02
「……歩こうか、冷えるし」
彼は、そう提案して自転車を押し始めた。断る理由も特にないので、私も隣に並ぶ。
まだ高い位置にある太陽のおかげで震えるほどの寒さではないが、いずれは体の芯まで冷えてしまうだろう。多少は体を動かしていた方がましになるはずだ。住宅街と並行に伸びる道だから、帰りの距離が大きく変わるわけでもない。
「で、都会の面白い人とかおしゃれな人に影響受けて、私が変わると思ってた?」
「いや……そういうわけじゃなくて」
ちょっと意地悪な聞き方をすると、彼は視線を反らして頬をかいた。
「彼氏とか、できたんじゃないかなって」
思わぬ反撃だった。
本人にその気がなくても、私からすれば思い切り不意を突かれた質問だった。けれど、パニックに陥るほどでもない。
会話に空白は生じたものの、私の返答に揺らぎはない──はずだ。
「残念だけど、そこまで大学生ライフを満喫してはいない」
「そっ、か。いや、うん、ごめん」
「謝ることじゃないよ」
謝るところはそこじゃない、と言いたいところだが、辛うじて飲みこむ。
しかし、恋愛の話題になったにも関わらず、私の心は少しも浮かれていなかった。理由は、やはり二年前にあるのだろう。高校の卒業式後、同じ場所で同じように二人きりになって、何事もなく雑談して何事もなく本を借りて、それだけで終わったあの日。
二人で会おう、と言われたとき、告白だったら受けよう、と思ったことだって覚えている。彼の顔をろくに覚えていなかったのは、自信なさげな挙動が目立つとはいえ、彼を見るのが少しばかり気恥ずかしかったからなのだろう。友達だから、と割り切っていたが、思春期に含まれる時期に趣味の合う異性と出会ったのだから、どこかで意識していてもおかしくはない。
けれど、見事に裏切られてしまった。私が一方的に思っていただけ、と言えばそれまでだが、それはそれで思わせぶりな行動に腹が立つ。代わりに渡された本が『北欧神話物語』だったから、一気に力が抜けて感情が爆発することはなかった。それだけが救いだった。
「じゃ、そっちはどうなの? 彼女とか」
「え、いないよ。できたとしても、俺、うまく付きあえる気がしないし……」
「ふうん」
自覚はあるのか。
「最近やっと仕事に余裕できたくらいで、ずっとバタバタしてたからね……」
あっさりと、はやくも近況報告が始まってしまった。半分ほど聞き流しながら、私は内心で息をつく。
告白されたからといって、今更イエスと返せるほど太い神経は持っていない。けれど、ここまでいろいろな条件が揃っていながら、どうして話が外れていってしまうのだろうか。
期待はしない、なにを考えているのか疑問に思わない。彼と付き合ううえで、そうした方が楽なのだということはとっくに分かっている。
当たり障りのない、平凡な会話だけが行きかう。日が沈みかける、寒くなっていく時間帯までには、別れて家に帰りたいなぁ、とまで思えてくる。