ⅩⅩⅩⅢ
死の谷を後にしたアイリスたちはとりあえず墓守たちのところに戻ることにした。
アイリスたちの姿が見えると墓守たちがざわつく。
「おかえりなさい。ではこちらに」
墓守の中から一人が出てきてアイリスたちを案内する。
案内された先の部屋には全員の身体が横たわっていた。
「今身体に魂を定着させるので少々お待ちください」
墓守は手際よく儀式を進める。
儀式はものの数分で終わった。
アイリスはその部屋をぐるぐると歩く。
「なんだか不思議な感覚ね」
「まだ魂だった時の感覚が残っているのでしょう。しばらくすれば治りますので」
墓守は奥へ引っ込んでいった。
「なんか墓守さんたち変だったね」
墓守がいなくなったのを確認してからレイチェルがネジ子から出てきて話す。
「僕たちが帰ってきたことに驚いているんじゃないか?」
ロイが適当に返した。
しかし、アイリスも墓守たちに違和感を覚えていた。
どこかおかしい。でも、いったいどこなのかは全く分からなかった。
「まぁ、とにかくこれからのことを考えましょうか」
アイリスは墓守たちのことをあまり気にしないようにした。
「とりあえずここを出たら一度魔法院に行ってみよう。あそこに登録しておけば身分を証明できる」
ロイの提案にアイリスは嫌な顔をする。
しかしアイリスの気持ちなど知りもしない仲間たちは非情にも賛成の手を上げる。
「本当に魔法院に行くの?」
アイリスは必死の抵抗をするが無駄だった。
こうなっては動かなくなるのがロイだ。
短い付き合いだがそのことはよくわかっていた。
アイリスは諦めることにした。
話し合いが終わったころ、墓守が入ってきた。
「皆様お疲れでしょう。お食事の用意ができましたが、いかがなさいますか?」
アイリスが断ろうとするとグルルという音が部屋に響く。
腹は口ほどにものを言う。
アイリスは実感した。
「おいしい!」
アイリスは満面の笑みで墓守の作った料理を食べる。
確かに墓守の作ったものは全て絶品だった。
アイリスたちは舌鼓を打つ。
「少し聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
食べ終わったロイが近くで食器を片付けている墓守を呼んだ。
「どうかされました?」
「ここから魔法院に行くにはどういう道を通れば早く着くかな」
墓守はしばらく考えて「少々お待ちください」と言って奥の部屋に入っていった。
やがて墓守が大きめの紙を持って戻ってくる。
墓守が紙を開くとそれは地図だった。
ただ、ロイが知っている地図とは少し違う。
「一般に出回っている地図には忌み嫌われている死の谷の場所は描かれていないのです。この地図はこの町で描かれ、この町の中でのみ使われているものです。まず、フォールがここ。そして、魔法院がここです」
墓守は指を指しながら丁寧に説明した。
「安全な道としては一度ロックという町に向かって、そこから整備された道を通ることです。もしお急ぎでしたらロックには向かわずにスバラ平原を縦断したほうが早く着きますよ」
スバラ平原という言葉にレイチェルが反応する。
スバラ平原はレイチェルが幼い頃に遊んだ場所だ。
死の谷から出て初めて行く場所があの平原と思うと胸が躍った。
「よし、スバラ平原を通っていくことにしよう」
レイチェルの気持ちを汲んだロイはアイリスに提案した。
魔法院に早くついてしまうのには抵抗があったが、どうせ目的地がそこなのだ。
アイリスはロイの提案を飲んだ。
「じゃあ早速支度をしましょうか」
アイリスはそう言って部屋に戻っていった。
仲間たちも次々と部屋に戻る。
そして、ネジ子が部屋に戻ろうとした時、一人の墓守が声をかけた。
「あまりご無理をなさらぬように」
その声は冷たく低い声だった。
まるでレイチェルのことを見透かされているような気がしてネジ子はそそくさと部屋に戻った。
アイリスたちが支度をし終わると部屋に墓守が入ってきた。
「皆さん、外はすっかり暗くなってしまいました。この周辺の夜道はとても危険ですので、今日はお休みになってください」
窓の外を見てみると辺りは黒い絵の具をぶちまけたかのような闇が広がっていた。
確かにこの暗闇の中むやみに進めばあっという間に迷子だろう。
アイリスたちは大人しく墓守の言うとおりにすることにした。
深夜、アイリスは誰かに揺すられて目を覚ました。
寝ぼけ眼で揺らした人の顔を見る。
そこには一人の墓守が立っていた。
「お休みのところ申し訳ありません。お願いがあります」
気持ちよく寝ていたところを起こされたアイリスは少し腹が立っていたが、墓守の真剣な声色に怒りを抑える。
「明日、皆さんに聞きたいことがあります。ですが、私たち墓守が何を申しても恐らく聞き入れてはもらえないでしょう。ですので、貴女から皆さんに言ってはもらえないでしょうか」
質問、アイリスは嫌な予感がした。
レイチェルの事だろうか、それとも死の谷の魂…。
アイリスは寝ぼけた頭を必死に回転させる。
しかし、嫌なイメージしか浮かばなかった。
「では、また明日」
必死に考えるアイリスをよそに墓守は部屋を出ていった。
次の日
アイリスは仲間に昨日の深夜に起きたことを話した。
「質問ねぇ…嫌な感じだな」
ロイはつまらないといった顔をして遠くを見た。
仲間たちはそれぞれ考えを巡らせているが、一つだけ一致することがあった。
死の谷でおきたことが墓守にばれている。
そこに墓守たちが入ってくる。
昨日までとは違い、その手には先端の部分に鋭い針が付いた錫杖のようなものが握られていた。
その墓守がアイリスたちを囲む。
少しでも不審な動きをすればあの針が自分に刺さる。
そんな気がして、その場の緊張をより高めた。
そして真ん中に立った墓守が口を開いた。
「皆さん、昨日死の谷で起きたことを説明してもらえますか」
アイリスたちの予感は見事に的中してしまった。