオラと呼ばれる緑豊かなグラス大陸の中央付近に位置する街で、この地を治めるブルメリア王国の首都の隣に位置する。首都への玄関口として機能するこの街は人々の行き交いが多く貿易が盛んであり、そこに集まる品物や情報を目当てとした人達により数多くのコミュニティが形成されている。このコミュニティはギルドとも呼ばれ、交易、傭兵活動、研究など目的を同じとする人々が集まって形成される。特に法律などで体系だっているわけではなく、目的や規模も様々で無数のギルドがこのヴィオラの街には存在するが、主に人気があり取り分け目立つ分野がいくつかある。
1つは貿易ギルド。この街の活気の根幹を成すものであり、その目的は他の王国や街などから入手した珍しい品物などをブルメリア王国で販売することと、その逆でブルメリア王国の特産品を他の王国や街に売り込むことであり、これらの活動によって収益を上げている。品物以外にも情報なども売買の対象である。
そしてもう1つは傭兵ギルド。傭兵ギルドはその名の通り依頼主に雇われて戦う集団のことで、主に貿易ギルドや王国が依頼主になることが多い。貿易ギルドは希少価値の高い品物を扱うため、それを目当てとした盗賊ギルドの標的になることが多い。そうした輩から自分たちの身と品物を護るために傭兵ギルドを雇うことはよくある。また、王国には王国騎士団という独自の軍隊があるが、戦争で人手が足りなくなる時や小規模な治安維持活動のために傭兵ギルドの力を借りることも少なくはない。
最後に紹介するのは冒険ギルド。このギルドは主に未開の地や普通の人々が近寄らないような場所に赴き、そういった場所にある希少価値の高いものを収集することを目的としている。収集する目的はギルドの方針や更に所属する人によってまばらであり、自分が使用するため、貿易ギルドに売り込むためなど様々である。冒険ギルドに属する人々は博学であり、目的の品物や未開の地、ダンジョンと呼ばれる特殊な建造物に対して深い知識を持っている。一方、戦闘を得意とするものはそれほどいないため危険を伴う旅には傭兵ギルドの力を借りることが多い。
この他にも古代魔法と呼ばれる術式の研究をするギルドや武器や防具を鍛える鍛冶ギルド、薬草を調合して販売するギルドなど多様なギルドが存在する。中には盗みや殺人を目的としたギルドもあるが王国はそのようなギルドを認めておらず見つけた際には厳しく罰している。
冒険ギルドが希少価値の高いものを収集することを目的としていることは先ほども述べたが、中でも人気のあるものはオーパーツと呼ばれるものである。オーパーツというのは現代の技術では到底作れない不思議な力を宿し、この力に魅了された人々が血眼になって探している神秘のツールである。オーパーツは特異かつ絶大な力を持つゆえに、それを手にした者には巨万の富や名声が約束される。使い方さえ間違えなければ人々のために活用できる素晴らしいものなのだが、中にはその力に憑りつかれ、あるいはその力を狙った争いに巻き込まれ周囲を不幸にしてしまう者もいる。そのため扱うにはそれなりの知識や資格が必要であり、また王国によって規制されている。しかし、それでもオーパーツに魅了され、それを探し求める人は多い。
この青年もオーパーツに関する情報を収集するため、同じような目的を持った人々が集まるであろうこの街に10日ほど前にやってきた。しかし、貿易ギルドで情報が商品として扱われているようにタダで教えてくれるような奇特な人はいなかった。冒険ギルドに加入することも試みたがどのギルドでも”ギノウケンテイ”というものを要求してくるため”ギノウケンテイ”が何なのかもわからない青年は加入することが叶わなかった。
次第にお金もお腹も余裕を無くしてきた青年はどのようなギルド、仕事でもいいからひとまずお金を稼ごうと思い、手あたり次第ギルドにあたったり街の総合掲示板に貼られていた依頼書を眺めて依頼主に話を伺ったりしたが、全て”ギノウケンテイ”が無いという理由で断られてしまった。そしてどうすればいいかわからずお金が完全に尽きてから2日、今に至るというわけである。
そんなわけで青年はこうして往来の片隅で途方に暮れていた。
「俺、このままだと死ぬかもしれない・・・」
誰かに聞いてほしそうな独り言は虚しく往来の喧噪にかき消された。あまりの空腹に何もする気力も湧かなかったため思考を働かせることさえ放棄してただ虚空を眺めることにした。それから空腹で胃が痛くなるのとそれが収まるのを3回ほど繰り返したところで不意に声をかけられた。
「君、大丈夫?」
青年が見上げると透き通った蒼い空のような色をした綺麗な髪の少女がこちらを見ていた。心配そうに首を傾げる少女のその仕草に、肩の少し上くらいまである短めの髪がその髪と同じ色の瞳を見え隠れさせていた。
「ちょっと仕事が全然見つからなくてね。もう3日間何も食べてないんだ・・・」
青年は少女に気を遣わせてしまうのは申し訳ないと思いつつも空腹に耐えかねて正直に話すことにした。
正直にそう告げるとそんなことだろうと思ったと言いたげな表情とともに、少女は持っていたリンゴをぽいっとこちらに投げてきた。
「じゃあそれあげるよ!さっき買い物してたらお店のおじちゃんから貰ったんだー!」
そう言って明るい笑顔を向けてくる少女の優しさを青年はありがたく受け取り、あっという間にリンゴを平らげた。久しぶりに胃の中に食べ物を入れたせいか、少しばかり胃が痛んだが、そんな痛みもあっという間に空腹を和らげる満足感に変わった。
笑顔のままじっと青年を見つめていた少女は、青年が食べ終わるのを確認して話しかけてきた。
「でもどうしてこんなところでぼーっとしてたの?」
そう聞いてくる少女に青年は街に来てから今日までの出来事を話した。すると少女はお腹を抑えながら思いっきり笑った。
「あはは!それは仕事が見つかるはずもないよー!」
少女はそういうと、先程散々聞いた技能検定について新設に青年に説明した。少女の話によるとどうやらこのブルメリア王国には個人の技能を認定する制度があり、認定された際に発行される技能証明書を元に依頼元やギルドが雇用するか判断するらしい。技能には、主に傭兵として戦闘をこなすためのマーシナリーや、遺跡などを発掘したり強大な力を持つとされるオーパーツを扱ったりするためのディガー、薬を調合するためのファーマシスト、鍛冶のためのブラックスミスといったメジャーな技能の他にも細かな技能が数多く存在するとのことだった。
技能の検定も受けてない上に、何の証明書も持たない青年には誰も仕事を任せてはくれないと少女は言う。確かに逆の立場だったら技能を持っているか疑わしい浮浪者になんて依頼を任せたくないと青年は思った。
「でも、そんなことも知らないなんて君、どこの出身?」
こんなこと子供でも知ってる常識だよ?とでも言いたげに少女が言った。
「ずっとここからずっと南の方の山の奥で暮らしてたから、あまり仕組みとか制度とかわからなくて・・・」
「へぇ~、そんな遠くから来たんだねー。でもなんでわざわざこんなところまで?まさか家でとか~?」
少女は青年の顔を覗き込みながら冗談っぽくそう言った。
「はは、そんなもんかな?一緒に住んでた人達と盛大に喧嘩しちゃって・・・」
「君、優しそうな顔してやるときはやるんだねぇ~。一緒に住んでた人達って家族とかじゃないの?」
一緒に住んでた人達という言い方が少しばかり気になったのか少女は青年に訪ねた。
「うん、先生って呼んでた人と同い年くらいの先生の娘さんと3人で暮らしてたんだ。小さい頃の記憶が無くってさ、気が付いたら先生に拾われて一緒に生活するようになったんだ。だから本当の家族のことは何もわからないんだ。」
「そっか・・・、ごめんね」
軽く話すつもりが、踏み込んではいけない領域に入ってしまったと思い、少女は気まずそうに謝った。青年は少女のそんな気持ちを払拭しようと気にすることはないと言ったが長い沈黙が続いた。しばらく少女は考え込むような表情をしていたが、何かを決断したのか不意に顔を上げた。
「君、もし行くところの当てもないんだったら私のギルドに来てみない?」
少女からのそんな提案に、このまま少女に甘えてばかりでいいんだろうか、本当についてしまっていっていいんだろうかと青年は少しの間悩んだ。すると少女が続けた。
「そんなに大きなギルドじゃないけど、お姉ちゃんがマスターをやってるんだ!だから話せば大丈夫だよ!そうすれば仕事も見つかるだろうし、ね?」
青年は少女にまた気を使わせてしまったかな、と後悔したがこのままいても行き詰まった現状を変えられないと思い、立ち上がって是非、と返事をした。
「私メルト!君は?」 満面の笑顔で聞いてくるメルトに青年はウィルと自分の名前を言った後に歩き始める彼女の横に並んで、その向かう先「ギルド~シャムロック~」までついて行くことにした。