06
後ろを振り返れば、走るにつれて遠ざかっていく山々が見えるはずなのだが、シルヴィはあえてそちらに目を向けなかった。
愚直に、前を見る。
太陽はすでに真上を通りすぎ、南から西へと進路を変えている。かすかに潮の香りは漂ってくるものの、町を囲んでいるはずの外壁が見えてこないことにシルヴィは焦りを感じていた。
できることならば、町から離れた場所でロランと相対したい。しかし、二人の進路が交わる場所に着いてすぐに戦闘に入ることは避けたかった。
姿の見えない相手に対して、どのように動けばいいのか。ぎりぎりまでアンブシュールに近づくべきか、余裕をもって町から離れた場所で迎え撃つか──シルヴィの思考はいまだにまとまっていない。
今日だけで何度となく直面した二択に、もう一度ぶち当たる。今度こそ答えを出さなければと、自身を追い込むことだって今が初めてではないのだが──
「止まれ」
突如、空から声が落ちてきた。
有無を言わせない命令に、シルヴィは思わず足を止めてしまう。薄れていた疲労が一気に体へのしかかった。
舌打ちがこぼれる。虚空であった場所から声が聞こえてくる非常事態の中にあって、シルヴィはその正体に気づいていた。
人間にできないことを当たり前のように行ってみせ、さらに人語を解するものは、この世に二種類存在する。
一つは全知全能の神。そして、二つめは、
「天使か……」
上下する肩を気力で押さえつけ、シルヴィは呼吸の合間に言葉を返す。憎々しげな口調なのは、行く手を遮られたという理由だけではない。