最強は絶対、弓矢だろ!
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俺がまだ、六歳の頃の話である。
親父や、その知り合い達が狩をしていた。そこで見たのだ。俺は。
弓を番た親父がヒュッと弦から指を離すと、矢が飛んでいって獲物に突き刺さったのを。
それを見て、当時の俺は確信したのだ。
あれは……世界最強の武器だ!
と……。
弓矢に魅了されてから、俺は親父に狩の仕方を……弓矢の使い方だけを聞いてから一人で黙々と練習した。
最初は動かない的を。木とかに適当に。子供の力では、大人用の弓は使えなかったから自分で作った。
少しずつ上達してきた俺は、自分が動きながら的を射たりしたが、気付いた。
別に、弓矢は遠くから狙うものだし……相手に気づかれなければ別に自分が動きながら放つ必要もない。
と……。
それからは、遠くから的を射る練習をした。
暫くして、俺も狩に連れて行かせてもらうようになった。この村では、作物の他に大人達が狩ってくる獲物が大事な食料源だった。それに連れていかせてもらうのは、この村では一人前の証である。
だから、それからは動く標的に当てられるように練習した。
そして、さらに俺は気付いた。
当てるだけじゃダメだと。
一撃で倒すにはどうするか……急所を狙えばいい。頭、首、心臓……とにかく急所だ。獲物の急所を狙うのだ。
それから俺は、走る獲物の急所を的確に射る練習をした。
ふと、ある時狩をしている時に思った。森の中でも開けている場所なら、弓矢は多少なりとも使える。だが、木々が乱立しているところでは取り回しが悪い。木が邪魔なのだ。
だから俺は考えた。
放った矢を自在にコントロールできるようになればいい。
と……。
それから俺は木々が乱立した森の中でも正確に標的を射ぬけるように練習した。
練習して、失敗して、怒られて。それからまた練習して、狩で失敗しては怒られて……。
そんなことを続けて、俺はいつのまにか六歳児ではなくなっていた。俺は、十七歳になっていた。十六歳で成人だと考えると、いつのまにか俺は成人していたことになる。
「あぁ……あれから十一年かぁー」
思えば、弓矢に魅了されてからの俺の生活は弓一筋。本当に弓以外の狩猟道具を使ったことがなかった。今じゃ、村一番の弓の名手なんか呼ばれているが……実際どうなのだろうか。
「ちょっと、試したいもんだなぁ」
俺の弓の腕がどれくらいなのか。
世界ってのを見て回ってみたい……俺は初めて、弓以外に興味を持ったかもしれない。
俺の名前はロア・キース、弓の名手です。なんちって。
☆☆☆
狩の帰り、村に戻ると俺の幼馴染であるキリア・ノールが両手に野菜を抱えて歩いているのを見かけた。
この村はそんなに裕福でもないので、大抵の女が痩せている。キリアも痩せていている。だが、顔立ちはよく、村一番の美人と言われている。
そんなのと幼馴染なので、俺は昔から男連中に因縁を付けられたことがあった。
ま、今はそんなことはないけど。
「よぉ、キリア。なんそれ?」
俺が小走りで、キリアの隣に並んで言うと、キリアは俺の顔を見て一瞬驚いてから答えた。
「あ、あーうん。これ、おじさん達からもらったのよ。……そんなことより、なんかアンタから話しかけられたの久々かも」
「は?なにそれ?」
「いや、そうでしょ?だって、アンタ狩から帰ってくると、角度がどうとか意味わかんないこと言ってるし……」
「そうだっけか?」
「そうよ」
キリアはどこか呆れたようなまで俺を見て、ふっとため息を吐いた。
ふむ、そうか……それはあれだな。感じ悪いっていうか、変な奴だな!
あ、俺のことか。
「ま、そんなんどーでもいいだろ。で、ヘリドは?」
ヘリド・カールマン……こいつも俺の幼馴染だ。男で、この村では唯一の衛士をやっている。衛士はこの村を守る役目を負っている。
ちなみに、キリアの彼氏だ。つまり、キリアに向けられた好意の嫉妬をヘリドが全て持って行っているわけだ。
ははっ、楽で助かるわー。
俺が聞くと、キリアは少し思考を巡らせるようにしてから言った。
「多分、家じゃないかしらね……なにか用なの?」
「んー……まあな。お前にもあんだけどな」
「アタシにも?」
「あぁ」
キリアなにか意外そうに、俺を見た。どこか居心地が悪かった。
「んだよ……」
「え?あーうん……なんか改まった感じのアンタ見るのも初めてっていうか。なによ?何の用なの?相当大事な用なんでしょ?」
さすが幼馴染だ。どうやら、俺の雰囲気で察したらしい。
「おうともよ……よく分かったな。幼馴染パワー?」
「なにそれ、面白くないから」
「あ、そう……」
「ただ、まあそれはあるけどね。アンタの雰囲気、いつもと違うし」
なんだよ、やっぱり幼馴染パワーじゃねぇか。素直じゃねぇなぁー。
「じゃ、ヘリドのとこに行こうぜ」
「わかった」
俺はなにも言わずにキリアの抱える野菜を半分ほど請け負った。驚かれたが、直ぐにクスクス笑われた。そんなに意外なのだろうか……まあ、手伝ったりしてやったことはないか。
まあ、こんくらいいいだろ。別に。
なにせ、もう会うことはなくなるかもしれないしな。
☆☆☆
その日、俺は二人の幼馴染に言った。
「俺、村出るわ」
「「え?」」
キリアとヘリドは同時に素っ頓狂な声を上げた。それから数瞬後に、我に返ったヘリドが言った。
「え?村を出るって……おまっ。え?マジか?本気か?真剣に言ってんのか?」
「同じこと三回言ってるからな……それ。とりま、落ち着けヘリド。俺は真面目に言ってる」
「あ、あぁ」
ヘリドはどこか気が抜けたように、言った。
「本気……なの?」
「おうともよ」
「そう……」
キリアも少しおかしい。
なんだこれ。
「おいおい、なんでそんなお前ら……なに?寂しいの?俺がいないと?かまちょか」
「茶化すな……こっちは、本気で寂しんだぞ」
「え?マジ?」
「まぁ……うん」
ヘリドもキリアも、俺が村を出ていなくなるのが寂しいらしい。なんかちょっと嬉しいじゃなぇか、この野郎。
「そか……なんかサンキュな。俺はあんまり寂しくないけど」
「だろうな!お前、弓一筋だもんな!」
「もう!人の気も知らないで!バカ!弓矢バカ!」
「おう!もっと褒めろよ、諸君」
二人ともやれやれと言った感じだった。その困った子を相手にする感じ、やめて下さらないかしらねぇ…。大変失礼ですよ?
「寂しくなるな」
「そうね。本当に」
「ん……」
なんだか、俺も少しだけだが寂しく思った。
「このこと、親父さんには?」
「この後言うよ」
「反対されたら?」
「そんときはそんときだっつの!反対されたら、黙っていきますから!」
俺が胸を張って高らかに言ってやると、二人からお前らしいと言われた。そうかいそうかい。
「それにしても、お前が村を出たいか……どういう理由なんだ?」
「あん?決まってんだろ、んなもん」
俺は右手の人差し指を掲げて、叫んだ。
「世界だ。こんな村で一番の弓の名手なんか、やってられるか!俺は世界で一番の弓の名手になって、最強は弓だと知らしめたいんだよ!」
「ほんとーに弓バカだな、お前」
ヘリドが笑った。笑いながら、泣いていた。なんだよ、そんなに俺がいなくなるのが寂しいのかよ。ホント、かまちょかよ……ったく。
「ま、世界一になったら……もどってくるっつーの」
「そうか」
「おう」
俺はそれから二人と別れてから、親父とお袋にこの話をした。二人とも、泣きながらも許してくれた。
なんだよ、みんなして。泣きやがって。
男の旅立ちくらいは、笑顔でいて欲しいもんだぜ。
☆☆☆
俺が村を出る日、村人総出だった。
なにこれ。
俺の家の扉から、村の出口まで村人たちが道を作るみたいに並んでいた。ものすごい拍手と歓声で、みんな笑顔で俺を送り出す。
やりゃあできるじゃん。
「んじゃ、いってくらぁ」
みんなにそう一言言って、俺は村を出た。最強が弓矢だと世界に知らしめるために。