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第19話 拗ねまくる国王

「猫の姿のシェリルに求婚するとは、お前は正気か!?」
 どうやら早速、ミリアの侍女達から報告が上がったらしく、国王と同席していたミレーヌに挨拶を済ませて早々に叱責された為、ジェリドは気分を害しながら言い返した。

「本気です。私は人の姿だろうが猫の姿だろうが、あの変わらない神秘的な琥珀の瞳を持ち、周囲を優しく包み込む穏やかなオーラを醸し出している姫を、丸ごと愛しいと思っていますから。勿論、本来の人の姿になられた時は、愛しさが倍増ですが」
 さも当然の様に言われたランセルは、栗色の髪を両手で掻き毟ってから、先程よりも声を張り上げた。

「人だろうが猫だろうが丸ごと好きだと言い切る時点で、明らかにおかしいだろう!」
「私は冷静です。やっと運命の女性に出会えたと思っていますし」
「白々しく『運命の女性』などと言うな! 元はと言えば、シェリル達が住んでいる所に遭遇したのも、花街からの帰り道に、絡んで来たごろつきを追跡して叩きのめした結果だと、クラウスから報告を受けているぞ! しかも勝手に運命とか決めつけるな! この事を姉上や宰相に知られたら、正気を疑われるぞ?」
「猫だろうが何だろうが、シェリル姫に求婚するつもりだと、家族には打ち明けましたよ? 両親、弟、妹に、揃って呆れられましたが」
「……そうだろうな」
 淡々とした甥の話を聞いたランセルは、降嫁した姉一家の団欒が、その時どうなったのかを想像して、深い溜め息を吐いた。それを見たミレーヌが笑いを堪えていると、ジェリドがこの時が好機とばかりに話を進める。

「陛下、この機会に申し上げますが、私とシェリル姫との婚約を、認めて頂きたいのです」
 その申し出に、ランセルは露骨に嫌そうな顔になった。
「婚約だと?」
「はい。父から、姫を国王即位二十周年記念式典の夜会で、お披露目する事になったと聞きました」
「ああ、シェリルもここの生活にだいぶ慣れてきたし、再来月のそれが良いだろうとタウロンが判断した」
「その時には是非、姫のパートナーを、私にお任せ下さい」
「生憎だが、パートナーの件は認められん。婚約の件もだ」
 叔父でもある主君に再度すげなく却下されてしまい、流石にジェリドは不満そうな顔つきになった。

「陛下、私では姫の夫としてご不満ですか?」
 しかしその問い掛けに対するランセルの答えは、やや理性を欠いたものだった。
「シェリルは見つかったばかりなのに、早々に手放せるか! シェリルには一生私の傍に居て貰うぞ! 結婚どころか、婚約だってさせるものか!」
「…………」
「大人げないですわよ? 陛下」
 ランセルの錯乱気味の叫びを聞いたジェリドは憮然とし、ミレーヌは呆れ気味に溜め息を吐いた。しかしランセルが語気強く宣言する。

「とにかく、お前にシェリルのパートナーはレオンにさせる。分かったな!!」
「このクソ親父……」
「何か言ったか?」
「いえ、何でもございません。陛下が一日も早く、シェリル姫とご対面できると宜しいですねと思っただけです」
 ジェリドが盛大な嫌味を吐いたせいで、訳あって視察から王宮に戻ってから、未だにシェリルと顔を合わせる事が出来ていなかったランセルは、がっくりと項垂れた。主君に一矢報いたジェリドが、それを見ながらほくそ笑んでいると、ここでミレーヌが苦笑しながら声をかけてくる。

「シェリルのエスコートはレオン殿にお願いするとして、あなたにはエリーシアのパートナー引き受けて頂けないかしら?」
「は?」
 ジェリドが怪訝な顔になったが、彼女はさも当然といった風情で続けた。

「あら、ご不満かしら? シェリルの唯一の保護者で、一番彼女に近しいエリーシアに認めて貰えないと、シェリルとの結婚話もすんなりと運ばないのでは? エリーシアは相当な腕前の魔術師ですし、王家に連なる人間への忠誠より、シェリルの意思や自らの意見を優先させそうですけど」
「外堀を埋める意味でも、今のうちから彼女とより良い関係を築いておけと?」
「シェリルがそういう場所に一人で参加するのは不安でしょうから、彼女にも出て貰おうと考えていますが、あの容姿では下手したらトラブルになりかねませんでしょう? だからしっかりガードして欲しいの。どうかしら」
 にこやかに申し出たミレーヌに、ジェリドは反論しなかった。

「畏まりました。エリーシア殿のパートナーの件、お引き受けいたします」
 神妙な口調で申し出るジェリドと、それに鷹揚に頷いてみせるミレーヌを眺めたランセルは、一人渋面で無言のまま、面白く無さそうに顔を背けた。

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