3.客人
テロールの衝撃の発言から数時間後、レゴン城内は夜明けと共に色めき立っていた。
まだどこか眠そうな眼のテロールと共にやって来た、美女二人――彼女たちの正体を知る者は少なく『新たにやって来た侍女か何かか?』と、期待を抱く者も居る。
男はもちろん女までもが視線でその、ミラリアとセラフィーナの二人の背を追い続けた。
「あらあら、浮き立っちゃってまあ。お金は……あんま持ってなさそうね」
「いけませんよ、フィーちゃん。我々はここを侵略しに来たわけではないのですから。あ、可愛い男の子――」
「……姉さんは、絶対に城の中をうろつかないでね?」
城の中は明るく、朝食の支度の真っただ中なのだろう。卵やハム、そしてスープなどの食欲をそそる匂いがただよっている。
誰もが忙しく動き回る中、流石この国の王女と言うかのように、テロールは王の間に繋がるレッドカーペットのど真ん中を、ゆっくり威風堂々と歩いていた。
リュクが魔女に“
だが、ずっとこのままと言うわけにもいかない。再び印を刻むには、“白い魔女”の手が必要であるため、エリックの婚儀に合わせて再設置を頼むつもりでいるようだ。
これには『“黒い魔女”の潜入を許し、侵略されかけた』との噂が広まるだけのは避けたい思惑もまじっている。
セラフィーナは、初めて踏み入れる
しかし、彼女らは観光目的でここに足を運んだわけではない。
『わたくし、この“メダル”を見た事がありますわ――』
昨晩、テロールの言葉に驚かされた魔女姉妹は、急ぎそれの確認にやって来たのである。
しかし、テロール自身も何年か前……本に挟まっていたのを見ただけで、『本当に見たのか?』と念を押されれば、彼女自身の記憶は曖昧になり、ハッキリと『そうだ』とは言えなくなってしまう。
――あの城館は、レゴン国の庇護下にあった可能性がある
それの手がかりもあるかもしれぬと、ミラリアとセラフィーナは足を運んだのであった。
「朝食はわたくしの部屋でいいですわね。
ちょっと――わたくしの部屋にこの方たちの分も合わせ、食事を運んでちょうだい」
「は……はっ! ただちにっ!」
近くの侍女に声をかけると、パタパタと急ぎ足で城の奥へと消えてゆく。
エリックより『昨晩は戻らない』と聞いていたため、彼女用の朝食を用意していなかった――彼女の機嫌を損ねると厄介だ、と皆が慌てふためきだした。
そのテロールは、カーペットが続く立派な扉には向かわず、その脇の階段に向かって歩を進め始めている。
「あれ、王サマに会わなくていいの?」
「煩わしいですわ。どうせ誰かが『帰って来た』と伝えますし、私から話すことなんてありませんの」
「ふぅん。反抗期まっただ中、って事ね。
私はなかったから良く分かんないけど、やっぱ王女と言えど口を聞くのも嫌になるものなのね」
「あら、そうですの? ガッツリあったかと思っていましたわ」
「いやーそれが不思議と……あ、あれ? 確かあったような無かったような……?
何だろう……誰かに口ごたえして、三日三晩苦しんだ記憶がどこかに……うっ……」
「ふふ。フィーちゃんは素直な良い子なので、反抗期なんてなかったですよ。
理由もなく、ただ感情のまま反抗なんてしたら――キツーイ“お説教”するつもりでしたが」
「あ、ああ……何で、何で身体がこんなに震えているの……。あ……ごめんなさい、ごめんなさい……」
「……聞かなかった事にしますわ」
セラフィーナは親との記憶は殆どなく、実質ミラリアが親代わりなのだ。
封印された記憶の扉に触れたせいか、セラフィーナの目には恐怖が浮かび、ふるふると身体を震わせていた。
「――さ、気を取り直して、こちらが、わたくしの間でございますわ!」
「まぁっ、素敵ですねっ!」
虚ろな目のセラフィーナに対し、ミラリアは目をキラキラと輝かせていた。
テロールの部屋――王女の小部屋までは、控えの間や客間を通り抜けねばならないが、白を基調とした壁が奥まで続き、その道々には高級な調度品が設けられている。
そして、王女の間からは王妃の間にも繋がっている。
父親には挨拶する必要はないが、母親にはキチンと伝えておきたいようで、控えの間にミラリアたちを待たせ、早足気味でそちらに向かい始めた。
静かに高級そうなソファーに腰をかけていた二人は、改めて住む世界の違いを感じてしまう。
戻って来たテロールに案内され、彼女の居室へと足を踏み入れるや、部屋には甘い砂糖やシロップのかかったパンケーキ、色とりどりのフルーツが運ばれて来た。
そして、それと同時に紅茶が運ばれてきたのだが――
「姉さん。私たちは客人なんだから、じっとしていてね。あむっ――」
「むぅ……」
ミラリアの眉がピクりと上がったのを見るなり、セラフィーナはパンケーキを頬張りながら釘を刺す。
紅茶の煎れ方がなっていない、と文句を言いに行こうとしたようだ。どこか不満気な様子で、それを啜っていた。
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朝食を終えると、すぐに図書室の中で“メダル”探しが始まった。
この手の調べものはセラフィーナの方が向いている。テロールは当時見た可能性のある本を積み上げると、セラフィーナは真剣な表情で目を通し始めてゆく。
「あのような本は、ミラリア様の本域かと思いましたが……」
「フィーちゃんは、“魔法”やお勉強関係がダメなのです。
それ以外の――図鑑やレシピなどへの知識欲は凄いのですよ」
もちろんお金が絡むの前提ですが、とミラリアは続けた。
呆れた顔をしたテロールであったが、セラフィーナの邪魔してはならないため、その間にミラリアを城を案内するつもりでいるようだ。
待ち時間が退屈なのもあるが、少し前にセラフィーナから――
『あの人を絶対に一人で徘徊させちゃ駄目。
あの男の子が、完全に後戻りできないようになりかねないから!』
……と、言われれば、それに従うしかなかった。
◆ ◆ ◆
図書室の中では、パラ……パラ……と紙をめくる音だけが響いている。
本の中に埋め込まれていたと言うので、端からパラパラと流してゆくだけでいい。
しかし、彼女の目は左から右へ――綴られている文字をじっと追っては次のページへと進んでいた。
(古い恋愛物が多いわね。それもイケメン王子とのお熱いの)
恐らくは母親が読んでいたのを贈られたのだろう。内容、製本された日付も数十年前の物である。
しかし、テロールもあんな性格であるが、年頃の女らしく色恋話には興味があるようだ。男女の熱が籠る場面など、熱心に読み耽った跡が見受けられた。
セラフィーナはこの手の物にあまり興味がない。王族の女たちと違い、自由奔放な魔女と言うのもあるだろう。
(王子サマ、か――)
彼女の頭に、先日会ったエリックが浮かんだ。
惚れたわけではないが、ああ言った真面目なのを翻弄するのが楽しいのだ。
(興味ないフリしちゃって……気になってしょうがないのバレバレなのよね)
これまで見なかった男の反応を思い出し、無意識に口元を緩めてしまっていた。
顔を見れば、唇を見て胸から腰に目が移る――女には男の視線はどこを向いているかすぐに分かるものだ。
嫁いでくる王女様と自分を天秤にかけ、どのような初夜を迎えるのかと考えるだけで、非常に楽しみな男だった。
(確か……嫁は、シントン国の王女サマだっけ。
てか、あそこ一人娘のはずなのに、嫁にやって大丈夫なの……?)
セラフィーナは顎に手をやりながら首を傾げた。
レゴンは力を取り戻したとは言え、かつて統治を受けていたシントンには遠く及ばないはずだ。……にも関わらず、相手自ら吸収されにゆくようなマネをするだろうか? と。
お国事情などに興味がないセラフィーナであるが、移住するのに情報収集が欠かせない。その際、まず見なければならないのは、そこに“魔女団”が存在しているかどうかである。
(シントンって確か、昔から“白の魔女団”の拠点があったわよね?
そもそも、この国が魔女の存在を知ったのって、あの王子が嫁に来る王女に告げられたから……って事は、んんっ?)
セラフィーナの中で、ある事が全て一本に繋がっていた。
――“白い魔女団”が糸を引いている
そうすると、テロールが<マジックイーター>を入手した経緯にも納得がゆく。
恐らくは、長い歳月をかけ王族に取り入ったのだろう。王女を送り込む事で、“白い魔女団”の活動範囲を広げる――そこで邪魔になったのが、先にここに目をつけた“黒い魔女”の存在だった。
それを排除すべく、エリック王子を使って処罰をさせる算段……であったが、ここで双方の“魔女団”にとって想定外の事が起きた。
(そこに私たち“灰の魔女”がいて、盗賊団とモメごとを起こしていた――)
元から盗賊団・王族を利用するつもりの“黒い魔女”にとって、これを利用しない手はない。
当然、“白い魔女団”もこれを読み、何かしらの手を打ってくるはずである。
(この国を乗っ取るつもりでいれば、あの縦ロールは疎ましい存在となるから――
“黒の魔女”は、彼女に偽りの伝説を与えた。
“白の魔女”は、彼女に魔女の情報と共に“剣”を送った。
双方の思惑にハメられた彼女は、“灰の魔女”によって殺される。ってシナリオかしら)
なんともはた迷惑な話だ、とセラフィーナは息を吐いた。
そこに居た“灰の魔女”に罪を負わせ、動機を与えようとしていた、と。
では、“黒白の魔女団”はどうしてそこまでしてやらねばならないのか、との疑問がセラフィーナに浮かんだ。
(城館の謎、か――)
全てを繋げるのはあの城館である。
黒・白・灰の全てが“魔女団”が絡んだ城館……そこで得た“メダル”を、テロールはこの城の中で見た事があると言う。
この城は過去に
セラフィーナはテロールが持って来た本ではなく、背後に並ぶ本――“歴史書”に目をやった。