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第51話 エリーシアの登場

「ぐあっ!! いててっ!! おい、誰だ! 今扉を開けた奴は!?」
「いや、俺達は何も……」
「お前達が、中から開けたんだろ?」
 大広間正面の扉が、内側で警備していた近衛騎士を巻き添えにして、勢い良く左右に開かれ、扉の内外の騎士達の間で困惑したやり取りが交わされている間に、室内で喧騒が広がっていく。

「うわっ!」
「誰だ、今押したのは!!」
「きゃあ!! 危ない!」
 参加者の一角が何かになぎ倒される様に崩れ、複数の悲鳴と怒声が生じた。ここに至って魔術の関与を察したクラウス以下、大広間に控えていた魔術師達が、騒ぎの中心に向かって一斉に探査と攻撃に備える態勢になったが、この時、悲鳴に混ざって怒りの声が上がった。

「シェリル! まず、こいつだけは殴らせてくれ!」
「分かったわ! もう好きにしちゃって!!」
「え? シェリル?」
 少し離れた場所から聞こえたその会話を、辛うじて聞き分けたクラウスが、慌てて身振りで部下に攻撃解除の指示を出すと同時に、唐突にライトナー伯爵の目の前にディオンの姿が現れた。

「よくもやってくれたな! このクズ野郎がっ!!」
 そして怒りまくっているディオンに、ほぼ無抵抗で殴り倒されたライトナー伯爵が床に倒れると同時に、ディオンはすぐ側にいたハリード男爵に駆け寄った。そして両肩を掴みつつ、語気強く言い聞かせる。

「父さん、心配かけて悪かった! 俺はこの通り無事だから、もう嘘なんかつかなくても大丈夫だ!」
 しかし予想外過ぎる展開に、ハリード男爵は目を丸くして固まる。
「……本当か? お前、本物のディオンか?」
「当たり前だ! 早く陛下に謝罪してくれ!」
 息子に肩を揺さぶられて叱責されたハリード男爵は、我に返って転がり出る様に国王夫妻の眼前に進んだ。そして傍らの息子同様片膝を付き、深々と頭を下げて声を張り上げる。

「誠に申し訳ありません、陛下! 先程の夜会で、ラウール殿下だとラミレス公爵が紹介した者を息子と言ったのは真っ赤な嘘で、こちらが真実、私の息子のディオンです!」
「なっ、何を言い出す! 貴様、気でも狂ったか!?」
 蒼白になったラミレス公爵が怒声を放ったが、ハリード男爵の告白は止まらなかった。

「私が保管していたという証拠の短剣も、元々ラミレス公爵から渡された物です。捕らわれた息子の身柄を盾に、口裏を合わせる様に脅迫されていた故の作り話で」
「ハリード男爵、黙れ!!」
「それに、公にはしておりませんが、ディオンの両親が誰かははっきりしております! 甚だ外聞が悪い話でありますので、これまで周囲に漏れない様にしておりましたが、必要とあらばこの場で洗いざらいお話し致します! ですが今回の騒動に、妻子は全く係わってはおりません。処罰に関しては何卒、妻子及び一族の者達にはご配慮を」
「黙れと言っているだろうが!!」
「黙るのは貴様だ! ラミレス公爵!!」
 ひたすら恐縮して頭を下げているハリード男爵のすぐ後ろで、ケーリッヒとタウロンが怒鳴り合ったが、ここで最前列にいたラウールが小さく舌打ちし、周囲に分からない様に小声で呪文を唱え始めた。

「……ユーイ・グェン・ヒュール・ラス」
「フィル・コゥ・トリム・ルージェ!!」
 しかしラウールが目的の魔法を発動する為の呪文を唱え終わる前に、大広間に響き渡った力強い詠唱がそれを打ち消し、出席している貴族達の中程の位置から、複数の紐状の物が生き物の様に玉座方向に向かって伸び、瞬く間にラウールとラミレス公爵を初めとする数人の身体に絡み付いて拘束した。しかもラウールの身体には四肢の他、首から口にかけての部位にも絡み付いた為、計五本のそれで身動きはおろか、声も出せなくなる。

「……っ、……ぅぐっ! ……ふぁっ、……んんっ!」
「うふふっ! やぁっと隙を見せてくれたわね。これで取り敢えず、一件落着でめでたしめでたし」
 そしていきなり姿を現したかと思ったら、左右の手首に装着している腕輪の石からその紐を五本ずつ放出し、高笑いしている旅装のエリーシアを見て、未だ姿を消したままのシェリルは、会場の隅で目を丸くした。

(気が付かなかった! いつの間に大広間に入っていたの!?)
 そんなシェリルと同様に、彼女の存在に全く気付いていなかった周囲の者達が、不気味がって急いで後退りする中、玉座に近い場所からレオンが吠えた。

「エリーシア! お前、そんな所で一体何をやっている! それに戻って来たなら戻って来たで、どうしてすぐに報告を入れない!」
 それを耳にしたエリーシアは、面倒くさそうに眉を寄せ、相変わらず捕獲した男達の身体や首を紐で締め上げながら、不機嫌そうに答えた。

「ここに忍び込んだのは、ついさっきですよ? しっかり防御魔法を周辺に張り巡らせている生き証人を、きちんと捕獲すべく様子を窺っていたもので。そうしたら逃げ出す為の術式に意識が移ったので、その瞬間を狙って攻撃できましたので」
「それは分かったが……、その紐は何だ?」
 一見、通常の物とは色調や材質が違うとしか思えない代物に、会場内の全員が同じ疑問を覚えたが、エリーシアは事も無げに答えた。

「この紐全体に、クルムドーラの毒を濃縮した物を、たっぷり染み込ませてあります。これは経皮吸収されるので、縛られているだけでその神経毒で身体が痺れて動けなくなりますから」
(ちょっと待ってエリー! それ、街にお買い物に行く時とかに、時々付けていたよね? そんなに怖い物だったの!?)
 にっこり笑顔で説明された内容に、シェリルは心の中で悲鳴を上げたが、レオンも同様に狼狽した声を上げた。

「あの毒蛇の!? 何て物を使っている!」
「普段はこのブレスレット内に術式で収納していますから、全然危険じゃありませんし、か弱い女が世の中を渡って行くのに、これ位の護身用防備の五つや六つ当然です」
「五つや六つって、これだけじゃ無いのか!?」
 もはやレオンは呆れの表情を隠そうともせず、周囲の貴族達がドン引きする中、エリーシアが思い出した様にベランダに続く大きな窓の外に向かって大声で呼び掛けた。

「お待たせしました~! 入って来て下さ~い!」
 その声と同時に窓が左右に全開になり、そこから正方形の絨毯がふわふわと空中を漂いながら大広間へと入って来て、エリーシアと国王夫妻との間の空間に音もなく着地した。そしてその上に座っていた男が、ゆっくり立ち上がりながら陽気にエリーシアに声をかける。

「いやぁ、エリーに忘れ去られたかと思って、おじさんヒヤヒヤしちゃったよ。お、偽ラウールにラミレス公爵、ライトナー伯爵にメルヴィル伯爵、キリアム子爵、と。首尾良く、全員確保したか。上出来だ」
「ありがとうございます」
 そしてエリーシアにヒラヒラと手を振ってから、彼は主君に向き直って片膝を付き、深々と頭を下げた。

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