1話
「あっちぃ~」
私こと、杏あんずは片田舎にすむ高校生である。
夏休みに入り、何一つ生産的なことをせずに過ごしていた。
すでに1週間が経過し、カレンダーを見ては、あと残り23日か、まだ平気だな、とか思いながら過ごしていたら、とうとう母親に言われた。
「あんた、宿題かバイトか、どっちかしないと怒るわよ」
これで口うるさい母親がいなければ、夏休みは最高なのに……
宿題かバイト……
どっちも面倒だが、宿題は友達のを丸写しすればいい。
「分かったよ、バイトのチラシみして」
家に送られてくる求人広告に目を通す。
夏休み限定、短期募集のバイトが多々のっている。
その中に、目を惹くものが一つあった。
「おっ、スタシの短期バイトだ」
それは、スターシップスという、世界的有名コーヒーチェーン店で、ようやくうちの駅前にも出来たばかりだった。
「母さん、これオシャレじゃない? これに応募するよ」
こうして、スタシの求人に応募することとなった。
瞬く間に採用が決まり、今日はバイトの初日だ。
さすが全国的に人気な店で、客足は途絶えない。
特に学生が多く、季節限定商品が良く売れる。
「マンゴーオレンジクリームアイスジェリーフラペチーノ」
「マンペチ入りましたー」
家でのんびり過ごしていた時間が恋しくなるほど、目くるめく早さで時間が過ぎていく。
ピークの時間が過ぎ、ようやく少し余裕が出てきた。
そんな中、不思議なことを聞く客が現れた。
「ちょっと種類が多すぎて分からないんですけど、このタイプの船に合うガソリンはどれですか?」
見た目は20代くらいの男性。
しかし、ここはガソリンスタンドではない。
更に、見せられた写真には銀色の円盤が写っていた。
「……」
からかわれているのか?
こういう時どう接客すればいいのか教わっていない。
店長を呼ぼうとも思ったが、こんなことでいちいち呼ばれる方も迷惑だろう。
「お客さま、ここはコーヒーショップなので、お探しのものは見つからないと思います」
「えっ、店の名前がスターシップスなのに? 紛らわしい名前だなぁ……」
そう言って男は去って行った。
何がしたかったのだろうか……
翌日、バイトは休みだったので、市民プールに行くことにした。
自転車で風を切って進んでいくと、チラっとあるものが目に入った。
そこにいたのは青い色をした猫で、品種は確かロシアンブルーだ。
私は一旦自転車を路肩に止めて、近づいた。
猫はこちらを一瞥し、脇の林へと姿をくらませた。
「あ…… まって!」
写メを撮ろうとしたのだが、それより早く逃げられてしまった。
別に、急いでプールに行く必要はないか、そう思って猫を追っていくと、見失ってしまった。
「あれっ?」
素早い動きで逃げられたか?
猫が消えた辺りをよく見ると、異変に気付いた。
その一帯だけ、なぜか景色が歪んでいる。
「んんっ?」
目をこすってもう一度見るが、まるでレンズ越しに景色を見てるようだ。
光を屈折する、透明な何かがそこに存在している。
「何なのこれ……」
コツ、コツ、と音を鳴らして材質を確かめてみる。
石をぶつけたら分かるかも? と、そこら辺に落ちている小石を投げつけてみた。
キイーーーンという金属音。
「写メにとっとこ」
そう思ってスマホを取り出した時だった。
「君は……」
現れたのはスタシで変な質問をしてきたあの客だった。
裏に隠れていたのか?
足元にさっきの猫がいる。
「何でここが分かったの?」
「あ、その…… 猫を追いかけてたらここに辿り着いて」
「僕の飼い猫だよ。 一人でさみしかったのと、あんまり鳴かないから好きなんだ」
そうだったのか……
それにしても、不可解なことばかりだ。
「ねえ、この透明は何?」
「……秘密を守れるなら教えてもいいよ。 どうする?」
「私、口は堅いのよ」
写メで撮って友達に見せびらかすつもりだったけど……
「じゃあ教えてあげるよ。 これは僕の宇宙船だ」
「ほんとに宇宙船なの? 証拠は?」
「中に入ってみれば分かる」
私が躊躇していると、痺れを切らしたのか、男はポケットからスマホを取り出して何やら操作を始めた。
「これで信じてくれる?」
目の前に、銀色の円盤が現れた。
「正真正銘、宇宙船だよ」
透明にしていたのは、宇宙船を隠すためだったのか。
ということは、この人は宇宙人……?
私は好奇心から中に入ってみることにした。
「お邪魔しまーす…… って、広っ!」
宇宙船の外見と、中の広さが合っていない。
まるで、別空間とつながっているようだ。
「僕の名前はクドー。 今少し困っている」
このクドーって宇宙人は、見たた目は私と同じ人間のように見える。
別に変身しているのかしら……?
クドーは現状を説明し始めた。
「僕は星から星へと旅をしているんだけど、次の惑星まで行くのにかなり時間がかかる。 退屈なんだ、とても」
「退屈って、今すぐ旅立とうと思ったらできるわけ?」
「できるよ」
私は思いっきりずっこけた。
深刻そうな顔して説明しないで欲しい。
「そこで、君にも協力してもらいたい。 この星で何か楽しいものはない?」
「時間つぶしならゲームとかかな?」
「そのゲームってのはどういうやつだい? このスマホのトレースの機能があれば、カメラで撮った対象物をこの空間内限定で再現できるんだけど」
それってすごくない?
「それだったら、街に出てみる? 電車で1時間くらいかかるけど」
「構わない。 案内して欲しい」
こうして、私たちは都心に向かうことにした。
夕方までに帰れば問題ないだろう。
駅前の改札にやって来た。
キップを購入し、改札をくぐって都心行きの電車を待つ。
ここから隣の駅に移動し、急行に乗り換えて都心に向かう。
「ねえ、お金はどうしたの?」
私は電車の中で疑問の一つを聞いてみた。
「宇宙にも換金所があって、宇宙共通の通貨と地球の通貨を交換できる所があるんだ。 あと地球人の着てる服を売ってる場所もあるよ」
……嘘みたいな話しだ。
都心に到着した。
私の住んでる駅前の1万倍くらい人口密度が高いんじゃないかな。
「ここなら何でもあるよ。 カラオケ、ボーリング、映画館、家電屋に行けばゲームも置いてあったかな。 てか、ご飯食べに行かない? 腹が減ったら戦争には勝てないっていうし」
何か違う気がするけど。
「いいよ、そしたら君の好きな料理屋にでも連れてってくれ。 お金なら僕が出すから」
若者の集うレストランに到着。
注文を頼んだ。
「後で抹茶アイス頼んでいい?」
「いいよ」
「世の中にこんなおいしい物があるなんて……」
抹茶アイスを食べながら、私は舞い上がっていた。
楽しい物を見つける、などという目的なんて無視しよう。
私は私の欲望を叶えるべく、行動を開始した。
トレース機能を使えば私の願望を叶えられるに違いない。
そのために必要なものは……
「私なりの楽しく過ごせるものを集めてってもいい?」
「構わないよ」
駅の東口に最近できたばかりの、服と家電を混在して販売するショップがある。
私たちはここにやって来た。
「地球にはカラフルな服が多いね」
今欲しいのは洋服じゃない。
目指すは生活家電の売られているコーナーだ。
「あれよ! クドー」
お目当てはマッサージチェアだ。
「これは珍しい。 ちょっと座ってみようか」
一番端の椅子が空いていたので、そこに座る。
「えーと、これかな?」
ボタンを押すと、背中のローラーが動き始めた。
「な、何だか怖いな。 痛たタタタタタタタタタタ……」
クドーは肩たたきモードを選択したようだ。
「次行きましょ」
マッサージチェアを写メに取って、次にやって来たのは本屋だ。
「この漫画コーナーの棚を全部写メして欲しいのよね」
「マンガ?」
「文字ばっかりじゃなくて、絵がのってるやつよ」
「オーケー」
クドーが棚の写メを片っ端から撮り始める。
その間、私は素知らぬ顔をして雑誌を立ち読みしていた。
「店員には何も言われてないわね? じゃあ、最後の場所にむかいましょう」
最後にやって来たのはファミレス。
これで私の計画に必要なものは全て揃う。
さっきご飯は食べたばかりだったので、ウーロン茶を一杯だけ頼んで、ドリンクバーを撮りに行く。
「これでいい?」
写メにはドリンクバーがすっぽり収まっている。
この時、思わず笑みがこぼれてしまったが、端から見たらかなり怪しい人物だったに違いない。
「キーアイテムは揃ったわ。 見せてあげる、私の楽園を」
宇宙船に帰って来た時間は夕方過ぎだったが、私は作業にのめり込んでいた。
スマホを操作すると、マッサージチェアが部屋に現れる。
「すごいね、これ」
今日撮ったアイテムが次から次へと部屋に現れる。
漫画の棚、ドリンクバー。
こうして、私だけの漫画喫茶が宇宙船内に再現された。
そして、気づけば時間を忘れていた。
「やばっ! クドー、今何時? 母さん絶対怒ってるし」
すると、クドーはこんなことを言った。
「もし口うるさい母親がいなければ、本当の楽園だと思わないか?」
……えっ。
「僕の宇宙船にいればいい。 ずっと」
「私、そろそろおいとましようかな……」
やばい、そう思って宇宙船から出ようとしたが、クドーが出口に回り込んで行く手を阻む。
「なぜ出て行く? ここにいれば君の願望は叶えられる」
「ふざけないでよ。 そりゃ、漫画喫茶で一日中過ごせたら私は幸せだけど、こんな所にずっと居られるわけないでしょ」
なぜだ? と聞き返してくる。
本当に分からないのか? 家に帰らなければ親が心配するし、心配させたくもない。
そんなことをいちいち説明するのは馬鹿みたいだ。
「とにかく、通してくれないなら警察に連絡するわ」
「無駄だ。もうこの宇宙船は地球を離れた」
……嘘。
私は床にへたり込んでしまった。
しばらく放心状態だったが、私は気を取り直して立ち上がった。
引き返すように説得するんだ。
部屋の中を散策すると、扉を発見した。
ガチャリ、と扉を押すと、スッキリとした部屋が現れた。
クドーもいる。
「ねぇ、本当にお願い。 地球に帰して」
「僕の気は変わらない」
随分自分勝手な宇宙人だ。
こんなやつとずっと一緒なんてあり得ない。
「あなたには猫がいるじゃない。 それに、一体どこに向かっているの?」
「目的地は次の惑星だけど、辿り着くまでに50年はかかるんだ。 猫の寿命は短いから、人間がちょうど良かった」
……50年ですって!?
何でこんなやつのために一生を捧げなきゃいけないのよ!
……しかし、怒鳴り散らした所でこいつの気が変わることはなさそうだ。
クドーが寝ている隙にでも、行き先を変更しちゃえばいいわ。
問題は、どうやって宇宙船を操縦したらいいのか。
「この宇宙船はどうやって動かしてるの?」
「この宇宙船は惑星の回りを飛んでいる隕石にアームで抱きつくようにして捕まって、離脱するときだけエンジンを噴かす。 そういう風にして飛んでいる」
……なるほど。
となれば、まずはそのアームの使い方をマスターしなければならない。
「クドー、私にやり方教えてよ」
「やり方はいたって簡単さ。 左右のモニターに手を突っ込めばいい。 手の動きとアームの動きが連動するから、手を扱うようにアームを扱うことができる」
モニターに手を突っ込む……
当たり前のように言ってるけど、そんなことできるんだ。
「ちょっとやってみる」
私はクドーを押しのけてモニターに手を突っ込んだ。
まるで水槽の中に手を突っ込んだ時みたいな感触だ。
「うえ、なんか気持ち悪……」
「真ん中のモニターに頭を入れてごらん。 それで周りが見渡せる」
あ、頭も?
正直それは抵抗あるんだけど……
ええい、これも地球に帰るためよ!
私は息を止めてモニターに頭を突っ込んだ。
「わ、すごい!」
真っ暗な空間を照らし出すのは太陽。
直視できないほど明るく輝いている。
そして、渋滞している高速道路を走ってるみたいに、周りを隕石が飛んでいる。
「アームを隕石から離して、近くの隕石に捕まってみなよ」
私はアームを隕石から離した。
すると、フワリ、と宇宙船が宙に浮いた。
右を向いて、すぐ近くを飛んでいる隕石にアームを伸ばし、捕まる。
海の中を泳いでいるイルカに捕まって一緒に泳いでいく、そんな遊びに似てるな、と私は思った。
「結構楽しいじゃん」
ふと、地球にはない楽しいものがここにはあるかも知れない……
そんなことを思ってしまった。
ダメダメ、このままほんとに50年も一緒なんて絶対……
「クドー、次の離脱は私にやらせてよ」
「……できるかい? 失敗したらもう一周回ってこないといけないよ?」
「いいじゃない、こんな体験中々できないんだし」
無理やりクドーを納得させて、次の離脱まで漫画喫茶で時間をつぶすことになった。
私の頭の中にあるプラン。
それは、次の離脱をスルーして進路を変更するという方法だ。
そして、そこで大きな博打を打つことになるだろう。
もしかしたら私とクドーは死ぬかも知れない……
随分長い時間漫画を読んでいた気がする。
とうとう声がかかった。
「離脱の時間だ、こっちに来てくれないか?」
私はコックピットに入った。
「そう言えば、まだ名前を聞いてなかったよね? なんて名前なの?」
「……杏」
「アンズ…… じゃあ、早速離脱の方法を教えるよ」
離脱の方法は、隕石群から離れて、足元のペダルを踏んでエンジンをふかし、次の惑星まで飛んでいくというものだった。
「やり方は教えた通りだ。 まずはこの隕石群から抜け出そう」
「分かったわ」
しかし、言われた通りにはしない。
アームが隕石に引っかかったフリをして、離脱しないようにした。
「あれ、アームが離れないんだけど……」
「何してるんだ! モタモタしてたら離脱のチャンスを逃すよ!」
なんとか時間を稼ごうとするが、とうとう痺れを切らしたクドーが私を押しのけようとした。
「もういい、交代だ!」
私はそれに抵抗して、もみ合いになる。
そして、どさくさに紛れてエンジンのアクセルをふかした。
「……なっ!?」
宇宙船は、コリントゲームのように次々に隕石にぶつかっていく。
「きゃあああああああああっ」
その衝撃で私とクドーは気を失った。
「うっ……」
私は目を覚ました。
どうやら頭をぶつけて気絶していたらしい。
「起きたかい。 全く…… やってくれたね」
クドーはモニターに頭を突っ込んだ状態でそうつぶやいた。
私は内心うまくいったと思った。
これで宇宙船のどこかが破損していれば、長旅はできなくなり、修理のため地球に不時着しなければならない。
「君のせいでガソリンのタンクに亀裂が入った。 このまま旅を続行するのは不可能だ」
っし!
私はガッツポーズを取った。
「じゃあ、一旦地球に帰らないといけないわね」
「……全部君の思惑通りか。 でもこれは非常にマズいよ、君たち人類にとって」
人類って……
宇宙人の負け惜しみも案外子供じみてるわね。
「はいはい、早く帰りましょ」
「……後でゆっくり話をしよう」
クドーは地球に向けて進路を取った。
スマホを操作して、着陸の体制に入る。
大気圏を抜け、出発した地点に戻ってきた。
宇宙船のステルス機能を使って、回りからは見えない状態にする。
「着いたーっ」
宇宙船から外を眺めると、時刻は夜中のようだ。
このまま帰っても怒られるし、かといって朝帰りは尚更マズい。
どうしようかと悩んでいると、クドーが声をかけてきた。
「これで僕は二度とここから出て行けなくなったわけだけど、それが何を意味するか、今から説明しよう」
クドーの顔は真剣そのものであり、その口から語られたことが冗談ではないことを物語っていた。
自分の生まれた国は戦争の真っ只中であり、自分はそこの兵士であった。
敵国に潜入して機密情報を盗み、母国に帰る途中にここに立ち寄った。
その機密情報は戦争の勝敗を左右するほど重要なものであり、自分には追っ手が迫っている。
もし連中が自分を見つけたら、ここで戦いが起こりかねない。
「最悪、機密情報もろとも地球を消し去ろうとするかも知れない」
「……えーと」
単語しか聞き取れなかった……
というか、そこら辺の女子高生だぞ、私。
「これを見てくれ」
クドーはスマホの画像を見せてきた。
そこには、SFアニメに出てきそうな、ロボットのような物が写されていた。
「これは巨人兵。 敵国が長年研究していた殺戮兵器だ」
まさか、さっきの機密情報ってこれのこと?
「追っ手は2人だけど、敵国の精鋭だ。 ここがバレるのは時間の問題だと思う」
……たった2人?
「2人だけ?」
「数で侮らない方がいいよ。 ヴァリーとミサカの名前は全宇宙に知れ渡っているから。 地球の人間なら2人だけで滅ぼせる」
ちょ、嘘つけコノヤロー…… と言いたい所だったけど、それがマジだったら相当ヤバくない?
「とにかく、この2人を倒す以外に道がないのなら、方法は一つ。 この巨人兵を君に着せる」
……あの、ついてけないっす。
「とりあえず、もう帰るね。 話は明日聞いてあげるからさ」
疲労困憊でこれ以上説明されても訳分からないし、スマホを見たら母親から着信が何件も入っていた。
「……分かった。 明日また会おう、必ず」
私はダッシュで家に向かった。
時刻は深夜0時だ。
さて、なんて言い訳しようか……
ピコピコ、ピコピコ。
「ううっ、早すぎる……」
携帯のアラームで目を覚ます。
時刻は朝の7時。
昨日は散々だった。
クドーに誘拐されるわ、母さんにめちゃくちゃ怒られるわ…… 私はただただ頭を下げることしかできなかった。
「しかも今日はスタシのバイト。 はぁ~、こんなの夏休みじゃないよ……」
歯を磨いて顔を洗い、仕度を済ませるとチャリで駅前まで向かった。
店に到着したらまずタイムカードを押す。
「おはようございます~」
ロッカーに向かうとメンバーと鉢合わせたので軽く挨拶する。
この人は先輩の水元さん。
大学1年生で、私の3つ上だ。
「何か眠そうな顔してるね」
「実は昨日、朝帰りしちゃいまして」
えっ、と少しびっくりした顔をされる。
ふっふ、一体何を想像しているのやら。
制服に着替えて開店の準備に入る。
コーヒー豆をマシーンにセットし、トーストをスライスする。
私は調理担当ではないが、こういう簡単な仕事なら任せてもらえる。
そうこうしている内に、開店の時間になった。
朝はやっぱりOLとかサラリーマンの客が多い。
「アメリカンコーヒーのミドル」
「水出しコーヒー入りました~」
何がアメリカンよ、格好つけちゃって……
「ホットコーヒー」
「暑いのにホットコーヒー入りました~…… って、クドー! 今一番忙しいんだから、後にしてよ!」
とりあえずホットコーヒーを渡し、しばらく待つように伝える。
昼休憩、店の裏に連れ出して昨日の続きを話す。
「徹夜で巨人兵の解析を行っていた。 地球で使っても問題ないレベルまで武器を調整したから、君にテストしてもらいたい」
……早速ハイレベルな会話が始まったわね。
私はこめかみをグリグリ押して、気合いを入れてから返事をした。
「一個質問なんだけど、何で巨人兵をそのまま使わないわけ?」
「理由は簡単だよ。 コントロールできない、それだけさ。 手っ取り早く、巨人兵の力を君に宿して戦うのが一番いいんだ。 それで昨日、巨人兵の滅びの槍の解析を完了させて、実際に使えるレベルに調整した」
さてさて、会話のやり取りが困難になってまいりました。
「何だか分からないから、とりあえず実物を見るわ。 バイトが終わったらそっち行くから」
「……待っている」
バイトが終わったのが5時。
今から向かったら5時30分か……
今日は無理ね。
翌日はバイトが休みだったので、一日中部屋の中で過ごしていた。
私は友達から借りた進○の巨人全20巻 (完結はしてない)に夢中になっていた。
「リヴ○イ兵長やっば! めちゃくちゃ強いじゃん!」
内容は女形の巨人をリヴ○イ兵長が切り刻む場面。
仲間がみんなやられ、太刀打ちできない空気の中、一気に形勢が逆転する山場のシーンである。
私は漫画を進める手が止まらず、何かを忘れていることさえ気づかず、その日を終えた。
今日はバイトだ。
いつものように店に向かうと、更衣室で水元さんに声をかけられた。
「あ、昨日彼氏さんが店に来てあなたのこと探してたわよ。 連絡取ってないの?」
彼氏?
「私に彼氏なんていませんよ? 人違いじゃないですか?」
すると、水元さんは複雑な表情を浮かべた。
「……それならはっきり言った方がいいよ。 ほら、一回だけでも向こうは勘違いして付き合ってる気分でいるのかも知れないし」
……え?
私、そんな過ちは犯してませんけど。
ま、まさか!
「もしかして、色白の優男でした?」
「そうそう、覇気がないというか……」
絶対クドーだ。
完全に約束を忘れてたわ……
開店5分後、早速クドーがやって来た。
「何で約束を破ったんだ! ずっと待っていたのに!」
いつになく厳しい剣幕でまくし立ててくる。
謝罪はしたいけど、ちょっとここで長話は迷惑だ。
私は小声でクドーに伝えた。
「見れば分かるでしょ? 今バイト中だから、少し待ってて」
この前みたくクドーを昼まで待たせ、店の裏で話をする。
「君は何を考えているんだ? 君たちにとって、地球の存亡は重要じゃないのか!?」
そりゃ大事とは思うけど、乗り気じゃないし…… どうせなら私をその気にさせて欲しい。
「ねぇ、私も一応女性なんだからさ、そんな無理矢理じゃなくて、もっとムードを大事にしなさいよ。 あなたの国だってそういうのあるでしょ?」
「……」
何難しい顔してんのよ。
「私をエスコートできるようになったら、また連絡してね。 それまでは協力しないから」
私は踵を返して、店に戻って行った。
クドーは難しい顔のまま、こちらを睨んでいた。
夕方、店を出るとクドーが待っていた。
「あ、待ってたんだ」
私を誘い出す方法を思いついたのだろうか?
どんな手を使ってその気にさせてくるのか、少し楽しみだ。
「……色々考えてみたよ。 そして手っ取り早く君をその気にさせる方法を思いついた。 これを見てくれ」
クドーはスマホを手渡してきた。
街中の動画か?
辺りは粉塵に包まれ、視界はかなり悪く、撮影している場所がどこなのか検討もつかない。
「再生してみてくれ」
言われた通り再生してみる。
すると、スマホから悲鳴のようなものが聞こえてきた。
「えっ…… 何よこれ……」
手ブレが激しく、撮影してる人は何かから逃げているみたいだ。
途中振り返ると、後ろを走っていた男から血が噴き出た。
「……クソッ」
撮影している本人の声だ。
戦争ものの映画か?
私はそのシーンを見て動画を止めた。
「何の悪ふざけ? ムードのムの字も出てないけど」
「その動画は戦争の様子だよ。 実際に僕の国で起こっているね」
……!
じゃあ、さっき血を噴いて倒れた人って……
私は急に吐き気を覚え、その場に嘔吐く。
「君は平和な環境で育ってきたから、戦争というものを知らない。 この動画のようなことが今から地球で行われるんだ」
嘘でしょ……
てか、こんなの完全に脅しじゃない……
それでも、私の浮かれた気分は完全に冷めていた。
「……明日はバイトがないから、戦い方を教えて」
「この前の雑木林に来てくれ。 場所はロシアンブルーが案内するよ」
夏休みも気がつけば10日が経過していた。
私は自転車で雑木林に向かっていたが、踏み込むペダルはやけに重い。
「はぁ、想像してた展開と全然違うんだけど」
内心クドーがデートに誘い出してくれるのを期待していた。
そして、私を説得するために私の願望を全て叶えてくれる。
しかし、その妄想は霧散した。
昨日の動画で現実に引き戻されてしまった。
雑木林に到着し、自転車を脇に止める。
まるで私を待っていたかのように、ロシアンブルーが行儀よく座っていた。
ロシアンブルーを追って、宇宙船まで向かう。
中に入るとクドーが待っていた。
「来たね。 じゃあ、これからのプランを説明していくよ」
クドーはスマホを操作し、ホワイトボードを空間内に再現した。
マジックでスケジュールを書き込んでいく。
「君のバイトのない日にトレーニングを組み込もう。 いつが休み?」
「火、木、日が休みだけど、一体私に何をさせる気?」
再度クドーがスマホを操作する。
空間内に現れたのは、バッティングマシンだ。
……ちょっと待って。
退屈しのぎを探す続き?
「この装置が打ち出す球を、この槍で弾き返すんだ」
クドーは空間の脇に立てかけてあった槍を取って渡してきた。
形状的には剣2本を上下別々にしてつなげたような感じた。
「巨人兵の槍を君が持てるサイズに作り変えて、出力も0、0001パーセントまで落とした。 そのままの威力じゃ地球が半壊してしまうからね」
「ちょ、そんな危ないものなら厳重に管理しときなさいよ!」
「この空間内なら暴発しても平気さ。 じゃあ早速、トレーニングを開始しよう」
今、私は槍を構えてバッティングマシンと相対している。
「じゃあ行くよ」
球が装填され、ウイイン、と球を送り出す棒がゆっくり回転する。
ズバアアアン! ともの凄いスピードで球が発射された。
「ワンストライクだね」
「ちょっとタイム! 一体何キロ出てるのよ!?」
「手始めに350キロに設定している。 目が慣れてきたら400、450と吊り上げていくけど」
バカなのか?
無理に決まってるじゃない!
「早すぎよ! 銃弾でも打ち返せっての?」
「相手は時間減速装置で僕らとは違う時間軸の中を移動してくるんだ。 体感時間はそれくらい早いと思うよ」
なになになに???
「時間減速装置だ。 例えば時速3キロで歩くAとBがいる。 Bに時間減速装置を持たせて、2分の1の時間軸で移動できるようにした場合、1時間後、Aは3キロ進めるが、Bは6キロ進むことになる」
ん???
余計分からないけど……
要するにザ○ールドってことでいいかしら。
しばらく続けるも、槍はかすりさえしない。
「はあ、この槍扱いにくい上に、球が速すぎるわよ……」
無慈悲に球が送り出される。
2秒遅れて私のスイングが空を切る。
感覚的に2秒早く振らなければ球は当たらないということか。
ヒュン!
ズバアアアン!
今度は少し早かったようだ。
「バントなら当てられるかも知れないけど……」
「当てられるだけでも攻撃になるよ」
え?
「そうなの?」
「やってみれば分かるよ」
私はバンドの構えをした。
そして、球の軌道上に槍を置く。
バチイイイイン!
球が送り出され槍に命中、そのまま球は消滅した。
「何なのこれ! こっわ!」
「なるほど、その手があったか……」
だんだん慣れてきたものの、変化してくる球の場合対応しきれない。
「もう少し練習が必要ね」
休憩を挟んだ5時間練習をして、その日は帰宅することにした。
帰り際、ちょっと待ってと腕を引かれた。
「明日も気は抜けない。 店に敵が来る可能性がある」
「え……? どういうこと?」
「敵は僕が地球から動かない理由を宇宙船の故障と考えるはずだ。 僕が最初に勘違いしたみたいに、スターシップがコーヒーショップとは思わずやってくる可能性が高い」
それはあなただけじゃないかしら?
と、言いたい所だったけど、あり得なくはない。
「じゃあ、もし来たら戦わないといけないの?」
「そうだ。 だから朝から僕も客として紛れ込む。 もちろん変装してね」
「待ってよ! 店の中であんな槍を振り回したら……」
その点に関しては考えてある、と説明された。
敵がやってきたら店の中まで案内する。
時間減速装置を使われる前に背後から刺す、とのことだ。
「もう一つ質問なんだけど、私が訓練してる日に敵がやってきた場合、どうするの?」
「……そうだな、穴を埋めるための協力者が必要になる」
協力者……
でもこんな話を分かってくれる人なんているかしら?
うーん……
「ちょっと明日話してみるわ。 ダメ元だけどね」
翌日、私はある人物に相談に行った。
「あのー、水元さん。 ちょっと相談いいですか?」
朝のロッカールームで水元さんを引き止める。
水元さんはほぼ毎日仕事に出ており、休みの日は私と入れ違いになるので穴埋め役に適していた。
「ん? どうしたの?」
「実は…… 変なストーカーに付きまとわれてるんです」
「え! まさかこの前の人?」
「それとは違うんです。 自分のことをSF映画の主人公だと思い込んでる人なんですけど」
私は昨日考えたストーリーを話した。
私は敵の宇宙船に連れ去られた姫の役で、ストーカーはそれを追う冒険者。
途中、船が故障して地球に降りたち、後を追って冒険者役のストーカーがこの店に来る、そういうシナリオだ。
「……杏さんって、どこでそんな人と知り合うの? いつか殺されちゃうよ?」
「あはは…… 今回ので身にしみました……」
「とにかく、そのストーカーが来たら警察に連絡すればいいわね?」
「あ、いや! 私に連絡ください! もう付きまとわないでって直接言ってやれば大丈夫だと思うんで」
ほんとに大丈夫? と念を押されたが、なんとか誤魔化してその場を離れた。
うまくいったわ……!
それから数日が経過した。
このままこなかったら夏休み終わっちゃうけど、と思い始めた時だった。
「水元さんだ!」
バッティングマシンを相手にしている時、ラインが入った。
「来たわ! 見た目は20代くらいで、前髪の長い女性だって!」
「それはミサカだ。 行こう!」
これから私は宇宙人とは言え、人を殺さなければならない……
槍を持つ手が小刻みに震えた。
スタシに到着。
クドーは用意してあったサングラスとカツラをかぶり、店でコーヒーを注文して、さり気なく席に着いた。
私は槍を細長い袋にしまい、水元さんにミサカの場所を教えてもらう。
「女性みたいだけど、あれがストーカー?」
「そ、そうです……」
ミサカは中央のテーブル席に着いていた。
黒髪のショートヘアに、革ジャンを羽織っている。
振り向いて一瞥されたが、私が命を狙っていることには気づかれなかった。
いよいよだ……
手に汗が滲み、呼吸が一つ早くなる。
袋から槍を取り出し、構えた瞬間、目の前のミサカが消えた。
「……!?」
首筋に剣の刃が触れた。
「あなたも敵かしら? なら、今すぐ仲間の居所を吐きなさい」
どうしてバレたの?
その時、席に着いていたクドーが飛び出し、ミサカにケリを見舞った。
「がはっ……」
「アンズ! 天井目がけて槍を振れっ」
クドーの怒鳴り声に、私は思わず槍を振った。
すると、轟音と共に天井が消滅し、悲鳴が巻き起こった。
客は何が起こったか分からず、一目散に逃げていく。
「槍の出力を少しだけ上げた。 まだ油断できない」
クドーはミサカを羽交い締めにした状態で辺りを見渡している。
「何でバレたの?」
「もう一人が天井のプロペラから店の中を観察していて、こいつに指示を出したんだ」
だから天井を狙わせたのか。
「部屋の隅に移動した方がいい。 死角は減らすんだ」
私たちは部屋の隅で相手の出方を伺った。
「……本当に生きてるのかしら?」
「僕らが油断した所を狙ってくる気かもしれない。 もう少し待とう」
カンッ……
「……! まずいっ」
クドーが叫び、どこからともなく投げ込まれたカンから煙が大量に噴き出した。
「ゴホッ……!」
煙幕だ。
私たちの視界を奪って一気に攻めてくる気だ。
「アンズ、飛べっ!」
と、飛ぶの?
私の頭は珍しく冴えた。
飛んだらどうなるか、そして、クドーが私に求めていることまで分かってしまった。
恐らく、上空の敵の手の届かない位置から攻撃しろってことだ。
「アンズ、早く!」
それは即ち、クドーもろとも吹き飛ばすことに他ならない。
時は一刻を争う。
どうすればいい?
こんな風に迷っていたら、最悪みんな殺されてしまうのに……
「……!」
その時、私の目にミサカの持っている剣が映った。
直感で剣に付いているトリガーが時間減速装置を起動させるものだと分かった時、体がひとりでに動いてそれを奪った。
トリガーを引いて、装置を起動させる。
「ヴァリー、聞いて! 槍も巨人兵のデータも渡すから、ここから立ち退いて!」
私は出来る限り大きな声で叫んだ。
もし相手が乗ってこなければ、ここで死ぬだろう。
煙の動きは緩やかで、クドーが何か叫んでいるようだが、聞き取れない。
全てがスローモーションだ。
「槍とデータをよこせ」
煙幕の中から、刈り上げのチビが姿を現した。
小学生みたいな見た目に、思わずキョトンとする。
「ヴァリーさん?」
「てめーの判断は正しい。 そこのクソ野郎は命拾いしたな」
てめーとか、クソ野郎とか……
どういう教育を受けたらそんな言葉使いになるのかしら。
まあ、いいわ。
「ほら、持って行きなさい」
私はクドーの手からスマホを引っぺがして、槍と一緒に渡した。
「クソアマの割には言うこと聞くじゃねーか」
こ、こいつ……
小学生みたいな見た目だから余計腹が立つわ……
そんなことを思っている内に、ヴァリーはミサカを連れて去って行った。
「なんで、渡してしまったんだ……」
クドーは落胆し、うつむいたまま動けなくなってしまっていた。
「僕は故郷に帰れない…… 戦争のただ中だというのに……」
私の都合とはいえ、少し罪悪感を覚えた。
でもこうするしかなかった。
もしヴァリーとミサカを倒しても、槍はこの地球に残る。
そうなればまた追っ手がやって来るに違いないのだ。
「地球で生きていくしかないよ」
「……」
夏休みも後一日で終わる。
こんなドタバタした夏休みは、これが最初で最後かも知れない。
「あーあ、せっかく充実した夏休みを送る予定だったのに」
漫画を読みながらダラダラ、それが私の理想の夏休みだった。
まあ、バントが上手くなったから無駄ではなかったけど。
「友達のとこ行って宿題写さないとなぁ……」
携帯を手に取ってラインを起動する。
「……やっぱりやめた!」
スマホをポケットに入れて外に出た。
私は自転車を漕いで雑木林に向かう。
クドーに会うためだ。
「クドー、一緒に宇宙船修理しよっ」
まだ夏休みは終わらない。
終わり