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怠惰な死体・7

7

 1月22日。丸の内の中心ともいうべき東京駅から、前代未聞の腐敗しない死体がコインロッカーから発見され、バラバラ死体が次々と発見されて十日あまり経ったその日のことだった。

 片桐美波の推測通りというべきか、事件の後日談はやはり起こった。しかもそれは、またも世間を大騒ぎさせる形で起こったのである。この日は朝からネットやニュース関連でも、やたらゴタゴタした動きのある一日であったと記憶している。

 宇宙ゴミ回収衛星GENNAIの話題やらクロマグロの完全養殖成功や大型恐竜ハドロサウルスの全身骨格が北海道で発見された話題など、その日も様々な話題やニュースが世間に踊る中、写真週刊誌の一面を飾ったきわめつけが、某女性有名芸能人と聖創学協会幹部、真鍋政義の女性スキャンダルであった。

 新年早々の協会の儀式に愛人を呼んでいた情報が、全国トップを飾ってしまった訳である。どこかの週刊誌に至っては、殺人事件と共にその詳細記事を取り上げており、相当な売れ行きをあげたと聞く。

 このスキャンダルは多くの週刊誌が挙って追随し、真鍋政義の政界進出への道は完全に絶たれたといってよい案件だったのだが、各写真週刊誌がなぜ偶然にもほぼ同じタイミングで事件を取り上げたのかはついぞ謎で、その不可思議な現象についてはネットの某巨大掲示や政治系のブログの幾つかでも話題になり、その噂はしばらくの間、ネットニュースを賑わせた。

 曰く聖創学協会を心よく思わない正義のハッカーの仕業であるとか政界からの圧力や陰謀説であるだとか、どこかの記者が一斉にリークしたのだろうとか様々な噂がTwitterやFacebookやLINEを通して世間を飛び交い、囁かれ、話題になってもいたのだが、この真相は言わぬが花と言うものだろう。

 そして、この日の昼のニュースのトップを飾ることになったのが、バラバラ死体事件の全容がついに世間に公になったことだろう。聖創学協会の水道橋の教団施設が、ニュースで大きく流れたのである。
【バラバラ死体の血液見つかる・犯人の遺書発見】
 そのテロップと施設の映像を会社のテレビで見た時は、ついにきたかと身構えたものである。

 両頭愛染明王の仏像の背後から地下室が発見されたのだという。その地下室からはさらに、戦時中の防空壕を改装して作られたと思われる土牢まで発見されたらしい。土牢の奥には石室まであり、中には机や椅子や本棚や漢籍、禅籍に医学書や科学雑誌に学術論文などが多数発見され、いつぞやの宗教テロ事件の一幕を連想したものか、ニュースでも何度もその映像は流され、世間でも大いに話題になった。

 土牢の奥には、専用の容器に保存されていた血液製剤の入った輸血用バッグと貼り付けられたメモと、彼が最後の力を振り絞って認めたであろう長い遺書が発見された。その血液は河西麻未と河西祐介から採取されたもので間違いないと思われた。

 警視庁丸の内警察署捜査一課一係。通称カミソリとあだ名される西園寺班の動きは迅速だった。事件解決には彼らの功績が大きかったことは言うまでもなく、その陰には一人の風変わりな情報提供者がいたことはもちろん、世間には知らされてはいなかった。

 メモにはこう書かれていたのだという。

「患者は軽度の再生不良性貧血につき、治療法には輸血や顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF;白血球を増やす薬)などの支持療法と、蛋白同化ステロイド療法、免疫抑制療法、造血幹細胞移植などの造血の回復を目指した治療を要します。美也子と我が子の命をどうか救ってやってください。その為に我が命を捧げます」

採血期日:2014/01.04
保存温度:2〜6℃
有効期間:採血後21日間

“死体血輸血により採血。全血製剤につき、大量出血などすべての成分が患者に不足する状態で、赤血球と血漿の同時補給を要する場合にのみ、命の危険が伴うやむを得ない場合にのみ使用すること”。

 聞けば事件のこのニュースで、彼の死の真相を知った元信者や、教団幹部の木村政孝や政樹や一部の警察官達の援護もあって、全国から美也子のために献血や骨髄移植の髄液提供を希望する人々が、次々と現れ始めているというのだから驚きであった。

 私はこの事件を通して、あの東日本大震災でも見られ、日頃ついぞ忘れていた日本人らしい繋がりや絆というものの温かさや優しさ、何よりも誰かの為に力になりたいという日本人らしい献身の精神に基づく偉大な力を、まざまざと思い知らされたものである。

 彼がそこまで見越した上で、この殺害計画を立てていたのだとすると舌を巻くが、返す返すもこの事件のこの様相は絶奇な結末というよりなかった。

 このニュースは、海外でも取り上げられ“殺人犯が起こした奇蹟”として、殊に聖創学協会の名前を隠して報道しない自由を行使していた日本のテレビや新聞などのマスメディアは大いに恥をかく羽目にもなったのだが、現代のネットがいかに巨大な力を持っているのかをまざまざと思い知らせた事件でもあっただろう。

 西園寺から黙って渡された彼直筆の遺書のコピーを読むにつれ、私は木村憲仁の凄まじいまでの執念と愛と憎悪を、同時にそこに見せつけられた。

 その遺書の文面は、図らずも片桐美波の推理を完全に補強する内容であり、仕事帰りの西園寺と私は彼女に報告がてら再び夜の丸の内を訪れたのだが、残念ながら、その時はハスターの隅の席に彼女はいなかった。

 あの少し風変わりな私達の友人が終末に語った、あの膨大な言葉の数々と彼女の類い稀な推理は正に動かし難い現実で、紛れもない真実であることが木村憲仁の遺書によって証明されることとなった。

それは図らずも探偵と好敵手が現出させた古き善き時代の奇矯の物語が、この平成の世に再来したようでもあった。

 私は彼女が怠惰な死体と表現するなどとんでもないと語っていた理由や、この事件は一人の勇敢なサムライの最後の戦いの物語だと犯人を賞賛した理由をその時になって今さらながらに知り、彼と彼女が出会えなかった不運がひたすらに悔しくも残念でならず、果たされるはずのなかった邂逅に深く思いを寄せずにはいられなかったものである。

 そして私は彼女の言葉を思い出していた。

 この私、東城達也と西園寺和也と片桐美波が三人でキールで祝杯をあげたあの夜、彼女は最後に私達にこう言ったのだった。

「事件は犯人という主人公があって始めて成り立つ物語でもあるのです。不粋で小賢しい探偵など最後に横からやって来て時には英雄の功績を掠め取る、せいぜい社会や好奇心旺盛な人々の役に立つ道化かペットの泥棒猫で、謎が好きな脇役でしかありませんわ」

 科学技術がいかに発展しようとも、世の中には我々が及びもつかない出来事や、怪奇に満ちた謎や出来事はまだまだ眠っているのだ。私は今さらながらにそう感服せざるを得なかった。

 木村憲仁や彼女のように、怪奇に満ちた幻想や謎を現実に昇華し、それを壊せる類い稀な知性を操る頭脳はこの世に確かに存在していて、それこそが謎や怪奇の世界を演出しえる逸材の一つともなり得るのだ。

私はこの事件に出会い、その一端に触れることができた幸運と、人の出会いがもたらす、人生という果てしなくも趣のある旅の中程に稀に遭遇する、この味で数奇な偶然に深く感謝し、不謹慎にもワクワクと嬉しく思ったものである。

 人の内に存在する世界でさえ、人の深淵は無限という暗黒の海にある小さな島にしか過ぎず、我々の周りでは恐怖や謎が未だ渦を巻いて存在しているのだ。
 我々が認識する我々の只中でさえ、世界には未知の謎や未踏の暗闇や怪奇に満ちた謎の扉は、そこかしこに存在しているのかもしれない。

 東京は丸の内のとあるオフィスビルの地階。暖色系の仄かな明かりが灯る静かで小粋なショットバー。深海の光景とその深きに棲息する異形の生物達をひたすらに写している悪趣味でグロテスクとも思える入口のスクリーン。壁際の鏡の群れ。今日もハスターの店内は、篝火のようなどこかホッとする淡い暖色系の照明と上等な酒の数々で、疲れた都会の労働者達や異国の旅人達を癒してくれている。

 いつかと同じようにカウンターの席に座り、神妙な表情でバーボンのグラスを傾ける西園寺の傍らで木村憲仁の遺書を読みながら、私は一人の勇敢な男の果てしもない怒りと優しさと悲しみと温もりに触れ、最後には不覚にも涙を溢したものであった。

 果たして、これほどまでに凄まじい情念をもった犯罪があったのだろうか、と私はひたすらに驚嘆するしかなかったのである。

 西園寺の話では、この木村憲仁の遺書は妻君である木村美也子を始め、彼と関わった全ての関係者達全てに公開されることになるだろうという話だった。そこには口の悪い私の親友の多分に不器用で意地っ張りで、それでも正義を愛する真っ直ぐな性格が影響してもいるのだが、これも言わぬが花というものだろう。関係者達は一様にこの驚くべき内容に触れ、今後は彼の残した爪痕に衝撃を受け、自分自身の身の振り方にまで及ぶところになるのであろうか。

 聖創学協会という組織が今後どうなるのかは、それこそ神仏のみぞ知るところではあるのだろうが、一人の男がこの世に残し、人々の思いや願いを一身に受けた小さな命の証が無事誕生し、すくすくと成長していくことを私は願ってやまない。それはきっと、西園寺も美波も一緒で、私達の願いの総意でもあるだろう。


 冒頭でも触れたが、この度、私の拙い手記がめでたく私の勤めるS社の第2書籍編集部から刊行し、書籍となり得た背景には、この後にも語られる幾つもの事件と共に様々な事情があるのだが、この事件記録の一つが世に出たことで読者諸氏とその驚きを共有できる機会に預かれることは誠に僥倖であり、私は日本の神仏全てに感謝の祈りを捧げたいと思ったものである。
『怠惰な死体』と名付けられたこの物語は、正にイギリスの巨匠サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイルの名作『緋色の研究』に倣った訳ではないが、思えば非常に探偵小説的な結末であったと深く感じ入るところである。

 この書籍の初版が出回る2017年の正月休み明けの頃は、既に事件から三年の年月が経過しており、多分に政治的な内容も絡む故に、読者諸氏にとっては些か驚嘆する内容もいくらか含まれているであろうことを明記しながら、この物語の締めくくりとしては、やはり彼の記録を紹介して幕を閉じるのが相応しいと思う。

※※※
【親愛なる皆様へ】

 カタカタと体の真下で揺れるキャリーバッグの車輪が体に伝わってきます。箱の中で揺られながら、透明な薄い膜の向こうに広がる、切り取られたような世界を私は今、仰いでおります。

 幸いにも天気は快晴で、網膜の向こうに広がる抜けるような青空と燦々と降り注ぐ太陽の光が本当に眩しくて、世界とはこんなに明るかったのだなあと黒い箱の中で実感しているところであります。

 今はどの辺りなのでしょうか? 東京駅の動輪の広場を見せてもらったところまでは覚えているのですが、周囲は相変わらず少し狭く、相変わらず息苦しくもあり、寒くもあります。尻の下の車輪というのもまた、時代錯誤にも馬車に乗っているような心地がしてなかなか面白いものです。自分が望んだことなのですが、おかしな男の最後の我儘を嫌な顔一つせず面白そうだと言って聞いてくれた愛する我が妻も、つまるところ相当に変わっていたということなのでしょう。

 私は妻にこうして運んでもらい、手を引かれ、人生最後の旅路へと向かおうとしています。

誠に人の人生とは、最後まで驚きとどんでん返しの連続で、一体全体、次の瞬間には何があるか、最後まで解らないミステリーそのもののようです。おかしな男の人生とは、誠におかしな形で終わるものなのだなあと今さらながら笑顔まで溢れてくる次第であります。

 無論のこと、この遺書はその少し先のおかしな未来の光景を想定して書いているのですから、これまたおかしな話でございます。

 妻の美也子には本当に苦労のかけ通しでした。況してや、こうして私の死出の旅路を風変わりな方法で見出してくれるとは思いもよらなかったものです。微かに涙を浮かべ、それでも笑顔で送り出してくれる彼女を私は誇りに思うと共に、心の底から愛しております。

「新婚旅行に貴方が思いを寄せる大切な場所に行ければ、それだけで私達の一生の記念になるわ」

 誠に女性というものは男には及びもつかない発想をするものでございます。車輪に揺られながら、私は聖創学協会のこれからの行く末に思いを馳せていることでありましょう。それは私の犯した破戒の軌跡でもあります。

 協会に破滅をもたらすであろう私と教主の孫娘である彼女がこうして手を取り合い、やや変わった形で、新しいそれぞれの旅の門出を祝っているというのですから、人生とは斯くも絶奇にして面白おかしな偶然に満ち溢れているものです。

 自由であるための基本は“生きている”存在でなくてはなりません。死んで自由はありえない。

 自由とは読んで字のごとく、自分の思い通りに行動できる…生きられるという意味でしょう。そのため、自殺は最低限の自由権利をも放棄するということに相違ないのです。

 もし、近くに自殺しようとする人がいたら、それを思いとどまらせようとするのが人間でしょう。周りの人間は必死でその人を助けようともするでしょう。時には自分の命や人生を賭けてでも、その人を助けようともします。私は自由という言葉に囚われていたことを、罪と死を前にして思い知らされました。

 幾度も幾度も死を意識していました。

しかし、変わらずに燻り続ける憎しみは、それを遥かに凌駕しておりました。復讐と妄囚の虜となった私の意志を、彼女は涙を流して心の底から深く同情し、協会の罪を謝罪し、こんな破壊の限りを尽くそうとしている私をまったく否定せずに受け入れてくれました。

 人を殺し、自殺しようとする者を助け、罪を引き受けようとする彼女の行為の方が、私にははるかに自由な行為だと思えました。

生まれてくる命を守ってこそ、本当の自由があるからだと彼女は言ったのです。

 たとえ故人の意思でも彼女は罪に問われるのでしょう。私の目的を叶える為にそうしたのだと主張しても、世間は彼女を信じることはないでしょう。そのことだけが、私には心残りでもあります。自殺などではないのですが解ってはもらえないでしょう。

 その彼女の為に残せるものが、かの血液なのです。

 出産時に大量に出血が起こるのは実は稀なことではありません。特に前置胎盤で帝王切開するとき、多胎の分娩などの場合はその危険が高くなりますが、順調に進んでいた普通の出産でも、時として分娩後の子宮の収縮がよくないために、弛緩出血といって大量に出血することがあります。そして、不幸にも彼女の係累にはそれが非情にも高い確率で起こり、その出血量が母体や胎児の生命さえ危うくする命の危険が伴いやすい家系であるということなのです。況してや彼女は軽度ですが再生不良性貧血を患った患者でもあるのです。

 輸血の副作用としては、肝炎がよく知られています。肝炎はウイルスの種類によって、いくつかの型に分類されますが、最近では検査方法の進歩により、以前多かったB型、C型肝炎は非常に減りました。

 1995年度の日赤血液センターの調査ではB型、C型肝炎は調査対象となった6500人中、明らかな感染はゼロで疑わしい症状が出た人も数人のみでした。しかし非B型、C型肝炎については、200人に1人の割合で、感染が報告されています。

 肝炎以外の感染症としては、梅毒、エイズ、成人T細胞白血病のチェックが行なわれていますが、輸血による感染は今のところ報告されていません。

 非常に稀ではありますが、輸血後1~2週間後に、輸血された血液中のリンパ球によって、組織が障害を受けるGVHD(輸血後移植片対宿主病)という重篤な副作用が起こることがあります。

 このようなことから、あらかじめ手術が予定されていたり、前置胎盤のように出産時に出血が予測されている場合には、自己血輸血という方法が行なわれるようになってきています。

 自己血輸血とは、あらかじめ自分の血液をプールしておき、必要な場合に自分の血液を輸血する方法です。採血量やスケジュールは健康に影響のない内容に予め設定されています。

しかも妊娠中は妊娠前と比較して循環血液量が30~50%も増加しているため採血による影響はごくごく少ないので、胎児の健康にも影響ありません。そのため、リスクのある出産に対する準備としては優れた方法といえます。ですが、この方法を採れないのが誠に無念でなりません。

 私は彼女の為に何か出来ないかと考えて、死体血輸血という非常識な方法でもって、この犯罪の幕を閉じることとしました。この罪の告白そのものが彼女やお腹の子供にできる、最後の私の生きた証であり、皆様に助けて頂ける最後の願いだと信じて、この遺書と共に残すことと致します。人でなしの最後は御神体ではなく、非情な殺人者として人生の幕を閉じるのが相応しいとも思うからです。浅ましい執着で罪を拭おうとしている、こんな愚かな私を皆様は笑ってやってください。

 今は皇居の和田倉噴水公園の辺りかもしれません。目を閉じて走馬灯のように広がる過去に思いを寄せつつ、この遺書を綴っていくと致しましょう。


 私は聖創学協会を盲信する両親の元に生まれ、聖創学協会だけが正しい宗教だとことあるごとに教え込まれ、この信心を疑ったり離れたりしたら、とんでもない不幸が襲いかかってくると、幼い頃からずっとそう教え込まれて生きてきました。
 
 そのことが間違いだと気づくのに実に25年近くもの年月がかかりました。父は協会を信じたまま私が小学校六年生の時に交通事故で亡くなり、母は聖創学協会からの度重なる嫌がらせを受けて最後には精神を病み、最後には記憶喪失となって自分の人生が何だったのかさえわからない状態で首を括って死にました。

 両親は完全に協会に利用されて、数千万円の金を貢がされ、人生の全てを協会に捧げました。

 協会の信心をして幸せになる人が果たしてどれだけいるのでしょう。また、信心をしなかったからといって不幸になる人がどれだけいるのでしょう。私の周囲の協会の活動家に、悠々自適で幸せな家族は見当たりません。どの家族もそれなりの問題を抱えながら生きています。それは教団の信者でない人も同じでしょう。

いいえ、あの狂った教団に金と時間を奪われないだけでも幸せだと思います。

 協会の信心はしてもしなくても何ら変わらない。むしろ金と時間を奪われるだけ不幸になる。これが長年、聖創学協会の人達を見てきた私の結論です。聖創学協会は宗教ではない。これはどのような視点から見ても動かし難い事実です。

協会は信者のお金を目当てにして、この国を欺き続けた詐欺団体である。これも私が体験から得た確信です。

 今現在、協会信者から調伏せよという声を掛けられている方々は用心してください。調伏とは、いわゆる勧誘のことです。きっと今だから猫なで声で、美味しいことばかりを言って入会を迫っていることでしょう。そんなものに騙されてはいけません。

 最初は信仰にお金はいらないなどと言いながら、次々とお金を要求してきます。“財務”といって額が多ければ多いほど幸せになり、貢いだ金は何倍にもなって返ってくるなどと、投資詐欺のようなことを言ってきます。

やれ新聞だ書籍だ仏像だ仏具だ数珠だと、いろんなものを買わされます。また外部の人に新聞をとらせるように考えられる限りの友人や知人、職場の同僚や部下や上司にまで新聞をとらせようとしてきます。

 新聞といっても、信者向けの機関誌で、マスコミの新聞とは全く違います。信者以外の人が読んでも何の役にも立ちません。信者が読んでも役には立たないどころか、盲信がますます強くなるだけなのです。

 そんな有料機関誌の注文がとれない場合は自分で金を出してまでとらせます。それが正しい信心の姿だとまで言います。功徳があると言います。

 そして、資金集めの極めつけが毎年行われる、この“財務”という名の寄付金集めです。

 表向きは“真心で”と言いながら、とにかく三桁の財務をしようと平気で言われます。

 三桁です。これが狂気の沙汰でなくて何だというのでしょう? 百万円単位で毎年寄付を出せということなのです。折からの不景気に加え、派遣型の職種が一般的となって、明日への希望も持てない先行きの見えない国の一般家庭には考えられないことです。それも毎年のことなのです。

 ちょうど夏のボーナス時期に申し込み受付が始まり、冬のボーナスの時期に銀行振込が実施されます。大金持ちの慈善パーティではないのですから、普通の一般家庭に百万円単位の寄付を毎年させることも異常ですが、信者達はそれでも功徳がある、出したお金が二倍にも三倍にもなって返ってくるとの“指導”を真に受けて、ありったけの金を振り込んでいるのです。とんでもない話です。

 かつて私の患者さんで、高校を卒業してすぐに就職した男性の方がいました。もちろん独身です。給料だって生活するので精一杯の額でした。その彼に幹部である河西祐介は活動の度に詰め寄って、とうとう彼は貯金の100万円全額を寄付したのです。

 彼は気が優しく、どちらかといえば引っ込み思案のはっきり物を言えない性格の人間でした。

 彼に連日「ありったけの財務をして人間革命しよう!」と信者の若い女性達を焚き付け、夜の街で詰め寄っていた河西麻未の顔が今でも忘れられません。

 そして、その彼はというと何も変わらないまま、務めていた会社も倒産し、長い間職にも就けずに苦労して、最後にはパチンコやパチスロといったギャンブルにのめり込むようになり、最後には多額の借金を抱えたまま、列車に飛び込んで自殺してしまいました。

 当然、協会は彼の両親に何の補償もしてくれません。何の責任もとりません。

 もし彼が仮に幹部に文句を言ったのだとしても、「それは君の信心が足りないからだ」の一言で済ませたことでしょう。協会は常に嘯くのです。

「今の苦しい時にこそ、もっともっと活動に打ち込んで教主にお応えできる人材になるんだ。
 何があっても信心と真言を根本にして、絶対に何も疑うことなくやり抜くのが協会精神だぞ。今の苦しみは君がこの信心によって変毒為薬し、人間革命ができるチャンスと捉えるのが本当の信心だ。…さあ、一緒に祈ろうじゃないか。
 祈って祈って、これまでの自分が過去、世に積んできたあらゆる罪障をすべて消し去り、協会の信心を貫くことによって福徳を積み、社会に実証を示すことのできる人材になろうじゃないか。共に真言を学ぼう。教主と共にあろう。俺達には教主がいる。永遠の師匠と心を一つとし、一丸となって世界平和のために共に頑張っていこう」

 こんな適当な嘘八百を並べます。どんな信者の悩みにも躊躇せずに、これだけ真顔で言えれば、協会の幹部はできてしまうのです。

 誰に対してもこの“指導”と言う名のマインドコントロールで、ありったけの金を巻き上げるのが上級の役職の役目です。かといってその役職も本気で協会の教えを信じていますから、余計にタチが悪い。

彼らは悪気で言ってる訳ではありません。こうすると自分も幸せになれると本気で信じているのです。

 信者の皆さんから金を吸い上げても自分が直接貰うわけではありません。金は全部中枢部の木村家が吸い取ってしまう仕組みになっています。そして、その金額も用途も信者には一切知らされません。

 聖創学協会は宗教法人ですから税金もかからないので、いくら集まったかを公表する義務すらありません。そして信者達はそのことに、何ら疑問を持ちません。疑問を持つと不幸になると怯えているからです。普段から疑えば福徳が消え、不幸になると幼少の時から脅され続けているからです。

 畏れ多くも真言を学ぶのはその為です。聖創学協会は任用試験の受験者を大々的に増やそうと必死です。任用試験と言うのは、はじめて受ける協会の教学試験のことです。つまり協会初心者に選民思想の基本を叩き込む絶好の機会なのです。

 教えられる方はもちろん組織ぐるみで教えることによって、教える側のマインドコントロールも強化されるという仕組みになっています。何も初心者のマインドコントロールだけが目的なのではありません。

 かつては聖創学協会で真面目に活動し、何かのきっかけによって協会の悪事に気がついて組織から離れた方もいます。また、まだ組織から離れられないで悩んでいる方もいらっしゃいます。

 この事件に行き着いて、そんな悩みを持っているのが自分だけじゃないということがわかっただけでもよいのです。それほど聖創学協会は抜けるのが困難なのです。たんに入会の時と同じように脱会できるわけではありません。

 脱会の意志を上の役職の人に言おうものなら、何人もの信者達から取り囲まれて「あなたは魔道に落ちている」とか「アタマがどうかしたんじゃないか」とか「辞めたら不幸になるぞ」、「地獄に堕ちるぞ」、「ろくな死に方はしない」などと散々に脅されます。これで実際に心を病む人が大勢いるのです。

 協会の活動をするということは、同時にとんでもないマインドコントロールに支配されて、世間一般の感覚が麻痺してしまうということなのです。

 だからこそ、私はここまで強く訴えているのです。実際に聖創学協会は恐ろしいところです。組織存続の為には暴力団を使って邪魔な人を自殺に見せかけて殺したりもします。

事故死に見せかけ、電車から突き落としたりもします。信じられないかもしれませんが、そういうところなのです。

 私の最初の妻である水野沙耶もまた、今からちょうど二年前の1月7日、当時聖創学協会の信者だった佐川明人という男の毒牙にかかって暴力と凌辱を受けた末に児童公園の砂場に遺棄され、殺されました。無論、容疑者の佐川が聖創学協会の信者であったという事実は後になって解ったことでした。

 当時の私はヨルダン国籍の義父に詰られ、義父に殴られても無抵抗な人形のように脱け殻となっていました。日本人との結婚など許すべきじゃなかったという堪能で流暢な日本語で話し、義理の息子の不甲斐なさに絶望して失意のままに京都を去った義父の顔を、私は生涯忘れることはできないでしょう。

 明けても暮れても沙耶のいない無為な日々を過ごして酒に溺れて悲嘆の日々をただ繰り返す中、それでも妻を追って死ぬことすらも出来ず脱け殻の状態で怠惰な日々をただ生きていた私が、一瞬で異形の夜叉へと変貌した出来事がありました。

あれは忘れもしません。私が当時勤めていた、富坂の診療所の医務室に、偶然にも夫婦で定期検診に訪れていた、河西祐介と河西麻未の会話を控え室で耳にしてしまったのです。

 私は耳を疑いました。そのあまりにも酷い内容に。

「佐川の奴がしくじったそうだな? まったく殺しなんて馬鹿なことを仕出かしやがって。しかも犯して死なせた女は妊婦だったそうじゃねぇか? マスコミや文屋を黙らせるのに難儀したぞ。だから俺は言ったんだ。500万円なんて、吹けば飛ぶような泡銭の為に婦人部を動かしてまで女を追い詰める必要なんかないとな」

「大丈夫よ。佐川はとっくに協会からは除名しているし、マスコミ発表じゃ無職としか報道されないし内容がショッキングだから妊婦でハーフなんて情報も洩れやしないわ。金を回収できなかったのは残念だけど、少なくとも関わった奴らの弱味は握られた。たこ焼き屋や近所の主婦でも、この前の会合で集まっただけの人達だし、佐川と繋がってるなんて解りっこない」

「ずいぶんとエグいことを考えたもんだな。佐川は襲撃役のレイプ魔で関わった奴らは皆で強姦男の魔の手から助けて、感謝した女を信者に引き込んで遺産を引き出すって予定だったんだろ?」

「最初のシナリオじゃその予定だったのよ。ところが盛りのついた佐川が予定と違って女を拐ったもんだから、こっちが驚いたわよ。よほどいい女だったんじゃないの? あの八人は小心で善良なだけの普通の犬だから、その場で“あなた達も関わっていたんだから同罪だ”と脅して黙らせたけど、どうせビビって何も言えないに決まってるわ。“私は悪くない”で通して人のせいにするようなクズ連中だから平気よ。結果的に人殺しの片棒を担いでいた癖にね。まぁ、せいぜい現世の罪に怯えて苦しんで、信心してもらうわよ」

「まぁ回収の的が増えただけでもよしとするか」

「そんなことより、議員さん達の方はどうなのよ?
 野党が大敗して、これからはお客様になる人達だし票が必要なら、これからも選挙で動かしてあげられるとは言ってあるんでしょ?」

「ああ。今の与党議員共には感謝する必要があるな。
 族議員共が長年、自分達の利権を守るのに必死で、普通の日本国民が日本の政治に興味を持たないように、政治家共が自分の腹だけ肥やせるようにし続けてきたからこそ、我々も日本マスコミ改革と銘打って日本の世論を誘導できる立場になれたんだからな」

「ほんとほんと。今回は先生方が頑張って、いつかの社保庁の年金問題をまた公開してくれたのが大きかったわよ。まさに漁夫の利ってやつね。いずれは日本人同士で利権の奪い合いをしている横でアタシ達がそれを奪い去るって構造になるわよ。集めた金がどこへ行くとも知らずにね」

「ああ。今の与野党と官僚が利権の奪い合いをしているところから我々が美味しいところをいただける。
 日本の一般国民なんぞ今は年金や不祥事や誰かの炎上沙汰や目の前のことしか見ていないからな。マスコミもそういうところだけをどんどん突いて煽動してくれるのだから都合がいい」

「本当ね。笑いが止まらないくらいよ。とにかく日本の負け犬の左派は、まだまだ利用できるわ。日本って面白い国よね。実態は外国籍が好きにのさばった結果なのでしょうけど、日本が嫌いな日本人がいるってのは面白いわ。これも充分に使える」

「そうだな。これからは日本憲法改悪反対派の議員達を洗い出してみる必要があるな。護憲派の奴らは俺達と考えが似ているから、まだ利用できる。同じような奴らも今の与党にいる。
 落選議員に活動資金を献金するといった方法で良心を目覚めさせることも簡単だろう。そうなれば、俺と政義とそいつらで、新政党を立ち上げられる下地は完全に完成する。国土交通省を抑えられれば、インフラの金の流れさえ安定的に供給できるようになるぞ」

「黙っていても信者は今まで通り増えるわよ。日本の若者を攻略するのだって意外に難しくないのよ?
 宗教に嫌悪感を持つ若者でも、こちらから“今までの聖創学協会のやりかたは良くなかった。若者の気持ちを考えず信者の獲得ばかりを主張してきてしまった。我々もこれからは郷に入っては郷に従うという日本のよき慣習と他の宗派の良きところを学び、共に手を取り合っていく”とマスコミを通じて伝えるだけで、彼らの表情が一気に変わるわよ。
 バカとマスコミは使いようなのよ、若い男女の信者を使うとか、ディズニーランドで出会いを演出してやるとか婚活や街コンのイベントを組んであげるとか、手段は幾らでもある。若者達と総体的に捉えられる、彼らの弱点を突いていけばいいだけなのよ。
…日本人って何て甘っちょろいのかしらね。かつては大東亜共栄圏なんて壮大な夢を持って、米国どころか世界中を震え上がらせた国家も今や中年の大人は成人病に悩まされ、いいだけ肥え太って、老人は認知症を患って最後は家族にも看られずに徘徊して孤独死…」

「男は金にしか興味ない女達に絶望し、女はそんな男達を見下げ果てて自分から離れていく。離反工作などせずとも近代国家とはなるようになるものなんだな。システムに翻弄され、既得権益が出来上がった頃にはそれを動かすこともままならなくなる。せいぜいピーピーとネットでストレスを解消するのが関の山だ」

「本当にね。いい大人が痴呆のようにアニメを見て、若者達は諾々と好きなことで生きていくなんて結束力の欠片もないことに心血を注ぐことしかしなくなってるのよ。たった70年近くで牙の抜けた哀れな狼の集団なんてすぐに出来上がるものよ。腑抜けた犬でも餌を貰う為には必死だから働くのでしょうし」

「しかし日本人ってのは面白いな。謝ることが美しいと思っているんだからな。つくづく気に入らん国だ。
 日本には濡れ衣を着るって思想の文化がある。他人の罪を自分が変わって処罰されるところに喜びを感じるのさ。だからすぐ何かあると、スミマセンと言うんだろうな。
 何で謝る必要があるのだろうな? ありがとうと言えばいいのに、済みませんスミマセンすみませんと謝罪する。民族的マゾヒストなんだろうかな? こんなことだから戦争にすら負けて外国の台頭を平気で許すのだ」

「その甘さのおかげでアタシ達が大きくなれたんじゃないの。テレビ局に新聞や雑誌なんて主要なメディアの方は、一部を除けばこれからも抑えていけるわよ。
 マスコミ各社に勤めている信者達も与党の不祥事を徹底的に報道して、野党の失言なんかはやり過ごすような体制ができているんだから心配いらないわ。
 テレビ離れなんて言われるけど、日本人は何だかんだでテレビと新聞を信用してるから、この辺は大丈夫でしょうね。大手新聞社やテレビ局は全て抑えて、いずれはこの国のメディアを全て抑えてみせるわ」

「ははは、かつて宗教テロなんて荒っぽい手口を使った愉快な奴らがいたが、それとて、この国の愚民共を動かすまでには至らず、あの震災とて過ぎてしまえば何らの危機感にも脅威にもならなかった。侵食と乗っ取りって手口はこの国じゃことのほか効果的らしい。
 徹底的な愚民対策とでも言えばいいのかな。知らないのは政治にすら無関心な一般の日本人だけというのは、なんとも可哀想な状況だな」

「そう言ってあげないの。宗教団体としてカモフラージュしてタックスヘイブンで金をいいだけプールしてるなんて、彼らには解るわけないんだから」

「まったくだ。ケイマン諸島だなんて、最初に考えついた奴を俺は誉め称えてやりたいよ。世界的な規模で見れば氷山の一角でしかないんだろうがな。親父の始めた拝むだけの宗教を、まさかこれだけ大きく出来るとは思わなかったからな」

「これからは外国人も味方になってくれるのよ。日本にどんどん入ってくる外国人も抑えていけば、カルト宗教どころか国際的な評価も高い、一大企業連合にすることすら可能になるわ。この甘ったれて日々生きることに必死な愚かな国ならそれができるのよ」

「はははは、いいぞ。今夜は愉快だ。祝杯をあげなきゃならんな。婦人部の慰労とガス抜きも兼ねて日本掌握の前祝いに、今夜はとことん飲み干してやろう!」

「いいわね、この国を飲み尽くして食い尽くして栄華を貪り尽くしてやろうじゃない! アハハハハ!」

 こいつらは何を笑っているんだ?

 こいつらは何を言っているんだ?

 日本が気に食わないだと?

 日本が愚かだと?

 弱さが許せないだと?

 彼らの思いがか? 行いがか?

 この日本に生まれ、日本で育ち、いいだけその日本人から金を吸い上げ、税金すら払わずに肥え太ってきた豚共の癖にか?

日本人から掠め取った財産を企業単位でタックスヘイブンとやらで、そのケイマン諸島に沈め、いいだけプールした金で日本を貶めて恥とも思わない、その外道染みた行為がか?

この国で今、懸命に誰かの為に働き、生きている日本人達が一体、お前らに何をしたっていうんだ?

 母さんはお前らに全てを否定されて自分に関わる全てを否定した。苦しかったことも楽しく朗らかに笑っていた思い出も、父のことも、私のことも、全て忘れて記憶をなくした。絶望し、首を括って自殺した。

…いや、自殺させられたのだ。

 何が幸せだッ!

 何が創世だッ!

 母さんや父さんは何も知らなかった!

 沙耶は沙耶自身も知らなかった彼女の親の遺産の為に死んだというのか?

コイツらに言わせれば、吹けば飛ぶような泡銭の為に、穢らわしい外道と金の亡者共にいいように食い物にされ、なぶられ、辱しめられて、ゴミのように砂に打ち棄てられたというのか?

 沙耶は身籠っていたんだ!

 こんなことが許せるか。

 許されて堪るものか。

 取り戻すんだ。

 取り返すんだ。

 奪うんだ。

 奪え。

 否。

 壊せ。

 壊すんだ。

 何もかもを。

 奴らの存在は。

 奴らの存在だけは。


 バラバラにして無に帰してやる!!


…この時、私は完全に覚醒していました。

 そう、それはまさに“覚醒”としか表現できない血の滾りと爆発でした。

…そして、行き着いたのです。

 内側から無限に湧いては抑えきれぬ怒りと、常ならぬ破壊の欲動を宿した者だけが辿り着ける人外の境地へ。

 豁然大悟して無限に広がる魔境の更なる果ての果てへ。此方を越え、彼岸をも越えた境涯へ。

 それは仏法も神の言葉も一筋の光さえも届かぬ、人の住めない深海の如く果てしもない常しえの暗黒の淵へと辿り着き、至ることができるモノ。

 人を越え、獣を越え、阿鼻叫喚の血の叫びと地獄の中で、人が人の内にまま見出だすであろう黒い黒い衝動。赤黒く極限まで凝った、結晶石の塊のような“叡智”でした。それは確かに私の内側からやって来た、常ならぬ恐ろしい姿をした、この世のものならぬ私の一面であり、本性であり、そしてもう一人の私の正体でもありました。

 血は灼熱のマグマのように沸々と滾り、全身が漲り、溢れ出して止まらない、その暴走する力は妬けるように流れる赤熱の血と共に筋肉や血管や神経の末端の隅々にまで広がり、行き渡るようでした。

 今しも全身の肉を突き破って暴れ出しそうなほどに荒ぶり迸る、その強大にして禍々しい暴力的な衝動と、全身を駆け巡る狂気の奔流のもたらした陶酔と幻覚は圧倒的でした。

 脳髄が痺れたように頭がグラグラと震え、神経の閾値はとっくに限界を越えて箍が外れ、制御装置が振り切れたように、五感の全てが自分のものでなくなった感覚でした。

 全身に眼球が浮き上がってギョロリと飛び出した思考の瞳が世界を凝眸し、一斉に知覚したようでした。抑えきれぬ目眩に立ち眩みを催し、数キロ先まで耐え難い濃厚な血の臭いと臓物の腐臭がむっと立ち込めたかと錯覚するほどでした。

 この世にありとあらゆる境界があるように、正常と異常、正気と狂気を分け隔て、人が人を越えてしまう境界もまた存在していたということでしょうか?

 はっきりと解ったのは、この血の昂りと暴走と破壊の衝動が、今生きている現実を一瞬で引き裂けるほどの強大な力に満ち満ちていたということです。

 私はこの血の滲み出す恐ろしい爪と牙に、己の命と残りの人生を死神の刻印が描かれたチップに替え、悪魔のディーラーに全て捧げ、己の全てを賭ける決意をしていました。


 私は勤めていた富坂にある診療所を辞し、住んでいたマンションを引き払い、すぐにその足で聖創学協会の医療室へと入り込みました。

医師が不足している上に泊まり込みで勤められる人材を協会が探していたことを知っていたのです。給料は安いものでしたが水道橋にあった施設は比較的静かな場所で、本部施設の医務室の情報も入りやすく、協会の情報を集めつつ自分の素性を隠すには最適でした。

対象はすぐにでも八つ裂きにして抹殺してやりたかったのですが、失敗してしまっては沙耶と死んだお腹の子供が浮かばれません。

 徹底的に教団の内情を調査して、真相を知る必要がありました。この狂った教団は日本どころか、世界を腐らせる。放っておく訳にはいきませんでした。

 思えば私が復讐の虜となって死のうと決意し、それでも殺害計画の為に生き永らえていたこの期間が、皮肉にも人生で最も安らかで充実していたように思います。

同時に聖創学協会がいかにして歪められ、本来の目的から乖離して誰かの欲の為に変わってしまった組織なのかを、そこに携わる人々と過ごしながら、私はまざまざと見せつけられた思いでした。

 協会全体の利益とは、それは正に現世利益のひたすらの追求であり経済活動であり、誰かを蹴落としてでも上に上にと塔を積み上げ、やがて崩壊するバベルの塔を思い起こさせるものでした。

 人の浅ましい思いや行いが悠久から続いてきた大地を腐らせ、風は凪ぎ、海も川も生物すら住めなくなって奇形の命が今も数多く生まれ、いずれ訪れる崩壊の時を待ち続けている、かの国の姿にも似ています。

 現世利益とは斯様に恐ろしいものなのです。それは突き詰めていけば紛れもなく人の悪意の塊であり、罪の集合を為した異形の怪物そのものなのです。

しっかりと足を踏みしめ、生きていく為の大地を腐らせ、蔑ろにした人の罪を誰かに放り投げて責任すら果たさず、際限なくその腐食を撒き散らし、狂気を拡散する我々、人間という狂える種とは一体、何なのでしょうか?

 私は問いたいのです。

生きて誰かの為に社会の歯車の一つとなることや、いずれ誰かにとって変わられる現世での地位や名誉や財産へ執着し、失うこととは、生きていく上でそれほど恐怖すべきことなのでしょうか? 現実は夢や悪夢で遊ばせてはくれないのです。

 人が真に幸福であることとは本当の生を実感することであり、個が個であり続ける為に国や公や他人といかに寄り添い、利他の利益にどれほど邁進し尽くしたかにかかっているのではないのでしょうか?

 己の立ち位置は常に政治的な物事とも無関係、無関心ではありえません。さも曖昧にして職場や家庭で話題にすることすら封じられる日本の社会構造やビジネスシーンの方が歪に出来ていると常々思うものです。

 無論のこと、物欲であれ情欲であれ、己が目的の為に生きていく生を否定するつもりはありませんし、元の目的が戦争や国家間の競争であれ、科学技術や医療技術を発展させてきた人の欲望そのものを否定するつもりもありません。

 誰かの礎となり、正しき命の物語を紡いでいくことは、それほど苦痛なことなのでしょうか? 人が人であり、己が己であることを確かめるには、他者から見た己を鏡に映す以外にないとすら私には思えるのです。

 笑った顔を見せれば赤ちゃんが笑うように、声を荒らげて誰かに怒鳴っている人の動揺や恐怖が自然と周囲の人まで動揺させてしまうように、あるいは自分とは直接的には無関係な誰かの死が心に影を落とすように、人は一人では生きてはいないものなのです。

 ここに国や言語や歴史や文化やその成り立ち、民族的慣習や宗教や食事、ありとあらゆるものが人の形を作り、その命に宿って個が出来上がっているのです。己の利益の為に誰かの人生を壊していいものではないし、壊されていいものではないはずです。

 破戒と破壊の向こうに待っている死を見つめ、死の訪れる瞬間をひたすらに待ち続けている日々の間、私は最も人らしく生きられたように思うのです。

 己の死を意識してみると世界は違って見えました。これが禅宗に言う魔境や執着心だとは私には思えなかったのです。それほどに魔魅に入った私の目には、世界が新鮮に感じられました。

 子供達の澄んだ瞳は何とキラキラと世界を見ているのでしょう。

一緒に泥だらけになって遊んでいると、彼らが笑った顔は自然とこちらの顔までほころばせてしまうのです。濁りも澱みもなく、ひたすらに一つの物事に一生懸命にのめり込んで打ち込んでいるその姿はひたすらに楽しそうで、全身で生きる姿を体現する御仏のように感じたものでした。子供達から学ぶことは本当に多く、彼らと過ごしていたこの時間は、何よりも私の命の最後の支えとなっていました。

 他人の命を殺めることを心に誓った私が他人の命に触れることで大悟に到るとは考えもしないことでした。

一度、新生児の赤ちゃんを信者の方からお預かりした時は、仏が地上に舞い降りたと言う表現が一番しっくりくるように思えたものです。

 赤ちゃんの生後三ヶ月位といえば笑うようになってくる頃です。ケラケラと本当によく笑う。目が合うとにんまりしてくれる。試しにふざけてくすぐってみるとキャッキャと爆笑してくれる。悪戯して見つかった時のニヤリとしたニヒルな笑顔もまた可愛い。

 赤ちゃんの笑顔はどうしてこんなに可愛く、人を癒し、浄化してくれるのだろうと私はお世話をしながら真剣に考えたものでした。

 この笑顔の為に人は生きているのだと言っても過言ではなく、この笑顔を見て、守るためにこの世に人は存在しているのかもしれないとも思えたものです。

 耳の匂いがちょっと臭いところも突然始まるしゃっくりも、笑顔と共にミルクを口からタラリと流す顔も自分の足を持って舐めてくすぐったくて笑う、やや変なところも、おむつを替えようとすると、決まって足をピーンと伸ばすところも、寝返りをしようと唸りながら必死に頑張ろうとするところも、かと思えば得意げにコロコロ寝返るところもまぁ可愛いのです。

 山手線の電車の座席や通路に盛大に転がる酔客も、裸足で逃げ出すほどのベビーベッドでのダイナミックな寝相もベビーカーでの足癖の悪さも、高速でハイハイをする時のお尻も、お気に召さない離乳食を容赦なく手で払う仕草も、何度失敗しても再び立ち上がろうとする不屈の精神も、全ての言葉を“マンマ”で済ませようとする、その省エネ精神も、ここでは書ききれないほどの可愛らしさでありました。

 幼い赤ちゃんの命は無垢なままで、生きているその瞬間瞬間で膨大な量の情報を吸収し、世界を認識しているのだとまざまざと見せつけられた思いでした。

 教祖の木村太輔氏は私が様々な人々と笑顔で心を通わせている様を神通力などと称賛していましたが、何のことはありません。それはひとえに私がほんの少しお節介なだけの他人だったからでありましょう。

好きでやっていたのですから、そんな摩訶不思議な力などありません。四六時中顔を付き合わせているよりも、身近な他人の方が優しいと思えるほどに、日常や己の立ち位置とは、ままならないものなのでしょう。

 一期一会。誰かと心を通わせられる一時は、死を覚悟した者にとっては大切に思えます。それだけです。だから名前を呼ぶことは大切なのです。そこに全てが籠められていると言ってもいいかもしれません。

 誰かの命と何気ない周囲の人々とのふれあい、その人となりや日常に触れるにつれ、私は両頭愛染の前にいることが多くなっていました。

人の智慧と慈悲、理論と愛情、怒りと慈しみは、相反する矛盾としてこの世に存在するのではなかった。そう、答えは既にしてそこにあったのです。私はここに感動を覚えたものでした。それはどちらも同じ人であり、人である以上はきわめて当たり前のことであったのだと。

 無論のこと、私の内で憎悪を滾らせ、協会へ復讐を誓った異形の怨念は変わらず私と共にありました。

私は畏れ多くもその怨念に、金峯山寺蔵王堂の本尊であり秘仏である蔵王権現を思い起こしたものでした。

 普段は巨大な厨子の内に鎮まり、中尊は7.28メートル。向かって右側が6.15メートル、左側が5.92メートル。とても大きな三体の異形の仏です。

厨子が閉じられていても、蔵王堂から遠く見渡せる大峯山地の奥まで霊気が響き渡るような姿をしているのです。

 衣は吹き上げられ、赤い髪を逆立たせ、紅蓮の炎を背負い、どこへでもどこからでも飛んでくるように、高く振り上げた足の親指を力強く反らせ、何か見えないものに立ち向かっているのです。その猛き牙は鼻袋まで伸び、金色の眼を光らせ、真っ赤な口内から気炎を吐き、体を青く燃やす三体の異形の仏達なのです。

 ただひたすらに厳格な姿です。どうして古の人々は吉野の山に、このような姿の仏を見出だし、感得したのでしょうか? 多くの仏達はインドや中国を経てきた経典に書かれ、その姿も経典に基づいて形作られます。

しかし、この蔵王権現は日本独自の仏であり、もちろんその異形の姿も日本で編み出されたものです。
 7世紀後半に奈良の大和葛城山に住む、山岳修行者の役小角が大峯山の山上ヶ岳で感得した異形の仏にも似ているといいます。

 小角はその地で千日の修行をした際に、衆生を救う仏の出現を祈りました。

 最初に現れたのは釈迦如来。しかし小角は、その姿では乱れた今の世の猛々しい人々には響かない、と訴えるのです。

 次に現れたのは千手観音でした。観音は様々な姿に身を変えて衆生を救って下さるのですが、小角はやはり乱世にはふさわしくない、と言います。

 次に現れた弥勒菩薩にさえ、小角は首を縦に振らなかったのです。

 どうか、世に満ちた悪を打ち払うような強い仏を…小角がそう望んだ時、大地が揺れ、辺りに雷鳴が轟き渡り、岩を割って恐ろしい憤怒の形相で現れたのが、蔵王権現でした。
 私は奈良県を旅行した際に、吉野の山でこの異形の仏達に出会い、厨子の下からこの巨大な像を見上げた時は、彼らが今しもその片足を高く上げて厨子を乗り越え、卑小で脆弱な私を踏み潰そうとしているように見えたものです。その声が聞こえたようでした。

「誰だ、貴様を苦しめているのは?
 誰だ、この世に苦しみと悪をもたらす輩共は? よもや貴様自身の弱い心ではあるまいな?」

 優しいだけの仏でなく、魔を叩き割る恐ろしい仏。それは紛れもなく、日本人が求めた姿だったのです。


 殺害計画は順調でした。あらゆる情報を集め始めて一年間は、私は日常の生活を過ごしながら準備を進めつつチャンスを窺っていました。

 たった一つ思いもよらなかったことがあったとすれば、今の妻に出会えたことでした。人生とは、かくも数奇で摩訶不思議な偶然に満ち溢れていたのです。

 教団に入信して半年ほどのことでした。水道橋と本部施設を行ったりきたりしながら、具合の悪い患者さんや信者の方が現れたと聞けば、私は暴走するタクシーの如くスクーターで駆けつけ、その度に患者さんと接し、適切な治療や投薬をしては励まして立ち去るという日常を繰り返していました。

 幹部である美也子に、その暴走スクーターぶりについて叱責を受けては「ハハハ、さらばだ明智くん!」などと冗談を飛ばして逃げていくというのも、これまたパターン化された日常となっていたのですが、ある日のことでした。その美也子が地下鉄水道橋駅のホーム上で倒れたというのです。

 幸いにも、その時も例によってスクーターをすっ飛ばして患者さんの家に問診へ寄った帰り道だった私は、すぐにでも彼女の元に駆けつけることができました。

 ホームには既に人だかりが出来ており、真ん中に美也子が倒れていました。駅員が回復体位にしてくれていたようです。夕方の帰宅ラッシュの只中で救護の為に一時的に電車まで止まっていました。

多くの人々が迷惑そうに足早に通りすぎていく中、私は保護者で医師の水野憲仁であると名乗りました。すぐに彼女を抱え、ベンチまで連れていって安全を確保して彼女を休ませると、ほどなくして電車は安全確認を終了して動き出しました。救急車はまだ呼んでいなかったようです。

 これまでにも美也子が貧血で医務室を訪れるということはよくありましたが、倒れるほどには至らなかったはずでした。ここから水道橋の施設まではそれほどの距離でもなかったので、私は救急車は必要ない旨を駅員と警備員に告げ、彼女をそのまま背負って施設まで連れていくことにしました。

 夕焼けが辺りを照らす中、私が彼女をおぶさって歩いていると背中から微かに声がしました。どうやら美也子は気がついたようでした。

「だ、誰…?」

「え、ええと…木村だッ! 僕は木村憲仁だ。偶然にも君と同じ名字なんだ。この木村憲仁がすぐにでもその痛みと苦しみから君を解放してやるぞッ。
…あ、これじゃとどめをさす時の台詞じゃないか、ハハハ!
…美也子さん、心配しなくてもいい。君はゆっくりと寝ながら僕におぶさって運ばれていればいいんだ」

「の、憲仁さんなの…? 私…確か水道橋駅で…」

「お? 驚いているな? …よしよし、いいぞ。意識はあるようだし呼吸も正常なようだな。…なぁに、軽い貧血でホームで倒れたんだよ。ほら、もう施設は目の前なんだから大丈夫だぞ! 今度焼肉屋に行って、僕とレバー大食いの勝負でもしてみるかね?
…だいたい名探偵が駅のホームで倒れてちゃカッコつかないだろ。
怪人二十面相も、たまには名探偵を助けてやらなきゃ、張り合いも盛り上がりもない展開になって読者も面白くないからなッ!」

 私がそう言うと、彼女はうっすらと微笑んで、安心したように私の背中で眠りに落ちました。

 無論のこと、鬼畜である私は妻の美也子を当初は己の目的の為に利用するつもりでおりました。私はいずれ彼女の伯父と叔母を殺す大罪を犯す殺人者となる人間なのです。彼女との婚約ですら、協会の大幹部であるターゲットの河西麻未と河西祐介に近づける千載一遇の好機と考えていたのです。

 しかし、女性というものはどうやら男には及びもつかない鋭敏な嗅覚を持っているようです。普段は施設では私は“憲仁さん”で通っていましたから、木村と咄嗟に名乗って彼女を励ます会話の掴みに無理矢理に持っていったその苦し紛れの嘘と駅員に医師の水野憲仁だと名乗ってしまった齟齬から、彼女はその時に既に私の素性を知ってしまっていたようでした。
 名前が大切で名前を呼んで人と接することが大切だと思いながら、己が偽った名字に足を掬われるとは、私は誠に馬鹿で愚かで考えなしの迂闊な男なのです。

「憲仁さんは水野というんでしょう?」

「み、水野? 誰だい、それは? スポーツ用品店の水野さんなら知っているけど」

「嘘が下手ね。水野沙耶さんは奥さんなんでしょう? あの元気な秋田犬のオスにメスの名前をつけるほど愛している人なんじゃないの?」

 私は愚かにも、寂しさから飼っていた愛犬に妻の名前までつけてしまっていた己の馬鹿さ加減を心底呪いました。自分の名前が木村だなどと、そんな都合のいい偶然だって考えてみればある訳もない。それまでにも、水道橋の施設で彼女のことを私は子供達と探偵ごっこをして一緒にふざけて悪さを嗜められた時なども“ハハハ、さらばだ明智君!”と言って逃げることはよくありましたが、この時ほど彼女を名探偵だとそう思ったことはありませんでした。私はどうやら最後まで怪人二十面相にはなれなかったようです。

 ターゲットでもない彼女を殺す意図など最初からある訳もなく、私は計画の失敗を覚悟して、彼女に全てを打ち明けることにしました。自分が妻の仇を討つために協会に入ったこと。彼らの死体をバラバラにして関わった信者全てにばらまく計画があること。協会自体を一旦バラバラに解体して誤りを糺してやるという馬鹿げたことを考えていること。河西祐介と河西麻未の人間性と協会の今の強引な手段が、様々な人の不幸を生み出していること。全てをぶちまけて楽になろうとしたのでございます。実に浅ましいことです。

 諦めるしかないのかと絶望していました。このように保身からくる拙い嘘などすぐにバレてしまうものなのです。彼女に言わせると、私は嘘をつくのに一番向いていない性格の人間なのだそうです。

 美也子の頬につうと涙が一筋零れていました。私はこれにはひたすら狼狽してしまいました。女性を笑わせることや笑われることには慣れていますし得意でもあるのですが、泣かせるとは実にとんでもないことをしてしまったものです。ひたすら狼狽して慌てている私に、彼女は叫びました。

「どうして最初に言ってくれなかったの? 私はあなたの妻になる女で憲仁さんは憲仁さんよ。私が好きになって、心から愛している、世界でただ一人の私の憲仁さんよ!」

 彼女は物凄い力で私を抱き締めました。逃げられませんでした。泣かれるやら計画は早々に頓挫するやらで、その時にはもう、何が何やら訳が解らなかったものです。死を覚悟した者に対しても容赦なく肩透かしを食らわせる様は、まるで推理小説の叙述トリックを仕掛けられたように感じたものでした。見事に定まっていた落とし穴に綺麗に嵌まり、ヤラレタと片仮名で表記するのが正しいのでしょうか。

 美也子は動けない私の唇を突然奪って、私の目を真っ直ぐに見つめて鼻先数センチの距離で言いました。

「私を何度でも抱いて。気の済むまで私を犯して。それでも、あなたの気が収まらないなら、私も一緒に魔道に堕ちて地獄に行くわ! あなたがそれでも、どうしても死んでしまうというのなら、せめてこの世に証を残してから死んでいって!」

 私に抱きつき、しがみつき、右の拳で何度も私の腕を打ち据えて泣きじゃくる、弱々しくも有無を言わせぬ美也子の力はどんな驚策の一打よりも痛く、彼女の涙に私は何も言えませんでした。

 妻を協力者としながらも、計画に大幅な変更はありませんでした。彼女には一つだけ嘘をついてもらうことにしていました。

そう、私の運搬役です。

 当初から全ての計画は一人で行うつもりでいましたが、どうしても一点だけ崩せなかったのは、いかにして鉄壁の本部施設に潜入してターゲットを殺害できるかでした。本部施設でなくては駄目な理由があったのです。

特に河西祐介は暴力団の襲撃に遭い、命の危険に晒されてからは外出の際もSPのように身辺警備を置いているし、河西麻未もまた日中は取り巻きというべき女性部の信者達が四六時中張り付いて活動している為に、本部施設へは教団の行事以外はまず現れないという情報は事前に掴んでいました。

 彼女には、殺害計画の細部は伝えないまでも、この自分が御神体になるという旨は打ち明けていました。命を捨てる訳ですが死ぬ訳ではないという途方もなく矛盾した馬鹿げた計画なのです。彼女は真剣に聞いてくれました。その折に彼女が妊娠しているという事実を知りました。私はそれを喜び、彼女の為にもこの計画は最後まで失敗できないと固く心に誓いました。

 サヤに芸を仕込んで遊びながら食事の時間が来たら鐘を鳴らして猫達を呼び寄せ、それを与えては再び地下の土牢の石室にこもり、空腹からくる極限の苛立ちやひたすらの発狂に耐えつつ真言を唱え、殺害計画を反芻するという生活を続けておりました。

 Xデーは近づいていました。空腹と疲労が日々、私を蝕んで狂っていく様を鏡に映したカサカサの肌で感じながらも、私はついに巡ってきたチャンスに全てを賭け、運を天に任せることとしました。


 潜入は思いの外、簡単にいきました。

大同集会は全国から一時に信者が集結する日でもあります。本部施設は駐車場も広く、大型のキャリーバッグで本部施設を訪れる人間は多いだろうと踏んでいたのです。
 予め美也子には“読みたい本があるから届けてくれ”をキーワードにしていました。事前に計画の全ては彼女にすら打ち明けていませんでした。彼女を信用していなかったのではありません。この壮大な計画は私が全て一人でやり遂げるべきだと思ったのです。

 人一人入れる大型のキャリーバッグを空にして、私を運んでくれるだけでいいと伝えてあったのです。

 最初のターゲットに河西麻未を選んだのは、もちろん女性である彼女に、ある種の同情を寄せたからではありません。この計画では私の存在は絶対に誰一人にすら知られずに完遂する必要があったのです。その為の偽装として配達作業員の制服に着替えていました。

 美也子の部屋のキャリーバッグに潜んでいた私は、三日の三斉勤行の日の朝に、予め義父の部屋に彼女から昨年の年末行事の折りに盗んでいたカードで侵入し、義父のカードを盗んでいました。これは事件の後に、協会内部での内紛を疑わせる目的がありました。

 そして、その足で四階に向かい、開いたドアの裏が死角になる場所に潜んでいました。河西麻未は警戒心が薄く、だいたいが二日酔いで三斉勤行にもギリギリの時間にバタバタと現れるという情報は事前に掴んでいました。潜入はこの時に行ったのです。

 案の定、ドアを盛大に開けて、ターゲットは後ろを振り返りもせずに、バタバタとエレベーターホールの方へと駆けていきます。私は素早く開け放たれた部屋のドアノブを手袋をはめた手で掴んで彼女の部屋にあっさりと侵入することができました。あまり長く部屋を開け放しておきますと、警報音が作動してしまいます。

 このA棟のセキュリティーシステムの穴は以前から調査済みでした。

 教団幹部の部屋は、全てセキュリティーカードとテンキー入力によって開く電気錠によって入退室が管理されており、セキュリティーカードは教団幹部のみが携帯を許可されていること。教団幹部は原則として、館内館外を問わず、18時以降に移動する際は、赤い帯のストラップを首から提げた状態で移動すること。館内の各居室は扉右手の壁面にカードリーダーと黒いテンキー入力パネルがあり、カードリーダーとテンキーパネルは全て電子制御式であること。

 カードは複製が為されないように10ケタの数字によって管理されており、マスターカードは教主の木村太輔氏の所持するものと警備室にしかないこと。

 テンキーは中央のパネルに手を触れることで入力画面が起動し、0~9までの数字と※と#キーが表示され、4ケタのパネルをタッチすることで押せるようになること。

カードとテンキーはドアを解錠した際に開錠時間と開錠方法のみが警備室のメインサーバーに記録されること。幹部は自分が設定した暗証番号を忘れないようにすることと、第三者に情報を妄りに漏洩してはならないこと。部屋の入室時に開放した手段がサーバーには記録されるが、退室時には記録されないこと。

 この入退室のセキュリティーシステムとそのルールを知った時には潜伏するなら、この穴を突くのが望ましいと思いました。

 部屋に侵入した私は、まず部屋の冷凍庫の状態を確認しました。板氷にロックアイスにクラッシュアイスにカップサイズの氷もあります。ドライアイスがないのが残念でしたが、この事態はある程度は想定していました。幸いにも計画に変更は必要なさそうです。

 部屋には散乱した酒瓶や空き缶でいっぱいでした。煙草の臭いが辺りに充満しています。服も脱ぎ散らかして寝間着や服がベッドの上に投げ出してあり、メイクもそこそこに慌てて出ていった様子が鏡台の部分にも見受けられました。

 幸いにも冷蔵庫の中に封を切られて間もないコニャックの瓶のそばにミネラルウォーターを見つけた私は、そこに毒となるアセトンシアノヒドリンを仕込んでおきました。

量は充分にあり、仮に誰かが飲み物を補充しに訪れても大丈夫なように取りやすい位置に置いておきました。彼女の酒癖の悪さは知っていましたが、彼女が最初に口にするのは、大概がブランデーであることは知っていたのです。 

 三斉勤行は全ての信者が参加しますが、飲み物を補充しに来る人間が現れないとも限りません。私は大型のウォークインクローゼットの中に目的の物を見つけますと、そこに潜入することにしました。

 そう、キャリーバッグです。

これも美也子から事前に聞いていた情報で、彼女は普段から本部施設には現れない為に入館する際にはやたらと荷物が多い幹部であることは知っていました。

 三斉勤行に行くのに便利なサイズで、私はその頃は水道橋にいるから使わないので使って下さいと河西麻未に渡しておいたものです。予めこうなるよう仕向けてあったのです。幸いにも荷物は全て出されてあり、部屋にはあっさりと潜伏することができそうでした。

 夕方の18時までキャリーバッグの中で仮眠を取っていた私は、そのまま暗闇に乗じていました。館内には既に灯りがついていましたが、暫く様子を伺っていると部屋の灯りがついてテレビの音が大音量で聞こえてきました。
“新年明けましておめでとうございます”という誰かの声がして、カチャカチャと冷蔵庫から飲み物を出している音が聞こえてきました。

 暫く待っていた時のことです。

ウグゥっというくぐもった声が聞こえてきました。どうやらターゲットが綺麗にこちらの罠に引っ掛かってくれたようです。

 チェイサーか水割りになる予定の水に仕込んだので、効果はもっと遅い時間になると見積もっていましたが、予想外に早かったようです。私は標的の一人である河西麻未の様子を確かめにキャリーバッグから出てウォークイン・クローゼットから出ることにしました。

 幸いにもペットボトルの水はそのままグラスに入れた状態でテーブルの上に置かれていました。異常かどうか味を確かめたのか、そのままグラスの水を飲んだようです。

テレビ番組に夢中で中身もロクに確かめなかったようです。これまた幸いにも部屋はほとんど散らかっておらず、ターゲットが暴れさえしなければ、無駄な演出も小細工も後始末も必要なさそうです。河西麻未は椅子の上で苦しそうに喉と胃の辺りを押さえていました。私は物陰からその様子を眺めていました。

 よくテレビ番組で青酸カリなどで被害者が血を吐いたりする演出の後に派手に絶命したりすることがありますが、青酸カリは呼吸毒に分類される毒です。シアンがヘモグロビンと結びついて体全体が一気に窒息状態になります。青酸カリを飲むとまもなくして胃酸と反応し、発生したシアンガスがヘモグロビンと結合して、それがさらに体中に回る時間が必要ですので、即死とは行きません。

引きつりや痙攣は起こりますが、実際は体がのけぞる感じもないのです。古い青酸カリとなると炭酸カリウムが別の刺激を胃に与えてしまうことがあり、青酸カリごと嘔吐して助かってしまう事例もあるのです。

 無臭の亜ヒ酸が混入するにはベストでしたが、これは手に入りませんでした。青酸ニトリールとも呼ばれるこのアセトシアノヒドリンは飲んで1分から2分ほどで効果が現れる遅効性であり、遺体解剖しても青酸化合物までしか分析できない上に青酸とアセトンの化合物ですから服毒後、胃酸により分解を遅らせる効果があります。

デメリットは帯黄色なことですが、このターゲットは不審に思わなかったのでしょうか?

 この獸は沙耶を死なせた女です。苦しみ抜いた末に死んでもらうよう確実に始末する必要がありました。自らの目で絶命を確認したかったが故に推理小説の世界では由緒正しい、この毒物を選んだのです。死ななければ、そのまま絞殺するつもりでもいました。

 私は苦しげに喘ぐ表情で、必死で辺りの何かをかきむしろうと手を伸ばし暴れようとする、その獸の手を蹴りあげ、無表情に見下ろしていましたが、獸はやがて一声呻いて動かなくなりました。嘔吐も涎や唾液の形跡もなく、割と綺麗に死んでくれたものです。

 念の為に眼球の状態と頸動脈と心臓と肺の辺りを触診して確かめてみましたが、結果は上々です。完全に絶命していました。

「あと一匹…」

 私はそのままB棟に向かい、宅配便業者の使う大きなカゴ型の空の台車を運んでA棟へ向かうことにしていました。出てくる時は階段を使えばよいのですが、ここから先はある意味で賭けでした。

 B棟にはコンビニがあり、信者も何人かいましたが、幸いにも誰も配達作業員に扮した私の姿は見咎められることはありませんでした。幸いにも空の台車があって覆いのブルーシートまであったので、なるべく不自然に思われないよう堂々とそれをA棟へと運んでいきました。怪人二十面相は、やはり楽なものではありませんでした。

 A棟への出入りとエレベーターを使う時が一番緊張しました。この姿を美也子以外の幹部の誰かに見咎められでもしたら一貫の終わりなのです。A棟は基本的に警備員は立入禁止で宅配便業者なら堂々と入れる場所ではあるのですが、三斉勤行の最中でもあり、かなり緊張しました。幸いにも誰も出てくる様子はなく、大きなエレベーターは空で、台車も充分に入れる大きさでした。

 四階に上がった私は辺りの様子を窺いました。向かい側は真鍋政義のいる区画です。人の出入りがないのを確かめると、私は先ほど殺した河西麻未の部屋のテンキーの液晶パネルに予め知っていた『5603』を入力して部屋を開け、部屋の中に台車を運び入れました。

 台車に河西麻未の死体を滑り込ませブルーシートを被せ、今度はB区画へと向かいます。台車には車輪がついているとはいえ、死体はかなり重く、運ぶのにはかなり難儀しましたが、工事現場には誰もいませんでした。

 ブルーシートを外して死体を露出させると、私はメッシュの手袋を着用し、河西麻未の衣服を引き剥がしてバンドソーの台座の上に持ち上げました。これには弱った私の体には堪えました。
 私はあるものを河西麻未の腕に巻き付けると、肩口から少し先の辺りに刃が当たるようバンドソーで一気に切断しました。切断した左腕と肩口にすぐさま別のそれをあてがいます。幸いにも血はほとんど滲み出てきません。想定通りです。これで河西麻未の左腕を入手することができました。

 私はデュアルソーの状態を確かめ、エンジンをかけると傍らにあった資財梱包用のトラロープを適度な長さの位置で手にして切り裂きました。

 もう一人のターゲットはこれで始末する必要がありました。内にたぎる暴力を押さえつけ、私はロープを手に取ると、河西麻未にブルーシートを被せて資材の中に紛れ込ませておきました。

 時刻は間もなく21時になろうかという時間でした。

 四階に戻ってきた私は、液晶に残った自分の指紋を拭き消して、河西麻未の左腕でテンキーを押しました。想定していた以上に体が重く、筋肉もおこりがついたようにブルブルと震えていました。無論、恐怖の故ではありません。予想以上に自分の体が弱りきっているのだと思うと愕然としました。

 次のターゲットは油断しきっていた河西麻未などとは、比べ物にならないほど頑健な敵です。絶対にしくじる訳にはいきませんでした。

 鉛と漆の入った混合液を飲んで、私はすぐさま次の準備に取りかかることにしました。あまり時間はありません。私は懐からスマートフォンを二台取り出してバッテリーを充電させました。そして、冷凍庫から板氷を取り出して、それを部屋に備え付けのバスルームに持っていき今度は、それが楔状になるように加工していきました。予定では23時を過ぎた辺りに、この仕掛けを発動させる予定でした。

 予定の時間がやって来ました。

私は楔状にした氷を壁に固定して、セキュリティーカードに付いているストラップをそれにかけると、カードリーダーの横に粘土で作ったストッパーを張り付けました。子供達と遊んでいた時に思いついた仕掛けでした。

 部屋の前にスマートフォンのスタンドに置いて扉の液晶が見えるように固定し、スマートフォンを動画撮影モードに切り替えると私はすぐに下の階へと降りてもう一人のターゲットの部屋の前でその機会を待ちました。

 持ってきたもう一台のスマートフォンで上の階の扉を確認します。

 二台のスマートフォン同士をシェアして、片方の撮影する動画をもう片方でモニタリングするアプリケーションです。元々は子供の様子を確認したり、ペットを飼っている飼い主が、自宅の様子を見たい時などに使うアプリで、荒行の最中にサヤや猫達の様子を見る時に使っていたものです。

 セキュリティーの液晶が開錠を示す赤いランプに切り替わった瞬間、私はターゲットの部屋の扉をカードキーで開けました。これで二枚の扉は同時に開けられました。
 部屋の主はどうやら寝る直前だったのか、スウェットにパンツというだらしない姿で入口に現れました。どうやら寝込みは襲えそうもないようです。私は完全に覚悟を決めました。

「誰だ、麻未か? ノックぐらいせんか。まったく…酒が足りないのなら自分でコンビニに…」

 ターゲットが私に気づきました。不信感たっぷりに訪問者を見つめていましたが、すぐさま帽子を被った私の顔に気付いた様子で驚愕の表情を浮かべました。

「お前…憲仁かっ!?」

 驚いているターゲットの首に向けて私はロープを一直線に横に張って端を握り、一気に突進して羽交い締めするように後ろ側に回りこみました。そのままジリジリと絞めながら後ろの方へと引いていきます。

 大柄な体が尻餅をついて、派手な音がしましたが、容赦せず一気に後ろへ後ろへと引いていき頸部を水平に圧迫し、気道を閉塞させ、呼吸が出来ないようにして絞め上げていきました。驚愕の表情を浮かべていた河西祐介は顔を真っ赤にして、網のように充血させ、零れ落ちそうな血走った凄まじい目で私の腕を掴んできました。

 物凄い力です。私の腕ごとへし折ろうというのかターゲットは私の腕を掴んだまま激しく抵抗してきました。足をバタつかせ地面を蹴り上げ、壁を引っ掻いて暴れるその獸の顔がどんどんと鬱血していきます。

「僕達を…日本人をナメるなぁッ!」

 体に残ったありったけの狂気を解放させ、私はそう叫んでいました。何かが砕けるような音が聞こえ、その感触がロープと厚手の手袋を通して伝わってきました。その瞬間に大柄な河西祐介の体は人形のようにぐったりとなって動かなくなりました。

 私は暫くの間、四つん這いで息も絶え絶えにその獸の死体の横で喘いでいました。手足が鉛のように重く、少し動かすだけでぶるぶると震えてくるのです。膝がくずおれそうになり、目眩がしました。このまま気を失って倒れてしまうのかと思うと無念でした。

「…まだだッ! まだ死ねないッ!」

 私はグッと体を起こして、再び己の体にあの異形を宿らせようと目を見開き、天を仰いでいました。

「下なんか向いて…死んでる暇なんかないんだよッ!」

 そうだ。前を向くんだ。

 この先にあるものを視て、その先にある声を聴け。

 未来とは未だ来ない時間ではない。今という現実と地続きになっている、今この先にある、ほんの少しだけ先の時間に過ぎないんだ。

 己の手の届かない先にある命の為に、己を捨てろ。

 命すら捨ててみろ。この苦しみと痛みは迷いだ。

 明日、死ぬ為に今をせいいっぱい生きるんだ。

 この国の未来を闇に閉ざす訳にはいかない。三千世界すら見通す第三の目はいつだって、人の認識しえる知覚と境涯にはない。

 外道や魔道だ畜生だと謗られようとも。異常だ狂気だと蔑まれようとも。人外の魔境に落ちた人でなしの獸共を狩る者に、迷いや悩みや同情など一切無用。

「オン・アロリキャ・ソワカ」。

「オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ」。

「オン・サンマヤ・ソトバン」。

「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」。

「ノウボウ・アキャシャ・ギャラバヤ・オン・アリ・キャマリ・ボリ・ソワカ」。

「オン・アビラウンケン・バザラ・ダト・バン」。

「オン・アボギャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン」。

「オン・アミリタ・テイセイ・カラ・ウン」。

「ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワカヤ・ウンタラタ・カンマン」。

「オン・ザン・サク・ソワカ」。

「オン・アラハシャノウ」。

「オン・マイタレイヤ・ア・ソワカ」。

 己が殺めた死骸の前で、私は座禅を組み、天を仰いでひたすらに真言を唱えていました。

 廓然無聖。

 一切皆苦。

 拈華微笑。

 不立文字。

 教外別伝。

 曼荼羅が無限の闇に浮かび上がった瞬間に私はかっと目を見開き、すっくと立ち上がり、無表情に死骸を見下ろしていました。

 全ては無。人の世は無情にして無常。

 拈華微笑は偽経とされているが、なぜその理屈が存在するのかは今なら解る。苦しみから解き放たれ、最後には笑って死ねるのが人であり仏だからだ。

 誰かの笑顔の為に死のう。笑って死のう。それでいいのだ。

 虚と実、正か否かは重要ではない。

 虚実を裏返し、世界さえ壊せるのが人の本質であるならば、現実など悉くが夢や幻と相違ない。生きて幻を見るのか、死につつ嘘を信じるかの違いしかない。

「天魔降伏。獸共よ、滅せよ」

 鉛と漆の入った混合液で喉を潤し、私は死体を青いビニールシートに包みました。廊下の状態を伺い、すぐに廊下に置いてあった籠型の台車の片側のロックを開けて河西祐介の死体の入ったビニールシートを滑り込ませると、そのままエレベーターで4階へと向かい、河西麻未の部屋に台車ごと死体を入れ、暫くの間、様子を窺うことにしていました。

 息も絶え絶えに河西祐介の死体が入った台車を河西麻未の部屋に入れようと4階にたどり着いて、廊下の角を曲がろうとした時には少々焦りました。

 カツカツとハイヒールの音が前方からしたのです。ドライアウトに近い減量中のボクサーのように重い体とは裏腹に、私の五感は冴え渡った状態でいましたから、エレベーターを降りた瞬間には、音には気づいていました。テレビでもよく見掛ける芸能人の女性が反対側の真鍋政義の部屋に入ろうとしていたのです。

 私は慌てて廊下の角の死角へ身を潜めました。彼女がカードキーで部屋を開けた瞬間に、女の喘ぎ声が廊下に洩れ聞こえてくるのが解りました。ガサガサというビニールを擦るような音もします。政義はあの女をコンビニにでも買い物に行かせていたのでしょうか?
 こともあろうに教団信者達が静かに新年の為に祈りを捧げている中で、愛人の女達と情事に及ぶ唾棄すべきその浅ましさに、私はひたすら呆れ果てました。

 幸いにも誰にも見られずに済みました。台車を震動や物音のしないように慎重に河西麻未の部屋に引き入れ、窓からB棟の方を窺うと、多数の信者が寝起きしているB棟側からはこちらは完全な死角になっており、静かなものでした。遠くには、こんな寒い中でも外で立哨している警備員が見えます。

時刻は23:27分を回っていました。

 本番はむしろこれからだったのです。

 大型の裁断機にバンドソーにデュアルソー。搬送用の台車に配達作業員の制服。梱包材にエンバーミングの機器に採血の道具と生首を埋める為のスコップ。そして、とある資材。事前にシミュレーションしていた通りの物は、早くに解体現場となるB棟に運び入れ、全て状態ごと確認できていました。

 大きな道具は現地にあるものを流用するだけなので簡単に揃えることが可能でした。工事の業者にとっては迷惑きわまりない話ですが、現地調達にしたのは、その方が計画遂行の折りには多くの人間を教団の解体側に巻き込めると考えたからです。かつての宗教テロ事件の施設がそうでした。テレビや新聞の情報で次々と施設が明るみに出るにつれ、人々はあの宗教団体の異様な正体を知り、狂ったように彼らを糾弾したのを思い出し、計画に組み込むことにしていました。

 なるべく教団本部の中にあるものを使って内側から腐食部分を発見し、その姿を世間に暴露させ、内側からその腐った核を破壊して離脱する。

 出来る限りフォロワーを増やす為には、異常な条件下で起こる教団信者ぐるみによる複数犯行か幹部による協会内の内部分裂や家族間の抗争、そして不可能犯罪という形に見せかける必要があったのです。

 疑心暗鬼を生ずのたとえ通り、教団本部の施設内で失踪事件が起こり、それが殺人事件で被害者はバラバラ死体だと発表されれば、必然的に内部にいる人間達が疑われ、あらゆる行動が制約されます。

 外側の人々ならインターネットやニュースで事件を知り、教団信者の脅威や恐怖をシェアし合うし、内部にいる信者ならば協会への不信感を募らせ、互いに互いを疑い合う状況が自然に生まれます。結界をもって協会を閉じ込め、堅牢な外側の囲みを全て世間に暴露する目的がありました。

 私の好きな推理小説の世界では、クローズドサークルと呼ばれる手法です。

絶海の孤島や吹雪の山荘と呼ばれる、閉鎖された状況下で行われる舞台で犯人が電話線を切断したり、外部へと到る道や吊り橋を破壊して関係者を一つの場所に閉じ込めるといった手段に用いられますが、これを逆に応用したものです。

 閉ざされた囲みを外部へと解き放つことで得られるメリットや、そうした形式をオープンドサークルと呼んでよいものかどうかは解りませんが、解体に使う道具を複数想定して複数人による犯行という形に執拗に拘ったのは、そういう理由からでした。

 殺人は元より、解体自体は比較的簡単に出来る自信がありました。徐々に上達していったとか、手際自体もバラバラになるように上手い下手を二体の死体で見せかける必要もありました。しかし、この計画には二つだけ重大な問題がありました。

 一つは解体と生首を埋める為に要する時間が、きわめて限られていることです。

 三斉勤行が行われる1月3日の朝から5日の夕方までの時間帯に杉並区内の本部施設内で二人を殺害し、その死体を解体して一人の首と腐敗しやすい二つの胴体は別の施設で見つかる。残りのパーツは別の場所であちこちから散発的に発見されなければなりません。

 遺棄する場所は施設のど真ん中。事前の想定では、工事業者が資材調達と休憩に入る午前1時から3時まで一時的に現場を離れる時間帯の二時間に限定しなければなりませんでした。生首を埋めた位置は、この時間に立哨して外側を監視している警備員からは完全に背中側の正面にありながらも、植え込みが邪魔をして死角になっている位置を選定していました。

 出来る限り不可能とも思える条件下で、生首を教団施設の入口から程近い敷地内で発見させることは計画では必須の条件でした。何故なら外部から容易に侵入できないよう警備会社が見張っている場所なら、その中にいる人間にしか犯行は不可能だと思わせる必要があるからです。警備会社を巻き込むことにもなりますが、最初から私は躊躇などしませんでした。

 死体の切り口もバラバラにする必要がありました。これは教団施設内で信者複数人によって犯行が行われたと見せかける為です。

 解体に際して使用する道具は三つ。裁断機にバンドソーにデュアルソーと、それら目をつけていた道具にはそれぞれに長所と短所があり、それぞれの短所を突き詰めて手順通りにしていけば、死体の解体自体は速やかに出来るはずでした。

 裁断機は短時間でバラバラに出来る反面、刃に付着した肉片や血や脂の痕跡が内部に残りやすく、刃を交換する作業が必要で、これにはやや時間がかかり、慣れが必要であるという点です。また、この断裁機は分厚い紙束を裁断して切り口を滑らかにする化粧断裁という工程に特化している機能上、四肢を不用意に傷つけてしまう公算が高く、使えても一部分のみに限定して連続使用はしないと決めていました。

 もう一つがバンドソーです。元々が冷凍マグロを解体する為の道具であり、死体に直接手を触れ、縦にスライドしていくように死体を動かさなければならないのが難点ですが、硬い骨や筋肉に当たっても容赦なく平行、水平、一直線に死体を切断できるというメリットがあります。ただし、これも慣れが必要で、高さ調節機能があるとはいえ、重量のある物を載せるには向いていないというデメリットがあります。

 もう一つがデュアルソー・ダブルカッターです。ホラー映画では暴力シーンの定番としてお馴染みの電動ノコギリですが、実のところ、これが一番短時間で解体するのには向いているのです。デメリットは言うまでもなく、その音と震動です。エンジンの始動までは実はそれほど大きな音はしないのですが、切断部分に硬い刃が当たった時に一際大きな音が響いてしまう。そう何度も使えないので、躊躇いなく一気に切り裂く必要がありました。

 これらの道具はストップウォッチと室温と気温を睨みながら、氷を使った襲撃トリックの時にもそうでしたが、事前に使用方法を動画で見て、動揺せずに解体を行うよう何度も似たような重さのダンベルなどを用いて練習し、その感触や重さを確かめつつシミュレーションして身体に覚えさせていました。

 私は河西麻未の腕を断ち切った際にも使ったダッシュバッグを袋から取り出しました。そう、これこそが私の計画の秘密兵器でありました。

 このダッシュバッグという製品は簡単に言えば吸水性に優れた緊急防災用備品にもなる、いわゆる土嚢です。

自重の何倍もの水分を含んで膨らむ吸水性ポリマーが用いられており、家屋や車庫などへの浸水防止や災害現場の水処理や地下道への浸水防止に崖崩れ防止、各種工事現場での除水に緊急災害時の水害対応を補助したり、地震時などの避難地の確保にも使われます。

やや無骨でワイルドな見た目なのですが水害も多く、その被害に悩まされていた日本人の知恵と技術が結集した逸品と言えます。

 厚さ8mmで重さは400g程度。薄型で軽量なので、持ち運びに大変便利なのです。湿気もほぼ100%カットできて使用前の劣化にもよく耐え、長期にわたり優れた性能を発揮できます。従来の土嚢は用意もさることながら、使用後、水分を含んだ土砂の処理作業が非常に大変だったらしいのです。あの大災害を経て技術は日々、着実に進歩しています。近頃では海外の災害現場でも日本の製品はことのほか重宝されるそうですが、理由は言うまでもないことでありましょう。

 河西祐介と河西麻未の会話の中に、既に彼らに牙を剥く為のヒントは隠されていました。赤ちゃんのおしめを換えていた時に思いついたのです。死体の解体など難しいと言われますが、そんなことはありません。大規模な運搬が不要になる方法を選び、近くに水場やバスルームや浴場がない場所なら、周囲を血で汚すことなく死体の処理があっさりと可能になる素材や道具を用いればよいだけだと思うのです。

 いずれの道具を使うにせよ、解体するにあたって最も厄介なのは血液でした。

 この計画の為には、犯行を同じ教団施設内で行うだけでは不充分だと考えていたのです。リスクを承知で血液を採取する必要がありました。これは切断を容易にする為に血を抜いたのだろうと警察に思わせ、聖創学協会をもはやタブー視させない為に、万一計画が破綻しても身近な危険としてこの遺書と共に世間に公開し、教団の危険性を警鐘する目的がありました。

 殺害した死体を、死後にすぐ解体する場合、血管に残留している血管から血が滲み出るのはどうしようもないのですが、これをいくらかでも軽減する目的も確かにありました。

 動脈は厚い筋肉に守られているし、そう簡単には切れないと思われがちです。死体は常に同じ状態を保ってはいませんし、死後硬直が全身に及べば、弱りきった私の身体では動かすことも難儀になります。

 生首と四肢と胴体で五つ。それが二体分。パーツにして十等分にする各所は血液に至るまで全て有効的に活用する必要がありました。では、解体を速やかに行う為に血液を抜くのならばどうすればよいか?

 こう考えたのです。上半身なら腋窩動脈から。下半身なら大腿動脈から直接血を抜いてから解体してしまえばよいと。

 法医学の知識に明るい方なら知っているでしょうが、腋窩動脈は鎖骨下動脈から続く動脈で第1肋骨の外側縁から大円筋の下縁までの部分をいい、その先は上腕動脈と呼ばれます。この肩口から腋の下にかけて走る腋窩動脈を切るためには、脇の下から肩に向かって、やや深めに刺し込まないと切れません。この腋窩動脈は切れると止血が出来ないので頸動脈と大腿動脈と並んで、生きた状態で切れれば高確率で相手を死に至らしめる人体の急所です。処置や止血の手際によっては壊死や脳死、最悪でも半身の不随や麻痺は免れないほどの大出血を伴います。

 腋窩動脈は通常は切れた部分より心臓側で止血するため、物理的にできないと言われるのですが切る必要は全くなく、血を抜くのが目的なのです。解体を速やかに短時間で済ませる為に血を抜く必要など実は皆目ないのですが、取り除くメリットがあったのです。

 下半身で出血の多い部位は大腿動脈で、足の付け根にある動脈です。こちらも外側からでは筋肉で守られていて切るのは至難の業ですが、体の正面の腹部と足の境目あたりの筋肉の少ない部分からなら、比較的楽に切断することが可能です。

 後は頸動脈ですが、頸動脈からの出血は生体ならば致命傷を与えるのに最も適した部位です。失血死する前に脳が窒息して死に至るケースが殆どだからです。手首は切っても静脈ですので、それほど出血しませんし、大量の湯水が必要にもなります。

 胴体では肺と肝臓が血流が多い場所です。しかし胴体は搬送できるキャリーバッグと土嚢と梱包材でクリアすればよいだけですので、これは問題になりません。後々の計画で大切なキーとなるこの二つの胴体と生首は解体してしまいさえすれば、事前のシミュレーション通りに処置すればよいだけでした。私にとって時間と己の身体の状態だけが最大のライバルでした。

 血液の話に戻しましょう。解体において最も厄介な問題となる血液や体組織ですが、捨てる必要はなく、いかに有効に使えるかでした。私は予め用意していた輸血用血液製剤…いわゆる輸血用バッグに次々と採血した血液を詰めていきました。充填前の空きバッグは予め施設に大量に運び入れてあったのです。これはB棟にある医務室に大切に保管してありました。

 人間には成人男性でおよそ5L(リットル)の血液が有り、臓器以外に流れている血液は20%程度と言われています。血液の30%を失うと死亡する可能性が高く、15~20%も失うと意識がなくなり、ショック状態に陥ります。ざっと見積もれば、人間二人分の血液を採取するには、例えが悪いのですが空の2Lペットボトルが4~5本もあれば事足りてしまうのです。

 体重が60kg程の人間には血液が4L程度あり通常は3分の1程度の血液が流血すると立てない状態になり、2分の1程度の血液が出てしまうと人間は死んでしまいます。血液中の赤血球は酸素を全身へ運ぶ役割を果たしていますが、その大きさや形状にも意味があり、人工的に合成した酸素運搬媒体では完全な代替はできません。

 輸血医療は戦争によって発展した医療技術で戦場での死因には失血死が圧倒的に多く、戦死者の血液を用いて輸血した事例も過去にはあるようです。この死体血輸血という技術自体は、1930年代に旧ソ連で実際に行われていたといいます。

 急死の場合は線維素溶解現、いわゆる線溶現象により血液が凝固しなくなっているので、採血にあたっては抗凝固剤は不要なのです。

 死体血輸血の為に採血した血液は4℃に保存され、血液学的・生化学的・細菌学的検査で異常が出た場合、あるいは死体の剖検によって結核、悪性腫瘍、感染症、肺疾患、内分泌疾患などが認められた場合は廃棄処分されたといいます。死体血は4℃で3週間の保存によく耐え、ブドウ糖を加えておきさえすれば保存による赤血球の生化学的変化はACD加血液とあまり変わりないのです。

 ただし一般に血糖値とトランスアミナーゼ値は高値を示し、輸血後にGOT、GPT、ビリルビンが上昇することがあり、そのため肝障害患者には用いない方がよいとされています。モスクワでは単一の死体から大量の血液を採取して用いており、大量輸血の際に多数の供血者を集める必要はなく、その利点が生かされていたといいます。しかし、死体血輸血はかつて戦時中のモスクワを除いてはあまり行われなかったそうです。

 死亡後6時間以内に無菌的に採血された血液は、輸血用血液としての有効性は献血血液とあまり変わらないということは知っておりましたので、採取した血液は後々の計画に使う為には必須でした。

 私が独学で学んだエンバーミングの薬品には三つの種類がありました。大きく三つに分けて動脈液、注入前液、そして腔液です。

 動脈液は動脈に注入して、細胞組織が保存されるようにする為のものです。動脈液に用いる薬品は大体同じものなのですが、遺体の状態によって多少配合の割合が異なってきます。主な成分はホルムアルデヒドと凝固剤です。

 注入前液は文字通り、動脈液を血管に注入する前に、血液の通りをよくするものです。成分には溶剤として反凝固剤を用います。これはクエン酸塩、シュウ酸塩、フッ化物、カリシュウム隔離剤です。

 そして腔液がホルムアルデヒド、石炭酸、凝固剤、皮膚浸透剤などにあたります。これら全ての溶剤や採血の器具は私と共に施設内に既に入り込めていました。キャリーバッグは二つあって前日の元旦に祖父への挨拶に向かう美也子に運んでもらっていたのです。

 1月2日は全国から人が集まってくる日でした。侵入させる日は、この日をおいて他にありませんでした。

 解体にはさほどの時間もかかりませんでした。

 ですが、もう一つの問題がやはり起こりました。

 どうして、この事態を深く想定していなかったのでしょうか。筋力と握力が著しく衰えていた私には、もはや河西祐介を持ち上げる気力は残っていませんでした。格闘技の心得も念入りにしておくべきでした。

 テコの原理でバンドソーの台座に持ち上げようとも思いましたが、悪戯に死体を傷つけてしまう公算が高く、諦めざるを得ませんでした。とはいえ、時間はあまりありません。いくらB区画が入口の警備室から離れているとはいっても、電動式のノコギリであるデュアルソーの音はやはり派手で、いつ不審に思う警備員が現れないとも限りません。そう何度も使えないという欠点がありました。当初の計画ではA棟の完全防音の部屋が解体には相応しかったのですが、三つの凶器で二つの死体を左右対称に切断する方が様々なメリットがあったのです。

 私はやむ無く傍らにあったデュアルソーで河西祐介の首と両足を切断しました。震動防護のコーティングが施されているとはいえ、この作業が一番体に堪え、焦りました。己の筋力と握力がここまで衰えていたのかとひたすらに絶望し、情けなく思ったものです。
 外の様子を伺いましたが、幸いにも夜中の三時を過ぎており、外から誰も来る気配はありませんでした。

 後の仕事はきわめて単調でありました。死体の断面に吸水用の土嚢を置いて、防腐剤を両腕と両足の計8本に次々と注入していき、それが終われば梱包にかかればよかったのです。それら解体したパーツを大型の圧縮袋に入れたらスティック型クリーナーというハンディ掃除機で圧縮袋の空気を抜いていきます。スープストックを作るようにパウチに密封し、L型三角ケースに梱包して、予め用意していた送り状を貼ります。荷物同士が折り重ならないように梱包して、それらを次々に台車に入れていきました。

 これはドライアイスや氷のトリックと共に事前に何度も水道橋の施設でシミュレーションをしていた動作であり、これにもほとんど時間はかからなかったように思います。午前三時から作業を始めて四時半には完全に終わっていましたから、作業自体はきわめて単調だったのです。

 幸いにもオペの後片付けでもするように死体の出血は最小限に抑えられ、後始末は非常に楽でした。

 私は解体現場の後始末をしたついでに義父の部屋から朝に盗んでいたカードを捨て、現場の隅に置いていた軍用折り畳みスコップの入ったバッグと河西麻未の生首が入ったビニール袋を持って、この施設での最後の仕事に取り掛かることにしました。

 このスコップも予め施設に運び入れていたものです。ガーデニングやキャンプやサバゲーの軍事用の掩体掘りなどに使う、主に野外活動のためのツールです。 折り畳み式のミニショベルですから携帯に便利で、陸上自衛隊員の使う重い背嚢の横にも、片側の水筒と共に縛着されているものと同系統を選んでいました。

 黒いスウェットを着て物音を立てないよう外に出ます。幸いにも闇に紛れるには、まだ充分な暗さと時間がありました。ツールに付属されたライトはギリギリまで使わないつもりでした。掘っている際に光が漏れてはいけないし、この作業が誰かに見られてバレてしまえば、計画は一瞬にして終わりです。

 慎重に周囲を確認し、闇に乗じました。聖創学協会のモニュメントの傍まで来てバッグから折り畳みスコップを伸長し、ライトは地面だけを照らして決して上向きにならないよう口にくわえ、地面に突き立てた状態で自分の体重を縁に乗せてジャンプして突き立てていきます。これが四周四角となるよう平行、水平、一直線に四ヶ所に突き立てます。自衛隊が夜間の演習で掩体を掘る動画を見よう見まねで覚えたものです。

 これは愛犬のサヤや子供達といかに素早く穴を掘るかで競争して遊んでいた時に思いつきました。本職の自衛隊の訓練動画を参考に、実際に水道橋の施設でサヤや私の食事を食べてくれていた猫と遊んでいた経験が大いに役に立ちました。

 この方法は、植え込みの上の草ごと断ち切って地面を掘るには最適な方法なのです。自分の体重を丸ごとスコップに乗せて両足でジャンプして乗るだけなのですから、バランス感覚はある程度は必要ですが、力も労力も物音も最小限で済む方法といえます。

 陸上自衛隊では、扱う小銃や迫撃砲や対戦車ATMといったように小隊クラスでも掘る掩体の型や大きさまで違い、重迫撃砲中隊ともなるとシェルターほどの掩体まで掘るというのですから、日本の防御用の掩体構築というのは実は凄まじい技術なのです。かつて旧日本軍が陸上の防御戦闘において他の追随を許さないほどに精強な軍隊だったのは、この掩体構築の技術に裏打ちされた鉄壁の陣地を選定する知恵と掘り進める根気と有り余る体力があったからに他なりません。

 生首を無事、穴に埋め、サヤが掘り出しやすいように浅く、静かに土を被せて作業は完了しました。土を払い、作業に使った道具を最終的にチェックしてB区画を後にする頃には朝焼けが周囲を照らしていました。物音一つしないほどに静かな正月でした。

 美也子の部屋はA棟の一階でしたから、私はスマートフォンで作戦終了となる電話を彼女に掛けました。

 彼女はすぐにドアを開けて私を中に入れてくれました。美しい彼女の目の下に隈が出来ていて、彼女も眠れぬ夜を過ごしていたのかと思うと、私は本当にいたたまれない気持ちになりました。まったく私は彼女には本当に苦労かけ通しの駄目な夫であります。

「終わったよ、美也子」

「お疲れさま、憲仁さん…」

 力なく微笑んで倒れそうになる私を、彼女は抱き締めて支えてくれました。やや躊躇しましたが、二つの胴体と生首は一休みしたら当日の三斉勤行の時間に、彼女に割り当てられた区画の別の部屋にある冷凍庫に保存しておくことにしていました。胴体に防腐剤を注入していないのは、これも複数人の犯行によるものと思わせる為でありました。

 独自の方法で離脱し、夜中のうちに茅場町の施設に忍び込んで死体と生首を遺棄した別の犯人グループがいたのだろうと思わせる必要があったのです。
 これで本部施設へのオープンドサークルという結界は完全に完成したことになります。後は離脱と最後の仕掛けをするのみとなりました。

 五日の三斉勤行が終了したら、美也子には二つの大きなキャリーバッグと共に、その足ですぐタクシーを拾って茅場町の施設に向かってもらいました。最後の総仕上げが残っていたのです。

 名目は私や伯父や叔母を探す為という理由で、地下の食料品貯蔵庫の近くに二つの大型のキャリーバッグを置いてもらい、広い円卓のあるホールから誰かが来たらスマートフォンを鳴らすよう彼女には見張ってもらいました。幸いにも、この時は三斉勤行が終了してすぐの時間でもあり、水道橋の施設内はほぼ空で、信者も含めて施設には誰もいない状態でした。私は素早くキャリーバッグを抜け出して、もう片方を手にすると地下の冷凍庫に二つの切断された胴体と、ガラスの骨壺の上に河西祐介の生首をセットして再びキャリーバッグに入り彼女に合図の電話をしました。

 事前に調べていた冷凍庫の庫内温度は、予想通りのマイナス温度に保たれていました。

 名前は出せませんが、死体の第一発見者となる人を完全に想定した上で仕掛けたトリックでありました。

 これも私の好きな推理小説では、やや荒業とも呼ばれる無茶なトリックなのですが、これも事前に何度もシミュレーションを繰り返して成功の確率を上げていた計画で偶然に生首に声を出させた訳ではないのです。

 医療用の人体模型の中には人さながらに“呼吸する胸部模型”というものが実は存在するのです。

 動体ファントムとターゲットカプセルと呼ばれる、動く人体模型の動画をインターネットで見た時には、既にこの計画は出来上がっていました。

 ターゲットカプセルは、元々は呼吸に同期して動く肺癌を再現したもので、「マルチセル方式動体ファントム」と呼ばれ、呼吸に伴う体表面や腫瘍の3次元的な動きを再現できる、放射線治療用の人体模型なのです。悪性腫瘍(ガン)の放射線治療では近年、呼吸に伴う腫瘍の動きに同期し、腫瘍だけに高線量の放射線を照射する「呼吸同期照射」が用いられるようになってきました。

 このファントムは、そうした高精度放射線治療の模擬試行や評価に利用するもので、放射線治療支援技術を手掛ける医療機器メーカーが開発したもので、患者ごとに動きをカスタマイズできるのが特徴です。

 肺や腹部を模した「セル」を内部に実装しており、ここにエアコンプレッサーで空気を送ると最大15mmほど胸部が拡張し、呼吸動作を再現するのです。肋骨も完全に再現しており、胸部の拡張に合わせて変形するようにしてありました。内部の空隙(体腔部)には人体組織の電子密度に近く、膨張可能な材料を充填しています。

 このメーカーは呼吸に伴う胸部悪性腫瘍の三次元的な動きを模擬する「ターゲットカプセル」も開発しており、これは球状の模型で、線量フィルムを格納した上でセル内部に装着するのです。これによって、放射線治療の模擬試行時に、腫瘍に模したターゲットカプセルに放射線が計画通りに当たったかどうかを確認できるという仕組みになっています。

 私は何度もその動画を見て、ドライアイスが気化し、生首がどのタイミングで声を上げることが可能かを事前にシミュレーションしていました。この計画は失敗してもかまわなかったのですが、成功報酬は莫大なものとなるはずでした。

 こうして私の殺害計画は終了しました。教団から三人の幹部が消えたと大騒ぎとなっている中、水道橋の施設に帰ってきた私は、地下の隠し部屋でこの長い長い遺書を書いていたという訳です。

 二人の死体をバラバラにした理由を後々異常者のように思われたところで係累がない私としては今さら気にもしませんが、世間にはそうしたことを分析したり統計をとったり、心理学や犯罪心理学のサンプルに、あるいは犯罪記録をエンターテイメントのように楽しんだりする方々もおられるかもしれませんので、一応触れておきたいと思います。

 バラバラにした理由は複数ありました。まず第一にこの教団本部がターゲットの殺害に最も適しており、不可能状況をより演出しやすかったということです。

 殺害する凶器や運搬、採血や解体、復讐対象の信者への荷物の送付に使う梱包材などの道具が豊富に手近に揃えられ、潜入する際も偽装しやすく、短時間で犯行を遂行し、三斉勤行の期間が終了する1月5日までに犯行を終えてしまいさえすれば、侵入した時と同様の方法で離脱できる。それに適した環境が全て整っていたことです。チャンスは年に三回はあるように思えますが、実質この期間内にしかありませんでした。

 教団信者達が教祖や幹部も含めて、一斉に動き出す時間と行動が予測しやすく、その間に絞ってターゲットだけを殺害して内部崩壊をもたらすには、この機会をおいて他になかったのです。

 これは私の持論なのですが、いかな鉄壁の要塞のような建造物や頑強なシステムを持つ部屋であっても、人が使い、人が住む以上は開口部のない密室は存在しません。千丈の堤も蟻の一穴からの喩え通り、囲みというものは人が作り上げるものである限り、突破することも突破されることも不可避の現実なのです。氷河の大地とて、たった一発の鐵鋼弾で砕く為の核となる溝や亀裂は必ず存在します。

 飛行ドローンやジャンパードローンで敵のいる位置と座標をリアルタイムで掴んで敵のオペレーターだけを素早く殲滅すれば、重要拠点の制圧と防衛を即座に入れ換え、施設を利用することさえ瞬時に可能になる現代のテロリストハントと同じです。

 外部から簡単には侵入できない怪しい施設であるというロケーションや、簡単に入り込めない鍵の掛かった部屋という存在自体が人の心理に壁を作ります。だからこそ、人は密室を求めてやまないのでしょう。人は囲みから逃れたいとどこまでも自由でありたいと思う一方で、囲みを作らなければ、安心感さえ得られないものなのでしょう。鍵の掛かった密室とは、まこと人そのものなのかもしれません。

 これら全ての条件を満たしていたからというのが、きわめて単純で合理的な理由です。

 恨みというのも近いと言えば近いのかもしれませんが、私自身は彼らが死んでしまえば目的は既に果たしている訳で、彼らの死体自体には別段興味はなく、切断の際も冷凍マグロを解体したり刺身を切るような感覚で切っていたように思います。性的な興奮はもちろんありませんでした。バラバラに解体した死体の骨や皮を日常の道具として使用していた犯罪者がいましたが、僕の場合は不発弾を作って世間的な恐怖を煽り、それをシェアリングする為の道具を作ったといった感覚に近いものでした。計画遂行の上での作業自体は特段の感慨も沸きませんでした。

 異常というのは思い込みであるし、狂気ですら一度踏み込んでしまえば只の日常です。

 それがそもそも犯罪というものだと割り切っていましたから、露見の際は無念ですが速やかに死ぬつもりでもいました。ただし、死ぬからには、只で死んでしまうわけにはいきません。

 私の目的は協会自体の壊滅であり、解体でありました。バラバラにする目的と対象がそもそも違っております。無論のこと、彼らの死体をバラバラにしたところで聖創学協会自体が簡単には壊滅してくれない組織であることは、百も承知で立てた計画でした。

 人とは不思議なものです。目の前に解けない謎や不可解な神秘があると聞けば、それを互いにシェアし、その謎を解体することを考えるのです。解き明かされた謎の向こうにどんな風景が見えるのかは、その人次第なのでしょうが、私の作りあげた謎もこうした形で明かすことがなければ、いつか誰かの口の端に上った犯罪であったのでしょうか? そう思うと作り手としては、やや感慨深いものがあります。

 無論のこと、世の中に不思議なものなどありはしませんし、起こったことはもはや不思議でも謎でもない。時間的経過を積み重ねた歴史や記録が不明の闇を照らす幾筋の光となるように、いつか謎はなくなり、この世のどこまでも照らし出す時代は必ずくるのでしょう。正体不明のものなどなくなるし、これからもっとその光は強くなり、九重の宇宙の闇すら照らす時代が来る時には、あらゆる謎は謎でなくなってアーカイブされたデータだけが存在している時代なのかもしれません。ですが、一方で人は人である限り、謎を造りたがるものでもあるでしょう。

 不立文字。言葉にできない謎が謎としてあり続けるから、人が人である様を言葉にしようとするのは些かも無粋かもしれませんね。

 私が作った謎の数々は解けない謎ではありません。失敗もしています。作戦自体は成功していますが、完全犯罪などやはりあり得なかったようです。もしも、打ち破れる人間がいたとしたら、その人物は狂気をも平気で踏み越えて脳髄をフル回転させて、そのスリルやカタルシスさえ楽しもうとする、謎が好きでひたすらに自由な思考を楽しみとする、極めて私に近い人間であろうと推察するのみです。

 人は人を越えられないのではありません。越えないように出来ているのです。人のリミッターとは生きていく課程で得られる、最も人を人たらしめる安全弁でもあるのでしょうから。ですが、それは逆に弱さであり、平和を脅かす脅威とはその弱さを突き、一瞬で人を絶望させ、崩壊させる力なのです。私が出会ってしまった暴力の形が正にそれでありました。

 狂信。それは人間の潜在的な恐怖を煽るのです。

 他者への恐怖を。集団を歪にするのは、いつだって特定個人の意識なのです。

 それぞれに閉じ込められた檻の中で、その個人個人の意識をさらに孤立させ、不安にさせる。その孤独や不安を自らの大義名分で埋めにくるのです。教義や政治的な思惑という集団幻想によって。経済活動という理由によって。皆が幸せになる為だと嘯くのです。

 その悪意はするりといつの間にか自らの内に取り込まれ、その意識をいずれ誰かの思想に則った意識に変えようとするのです。そして、それがいつしか日常の一部になってしまう。それは紛れもなく集団による威圧に他ならず、その集団の暴力を背景にした乗っ取りと侵食とは、人の求める自由とは程遠いものでありましょう。

 故に我々は彼らを嫌悪するのです。当たり前です。

 彼らは男女を、家族を、友人や知人でさえ、分断攻略と人海戦術という手法で取り込み、それぞれが自分が望んでいることだと信じ込ませるのです。義務感も強制感も滅却し、あくまで自発的に行動した結果だとしか思えないようになる。これが洗脳と言わずに何だというのでしょう。最終的に罪を犯した人を切り捨てるだけで、彼らは傷一つつかずに、また誰かを取り込み、その誰かによって誰かを傷つけるのです。

 彼らは皆を無知でいるように仕向けるのです。不審や疑心暗鬼が個人を追跡させ、行動を予測し、大人しくさせようと画策する。故に人を貶め、作為的に持ち上げ、自らに取り込もうとする彼らの目には感情が篭らず、張り付いたような笑顔で、とても不自然で醜悪にさえ見えるのです。だからこそ、彼らは目が笑っていないとよく言われるのです。

 彼らは嘘をつき、私は私の大切な人を失った。私は己の真実の為に、魔境の虜囚に堕ちてでも彼らと戦うと決心しました。そう、これこそが私の大義名分でありました。暴力を正当化する理屈となりえました。

 彼らを殺し、その遺体さえ壊して彼らの体でもって狂った歯車を壊して軌道修正させる。この計画に迷いはありませんでした。狂信を煽る人外の獸を狩る者に躊躇など無用だからです。彼らを殺すことが正しいことだと信じた。それだけです。

 殺らなければ誰かが殺られる。そんな悲しみはもうたくさんでした。己の全身を血に染めてでも、為し遂げなければなりませんでした。

 この犯罪計画は彼らに対する抵抗の証であり、それを証明する為の戦いでもありました。解体と解放は、私一人の力で成し得るものではないからです。本来の教義から外れた目的を強いられている人々の意識を変革する必要があるのです。

 計画遂行の暁には、皆が加わってくれるはずです。

 声を一つにして言ってくれるはずなのです。

 もう騙されない。

 もう怖がらない。

 もう決して沈黙しないと。

 恐れず皆で立ち向かったら世界はどう見えるでしょうか?

 自由とは己の心に正直であること。ただ心安けく生きる為に、ただあり続けることです。

 やっとこれを言える時が来ました。

 残せる時が来ました。

 私の本当の目的は、私の遺志を継いでくれる者の存在が現れることです。私と同じように覚醒しえる者の到来です。誤解のないように言っておきますが、協会を潰せというのでも、信者を殺せと殺人を礼讚しているのでも、進んで魔道に落ちよと唆しているのでもありません。

 人が罪を重ねて、いつしか本当の悪となるならば、それを見定め、裁き、芽を摘み取れるのもまた、同じ人であるということを真に解ってほしかったのです。
国を越え、国境を越え、文化も宗教も人種も国籍も言語も人の囲みも、あらゆる境界も容易に踏み越えることが可能な時代となった今、そこに待つものが平和であるという保障はどこにもないのです。

 この国の人間は優しくもあり、時に陰湿でもあり、そして本当の悪や暴力への対処の仕方に対して余りにも非力で他力本願です。

 もはや戦後ではないと言った政治家がいましたが、我々は同時に忘れてはならないのです。都市が発展し、文化的な生活を享受して生きていくことで必ず生まれ得る弊害とは、人の格差さえ容認する醜悪な現実を受け入れることなのだ、と。

 我々はもはや考えるだけでは生き抜けぬ時代を迎えつつあります。行動が求められている。私は煽動したいのではありません。ひたすらに問いたいのです。


 人が人さえ蔑ろにして存在する悪意というものの存在を。
 戦いというものの本質を。争いというものの根幹や、あらゆる欲望や破壊が何に根差すのかを。何のために戦争や暴力や殺人という無惨な力が存在し、人が狂気に陥り、精神がズタズタにされるような悲しくも憐れな犯罪や悲しみが、今もなお存在し、ひたすらに繰り返され、日常に流されていくのかを。

 二つの目で視れる世界など、現実すら照らしていないし、聞いている世界は人の本当の叫びすら聴いてはいないのだということを。

 本当の悪は国籍も行政も司法も、あらゆる法の網をも掻い潜ってそれらを歪め、利用する側の立場の存在であるということを忘れてはならないのです。法も魂も腐りきっていく世界を変えるには、私一人の命など安いものですが、同時に不安でもあります。平和と共に日本人はどんどん弱くなっているのだという現実を私は危惧せずにはいられないのです。

 孤独と狂気に蝕まれようと誇りと命のある限り、けして許してはいけないことがある。それは只の意地ですが、やがて生まれ来るかけがえのない命が育む、この国の未来と民族の誇りを守る為に存在し、散っていった命があったという現実だけは、けっして忘れないでいてほしいのです。それは皆様が経験していないだけで、すぐにでも訪れ得る過去と地続きの世界です。

 それは今であり、これから迎える未来なのです。争いの歴史や現実を直視し、人を欺き呪う者の存在を知り、それでも私の愛するこの国とその人々は、かつてのように結び合い、分かち合い、無慈悲な暴力にさえ立ち向かっていけるのだと私は信じています。

 知性と強さを持った日本人は覚醒するはずです。私はそれを永世に見届けていくことでしょう。私がその願いの力になりましょう。平和への願いと思いを託すことも、力への渇望を自らに課すことも、この国の磨き抜かれた知性と受け継がれてきた魂と技術と文化はそれを可能にします。皆様にはそれが出来るのですから。この国の人々は無限の荒野に一人で生きているわけではないのです。祖先が築き上げてきた強固な礎と千の呪言をも跳ね返す幾万の真言と祝詞の下に今、自分が存在して生きているのだという幸福を噛み締め、それを糧とできることを忘れてはならないのです。

 魂魄は例えここになくとも、尽きぬ私の遺骸がその願いや叫びを聞きましょう。先達の尊い教えの下に今、18体目の私が誕生したように、名作の探偵小説の名探偵のように、この国の人々の声なき声は叫びとなって無限の力となるように、あらゆる暴力に立ち向かい、争いに満ちた世界を壊し、引っくり返せる力は確かにこの国には存在し得るのだということを私に証明してほしいのです。腐った魂に、万世一系の磨きあげられた真髄の魂が汚されることだけはあってはならないのです。

 残り僅かの命で賭けてもいいのですが、いずれあと何年もしないうちに世界を揺るがすような文書が公開されるような事件が起こった暁には、この腐敗した国の悪しき慣習は、罪人達を平気で守り、その存在を容認し、その利益を貪り、事実を隠すような卑劣極まりない国であることが証明されるはずです。

 たとえ極右と呼ばれようと腐敗したマスメディアにテロリストと蔑まれようとも、私は私の生まれ育ったこの日本という国を誰よりも愛しております。

 随分と長い道のりを走り続けてきました。助けなど、どこにもなく、止まることもできない道をひたすらに走ってきました。自分の力だけを信じてやってきました。他の誰でもなく、自分の力を。力を渇望する乾いた魂だけが私を突き動かしていました。

 力が欲しい。もっと力を。

 もっともっと力を、と。

 最悪な時期だって経験してきました。抑えきれぬ想いを抱いて自分を見失ってきました。そんな時は、何もかもがうまくいかない気がしたものです。それでも狂気の舞台に上がっていく事で、今ここにいる理由が思い出せてきたのです。目的は対象への復讐ではありましたが、それはいずれ必ずくると信じた人々の祈りと願いと何よりも子供達の笑顔の為でした。

 信頼する皆様に全てを託し、その礎となることが私の命の存在理由だったのです。だから、皆様には戦い続けてほしいのです。人を人とも思わぬ狂気や暴力と。

 言葉を紡ぎ、声にできない人達の言葉を全身で叫べばよいのです。強くある為に必死で己を磨き、何かを護る為に力を尖鋭化させるのも自由なのです。己が己であることを、けして忘れないでください。振り返れば見えるその道の先は、あなたが紛れもなく歩んできた道であり、そして、その先にあなた方の道はそれぞれに、どこまでも続いているのです。

 その道も私の歩んできた道と同様に助けなんかどこにもなく、止まることもできない道かも知れません。けれど、廻り続ける車輪のごとく走り続けて下さい。己の力を信じるのです。他の誰でもない、一人一人の、あなた方自身の力を。皆様のために、私はここまでやって来れました。そう、人は一人ではないのです。だからこそ自分が存在し、己の力を最高のパフォーマンスに持っていく為に団結する必要があるのです。磨き抜かれた真髄の魂と誇りに裏打ちされた平和への願いは、いつか世界を震わせられるはずです。

 私の過ちを力に変えていく。それはあなた方にしかできないことなのです。

 他力本願ではありません。

 大切な皆様のおかげで、そこに気づけたからこそ、私は走り続けてこられたのです。誰かがいるから自分の道を見つけられるのです。これからも不明の闇や謎を知り、学び続けて下さい。誰かと繋がっていられる喜びや必ず訪れる悲しみは、あなたがあなたであり、あなたが日々生きる為に必要なのです。

 生きることは紛れもなく、戦いでもあるのです。

 だからこそ、守り続けていけるのです。

 生きることを問い続け、己の体で学ぶのです。

 どんな日々でも、どんな舞台の上でも。

 何も考えず、ただまっしぐらに全力を尽くしていけばよいのです。ただ、それだけでよいのです。たとえあなた方がすぐに忘れられてしまっても、私が覚えております。その為に私が存在するのですから。

 ずっと考えていることがありました。どうして私はこんな酷い道を進んでいるのだろうと。だけど、後悔はしていません。皆さん一人一人がいたから、迷路の中で自分の道を見つけられたのです。答えを見つけられたのです。これが私にしか伝えられない、私からの皆様への感謝のメッセージだからです。

 私がここから去っていって、何もかも投げ出してしまうなどということは、あり得ません。それを証明する為の戦いだったのですから。あなた方の顔が見える限り、今ここにいる理由を思い出せます。こうすることで、あなた方の物語は続いていけます。

 あなた方のためにできることも、あなた方の望んでいることも叶えられて。私の狂える魂が…思いが皆様にも伝わる日がきっといつかやってくる。そうやって、この国の物語は永世と続いていきます。

 今までがそうだったように。これからも。

 道を誤ってしまってはいけません。

 この国は果たして、どこへ向かうべきなのか?

 それを問い続けて下さい。走り続けて下さい。

 混沌の魂に触れ、愛する場所を眺め、最愛の人に看取られながら数多くの思い出と共に死んでいける今この時、私の心はとても安らかで穏やかです。思えば私の人生は狂った教団に翻弄されただけの人生だったのかもしれません。しかし、後悔はありません。残せるものが何もない訳ではないのですから。

 既に目が霞んで参りました。

 これが見つかる時は、既に私はこの世にはいません。

 私の肉体は、ここまでが限界のようです。

 私は一先ず眠りにつきます。魂は深く暗い深淵の底にあっても変わらない愛で皆様と共にあり、狂気と憎悪でこの国の天魔を降伏し、これからも行く末を見つめ続けていきます。

 2014年1月7日某刻

 最愛の場所 丸の内東京駅舎の赤レンガを前に

 世界で只一つの狂気と怨念を宿した依り代

 水野憲仁 拝

 無限の可能性を秘めた
 大和魂を持つ皆様へ

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