消失する視点
俺は、田舎の小さな市で農業生産法人を経営している。俺が継ぐまでは高鳶家は農業生産法人としてあまり確立されていなかったが、広大な畑・田に追加して山を一つ持っているので、一括で管理するためにも、早急に会社を設立する必要があった。ここ永山市は、日本一の面積を持つ市だが、人口が少ない。2178㎢の面積に対し、8万人ほどしかいないのだ。
俺が自宅で仕事をしていると、中学時代からの親友、八田部郁浩が仕事部屋の障子を開けて入ってきた。郁浩はいつものように、
「やあ。信紘。面白い話が・・・」
「聞きたくない。俺は忙しいからな」
厄介事を持ち込んできそうなのでさっさと断る。郁浩は不満そうに、
「いや。困ってるのは僕なんだけど、亜也加が・・・ね?」
と言う。なるほどね。亜也加というのはこいつの妻で、俺の・・幼馴染み?でいいのか。まあいいか。俺は、
「まあいい。どんな話だ?」
と言う。郁浩はいつもの芝居がかった口調で話し出す。
「僕の家でのことなんだけど・・・」
要するに、郁浩の家の本棚から一冊の同人誌が消えてしまったらしい。翌日、会社を休んで郁浩の自宅に向かった。市内で一番高層といわれている20階建のマンション。その10階に郁浩の自宅はあった。インターフォンを押すと、待ち構えていたのか、即座に扉が開く。丁度扉の前にいたので、勢いよく開いてきたドアに鼻をぶつけた。すると、
「あれ?あ、ごめん・・・・」
と言う亜也加の声がする。俺は早く帰りたかったので、
「失礼するぞ。どこの本棚だ?」
と言う。亜也加は玄関の左側の引き戸を開け、
「ここ。私の仕事部屋」
と言う。中にはデスクトップPCや漫画類、トーンなどが乱雑に置かれている。PCデスクの反対側、玄関側の壁は本棚に覆われている。本棚の中央部、同人誌ばかりが並んでいるあたり、一冊分ほどの隙間がある。俺はそこを指差し、
「あそこにあった本がなくなったんだな」
と尋ねる。亜也加はこくりと頷き、
「うん。部屋中探したんだけど、見つからなかった」
と言う。そうか。あった本がない。俺は亜也加にこう告げる。
「申し訳ないが、一人でちょっと考えさせてくれ」
そういう事か。俺は亜也加を呼ぶ。亜也加は、
「本の居場所が分かったの?」
と言い身を乗り出してくる。俺はそれを制し、告げる
「このスペースにもともと本はなかった」
「そ、そんなわけないじゃない!」
と叫ぶ亜也加。だが叫ばれたところでここに本は入っていなかった。俺は、
「それがそんな訳あるんだよ。このスペースは2年以上前から使われていない。埃のたまり具合から想像がつく。ここにはお前が認識した時点でもう本など入っていなかった。つまり、お前がないことに気が付いた一昨日より前に本は消えているんだ。ここに越してきたのはいつだ?」
と言う。亜也加は、
「2年前だよ。引っ越してきたのは」
と言う。俺は、
「おそらく、引っ越しの時に段ボール箱に本を詰めた。その時お前の言う本がほかの箱に紛れ込んだか処分物とかの箱に入れたから消えた。そんなところだと思う」
と言う。亜也加が、
「つまり、もうここには存在しないってこと?」
と言う。俺は、
「いや、その本ならあるぞ。この家に」
と言う。亜也加は、
「えっ。なんで?」
と言う。俺は、
「お前の寝室のベッドの下。たぶんそこにある」
と言うなり、亜也加は部屋を飛び出した。その同人誌が見つかったのは、言うまでもない。
何で寝室のベッドにあるかと言うと、結論に至る前に、郁浩に確認したのだ。2年以上前にその同人誌を読んだことはないかと。すると、引っ越しの前日に読んで、箱に戻すのが面倒だったから、ベッドの中の空間に入れたそうだ。それがベッドを設置する際に下に落ちたという結論に至った。