1話
とある街に一人の少女がやってきた。
彼女には他の者とは決定的に違う部分があった。
顔はかわいらしい普通の少女なのだが、体には硬い鱗があり、尻尾まで生えているのである。
その少女は、竜人族の最後の生き残りであった。
かつて人間と竜人が地上の覇権を争っていた頃、「ドラゴンスレイヤー」なる武器を携えた男の手によって、絶滅寸前まで追いやられてしまった。
生き残ったのはたったの2人。
その2人の間の子供が、彼女であった。
それから20年。
竜人族のことも忘れ去られつつあった頃……
彼女の名前はユーリ。
年は20である。
年頃の彼女は、結婚に憧れていた。
しかし、同族の相手が存在しないため、親の反対を押し切り街まで降りてきたのだった。
始めて街にやって来たユーリはまずその活気に圧倒された。
ところ狭しとひしめく店。
見るもの全てが始めてだった。
「そこのフードの人、これ味見していきなよ!」
「えっ、私ですか?」
ユーリは突然声をかけられ戸惑ったが、一口貰ってみることにした。
「な、なにこれっ! 甘い!」
それはチョコレートと呼ばれるこの街の名物であった。
ユーリはこの始めて食べる黒い塊に心奪われた。
「始めて食べるみたいな顔してるね。 気に入ったなら買っていきなよ!」
しかし、ユーリには所持金が1ホイミもなかった。
ちなみにホイミとはこの世界の通貨である。
100ホイミで1ベホイミ、100ベホイミで1ベホマである。
「……お金ないです」
「なんだよ! 冷やかしなら帰りなっ」
冷たい言葉をかけられ、凹みそうになったが、あのチョコをもう一度食べたい一心から、思い切って言ってみた。
「あ、あの! これと交換してください!」
それは、お昼に食べるつもりだったドラゴンライスであった。
「……!」
店の商人は驚いた。
ドラゴンライスはかつて絶滅した竜人の作る米だ。
ドラゴンコレクターの間では高値で取引されている。
商人はしめた!と思った。
この価値を知らないのなら、教えてやる必要もない。
「……仕方ないなぁ、お嬢ちゃんに免じてチョコレート1個とならいいよ」
「本当ですか! ありがとう!」
こうしてユーリは騙されたとも知らず、チョコレートと交換してしまった。
ユーリは早く食べたい気持ちを抑え、広場にやって来た。
ここなら人もそんなにいないし、ゆっくりチョコレートが堪能できる。
「じゃ、いっただっき……」
「ギュルルルルルルルルル……」
え???
音の鳴る方を見ると、ゴミといっしょに捨てられている人を発見した。
その男は、大事そうに剣を抱えながら倒れている。
そして、ユーリを見ると一言つぶやいた。
「それ、ください……」
結局ユーリはチョコレートをあげてしまった。
「いやー、ありがとう! お金なくってさ」
「……その剣売ればいいじゃない」
「駄目だよ、これは命より大事なものだから。 ドラゴンスレイヤーって剣なんだ。 俺はこの剣で竜人族の最後の生き残りを殺す旅に出てるんだ」
え?
もしかして一番助けちゃいけない人を助けちゃった?
「へえ……」
ユーリはゆっくり立ち去ろうとしたが、引き留められてしまった。
「ねえ! 君は何て名前なの?」
「……ユーリ」
「そうなんだ! ありがとうユーリ、俺はギュスター・ルージュ。 みんなギュルって呼んでるよ」
これ以上関わり合いになるとまずい。
なぜなら、ユーリは竜人であり、彼はそれを狩るものだからだ。
さりげなくギュルのことを無視して、歩き出した。
しかし、ギュルはユーリのことが気に入ってしまったようで、後から着いてくる。
「ねえ、これからどこ行くんの? しばらく一緒に……」
「あ、私、忙しいんで……」
「待ってよ!」
しつこいわね! とユーリは走り出した。
何か適当な言い訳を考えるより、まいた方が早いと思ったからだ。
30分後……
「はあ、はあ……」
「はあ、はあ、君、足早いよ……」
(まけなかった……!)
竜人族は身体能力に優れているため、本来なら体力で人間に勝ち目はないが、朝からロクに何も食べてなかったユーリは全力で走れなかった。
本当はこれから職安に行って適当な働き口を見つける予定だったが、命の危険が迫っている以上、暢気に探している場合ではない。
そこで、ユーリはあることを閃いた。
「ギュル…… だったわね。 あなた、これからどうするの?」
「俺は見ての通り一文なしだから、明日傭兵の募集に応募するんだ。 それまで暇かな」
「……言っておくけど、私もお金ないからね? ご飯おごってもらおうとか思っても無駄よ」
「そ、そんなんじゃないって!」
明らかに動揺したギュルを見て、「こいつ、飯目当てか」とすぐに察した。
「分かったわ。 明日までは一緒にいてあげる。 お金が無くても私は野宿ができるから」
「女の子なのにすごいね! 俺なんてお金がなくなったら行き倒れるしかないよ。 あはは」
ほんとにこんな頼りない男が竜人狩りをしてきたのか? とユーリは疑問に思ったが、剣がその証拠であった。
一旦街を離れて森までやって来た。
ユーリの持ち物には、鍋やナイフ、火打石などがあり、それを使って夕食の準備を始めた。
まず火打石で枯れ木に火をつける。
そこに川の水が入った鍋を置き、森に自生しているタケノコやキノコを入れた。
煮立ってきたところで、ドラゴンスパイスと呼ばれる竜人族の特製香辛料を加えたら、カレーの出来上がりである。
「はい、これあなたの分ね」
「おおっ、うまそ!」
ギュルは何も疑わずにそれを平らげた。
実は、ユーリは睡眠作用のあるキノコをカレーに混ぜていた。
「ああ、おなか一杯で動けないや、ちょっと横になるよ」
そう言って、すぐに眠ってしまった。
ユーリは、ギュルが大事そうに抱えていた剣をこっそり抜き取ると、街に戻って行った。
「あのお、この剣と鉄の剣とを交換してもらえませんか?」
ユーリは街の武器屋にやって来ていた。
「お嬢ちゃん! これ、相当高価な代物だよ? いいのかい?」
「ええ、物騒だから、できるだけなまくらと代えて欲しいわ」
「それなら、その樽に刺さっているのをいくらでも持っていきなよ。 これはそこの剣の百倍は価値があるからね」
ユーリは、「1べホマ均一」と書かれた樽のコーナーで適当な剣を選んで、森に戻って行った。
このまま黙って逃げても良かったが、それは少し気が引けた。
ギュルはまだ眠りについていた。
持ってきた剣をギュルの腕の中に戻した。
「さてと、私はおいとましようかな」
ユーリが鍋を片付けて、早くこの場から離れようとした時だった。
「うわっ、俺寝てた?」
嫌なタイミングで目を覚ました。
「わ、わりっ、片付けくらいするよ」
そう言って、鍋を掴みとって川に行ってしまった。
「あ……」
大事な野宿の道具を取られ、帰るに帰れなくなってしまった。
そして、ギュルが突然叫んだ。
「うわあああああああっ、お、俺の剣がああああっ」
剣がすり替わっていることに気付いたようだ。
物凄い勢いで戻ってくると、ユーリに詰め寄った。
「ユーリ! なんだよこの剣!」
「……カレー代だと思って、諦めなさい」
ユーリは目をそらした。
「そんなのってないよ! あれは僕の親父の形見なんだよ? 街で売って来たの?」
え? お父さんの形見?
そんな大事なものだったの?
「……街の、武器屋」
「くそっ」
ギュルは走り出した。
ユーリも申訳ない気持ちになり、後を追った。
街に到着し、武器屋に行ってギュルは唖然とした。
そこには、ドラゴンスレイヤーが棚に陳列しており、1ベホラマー、という到底手の届かない値段で売られていたのだ。
ギュルは店員に返してほしいと懇願した。
「あの! あの剣手違いで売ってしまったものなんです。 返してください!」
「はあ? そんなこと言われてもな。 もう遅いよ」
「そんな……」
ギュルはその場に崩れ落ちた。
ユーリはギュルの背後に近寄り、声をかけた。
「……ごめんなさい」
「……」
恐る恐る顔を覗き込んだ。
ギュルは目を真っ赤にして、涙を流していた。
「くっ…… うぐっ……」
こらえていた嗚咽が漏れた。
そんなに大事なものだったのか、とユーリは剣を交換してしまったことを後悔した。
「ギュル、ごめんなさい。 私も剣を取り戻すのに協力するから。 明日、一緒に傭兵団に行きましょう」
ギュルは黙ってうなずいた。
その夜、2人は並んで夜空を眺めていた。
「あの一番輝いてるのが一等星ね。 ここで問題、アレとアレとアレとアレを結んだら何座になるでしょうか?」
「んー、何だろう。 いて座?」
「ハズレー。 ぎょう座でしたー」
「なんだよそれっ」
ユーリは幼いころ、よく一人で夜空の星座を結んで遊んでいた。
身近にいるのは両親だけで、年の近い友達もいなかった。
そのため、こうやって同じ年の異性と話すのは初めてであり、ユーリにとって楽しいひと時であった。
また、ギュルの方もユーリという新しい仲間に励まされ、前向きな気持ちになっていた。
「1ベホマラーなんてあっという間だよ! 明日の審査、絶対に通ってやる!」
傭兵団に入るためにはまず審査に通らなければならない。
この審査の成績次第で、前線に所属するか後方支援かが決まる。
当然、前線に立った方が報酬は高く、命がかかっている分、その額は後方支援とは比べ物にならない。
ユーリは薪の火を消して、瞬く間に眠りについた。
翌日、街にはたくさんの人だかりができていた。
みな出稼ぎで村から来た傭兵希望の者たちである。
「うわ、ずいぶん多いな」
審査の行われる会場は中央の広場で、書類を書いたものから順番に受ける。
ユーリとギュルは受付に並んだ。
「ねえギュル、書類って何を書くの?」
「掲示板に貼ってある紙を読んだんだけどさ、年齢と名前だけでいいって」
「ふーん、じゃ審査ってのは?」
「さあね、俺も初めてだからなぁ」
そうこう言っている内に、受付の目の前までやって来た。
それぞれ書類に名前を書き込んで待っていると、担当者に呼ばれた。
「じゃあユーリさん。 1番に行ってテストを受けてください」
「あ、はい」
担当者の指さした方に向かうと、1番と書かれた旗があり、ユーリより先に来た若者が岩を持ち上げようとしていた。
「うおおおおおおおおっ」
「はい、無理ですね。 次は2番へ行ってください」
そして、ユーリの番が来た。
目の前には巨大な岩が置いてある。
担当の説明によれば、その岩を持ち上げることができるか? という審査であり、魔法も使っていいとのことであった。
その岩は自分の腰の高さまではあろうかと思われる大きさで、一般人が素手で持ち上げるとなるとかなり困難な重さであった。
しかし……
「ふんぬううううううっ」
ユーリが渾身の力を込めると、岩が持ち上がった。
少し浮いてる程度ではあるが、今日はこれで2人目の成功者であった。
「君、女の子? 魔法も使ってないのにすごいね! でも、さっき受かった人も結構いい歳したおっさんだったんだよなあ……」
「へえー、でも女で持ち上げられるのは私くらいよ」
竜人族の身体能力、恐るべしである。
この後、時速300キロで飛んでくる石を棒で跳ね返すという動体視力のテストも軽々合格し、晴れて前線メンバー入りが確定した。
「午後に本格的な内容の説明がありますので、合格の用紙を持ってお待ちください。 会場は建物の中になりますので」
そう言われたが、まだしばらく時間があったため、ユーリはギュルを探すことにした。
ギュルとは入れ違いで審査を受けていたため、1番の審査会場に向かった。
すると、岩の目の前でうずくまっている少年を見つけた。
担当者から、次の人が迷惑してるから、と促されているが立ち上がろうとしない。
ユーリは嫌な予感がした。
まさか……
「ぐっ…… くっ……」
どこかで聞いたような嗚咽を漏らす少年。
大粒の涙が頬を伝い、地面を濡らしていた。
「ギュル、どうしたのよ? ここは邪魔になるわよ」
「俺をっ…… いじめてっ…… くっ……」
「ギュル、とりあえず行きましょう。 後方支援から始めたっていいじゃない」
ギュルを抱えながら、ユーリは場を後にした。
審査会場から少し離れた掲示板の前で、ギュルが落ち着くまで待った。
「どう? もう大丈夫?」
「……」
コク、とうなずき、ユーリはふうっ、と息を吐いた。
「全く、20なんだからその泣き虫卒業しなさいよ」
「だって……」
「とにかく、私は審査通ったから、別行動になるけど平気ね?」
すると、ギュルは腰でも抜かしそうな勢いで驚いた。
「えええっ、受かったの!? どうやってあんな審査通ったんだよっ」
教えろよ! 嫌よ! とじゃれあっていると、強面こわもての兵士がこちらにやって来た。
「どけっ、今から手配書を更新するんだ。 騒ぐなら向こうに行け!」
2人はビクッとなってその場から離れ、兵士が手配書を張り付けている様を見ていた。
「ずいぶん横暴な言い方よね……」
「ユーリ、聞こえるよ」
兵士が去ると、2人は手配書を見た。
その手配犯の金額を見て、ギュルが声を上げた。
「1ベホマラーだって! この人」
そこには、40台半ばと思われるおっさんの顔が描かれており、「カムス・ラピタ」という名だ。
男は、世界に点在する「終焉の魔導書」を探している魔術師であった。
午後になり、建物の中で説明会が行われた。
前線で戦うのに選ばれた人間はおよそ30人。
みな、審査を潜り抜けた猛者であったが、その中に異質なものが混じっていた。
「おい、あいつ……」
「ああ、今手配中の……」
場のざわめきがだんだん大きくなり、誰かがその者の名前を呼んだ時、ざわめきは最高に達した。
「カムス・ラピタだ!」
みなが腰に携えた剣に手をかけ、その者を取り囲んだ。
この一時騒然となる事態に、ユーリも慌てた。
(何で手配書の人がこんな所に?)
カムスはゆっくり辺りを見渡すと、こうつぶやいた。
「この中に俺様とまともにやりあえる奴はいねーな。 そこのお嬢ちゃんはそこそこやれそうだけどな」
ニヤリ、とカムスは笑ってユーリの方を見た。
一瞬ドキリとした。
何でそんなことが分かるのか?
「そりゃあ、魔術師は何でも分かる」
「……!」
まるで、心の中でも読まれたかのような返答に、ユーリは恐怖を覚えた。
この男は不気味だ…… そう思った。
「何であなたがいるんですか。 飛んで火にいる夏の虫とはあなたのことだ」
また新たに一人、男が加わった。
「アルド隊長!」
25にして傭兵団を束ねる若き天才、アルドである。
すでに20の時には傭兵団で随一の剣使いであり、今年、前任の隊長からその座を譲りうけた。
「ほう、お前はかなりできるな」
カムスは腕を組んでアルドを観察した。
「だけど、俺の首は……」
ヒュン……
カムスが口を開いた瞬間、アルドの剣が正確にカムスの首をとらえた。
頸動脈は切断され、ドサリ、とその体は地に伏せた。
「さ、さすが隊長だぜ!」
おおお、と歓声が上がった。
ユーリもその光景を見て唖然とした。
こうもあっさり大金の賞金首が取られてしまったとは……
「みんな、説明会の続きをやろう」
アルドがそう言って、戻ろうとした時だった。
「俺様はそれじゃ殺せねえぜ?」
集まった兵の中から声がした。
その声の主が前に躍り出た。
カムスであった。
「俺には実体がないんだ。 死んだらまた誰かに乗り移ればこの通りだ」
「ありえない……」
思わずアルドもたじろいだ。
もしカムスの言っていることが正しければ、どんなに斬りつけたところで、別な人間に憑依して乗り移られたら意味がない。
「乗り移られる方も抵抗はできないからな。 これ以上俺を攻撃するのはやめた方がいい」
「……」
「俺を今回の作戦に参加させろ。 そうしたら大人しくしておいてやる」
「……」
アルドはまずい、と思った。
なぜなら今回のこの作戦は、カムスよりも先に魔導書を手に入れる、というのが目的だったからだ。
終焉の魔導書を集めている者がいる。
そう連絡が入ったのは先日だった。
世界に点在する4つの魔道書、これをすべて集め呪文を唱えると、地上の全ての文明、人間が滅び、残るのは術者とそれが選んだ者だけであると伝承にはあった。
また、その残った2人を「アダム」と「イブ」とし、新たな理想郷を作るだろう、ということも記されていた。
魔道書は難航不落の「4大迷宮」に隠されているため、実質集めるのは不可能とされていたが、たった一人でその内の一つを攻略したものが現れた。
国は至急、その者を指名手配とし、他の迷宮の魔道書の回収に乗り出したのであった。
白羽の矢が立ったのは、最強として名高いアルド傭兵団であった。
早速、「要塞迷宮」を攻めるようお達しがあった。
要塞迷宮は中が入り組んだ迷路になっていて、加えて敵国の砦としての機能も果たしている。
その遺跡を進み、最深部に魔道書があるとのことだった。
よって、アルドたちは、敵を排除しつつ、この遺跡に潜入し最深部を目指さなければならない。
現在のメンバーに加えて、更に猛者が必要と判断したアルドは、もう30人の新たな兵士を募った。
しかし、カムスが現れたことで、魔導書を横取りされる可能性が出てきた。
これでは元も子もない……
説明会が終わり、ユーリはギュルと合流した。
「なんか、要塞迷宮ってところに行くみたい。 報酬は前金で10べホマ、任務達成で90ベホマだって」
「ちょうど1ベホマラーじゃんか!」
「……そうなんだけど」
ユーリは事情を説明した。
カムスが現れたことで、任務達成に陰りが見えたこと。
「それだったら、やっぱりあいつを倒した方がいいと思うのよね」
「……マジ?」
一方、カムスは居酒屋にいた。
グラスに入った酒を眺め、そこに映し出されるユーリを見てこうつぶやいた。
「竜人族の最後の生き残りか…… 俺様の妻にふさわしい」
ユーリとギュルは夕方、森のいつもの場所に戻って夕飯を作り、それを食べながらカムスを捕らえるための作戦を考えた。
厄介なのは、カムスは他人に憑依する力を持っている。
そのため、普通に戦って倒しても意味がないという点だ。
「うーん、そんな不死身みたいな相手、どうやって倒したらいいのかな?」
「……一つだけ思いついた方法があるわ」
ユーリは森のキノコの話をした。
ここで取れるキノコには、睡眠作用をもたらすものがある。
それをカムスに盛って、目覚める前に換金所に引き渡せばいいのではないか? という方法だ。
「憑依するにしても、自分の意思が必要でしょ? それなら、眠らせてしまえばいいんじゃない?」
「そっか! でもカムスに近づかなきゃいけないよね…… それって結構危ないんじゃないかな?」
ギュルにそう言われ、ユーリははっとした。
カムスはこちらの心を読める、それを感じさせるセリフがあった。
もしこちらの手の内がバレていたらこの作戦は通用しない。
「……何か良い手はないかしらね」
「……だったらいっそのこと」
ギュルの考えた作戦。
それは、ギュルが先に相手の宿泊先に潜入して毒を仕掛けるというものだ。
「これならこっちの心を読まれずに済むでしょ?」
「……なるほどね。 でも具体的な方法も考えてよね。 そっちが提案したことだし。 その間に私は毒キノコを調達してくるわ」
こうして、2手に別れて作戦の準備に取り掛かった。
時刻は午後9時を回った。
ユーリは森から毒キノコを調達し、ギュルも作戦を思いついたため、そのまま街に向かった。
まず相手の宿屋を探さなければならない。
偶然にもカムスは居酒屋に出払っており、居留守を狙うなら今が好機であった。
宿の数はかなり多かったが、手配書を見せたらすぐ店員が応じてくれたため、2時間ほどで寝床は見つかった。
ギュルがカムスの部屋に入っていき、毒キノコを仕掛けて戻って来た。
「オッケー、絶対うまくいくよ」
そして、宿の前で張ってからおよそ20分、とうとうカムスが戻って来た。
そこから更に20分待ち、頃合いを見計らってユーリが部屋の中を伺いに向かった。
(あのキノコは速攻性だから、食べてからものの5分もあれば眠りにつくわ)
ゆっくり階段を上っていき、扉の前まで来た。
のぞき穴を覗くと、ベッドに横たわって動かないカムスが見えた。
(やるじゃない、ギュル)
扉を開け、カムスに近づいた。
その時だった。
バアン!
扉が急に閉まり、カムスが目を覚ましユーリの方に向き直った。
片手にはキノコを持っている。
「こんなものに引っかかると思うか?」
キノコには紙が付いており、「おいしいキノコなので、食べてください」と書かれていた。
(怪しすぎるわっ!)
心の中で突っ込んだが、もはや後の祭りだった。
「俺様を眠らせてどうする気だったんだ? ずいぶん強引な手を使うじゃねえか」
ユーリは身構えた。
しかし、相手は予想外のことを口にした。
「ったく、しかたねーから妻にしてやるけどよ」
「……?」
「好きなんだろ? 俺様のことが」
てっきりここから戦闘になるかと思っていたユーリは、まさかの展開に唖然としてしまった。
男はみんなアホなのか?
「あ、あの……」
なんで惚れなきゃいけないんですか? と言いかけてユーリはあることを思いついた。
もしこれがうまくいけば、相手の陰謀を阻止できるかもしれない。
「あの、魔導書を見せてもらいたいんです。 私があなたに惚れたのは、それを手に入れる実力があると存じたからです」
「……そういうことか。 ちょっと待ってろ」
カムスは手のひらから魔道書を出現させた。
「こいつが……」
ゴウッ……
カムスが説明する前に、ユーリは口から吐いた炎で魔道書を焼き払った。
魔道書は消し炭となり、残った灰が床に散乱した。
一瞬、何が起きたのか分からなかったカムスは、しばらく身動きが取れなかった。
そして、宿屋の全室に響き渡る声で叫んだ。
「きさまあああああああーーーーーっ」
ドオン!
という音が響き、宿の屋根を吹き飛ばして何者かが飛び出してきた。
外でユーリの帰りを待っていたギュルは、それを見て驚いた。
「な、何だアレ!?」
それは、翼を生やし、尻尾まで生えているではないか。
まるで自分が追っていた竜人族の特徴そのままだ。
その者の顔を覗いて、ギュルは愕然とした。
「ゆ…… ユーリ!」
ユーリはカムスに体を乗っ取られたのであった。
カムスは怒りのままに魔力を増大させ、ユーリの竜人族の力を使い、火炎で街を焼き払い始めた。
巨大な火球が街を襲う。
「うわああああっ」
「逃げろおおおおっ!」
一瞬にして街は地獄と化した。
ギュルもその炎に飲まれまいと必死に駆け出したが、ある言葉が頭をよぎった。
「ドラゴンスレイヤー……」
みち行く人の流れに逆らってギュルは走った。
ドン! と街の人間とぶつかって弾き飛ばされる。
「ってえな! 気をつけろクソガキ!」
く、と悶えながらも立ち上がり、あるところに向かっていた。
ドラゴンスレイヤーの置いてある武器屋であった。
この現状を止められるのは自分だけかもしれない、とギュルは思っていた。
竜人族の鱗を切り裂くにはドラゴンスレイヤーが必要だ。
街が炎に飲みこまれる前に何とかしなければ……
しかし、ギュルには懸念があった。
果たして自分にユーリが斬れるのか?
「……今はそんなこと考えてる場合じゃない!」
迷いを断ち切って全力で武器屋に向かった。
すると、向こうから武装した数人がやって来た。
「アルド隊長!」
ギュルはアルドを引き留め、事情を説明した。
ユーリがカムスに体を乗っ取られたこと、ユーリは竜人族だったこと、そして、それを斬るにはドラゴンスレイヤーが必要なこと。
「俺には、ユーリを斬ることができないかも知れません。 隊長に、ドラゴンスレイヤーを渡します」
「……ならばなおさら君がやらないとな」
なぜ自分がやらなければならないのか?
ギュルが疑問を投げかけようとした時、アルドが口を開いた。
「君がユーリを斬りたくないという思いが、決め手になるかもしれない。 ユーリの「竜の部分」だけを斬るんだ」
「……!」
できるのか?
そんなことが……
「俺たちは今から弓を使ってやつを追い立てる。 剣での攻撃が通用しないのなら、翼を狙って機動力を削ぐ。 そして、君がとどめをさすんだ。 やれるな?」
「……」
今までのことがよぎった。
街で行倒れていた自分を助けてくれたユーリ。
あの時は運命の出会いってやつを信じてしまった。
気づいたら必死に駆け出して、絶対に逃がすまいとしていた。
結論は、やはりユーリを斬ることはできない、だった。
それでも、アルドに言われたとおり、竜の部分だけを斬ることができたなら……
「やります!」
それに賭けるしかない。
アルドは弓兵を街に配置し、弓で追い立て始めた。
「くらえっ!」
弓兵の一人が建物の中からユーリの翼を狙って弓を放った。
しかし、即座に腕で矢をはじかれ、火球の反撃を食らう。
「くっ」
火球が直撃する寸前で窓から飛び降りて回避した。
炎に建物が飲まれ、一瞬で消し炭となる。
「なんつー火力だ……」
どうにか翼を射抜いて地上に引きずり降ろさないと勝負にならない。
弓を放っては走って反撃をよける、という戦いを繰り返していたが、だんだん疲弊してきた。
「はあ、はあ……」
隠れられる建物もなくなってきた。
「隊長!」
弓兵の一人が叫んだ。
「合図をください!」
「分かった!」
4か所に潜伏する弓兵が一度に狙いを定めて撃つ、という作戦である。
しかし、隊長が合図を送る前に、ユーリが仕掛けてきた。
急降下し、弓兵の一人を襲撃した。
「……!」
剣を抜いて反撃するも、鱗にはじかれ鋭い爪で裂かれる。
「ぐああああああっ!」
更に反転して次々と弓兵に襲い掛かる。
建物がなく、居場所も丸見えのため、恰好の餌食となっていく。
「おい! 俺が相手だっ」
アルドが叫んだ。
ユーリもその声に反応してアルドの方に飛んだ。
アルドが剣を構え、ユーリが腕を振り下ろす。
剣と爪がぶつかり合う。
アルドは手首を返して、爪の軌道をそらし、そのまま翼に向かって剣を走らせた。
ザンッ……
傭兵団随一の剣がユーリの翼を捕らえた。
片翼の翼を削ぐことに成功したが、同時にアルドも爪による致命傷をうけ、その場に伏した。
全員始末したことを確認し、再度街に火を放とうとした時、向こうから人影が現れた。
ドラゴンスレイヤーを携えたギュルであった。
「キサマ…… その剣は……!」
ユーリは一瞬たじろいだが、炎で攻撃すれば問題ないと判断した。
「消し炭になれ!」
が、炎は口の中でくすぶって消えた。
魔力切れであった。
「!?」
火炎による魔力の消耗がカムスの想像を超えていたのだ。
そして、それはカムスにとってかなりまずい状況であった。
魔力が無ければ相手に憑依することはできない。
じり、と一歩後ずさる。
ギュルが剣を構え、走り出した。
「うわあああああああっ、くるなあああああっ」
「うおおおおおおおおっ」
背後から一閃。
ユーリの鱗を裂いた。
ギュルは力なく崩れたユーリを見下ろしていた。
手にはユーリを斬った時の感触が残っていた。
「う、うわああああああああっ」
ギュルは剣を放り投げ、尻餅をついた。
腰が抜けてしまったのである。
ユーリはうつ伏せのままピクリとも動かない。
「うっ……」
思わず叫び声を上げそうになった。
大量の血が地面を伝っていた。
「な、何が竜の部分だけを斬るだよ…… あの野郎っ!」
ギュルは這うようにしてユーリに近づいた。
そして、その体を抱きとめて愕然とした。
ぐたりと重く、熱が逃げていくようだ。
まるで……
ギュルはおぞましい考えに行き着いた。
竜の部分だけを斬るなんて都合のいいことはできなかったのだ。
「嘘だ……」
ユーリをこの手にかけてしまった。
例え、ユーリが竜人族だろうと、生きていて欲しかった。
ユーリと旅を続けたい、それが本音だった。
今思えば、何で竜人族を殺す必要があるのだろうか?
ユーリはあんなに優しかったではないか。
もう隣で話しかけてきてくれないのか?
一緒にご飯を作ってくれないのか?
一緒に星座を数えてくれないのか?
自分が落ち込んだ時に励ましてくれないのか?
「ユーリ……」
頬を伝った涙は、ユーリの手の甲に落ちた。
「ここは……?」
ユーリは上下左右の分からない空間に浮かんでいた。
自分はどうなってしまったのか?
カムスの魔道書を焼き払ったところまでしか覚えていない。
「わっ」
突然、目の前に血まみれの自分が現れた。
「たす……けて……」
そう言って手を差し出してきた。
ここは夢なのか?
ユーリはその自分の声に従って手を伸ばそうとした。
その時、手の甲に何かが触れた気がした。
「水滴?」
しかし、すぐに気が付いた。
「……また泣いてるのね」
ユーリはギュルを探し始めた。
「全く、私がいないとダメだからなぁ。 ごめんね、もう一人の私」
竜の鱗をまとったもう一人のユーリは、まるで海の底に沈んでいくように、消えていった。
こうして、ユーリは半身を失い、竜人の力は失われた。
後遺症でしばらく車いす生活を余儀なくされたが、看病はギュルがすべてやった。
入院生活中に、ある日ユーリが切り出した。
「ちょっと連れてって欲しいところがあるのよね」
それは、竜の谷と呼ばれるユーリの故郷だった。
アルド傭兵団の助けを借り、みなでその谷に向かった。
「ここが私の故郷、そして、ここが私の家」
ユーリの住まいは洞窟の中にあった。
しかし、その中にはキッチンや居間などがあり、人間が住むのとなんら変わらない光景があった。
「ユーリ!」
出迎えたのは母親だった。
そして、
「かあさん、私の好きな人を紹介するわ」
終わり