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剣戟の果て

 一騎打ちが終わるまでは停戦状態となった。日が傾きかけていたこともあり、実際の勝負は翌朝に持ち越された形である。微妙に空気だったバルデン伯の指揮下から離れた100の兵は、予想通りというか伯の次男、レックス卿が率いておりそのまま王女の指揮下に入ることとなった。
おっさんをそのまま若返らせたようないかにもな青年騎士である。天幕で簡単な顔合わせのあと、開口一番俺に話しかけてきた。

「エレス卿。親父は強いぞ。どうやって戦うつもりだ?」
「そうなのか?士官学校時代は奇襲で何とかなったが、もうあんな手は使えないだろうな。しかしまあ、ブチ切れた時の殺気はなかなかに凄まじかったな」
「・・・おいおい。あんだけ激怒した親父は早々見たことがないぞ。しかもそれをさらに煽るとか、あんたどんな心臓してるんだ。ていうかあんたか、候補生が親父を叩きのめしたって聞いたときは我が耳を疑ったぞ」
「ついカッとなってやってしまったが後悔も反省もしていない」
「ああ、そうですか・・・」
レックス卿は力なくうなだれた。うん、強く生きようぜ。

 心底呆れ帰った言葉に周囲はやたら生暖かい空気を醸し出す。おいまて、一緒に掛け合いしてた王女は目をそらすな。あの事態の責任の半分はあんただろう?
 レックス卿の口から、おっさんの武勇伝が語られた。やれ隣国との会戦で倍の兵力を物ともせず敵指揮官を討ち取ってきたやら、一騎打ちで立て続けに5連勝したとか、しかもその中に相手王国の近衛騎士の上級指揮官がいただの。ガチの化けもんじゃねーかおい。

「ま、なるようになるさ。だからそんなプルプル震えなくてイイんだぜ、王女様」
「ベ、別に震えてなんていません!私の騎士様は世界一強いのです!だからあんな老害に負けるはずがないんです!」
「へいへい、せいぜい期待に応えますよ、我が姫君」

 なんかいつもの空気になりその場は解散となった。ニヤニヤ笑いを浮かべるレックス卿となんか焦点のない目つきと無表情なミリアム。砂糖を吐きそうになっているカイルとレイリアさん。肩をすくめるナガマサとトモノリとロビン。誤解のないように言っておくが、臨時雇いの主従関係で、それ以上でも以下でもないからな?士官学校出たばっかで、身分的には本来はただの従騎士である。ま、なるようになるさ。しかしなるべくなら、本気は出さないで済むようにしたいものである。そう思いながら自分に割り振られたテントに入ろうとすると、先客がいた。

「エレス、私と一緒にここから逃げよう」
「何考えてんだミリィ」
「こんな国なんか捨ててしまおう。じゃないとまた化物呼ばわりされてしまう。あんなのはもう嫌」
「・・・ここで逃げても結局同じだろ。それにな、あの姫さんは俺達のことを知っている。それでも俺を配下に置きたいと言ってきた。だからいまはあの姫さんのために戦ってやる。前に世話になったしな」
「・・・・わかった。けど、一つだけ言っておく。エレスを化物呼ばわりしたら、その時は私も本気を出す。それだけは覚えておいて」
「ああ、そうだな。ありがとな、ミリィ」
「いい、だって私はエレスのお嫁さんになるから」
「おいおい、まだそんなこと言ってるのか・・・ってなんで服を脱ぎ出す?!」
「夫婦だから当たり前・・・ってロープ?そう、そういう趣味だったんだ。分かった、夫のどんな欲望も受け入れるのが妻の務め。いいよ」
「何を勘違いしてるのか知らんが、簀巻にしたらお前のテントに放り込むだけだからな」
 えっ、そんなひどい、そう、これは放置プレイなのねと世迷い言をほざくミリアムを引きずってテントに放り込んだ。そして改めて自分のテントに潜り込み、周囲に結界を張り巡らせてから目を閉じた。一応暗殺者とか来るかもしれんしな。

 翌朝、何事も無く目覚めた。夜中に数回結界が反応していたが、害意はなさそうだったので気にしないことにする。指定された広場では互いの兵が半円状に展開して戦いの場を作っていた。その間にオルレアンの兵が入り、境界となっている。円の中央部に俺とバルデン伯のおっさんが向き合っている。その横に剣が届かないような位置関係でオルレアン伯ルドルフが立っていた。
 バルデン伯は片手持ちのロングソードを持ちラウンドシールドを左腕に装着している。かたや俺は両手持ちの大剣を切っ先を地面に向け下段の構えをとっていた。昨日顔を真赤にしてブチ切れていたとは思えない、妙に透き通った目つきでこちらを見据えている。構えに隙はなく、巨大な巌のような威圧感すらあった。これはヤバイ。
「この短剣を放り上げる。地面に落ちた瞬間が開始の合図である。よいか?」
俺は無言で頷き、おっさんも「承知」と答えを返した。

 無言で投げ上げられた短剣は回転しながら陽光を弾き返し、ストンと呆気無く地面に突き立った。盾を構えたままおっさんが突進してくる。振り回すのではなく、刺突を中心とした実戦的な攻撃だ。狙いも正確で鎧の関節部分を狙ってくる。剣を振り上げることなく上体を揺らして躱す。ってか下手に大振りしようもんなら喉首つきぬかれて即死だ。後ろに飛んで距離を取り、追撃してきたところにカウンターで剣を振り上げた。体を縦にして躱し、そのまま盾を叩きつけてきた。剣の腹で受け止め、相手が押し込んでくる動きを利用してさらに下がる。その瞬間横薙ぎの斬撃が飛んできた。急所を正確に攻撃してくるあたり、歴戦の騎士である。技量の限りを尽くした攻撃は完璧な防御に弾き返され、攻防ところを変えても完璧な防御に阻まれる。戦況は全くの互角だった。
 一進一退の攻防に両軍の兵は沸き返り、卓越した剣士が織りなす演舞のような動きは飛び散る火花と剣戟で見るものすべてを魅了するかのようだった。そのさなか目に入ってきた光景。跪き一心に祈りを捧げる王女の姿。一瞬のことだったがその姿は俺の目に焼き付いた。てめー、信じるって言ったよな。ああわかったよ、なんとかしてやるよ、あんたの騎士様がな!
 戦況が傾き始めた。バルデン伯の剣戟はいよいよ熾烈さを増し、エレスは防戦一方に追い込まれているかに見えた。ここぞとばかりに繰り出された刺突がエレスの首を貫いたかに見えたが、甲高い金属音とともに長剣が切り飛ばされた。周囲の目には銀色の線が目にも止まらぬ速さで走った様に見えなかったであろう。盾が両断され、鎧の留め金だけが切断されるという人外の離れ業が披露される。そして喉元に寸止めされている切っ先。勝敗は誰の目にも明らかだった。

「それまで、勝者はエレス卿だ!」

 オルレアン伯の勝ち名乗りを聞いて、俺は剣を引いた。
これでひとまずこのドタバタにも決着がついたと安堵の溜息を漏らしつつ。
しかしそれは、俺の不本意な人生の転換点の序章に過ぎなかったのである。

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