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第17話 贈り物

「シェリル様、エリーシアさん、近衛騎士団第四軍司令官のジェリド様から、姫様へのお届け物です」
「何、これ?」
 エリーシアの部屋で朝食を取り、シェリルの部屋へと移動した二人は、居間の大きなテーブル一杯に花束や箱が乗せられているのを見て面食らった。

「その名前って、確か、レオンと一緒にエリーシアが弾き飛ばして、お昼をご馳走してくれた人よね?」
「そうね。でも、どうしてそいつがこんなに送り付けてくるの?」
「お手紙が付いていますから、読まれてみては?」
「そうね。シェリル」
「うん」
 リリスから差し出された白い封筒を、エリーシアは受け取り、空いている椅子に腰かけたそして指を一本払う動作で魔術を使って簡単に封を開け、中の便箋を取り出して膝の上に広げる。そして彼女の横に座ったシェリルが覗き込みながら読み始めたが、粗方を黙読したシェリルが、困惑顔でエリーシアを見上げた。

「ええと……、『星の無い漆黒の空を見上げると、あなたのその艶やかな黒髪を思い出し、夕日に照り返る湖面を見れば、あなたの知性深き琥珀の瞳を思い出す』って、何? これって、いわゆる詩ってやつ? 話にだけは聞いた事があるけど……」
「どうも高貴な方々の思考回路は、理解不能ね。取り敢えずご機嫌伺いと、例の驚かせた事へのお詫びの続きなのは分かったけど」
「ここまでして貰わなくても……」
「そうは言っても、相手は公爵家の嫡男でれっきとした一軍の司令官らしいし、これ位でお財布は痛まないわよ。それに付き返したりしたら、却って失礼に当たらないかしら?」
 エリーシアが最後にリリスに顔を向けて意見を求めると、彼女は尤もらしく頷いた。

「その通りです。姫様、ここは黙って受け取ってお礼の手紙を送れば、それで事は済みますから」
「そうなの? でもこんなお手紙に、どう返事を書けば良いか、全然分からないわ……」
「私が一緒に文面を考えますから。安心して下さい」
「ありがとう、リリス」
 そんな風に話が纏まった所で、エリーシアがリリスを促した。

「じゃあ、ちょっと中身を確認してみない?」
「そうですね」
 そして二人で包装を解いて中身を確認する度に、驚愕と感嘆の声が上がった。

「これ、今、城下で人気の菓子店の物ですよ!!」
「こっちは香草茶よ。うわ~、上物。開封しなくても良い香りだって分かるわ」
「このガラス細工、可愛いです!!」
「このレース……、これで好きなドレスを作って下さいって事よね。何種類あるのよ」
「このショコラ、美味しいですよ? 早速、今日のお茶の時にお出ししますね!」
 そうして二人が夢中になっている間、大して興味が無さそうにしていたシェリルは、トコトコと隣室に向かい、待機していたカレンに「すみません、貰った花束を、花瓶に活けて貰えないでしょうか?」と冷静に声をかけた。

 その日の午後、猫の姿でミリアの元に出向き、天気が良いからと庭園に連れ立って散歩に出かけたシェリルは、ふと視線を感じて顔を上げ、回廊の方に目を向けた。そして柱の陰に佇み、自分達の様子を窺っているらしい長身の男性の姿を認めて、足を止めて首を傾げる。
「あの人……」
「シェリル、どうしたの?」
 シェリルが猫の姿の時は、どうしてもぞんざいな口調になってしまうミリアだったが、この時お付の侍女達はその言葉遣いを窘める前に、意外そうな呟きを漏らした。

「あら、ジェリド様よ。どうしてこんな所にいらっしゃるのかしら。珍しいわね」
「そうですか?」
 シェリルが不思議そうに尋ねると、ミリアが不思議そうに問い返した。

「だって軍を預かる司令官だから、それなりに忙しい筈よ。それに私達の従兄とはいえ、流石に頻繁に後宮に出入りするわけにもいかないし。ここに来る許可はちゃんと取っている筈だけど。でもシェリルは、ジェリドと面識が有ったの?」
「はい、少しだけ」
「ふぅん」
 不思議そうに首を傾げたミリアだったが、やはり育ちが良いらしく、それ以上余計な事を詮索しなかった。そこでシェリルは、朝に届けられていた数多くの品物の事を思い出した。

「実は今朝、ジェリドさんからお部屋の方に、ご挨拶のお手紙と一緒に、贈り物をたくさん頂いたので。ちょっと失礼して、お礼を言ってきても構わないでしょうか?」
「そういう事なら構わないわよ? 普通だったら、そうそう会う機会も無いしね」
「はい、ちょっと行ってきます」
 断りを入れるとミリアが鷹揚に頷いた為、シェリルは軽く頭を下げてジェリドの元に駆け寄った。そしてジェリドの足元までやって来たシェリルは、きちんと足を揃えて座り、彼を見上げて声をかけた。

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