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ⅩⅨ

「よし、それじゃ行こうか」
そう言ってロイたちは管理局に入っていく。
中に入るとあの男がカウンターのところに座っている。
「持ってきた?」
男は作業をしながらロイに聞いた。
「一応用意はしてきた。質問なんだけど、ここに分析魔法を使える人はいるかな?」
分析魔法。物の本質を見つめ、その物の組成などを分析する魔法である。
「ここには俺しかいないよ。まぁ、俺も分析魔法くらいなら使えるけど」
男は頭をわしゃわしゃとかきながら言う。
男の頭からふけが飛ぶ。
ロイはそれを手で払いながら続けた。
「それなら大丈夫だ」
ロイは小さなガラス瓶を五つ取り出す。
その中には赤黒い液体が入っていた。
「これは?」
男は尋ねる。
「ここにいる五人の血液だ。その中の魔力を分析すれば証明になる」
男は目を点にしていた。
そして腕を組み悩む。
「じゃあそうしようか。それで、君たちの職業を証明するものとかは?」
ロイは少し笑ってあの石を取り出す。
男はそれを受け取り、まじまじと見た。
石は男の手の中で淡く光る。
「この不思議な石は?」
「それは魔力を蓄え、やがて爆発する魔術兵器だ」
ロイはにやにやしながら答える。
「えっ」
男はとっさに石を手放す。
その様子を見届けたロイは男に外に出るようにジェスチャーした。
男は黙ってロイについて行く。

しばらく歩いて町のはずれのほうに来る。
洞穴の中でも開けていて、周りに民家などがない場所だった。
「急にここに連れてきて一体何をするつもりだ?」
男は周りを警戒する。
「まぁ見てろよ」
ロイはクラークに石を手渡す。
クラークが軽く意識を集中させると、クラークの手に紋様のようなものが浮かんだ。
「今一度その姿を“リプレイ”」
クラークがそう唱えるとクラークの手のひらからあの石が十個ほど飛び出してくる。
それを思い切り遠くに投げる。
遠くのほうでカーンと軽い音が鳴った。
そのすぐ後、けたたましい轟音とともに爆風が来る。
風がやんでからも男は茫然と立ち尽くすだけだった。
「彼は魔術師。僕はあの魔術兵器を開発した研究者だ。残りの三人は彼の教え子さ」
ロイは男に言う。
男は頭を抱えていた。
「…分かった。通行証を発行しよう。ただ、発行するまで少し時間がかかるからしばらく待ってくれないか」
アイリスは大人の対応をしなければと仰々しく頷き、そして子供のように飛び跳ねた。

「いろいろお世話になりました。ありがとうございます、アザミさん」
アイリスが頭を下げると、アザミはあたふたしながら頭を上げるように促す。
それを温かい目でクラークが見守る。
その様子を遠くで見ていたロイがふと工場のほうに目を向けた。
そこにはフラフラとこちらのほうに近づいてくる人の姿があった。
「アイリス、あれ見て」
ロイはその人のほうを指さす。
その人はゆっくりとこちらに近づく。
その線は細く、女性のようだった。
ただ、普通の人とは違う場所がある。
頭に刺さった大きなネジ。
よく見れば体も傷だらけだった。
その人はアイリスの目の前まで来て何かを伝えようと口を開くが、そのまま倒れた。

「…ルズ」
彼女が目を覚ますと見知らぬ天井が目に映る。
せわしなく手を動かし体に異変がないか確かめると、体中の傷がふさがっている。
それに大事なネックレスも首にかかったままだった。
「あら、目を覚ましたのね。よかった」
アイリスが彼女に微笑みかける。
その人はしばらく考えてアイリスが助けてくれたことを理解した。
「あなた、名前は?」
アイリスがそう尋ねる。
彼女は答えようとしたが、すぐに口を閉じる。
「…思い出せない」
彼女は頭を抱えつつ息を荒げる。
必死に思い出そうとするが、まるで蓋がされているように自分のことが思い出せなかった。
ぐるぐると目眩がして、思わずふらつく。
アイリスに支えてもらって何とか倒れずに済んだ。
「そんなに急がなくても大丈夫よ。ゆっくり思い出せばいいわ」
彼女はアイリスに寄り掛かる。
アイリスは見ず知らずのはずなのに昔どこかで会ったような気がしてならなかった。
「お、起きたか」
ロイとクラークが入ってきた。
「ええ、でも自分の名前も覚えていないみたいなのよ」
アイリスが説明すると彼女は悲しそうにする。
「困ったな…これじゃ何て呼べばいいのかもわからない」
彼女を置き去りにして三人は会議を始める。
しばらくしてアイリスが彼女のほうを見た。
「えっと、名前が分かるまではあなたのことを『ネジ子』って呼ぶことにしてもいいかしら」
彼女はしばらく考えて頷いた。
アイリスがパァーっと笑顔を見せた。
「しばらくの間よろしくね。ネジ子」
アイリスの笑顔を見てネジ子も微笑みを返した。
「ところでネジ子。君は倒れる前に何かを言おうとしていたみたいだけど、それも覚えていないかな」
ロイが聞くとネジ子は腕を組んで考える。
しばらくして、ネジ子は首を横に振った。
それからいくつか質問してみてもネジ子は首を横に振るばかりだった。
「ほんとに何も覚えていないのか…」
ロイは水を飲みながら落胆した。
ネジ子はうつむいてしまった。
「まぁ、ゆっくり思い出せばいいじゃない。ね、ネジ子」
アイリスはネジ子を励まそうと気丈にふるまう。
ネジ子は胸の痛みを隠し、アイリスに笑みを返した。
「一つだけ覚えていることが…」
ネジ子は口を開く。
アイリスたちの目線がネジ子に集中した。
「私はあの工場の中にはいない誰かに作られた自動人形。ただ、自分で考えて動くことができる分、他の物とは違うみたいだけど」
アイリスたちは真剣な顔をしてネジ子の話を聞いた。
そしてまた頭を合わせて相談をする。
またしても置き去りにされたネジ子は頭に刺さったネジにそっと触れる。
痛くもなんともないこのネジが自分は人間ではないと言っているようだった。

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