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 ジョニーは今日に限って厄介なトラブルなどないようにと祈りながら、腰から愛用の銃ごとホルスターを外した。
 これは何事もなければあさってまで、ジョニーが一人で暮らす安アパートのリビングテーブルの上でクリスマスの休暇を寝て楽しむはずだ。
「おっと、これもいらないな」
尻ポケットから、コートの隠しから、普段護身用にと入れている大小様々な刃物まで全てを取り出し、リビングテーブルの上にきちんと並べる。おもちゃみたいに小さな、ボールペンを模した仕掛け銃まで全てを、だ。
そのあとで、コートの袖に鼻を近づけて匂いをかいでみる。この前クリーニングに出したばかりだというのに、繊維の奥深くまでしみこんだ硝煙の匂いが鼻の粘膜を刺した。
「仕方ない、途中、どこかで新しいのを買おう」
脱ぎ捨てたコートをゴミ箱につっこんで家を出る。
彼はしがない殺し屋であった。

車に乗ったジョニーはカーラジオのスイッチをひねり、ボリュームをロウに絞った。
いつもはハードなロックを好む彼だが、チューニングを右に回して地元の小さな局にあわせる。およそ人手の足りないこの局では朝からずっとクリスマス・ソングを垂れ流しているのだ。
陽気な鈴の音とサンタクロースを讃えるおなじみのフレーズがスピーカーから流れ出す。
「悪いな、サンタ、あんたの仕事を取っちまって」
 クツクツと無邪気に笑ってバックミラーを覗き込めば、後部座席に置いた馬鹿でかい荷物の、赤とグリーンの包装紙がグレーの瞳に映りこむ。
 いくら彼が殺し屋だといっても、中身は物騒なものであるはずがない。三歳になる息子に贈ろうと街中のおもちゃ屋で買いあさった人形だの、合体できるロボットだの、電池を入れると動く犬だの、およそ幸せそうなものが詰まっているのだ。
 チラリと時計をみれば10時を過ぎようとしている。ここから200キロも離れた息子のところにつくころには、夜半を過ぎて入るかもしれない。
 「それでいい」とジョニーは思う。今日の彼は息子専属のサンタクロースなのだから、わが子の寝顔をひとめみて、彼に気づかれないように枕元にプレゼントを置くことこそが第一の任務である。
 大体、いまさらどのツラさげて父親だと名乗れというのか――息子はジョニーが父親だということを知らない。
 母親は元娼婦だった女で、4年前は確かに同棲もしていた。ささいな喧嘩で別れたあと、ジョニーが手切れ金として渡した金で娼婦から足を洗い、町を出てジョニーの子を産んだ。
 今は身堅くスーパーの店員などしながら子供を育てているのだと、これは彼女自身から電話で聞いた話なので間違いない。
 ジョニーは自分の子供に会いたがったが、彼女は今日までそれを許してはくれなかった。
 すでに身持ちの固い女として再出発した彼女は、夜のネオン輝く街の腐りきった性臭を思いださせるジョニーに会いたがらなかった。もちろん、何も知らぬ子供に硝煙と血の臭いが骨の髄まで染み付いた物騒なおとこを父親だと紹介する気はないとも言われた。
 しかしジョニーは、たとえ一目でもいいから我が子の顔をみてみたいと思った。なぜこんなに渇望するのかは知れないが、それが本能であるかのように、ただ一目でいいからと。
 そこで今年、サンタクロースとして、息子が寝ている間だけならばと申し出たのだ。
 女はこれに折れた。子供の父親ではなく、サンタクロースとしてならば家に迎え入れようとジョニーを許したのだ。
 だからこそジョニーは、硝煙染み付いたコートまで捨てて、こうして息子のところへ向かっているのである。
 車はちょうど、山壁を舐めるように這う道へと差し掛かるところだった。道の両脇には深い潅木が茂り、その上に雪が積もっている。
ジョニーはアクセルから軽く足を上げ、スピードを落とそうとブレーキに……。
「あぶない!」
 きゅっと路面を掻いて、車は止まる。雪積もる道の傍から『なにか』が飛び出してきたのだ。
「子供か?」
 雪道の真ん中にたおれたそれは、どこで拾ったのか大人物のコートを着てはいるが背は小さい。自分をひき殺し書けた車をきっと睨み付ける顔も幼くて、道みても中学には上がっていないだろうという年頃の少女だった。
「浮浪児か」
 普段のジョニーであれば、こんな子供などは放っておいた筈だ。しかしあいにくの雪、しかも町間では子供の足で二時間はかかろうかという山の中、おまけにたった今、不可抗力ではあっても彼女をひき殺しかけた実績がある。
「それに、クリスマスだしな」
 そう、今の彼は殺し屋ではなくサンタクロースなのだ。ならば次の町までこの子を送り届け、どこかのコーヒースタンドで腹いっぱいになる程度の温かい食事を『贈って』もいいような気がしていた。
 だから窓越しに親指で助手席を指して見せる。子供は素直にうなづき、車に乗り込んできた。
「すまんな、コートを忘れちまったんで、寒くないか?」
 アクセルを踏むと同時に、ヒーターのスイッチを最大にひねってやる。
 少女はぶっきらぼうに頷いて、シートの上で足をぶらぶらと遊ばせていた。
 浮浪児だとは思ったが、いちおうは聞いておくものだろう。ジョニーは少し明るく聞こえるように声を作った。それが彼なりの優しさだった。
「送ってやるよ、家はこの辺なのか?」
 少女はひどくそっけなく、まるでジョニーの気遣いを跳ね返そうとするかのように冷たい声を出す。
「家はなくなった」
「そうか、じゃあしょうがないな。次の町まででいいか?」
 少女は何も答えない。そっぽを向いて、気ぜわしそうに身をゆすっている。
「別に何もしねえよ。俺はサンタクロースだからな、子供の味方なんだ」
 とつぜん、少女が「は!」と鼻先で笑った。
「なるほど、おじさんはサンタさんなんだ?」
「おお、そうだよ、今もプレゼントを配達に行く途中なんだ」
「こんな中古のボロ車で? サンタさんのクセに」
 女の子は後部座席を振り向き、馬鹿でかいプレゼントの包みを睨み付ける。
「まったく、幸せでいいわね、おじさんは。サンタクロース気取りとか、不幸を知らない人間のやることだわ」
「いや、幸せってわけでもないさ。俺は生まれてこの方、サンタにきてもらったことがないんでな。親に捨てられて、キミぐらいのころにはもう……」
自分がずいぶんと血なまぐさいことを言い出そうとしていることに気づいて、ジョニーは慌てて口をつぐむ。
「もう、なに?」
 少女の容赦ない追求をも頭を振って笑ってみせるだけでかわし、とびきり陽気な声を出す。
「さて、そのプレゼントは届け先が決まっているんであげるわけにはいかないけどな、きみにもささやかな贈り物をさせてくれ、クリスマスのディナーを一緒に食べないか?」
「ディナーにはちょっとおそすぎると思うんだけど」
「いいじゃないか、たまには。それとも『夜食べると太っちゃう~』ってのを気にするクチかい?」
「施しならいらない」
「施しなんかじゃないさ。サンタクロースからのプレゼントってのは、子供なら誰でも受け取る権利があるんだ」
「おじさんはサンタさんじゃない。わたしは、サンタさんから『本当に欲しいもの』をちゃんともらった」
ミラーの片隅に光が閃いたようにみえた。が、それが少女がコートから取り出した刃物なのだと気づくまでに時間はかからなかった。
「メリークリスマス」
 ブレーキにふみかえようとするジョニーの足よりも早く、少女が拳に握りこんだ刃物が深く彼の腹部をえぐった。
「サンタクロースがきみにくれたものって?」
「パパの仇をとるチャンスよ。覚えてる? あなたが去年のクリスマスに殺した男を。わたしはその娘よ」
「ああ、そうか……」
 ジョニーが彼女の身体に向けて手を伸ばし、小さな肩を大事そうに引きよせたのは、親を亡くした子に対する憐憫なんかじゃない。単にこの子が流す血で白い雪を汚したくなかった、ただそれだけだ。
 運転手の統率を失った車は細い山道のヘアピンカーブの端から飛び出して、白い雪景色の中に浮いた。
「サンタクロースは、どうしたって俺のところには来てくれないらしい」
 死に向かって落ちてゆく車の中で、ジョニーは自分がどうしてあれほど息子に会いたかったのかをハッキリと悟った。
「ほんの少しでいい、真っ当な幸せってやつが欲しかったんだ、俺も」
 フロントグラス越しにチラチラと舞う粉雪が美しい。腕の中で少女が暴れているが、そのわめき声ももう聞こえない。
 ただ、この白い雪が汚れなければいいと、届きもしない願いをこめて、男はそっとつぶやいた。
「メリー、クリスマス」

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