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(8)ルーバンス公爵家の内情

「さあ、イーダ。早速話の続きをするわよ?」
 そう言って中断していた話を再開させようと弟に促したソフィアに、オイゲンが声をかけた。

「あ、お嬢。今、ルーバンス公爵家との見合いについて話してたんだよな?」
「ええ、そうですけど?」
「じゃあ、下の談話室に場所を移さないか?」
「どうしてですか?」
 ソフィアは勿論イーダリスも怪訝な顔になったが、三人の男達は含みのある笑みを浮かべながら口を開いた。

「その話し合いに、俺達も参加させて貰いたいからさ」
「この間、色々掴んできた情報を披露したいからね」
「実はアルテス様とフレイア様が君達の事を心配されて、事が片付くまではファルス公爵邸に戻らなくて良いとの指示を受けて来たんだよ」
 それを聞いた二人は軽く驚き、次いでソフィアは感激の面持ちになり、イーダリスは神妙に頭を下げた。

「本当ですか!? そんなにお二人に気遣って頂けるなんて、感激です!」
「我が家の事でご配慮頂いて、本当に申し訳ありません」
 そして雑談をしながらぞろぞろと移動し始めた五人の後を追って、サイラスも廊下に出た。そして五人の会話に耳を傾けて、初対面の男達の名前を確認する。

(ええと……、ソフィアが『師匠』って呼んでる、妙に着崩して豪快な感じの男がオイゲンで、『先生』って呼んでる、きちんとして物腰が落ち着いているけど、妙に生活感がない男がファルドだよな? だが、まだこの二人がソフィアに何を教えたんだか、全く見当が付かないぞ。全然教師っぽくないし)
 密かに悩みながら歩いているうちに、一同は一階の談話室にやって来た。そして各自が壁際に寄せてあった椅子を持って来て円形に座ると、ソフィアが話を再開させる。

「じゃあイーダ、話を戻すけど、どうしてあんたはこの縁談を受けたいの?」
 彼女とイーダリスの椅子の間にチョコンと座ったサイラスは、自然にイーダリスの顔を見上げた。すると彼は、若干顔を赤くしながらボソボソと言い出す。

「その……、相手のルセリア嬢とは面識があって……」
「はぁ? ルーバンス公爵家の令嬢と、どこでどんな風に?」
「国王陛下の、即位二十周年を記念しての夜会で……」
 そこでソフィアは自分の主であるシェリルが半日以上行方不明になった挙句、夜会そのものもとんでもない結果に終わった事を思い出し、心底嫌そうに顔を歪めた。

「ああ、あの途中でエリーシアさんが乱入して、不埒な馬鹿共が一網打尽になった挙句、ぐっだぐだになってお開きになった夜会ね。……あら? でもあの時は『記念すべき即位二十周年の時位、きちんと出席せねば』って言い出して、珍しく領地から出て来たお父様とお母様が出席したわよね? イーダは出席していないんじゃない?」
 弟が介在する余地が無い事を思い出した彼女は、再び怪訝な顔になったが、イーダリスは真顔で頷いてから理由を説明した。

「俺は招待客としてではなく、近衛軍としての任務に当たっていたんだ。その日は、主庭園の入口付近の警備を担当していた」
 それを聞いたソフィアが、忽ち渋面になる。

「ああ、そうだったのね。……でも、庭園? 宴がたけなわになってから、庭園の茂みに女を引っ張り込むエロ親父の一人や二人は居るのはお約束だけど、あの時は開始からそんなに時間が経たないうちに、お開きになったんじゃなかった? そんな早くから男と逢引の約束してたっての? その女、やっぱり質悪いわね」
「姉さん、何て事言うんだよ! それに誤解だから! 彼女は純粋に大広間への道が分からなくて、庭園に迷い込んだだけで!!」
「あんな王宮のど真ん中で、どうやって迷うのよ。相当頭が悪いんじゃない?」
「あのな……」
 先程とは違う意味で顔を赤くしたイーダリスを見て、溜め息を吐いたジーレスが姉弟の会話に割り込んだ。

「ソフィア。君は暫く黙っていなさい。最近、言葉遣いが乱暴だな。うっかりシェリル姫様の前でそんな口を利かない様に、気を付けなさい」
「……はい」
 さすがに褒められない物言いをした自覚はあっただけに、彼女は大人しく頷いた。すると苦笑したジーレスが、話を続行させる。

「それでは、私達が仕入れて来た情報と擦り合せながら、イーダリス殿の話を聞いた方が良さそうだな。私が聞きかじった話によると、彼女はその夜会が社交界デビューで、その後一切表舞台には出ていない。違うかな?」
 そう確認を入れられたイーダリスは、その時までには平常心に戻っていた為、真剣な顔付きで答えた。

「違いません。その時彼女はエスコート役の異母兄に回廊に置き去りにされて、泣きそうになってたんです」
 それを聞いたソフィアは無意識に片眉を上げたが、ジーレスに窘められたばかりであった為、無言を貫いた。するとオイゲンとファルドも、口々に報告してくる。

「本当に、あの屋敷の人間は、ろくでも無い人間ばかりだな。その彼女は妾腹な上、母親はとっくに病死しちまってるから、庇ってくれる人間も後見人も無いからって、常日頃メイド代わりにこき使われてんだとさ」
「だが政略結婚の駒位にはなるかと、一応認知して系図に登録してあるので、形だけでもデビューさせておかないと拙いという判断だったらしいですよ? 因みにその時のドレスやアクセサリーは、全て異母姉が貸した物だそうですね。どこまで金をけちる気やら」
「『迷ったのなら大広間まで案内します』と声をかけたら、彼女が『父親から、一回だけ夜会に出してやるから、せいぜい羽振りの良い家の人間を捕まえろ。持参金なんか出す気は無いからな』と言われたと言い出して。『でもそんな知らない人間ばかりの所で、自分を売り込むなんてできないし、そんな事はしたくない』って泣き出してしまって……」
「本っ当にルーバンス公爵家の野郎共ときたら、上から下までろくでなし揃いだわ!」
 沈鬱な表情でイーダリスがその時の事を語ると、ソフィアは反射的に肘掛部を拳で殴りつつ吠えた。するとジーレスが静かに声をかける。

「ソフィア?」
「……すみません。静かにしてます」
 身体を縮こませる様にして謝ったソフィアに男達は苦笑いをしたが、顔付きを改めたオイゲンから話された内容を聞いて、ソフィアとイーダリスは瞬時に顔色を変えた。

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