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6.とんだ尻拭い

「お待たせしました」
 シェリルの居間に出向いたエリーシアは、人型に戻ってドレスに着替えた彼女と共に、上司と見覚えの無い初老の人物に挨拶した。それに男二人が、申し訳無さそうに言葉を返してくる。

「すまないな、エリー。それにシェリル姫、お邪魔致します」
「エリーシア殿、シェリル殿下、お寛ぎの所誠に申し訳ありません。私は法務局陳情部のテムスと申します」
「初めまして。王宮専属魔術師のエリーシアです。ところで、今日はどんな御用でしょうか?」
 反射的に立ち上がった二人に手振りで座る様に促し、エリーシアはシェリルと共に椅子に収まったが、何故かテムスが言いにくそうに言葉を濁す。

「それがですな……。あなたにとっては、甚だ迷惑、かつ不愉快極まりない話でして……」
(え? 何?)
 テムスがどう言って良いか迷う様に口ごもった為、エリーシアは顔を顰めた。すると彼の立場に同情したのか、ガルストが説明役を引き受けて口を開いた。

「エリー。君は以前住んでいた家に、今でも何らかの魔術を施しているか?」
 その問いかけに、エリーシアは素直に頷く。
「はい。生活に必要な物はこちらに持って来ましたが、色々残したままですので。まさかあんな森の中の小屋に、泥棒に入る酔狂な人間がいるとは思えませんが」
「幾ら何でも、そうよね」
 思わず苦笑いし、隣に座ったシェリルも笑顔で応じたが、ガルストは途端に苦々しい顔付きになって本題に入った。

「それがな、忍び込んだ阿呆がいたんだ。しかも、今現在分かっているだけで、十八人になっている」
「はぁ?」
「えぇ?」
 予想外の事実を聞かされ、二人は揃って面食らった表情になったが、ガルストは真顔で質問を繰り出した。

「因みに、どんな魔術を作動させているんだ?」
「扉を開けて中に入った当初は影響はありませんが、中に進む毎に動きが遅くなって、奥の部屋に入ると静止魔術が完全起動する仕様です」
 真剣な表情で答えたエリーシアだったが、今度はガルストが変な顔をした。

「どうしてそんな面倒な術式にしたんだ? 不審者が近付いた時点で、攻撃系魔術が作動する様にすれば良いんじゃないか?」
 しかしその問いにも、エリーシアは淡々と答える。
「そんな風にしたら、下手したら周りの森に被害が出ます。それに泥棒達が外部から荒っぽい攻撃を仕掛けてきたら、小屋自体が吹っ飛ぶ可能性がありますから、油断させて誘い込んだ方が良いかと思いまして」
 それを聞いたガルストは、思わず小さく唸った。

「……それには一理あるが。因みに小屋に入った直後ではなくて、奥に進んだ所で動かなくなる様にしたのはどうしてだ?」
「入口で固まられたら、邪魔で中に入れません」
 真顔でそんな事を言われて、ガルストは激しく脱力した。

「……うん、ある意味道理だな。そのせいで小屋に入り込んだ全員が抜け出せなくなった挙げ句、外から見ても全く異常が見られないから、様子を見に入った者達が次々と拘束される悪循環に陥ったらしい」
「大体の事情は分かりましたが……、どうして金目の物が無さそうな、あんな貧相な小屋に十八人も泥棒に入ったんでしょう?」
 本気で首を捻ったエリーシアに、ガルストは深々と溜め息を吐いてから事情を説明し出した。

「彼らは好き好んで、君達の家に泥棒に入ったわけではないんだ」
「と、仰いますと?」
「全員、ルーバンス公爵家の家臣なんだ」
「は? 全く意味が分かりませんが?」
 あまりにも端的すぎる説明にエリーシアが目を丸くすると、ガルストが如何にも忌々しげに続けた。

「だから、ルーバンス公爵とエリーの関係を立証できる物があれば、エリーの爵位と領地を管理運営する権利を手にできるとでも思ったんじゃないか?」
「それって……、例えば父と公爵の間で交わされたっていう、誓約書とかですか? あれは綺麗さっぱり王妃様の所で焼却しましたが」
「普通そういう物は同じ物を二通作成して、両者が保持するものだろう? だからアーデン殿の分が小屋に残されていないか、探しに行かせたと思うんだ」
 それを聞いたシェリルとエリーシアは、揃って呆れかえった。

「そんなに大事な物なら、普通そういう場所に放置しないだろうと考えないんですか? ああ、さすがに後宮の部屋を家捜しする訳にはいかなかったからでしょうか」
「馬鹿ですか? 第一そんな物、父さんが死んだ後に遺品を整理した時にも、見当たりませんでしたけど」
「俺も同感だ。魔術師長からアーデン殿の人となりを聞いても、エリーを引き取った直後に廃棄したんじゃないかと思う。しかし更にルーバンス公爵の正気を疑うのは、帰って来ない家臣を探させる為に、次々と他の者を投入したってところだ」
 そこでその場にいる者達は何とも言えない顔を見合わせて黙り込んだが、このままでは埒が明かないと判断したガルストは、嫌そうに話を続けた。

「その結果、家臣達は誰も行きたがらなくなった上、行方不明になった家臣の家族がルーバンス公爵家に所在を尋ねに押しかけても、知らぬ存ぜぬで押し通したらしい」
「その挙げ句、彼らが勝手に仕事を放り出して行方をくらましたのだと、責任転嫁したそうです。それで怒ったその家族達が集まって相談した結果、エリーシアさんの小屋に探し物に出向くと聞いていた者がいたそうで……」
 ガルストの後を引き取ったテムスが事情を説明した為、エリーシアは納得して頷いた。

「陳情部にあの小屋の捜索を願い出た、というわけですね」
「その通りです。先程お話のあった防御魔術を解除して、小屋の捜索をさせて頂きたいのですが」
「はぁ……」
(あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎるし、面倒くさい……。何であの馬鹿公爵の、尻拭いをしなくちゃいけないのよ?)
 額の汗をハンカチで拭いつつ、恐縮気味に要請してきたテムスに曖昧に頷いたものの、エリーシアの中でムラムラと怒りがこみ上げてきた。そんな彼女の内心を読んだかの様に、ガルストが静かに立ち上がって彼女を手招きする。

「エリー、ちょっと」
「はい」
 手振りで壁際を示され、エリーシアも立ち上がって二人で壁際に移動した。そしてその理由を尋ねる。

「何ですか? ガルストさん」
「腹が立つのは分かるし、忙しいのも分かっているが、時間を作って出発前に盗っ人連中を解放しておけ」
「どうしてですか?」
 こそこそと言い聞かせてきた異母兄兼上司に、まだ納得しかねる顔付きで問い返すと、ガルストが冷静に言い聞かせてくる。

「係官同伴で出向いて、術を解除した後は全員纏めて窃盗と不法侵入で捕縛して貰う。当然取り調べでは、ルーバンス公爵の指示があった事が明らかになるだろう」
「公爵が素直に認めるとは思えませんが?」
「家臣が十八人、大挙して貧相な小屋に盗みに入るには、どんな理由があるかな? それに例え公爵が無関係を貫いたとしても、他の家臣の忠誠心はどれだけ降下すると思う?」
「確かに、半ば見捨てられた形になった十八人に関しては言わずもがなですが、自分もいつそんな風に切り捨てられるかなんて考えたら、良い気はしませんね」
「それにこんな醜聞などは、隠そうとしても隠せるものではないさ。一般人の間では『新興貴族に嫌がらせをする、根性の悪い上級貴族』で話が広まるだけだ。だからここは一つ、法務局に恩を打っておけ。エリーの損にはならない」
「……分かりました」
 最後はニヤリと含み笑いで促したガルストに、エリーシアも思わず釣られて微笑んだ。そして顔付きを改めてテーブルまで戻り、神妙に申し出る。

「テムスさん。お話は分かりました。幸い今日は休みですので、お急ぎの様ならこれから出向く事も可能ですが、どうしましょうか?」
 それを聞いたテムスは、喜色満面で勢い良く立ち上がった。

「早速出向いて頂けるんですか!? 本当に助かります! 出征のお話は噂で存じていましたが、今日になってこの陳情話が私の所まで上がってきて、ご出発前のお忙しい時期かとは思いつつ、押しかけてしまった次第です」
「そういう事情であれば、お気遣いなく。確かに盗みに入られたのは不愉快ですが、きちんと罪を認めて相応の罰を受けて下さるなら、それ以上は求めません。勿論動けなくなっている方々を放置しておいても、生命の危険は全くありませんが、この間ご家族も心配されたでしょうし、できるだけ穏便に済ませてあげて下さい」
 エリーシアが殊勝にそう申し出ると、テムスは真顔になって力強く頷いた。

「エリーシア殿、本当にありがとうございます。当人達にもあなたのご好意は良く言ってきかせますので。それでは直ちに捕縛の為の人員と馬車を手配します。準備が整い次第、こちらにご連絡致します!」
「分かりました。こちらも外出の支度を整えておきます」
 エリーシアが鷹揚に頷くと、テムスは一礼して転げ出る様に廊下を駆け出して行った。その背中を見送ったガルストが、苦笑混じりにエリーシアの肩を叩きながら誉める言葉を口にする。

「上出来だ。エリーシア。これで取り敢えず法務局の心証は良くなったし、ルーバンス公爵家を叩き出された格好になった奴らに恩を売れた」
「これ位の処世術は身につけてます。ですが見返りは期待してませんよ?」
 肩を竦めて素っ気なく言い返したエリーシアに、ガルストが苦笑を深める。

「確かに。幾ら主からの命だからといって、こそ泥の真似事をする様な輩だしな」
「と言うわけだから、シェリル。一緒のお昼寝はまた今度ね?」
「お約束があったんですか……。申し訳ありません、シェリル殿下」
 そこで唐突に向き直られて、二人に頭を下げられたシェリルは、慌てて手を振って宥めた。

「ううん、それは良いの。行方不明になった人の家族が、心配しているだろうし……。でも本当にルーバンス公爵って、困った人で大変みたいね」
 思わずシェリルが本音を口にしてしまった為、その困った人の血を非公式に受け継いでいる二人は心底嫌そうな顔付きになり、顔を見合わせてから重い溜め息を吐いたのだった。

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