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4.同僚達との語らい

 予想外の方向から、ミレーヌ達に私生活が暴露されてしまった翌日。いつも通り魔術師棟に出勤し、休憩時間に魔術師詰所でうっかり愚痴を零してしまったエリーシアは、同席している周囲の先輩達から揃って苦笑される羽目になった。

「あはははっ、笑えるっ!」
「エリー。お前サイラスのせいで、王妃様からそんな厳命をされたのか?」
「まあ、それは仕方ないかもな」
「それじゃあこれから俺達も、気が付いたらこまめに声をかけるとするか」
「えぇ~? 皆さん全員、こいつの肩を持つんですか?」
 休憩を取る為その場に居合わせた二十代半ばから四十代までの七人全員が、揃ってミレーヌの措置に肯定的な態度を示した為、エリーシアは若干傷付いた表情で、隣で飄々とお茶を飲んでいるサイラスを指差した。すると副魔術師長であるガルストが少し離れた場所から、言葉を選びつつ言い聞かせてくる。

「一方的にサイラスの肩を持つわけでは無いが……。エリー、君は自分が結構微妙な立ち位置にいる事に、気が付いているか?」
 三十そこそこで副魔術師長に抜擢されただけある実力の持ち主に、真剣な顔付きで問いかけられた為、思わずエリーシアも真顔で返した。

「微妙と言うのは……。私がシェリルの義姉で、その七光りで王宮入りして専属魔術師に任命されたのが、問題だと言う話でしょうか?」
 それを聞いたガルストは、小さく首を振って否定する。
「勿論それもあるが、それだけじゃないんだ」
「俺達専属魔術師は基本実力主義だから、女だろうが年が若かろうが貴族じゃ無かろうが気にする奴は居ないがな、他ではそうはいかないって事だ」
「そこそこの実力があっても、王宮専属魔術師になれなかった人間からすれば、反感を買い易いんだよ」
「現に、過去に専属魔術師就任を希望しても、そっちの力量が足りなくて官僚として王宮内で働いている奴は結構居るからな」
「そうなんですか?」
(それははっきり言って盲点だったわ)
 ガルストの説明を補足するように、先輩達から口々に指摘されたエリーシアは、さすがに難しい顔付きになって考え込んだ。そんな彼女に、ガルストが穏やかな口調で問いかける。

「そんな連中の前を、専属魔術師の証である紫色のローブを着た君が後ろで手を組んで、魔術で二十冊や三十冊の魔法書をプカプカ空中に浮かせて、鼻歌を歌いながら横切ったりしたら、どう思われると思う?」
 そのどこか困ったような表情から、何となく仮定の話では無く実際にあった事らしいと見当をつけたエリーシアは、多分その時、陰でフォローしてくれたであろう相手に、神妙に言葉を返した。

「……嫌な小娘って事になるんでしょうか?」
「相当目障りな小娘だな。桁外れの魔力と術式行使力があって助かったな。中途半端に力があるだけだったら、下手すりゃそんな連中が暗殺者を差し向けるか、自ら攻撃してきてとっくに死んでるぞ」
「ちょっと! そこまで傍若無人じゃないわよ!」
 神妙に口にした途端横から茶々を入れられた為、エリーシアは本気で憤慨した。それを見たガルストが、サイラスを軽く窘める。

「サイラス、正論だが言い過ぎだ。常に周囲に気を配ってるお前からすれば、エリーの自由奔放な生活態度は腹が立つかもしれないがな」
「気を配ってる? こいつが? 普段、好き放題言ってるじゃないですか!」
 とても納得できずにエリーシアが訴えたが、ガルストは彼女に静かに告げた。

「俺達の前でだけだぞ? サイラスは王宮内で働くには、問題が有り過ぎる素性だしな。底意地の悪い貴族連中に付け込まれないように、常に行動も言葉も選んでる」
「もう慣れてますよ。トレリアの王宮でも似たような生活をしてましたし、今更です」
 淡々とそう言って自分のカップを取り上げてお茶を飲んだサイラスを、エリーシアは不満げに眺めながらも取り敢えず押し黙った。するとガルストがそんな彼女を宥めにかかる。

「だからそんなサイラスからすると、『魔力はともかく、王宮専属魔術師としての品格に欠ける』と難癖付けられそうな行動をしているエリーを見てると、ハラハラするんだ。私達が最初からもっと強く言っておけば良かったんだが、同僚に女性が入ったのが初めてなもので、どこまでどう注意すればよいやら戸惑ってしまってね。サイラスのエリーに対するこれまでのきつい言動は、単なる嫌がらせや目の敵にしている訳では無く、一応エリーの立場を心配しての事だから、私に免じて許してやってくれないか?」
 目上の人間にそこまで言われてしまっては、それ以上文句も付けられず、彼女は素直に頭を下げた。

「分かりました。私も以後気を付けます。面倒くさがらずに、可能な事についてはきちんと手を使う様にしますので」
「そうしてくれ。私も有能な同僚に、つまらない事で難癖を付けられたりしたくないからね」
 そこでガルストが安堵した様に頷き、周囲もほっとした顔で雑談を再開したところで、奥の部屋で仕事をしていた者がドアから顔を出し、ガルストに声をかけた。

「副魔術師長、女官長からの呼び出しです。奥の魔導鏡をご覧下さい」
「女官長から? 分かった、すぐ行く」
 即座にガルストが立ち上がり、奥の部屋に足早に入って行くのを見届けてから、サイラスが幾分からかい混じりの声をかけてきた。

「まあ、これに懲りて、色々やってみるんだな。炊事洗濯掃除、実際やってみたらどれも俺の方が上手いとは思うが」
「相変わらず一言余計よね! 第一、元王子様に家事一般で負ける筈がないでしょうが!?」
「生憎と、俺は十まで母親共々城下で暮らしていて、庶民生活を満喫してたんだ。その頃までには一通りマスターしていたからな。勿論、魔術抜きで」
「…………っ!」
 余裕綽綽の顔で断言され、エリーシアはこめかみに青筋を浮かべた。そして言い返してやろうと口を開きかけた瞬間、奥の仕事部屋に続くドアが再び開き、先程姿を消したばかりのガルストが顔を出す。

「エリーシア、君に後宮から呼び出しが入った。悪いが至急、王妃様の私室に向かってくれ。後宮の警備担当の近衛兵にも伝えてあるそうだ」
 その申し出に、エリーシアは怪訝な表情で立ち上がり、周囲も不思議そうに顔を見合わせた。
「今からですか? 王妃様とは昨日顔を合わせたばかりなのに、何のご用でしょうか?」
「それは話して貰えなかったので何とも……。ただ女官長の口調が、本当にお急ぎの様だったんだ」
 困惑している上司を見て、ここで時間を無駄にしないでさっさと出向いた方が良いと即座に判断したエリーシアは、廊下に続くドアに向かって歩き出しながらガルストに確認を入れた。

「分かりました、行ってきます。水源探査用の術式構築は、戻ってから取り掛かっても構いませんか?」
「ああ、それで良い。宜しく頼む」
 その言葉に軽く頷き、彼女は慌ただしく後宮内にあるミレーヌの私室へと向かった。

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