02
思わず足を止めてしまいそうになって、シルヴィは頭を振った。乱れた歩調をごまかすように早足になってから、前を歩いていたロランが立ち止まっているのに気付く。
今度こそ、シルヴィの歩みは止まった。
ロランに理由を問う必要はない。
揺れる木立の音の隙間に、足音が二つ聞こえたからだ。
「嫌な予感、っていうのは……これを言っていたのかな」
ささやくように言ったロランは、またたきの間にその姿を変えていた。
シルヴィも続き、黒い髪と赤い目、蝙蝠の翼の──〈悪使い〉の力を解放する。
前方、森の奥から近づいてくる足音に応じ、シルヴィはロランの隣に並ぶ。
木々の隙間に見えたのは、いびつな人影だ。
蝙蝠の翼を背負い、槍を携えたヒトガタ。
わずかな光を反射する皮膚は、硬質な、ぬらぬらとした輝きを放っている。
ヒトの形をした破壊衝動。〈悪〉、だった。
「昼間から動いているとは、めずらしい」
ロランがぼそりと言うと、それに反応した〈悪〉が突進を仕掛けた。
鋭く、速い刺突。破壊と戦闘に特化した〈悪〉の行動は、しかし破壊衝動のみで選択されている。恐怖さえ感じなければ、避けるのはたやすい。
左右に分かれて刺突を回避したシルヴィとロランは、視線すら交わさず手近な方の〈悪〉を自らの標的とする。
シルヴィは無防備な背中を踏みつけるように蹴りつけ、ロランは首筋へ踵を叩き込む。脊髄にあたる部位を破壊すれば、あとは頭か胸にとどめを刺すだけだ。
わずかな時間差で頭部を踏みつぶされた二体の〈悪〉は、硬い音をたててひび割れ、砕け散る。
〈悪〉だった欠片がぱらぱらと崩れていくのを確認して、シルヴィとロランは周囲を警戒する。
「調子は戻ったかい、シルヴィ?」
「……いや」
「そうか」
わずかな沈黙を挟んで、ロランは続ける。
「奥に行ってみよう」
シルヴィがうなずいたのを確認して、ロランは森の奥へと足を進める。シルヴィはその左後ろについて後を追った。
日の光を嫌う〈悪〉の習性を考慮すれば、活発化していたとしても森の外に出たりはしない。枝葉で光が遮られる森の奥で、獲物を待ち構えているはずだった。
慎重に、しかし遅くなりすぎない速度で、二人は獣道を進む。
木々の密集度は少しずつ上昇し、昼でも薄暗い領域に入ったところで、シルヴィとロランはどちらともなく立ち止まった。