1-1-14 4つの決意?4つの覚悟?
別館に入り階段を上る。途中3Fのトイレに寄り【クリーン】でトイレ内の惨状を綺麗に消す。
「沙織ちゃん、悪いがトイレを済ませておいてくれないか?オークの関係で好きな時に来れなくなるので行ける時に行っといてほしい。俺も隣で済ませてくる。トイレの際、3つ注意事項ががある。水は流さない事、ドアの開閉は静かに、鍵は掛けない、いいね?奴らは音に敏感だから聞こえたら集まってくるので注意してね」
「解りました」
先に済ませてトイレの外で待ってるのだが5分程待っても出てこない。気になって聞き耳を立てたのだが、どうやら泣いているようだ。声を殺してすすり泣くように泣いている。
トイレットペーパーのガサガサ拭き取るような音もする……大体の事情は理解できた。
オークの精液が何度拭き取っても溢れて出てくるのだろう。
気配察知と身体強化のせいか、沙織ちゃんの行動が手に取るように分かってしまうのだ。
「沙織ちゃん大丈夫か?」
「ごめんなさい、すぐ行きます」
出てきた沙織ちゃんに妊娠の危険性を隠さず話す。
「私、危険日なんです……グスン、エグッ」
「大丈夫だ。一応避妊的な魔法もある【クリーン】で膣内を浄化できれば妊娠はしないそうだ」
妊娠の心配がないと解った事で泣き止んでくれた。
沙織ちゃんは、トイレの鏡を見て驚いていた。
そういえば髪の事まだ言ってなかったな……誰かに後で説明させればばいいか。
4Fに着いて倉庫に耳を当て中の様子を探る……雑談をしながら静かに過ごしているようだ。
俺の前回の注意がどこまで守れているか、ちょっと意地悪だが試させてもらう事にした。
沙織ちゃんに声を出さないように指示をだし、エビゾリに縛って浮いている先頭のオークの【音波遮断】の魔法を解除して、槍を足に突き刺した。
ブヒッー、フゴッブギャー!悲鳴だか何だか解らないが、大きな鳴き声を上げた。
俺はドアをガチャガチャさせドアを叩いた。一瞬だけ気配を感じたが、皆静かに耐えているようだ。
前回のような大きな気配はしなかった、何とか合格だろう。
【音波遮断】があるので音に関しては問題ないのだが、気構えができてるのかが知りたかったのだ。
「菜奈俺だ!開けてくれ!」
「兄様なんですの!またやったのですか!」
「龍馬君!今度やったら張り倒すって、私言ったよね!」
うわー、メッチャ怒ってる。
横で沙織ちゃんも“今のはやっちゃダメでしょう”みたいな顔で睨んでる。
なので、扉の前に目線の位置辺りにオークを浮かせる。
本当のオークだよアピールの為だ……俺の口真似じゃないんだよ?オークが泣いただけだよ?的にごまかす気なのだ。扉を開けた菜奈の目の前には俺ではなくオークの顔がある。
「兄様!ひゃっ!オーク!」
「ただいま菜奈!」
「本当にオークがいたのね、また龍馬君のいたずらかと思っちゃったわ。でもこの数……何があったの?それにその娘は?」
「沙織ちゃん、自分で言えるね?」
「あ!沙織ちゃん!無事だったのね?」
「美加先輩!未来先輩も!ウエーン!ヒグッ」
沙織ちゃんは駆け寄ってきた2人を見て泣き出してしまった。
可哀想にさっきまでは必死で気を張っていたのだろう。自分で自己紹介させるつもりだったが無理そうだな。
「下の通路脇で拾ってきた。茶道部の2年で間宮沙織ちゃんだ、仲間に入れてやってくれ」
「ええ、勿論歓迎するわ」
「悪いが皆廊下に出てきてくれるか?ん?発光灯切れてるじゃないか、薄暗いのに我慢してたんだな【クリーン】」
倉庫内を綺麗にし、埃っぽいのを無くした。充電の切れた発光灯4個を回収し皆をすぐ横の屋上に連れ出す。
1時間ほどしかソーラー充電してなかった4個を太陽の下にさらして再充電させる。
「俺がいない間に話で変わった事とか無いか?」
「菜奈ちゃんと未来ちゃんのスキルの説明を詳しく受けて、何人かの獲得予定スキルを変更させてもらったわ」
「そうか、その辺は別にかまわない。向こうのレベルアップ部屋で気が変わる事もあるだろうしな。生死の掛かった運命の選択にも等しいんだ。後悔しないよう皆、自分で決めるんだぞ。全然知識が無くてさっぱり分からない娘にはアドバイスはするからね」
「龍馬君は全体の事を考えないで、各々の好きに獲得させていいと考えてるの?」
「ああ、その方が良いだろう。あの時ああ言われたからこう言われたからとか、後になって恨み言を言われるのは真っ平だし、さっきも言ったが生死の掛かった運命の選択だ。獲得したスキルの構成で、将来が左右されるほど大事な選択なんだ。初回に行ける向こうの部屋はおそらくその為に時間の縛りが無いんだから、自分で納得がいくまで何時間でも悩んで決めてくればいい。その中で自分の立ち位置や仲間の事も少しだけ考慮してスキルを選んでくれたら良いと思う」
「解ったわ、皆もそういう事だから好きに選んできてね」
「じゃあ、城崎さん、皆の手本という事で、止めを刺して見せてあげて」
俺は奪った槍や剣を大量に出して並べた。好きな得物でやれって事だ。
城崎さんは剣を手に取りオークの心臓付近を突き刺した。
躊躇いない動作だったな、俺を待ってる間に覚悟はできていたんだろう。
オークの周りには【音波遮断】で鳴き声が聞こえないようにしている。
悲痛な叫びというのは人でもオークでも伝わるものだ。
皆が怯まないよう、俺のちょとした配慮なのだが効果はあると思う。
「ただいま、やはり【剣術】と【身体強化】を取ってきたわ。龍馬君のアドバイスどおり身体強化の方をLv2にしてきたけど、凄く体が軽く感じるのね。びっくりだわ」
向こうで何時間過ごしてきたのか知らないが、やはりテンションが高い。
「じゃあ、覚悟が決まった者から城崎さんみたいに好きな武器でオークに止めを刺してくれ。解ってると思うけど、これができない者はこの世界で生きる権利を得られない。俺もこれ以上の手助けはする気が無いので自分で頑張って決断してほしい」
次に向かったのは雅か……ちみっこのクセに威勢は良いよな。
おっ、美弥ちゃん先生も行った!
ぞくぞく後に続くように止めを刺してレベルを上げて帰ってくる。
後、二人だ……支援組のCパーティーを希望した娘たちだな。
手足をガクブルさせて泣きながら槍を握ってるが、刺すのを躊躇ってる。
俺は二重に張っていた【音波遮断】の屋上に掛けてた方を切った。
途端にあちらこちらから悲痛な叫び声が聞こえてくる。
「今そのオークの仲間に酷い目に遭っている者たちの声だよ。そいつを生かしておくとまた誰かが襲われるよ?ひょっとしたら次は君たちかもしれない。どうしても殺せないなら君はそのオークに犯され食われる側の人間なんだ。俺たちの仲間になる資格はない。放って置いても10日以内にこの世界の魔素で死ぬんだからね。さぁ、死にたくないならやるんだ!もう甘々な日本と違うんだ!生きる為には自分で行動しないと生きていけない世界に来ちゃったんだ!ニートとか、うつ病だから仕事できないとか甘い考えが通用しない世界なんだよ!行動しないなら飢えて死ねって世界だ!君ならやれる!大丈夫だ!さぁ頑張れ!」
修造さんも真っ青になるぐらい熱く応援してみた。
一人が震えながらヤーと可愛い声でオークに止めを刺して帰ってきた。
もう一人もつられるように止めを刺した。
よし!全員クリアだ!
「皆がんばったね!最低限の生き残りがこれで達成だよ。全員で一度レイドPTを組もうか」
全員にフレンド登録をさせ、レイドPT招待を一斉送信しパーティーを組んだ。
残りのオークを殺したが流石にこれだけの人数の均等配分なのでレベルアップ者は居ないようだ。
外は寒いので倉庫に戻ることにする。
とりあえず今は真剣な話はダメな感じだな……。
「自分の容姿が気になって仕方がなさそうだから、鏡を出すので確認すると良い」
女三人寄れば姦しいと言うが、鏡を見たり友人どうしで匂いを嗅ぎ合ったりとても賑やかである。
俺は廊下に美加ちゃん沙織ちゃん亜姫ちゃんを呼んだ。
「この3人を呼んだ理由は何となくわかるよね?ちょっと亜姫ちゃん、俺と指の長さを比べて欲しい」
思った以上に差があるな……1.5cm程の違いだが、妊娠の危険性を考えたら少しでも奥に魔法が届く方が良いのだ。
「沙織ちゃんが今日明日にでも排卵周期なんだそうで、急いで膣内を浄化する必要があるんだ。3人を下の階に連れて行って処置しようと思うけど、沙織ちゃんは俺が処置しようと思う。この際恥ずかしいとかそういうのは考えないでくれ。後で不安にならないように確実に成功するようにしておきたい。沙織ちゃんいいね?」
少しだけ考えた後、ウンと頷き。
「一度は死を覚悟しました。その時助けてくれたのが龍馬先輩です。裸ももう見られちゃったことですし、今更恥ずかしがってオークの赤ちゃんなんか身籠ったら最悪です。少しでも確実性が上がるなら龍馬先輩にお願いしたいです。絶対妊娠は嫌です!」
「ああ、確実に避妊してやるから安心しろ。その場で成功したかどうかわかる魔法も用意してあるから、次の生理まで不安になる必要もないからな。全部俺に任せておけ」
「あの、私も龍馬先輩にお願いしたいです!妊娠なんか嫌だもん!」
「美加ちゃんがいいならそうするけど……亜姫ちゃんにお願いがあるんだ」
「なんですか?」
「処置は亜姫ちゃんがした事にしてやってほしい。菜奈がうるさそうだし、二人も他の子たちから変にひやかされたりするより良いだろう?指の長さや魔力操作の熟練度から考えても俺がやった方が確実なのは間違いないんだけどね。やはり年頃の女の子なのでその辺の配慮もいると思うんだ」
俺は魔糸を操作しながら魔力操作が上手いアピールをしながら話した。
その方が納得いくだろうと思ったからだ。
「解りました。私が処置した事にして、皆には秘密にすれば良いのですね?」
「ああ、彼女たちの為に秘密にしてあげてほしい」
三人の了承を得て、話し合いの後に処置を施すことにした。
後は今後のこのパーティーの方針だな。
倉庫に戻り皆と会議を行う。
「ちょっと皆こっちに集まってくれ!聞いてほしい事がある」
狭い倉庫内だ、こっちを向く程度で特に集まるほどでもなかった。
ホワイトボードを再度出して話し合いの準備をする。
「ソロで頑張って俺のレベルは現在9ある。はっきり言ってオークとか敵じゃない。オークの上位種でも勝てるぐらいになっている。その間に15人程、女の子が襲われているのを見て見ぬふりで素通りしてきた。最後に会った沙織ちゃんだけ特別に助けてしまったけど……」
「兄様どうして!?なんで助けてあげなかったのですか!そんなの兄様らしくありません!」
「そうよ?どうして見てない振りなんかするの?助けられる力があるなら助けてあげれば良いじゃない!」
「酷い言われようだな……じゃあ、はっきり言うけど、自分やお前たちの為に他の者は見捨てた」
皆どういう事なのか、俺の言葉の意味を必死で考えているようだ。
どうやら美弥ちゃん先生だけは今の言葉だけでピンときたようだ。
「前にもちょっと触れたけど、俺と君たちの大きな違いに“決意と覚悟”で大分差があるんだよ。俺はこの世界に転移され、女神様からいろいろ話を聞いた時に4つの決意と4つの覚悟をしたんだ」
「兄様の決意と覚悟ですか?聞かせてください」
「私も是非聞きたいわ。じゃないと龍馬君が見捨てたって事に納得できそうにないもの」
他のみんなもウンウンと頷いている。
「解った。じゃあ、決意の方から」
・菜奈を死んでも守る
・この世界では日本の常識に囚われず、本能のままに生きる
・絶対俺からは裏切らない
・傷つけるような嘘はつかない
「ん!やっぱシスコン確定!」
「こら、雅!聞こえてるんだからな。まぁ、なんとでも言え……次は覚悟の方だ」
・死ぬ覚悟
・殺す覚悟
・見捨てる覚悟
・裏切られる覚悟
「これがこの世界に来て俺がした決意と覚悟だ。基本全て菜奈の為だ、他の事はあくまでついでだ。シスコンとでもなんとでも言ってくれてもいいが、何かあった時は全てを見捨ててでも菜奈を優先する」
「兄様とても嬉しいのですが、どうしてそれが他の人を見捨てる事に繋がるのですか?」
「私も解らないわ?妹を優先するのは当然だと思うけど?助けられるのを見捨てるのはどうしても納得できないわ?何でなの?龍馬君の事だから理由があるのよね?」
「ありがとう城崎さん、頭っから否定されないから有り難いよ。今一番俺の怖いのはオークじゃなくて人なんだ。人は平気で裏切り欺き、そして奪う。今はまだいい、夕食を抜いた程度だろうからね。後4・5日もすればどうなる?食料を巡って殺し合いが始まるよ?皆解ってる?別館横とは別に災害時用の食料は他に3カ所あるけど、無事確保されてそうなのは、おそらく確実なのは職員棟の地下にある物だけだと思うよ。それと体育館の地下の物。あれも頭が回ってちゃんと気付く人がいれば無事回収されてると思う。残りの1カ所はオークが先に見つけて食べられてると思う。別館の横も俺が先に回収してなければ全部食われてたからね」
この時点で美弥ちゃん以外にも俺の言いたい事が分かった者が数名いるようだな。
頭の良い城崎さんもどうやら分かったような顔をしている。
「食料だけじゃない、場所の事もそうだ。教員棟の地下と体育館の地下は、戦争時にシェルターにできるぐらいだから勿論の事、それ以外でかなり安全そうなのは女子寮ぐらいだと思う。監獄寮って言われてるだけあって丈夫で窓に鉄の柵が完全に嵌ってるからね。外部からの侵入を防ぐには都合がいいと思う。俺達の今の拠点をどう思う?これ以上の人間増やせるか?10畳程しかないんだ、これ以上増えたら寝る場もなくなるよね?」
俺の言いたい事はちゃんと皆に伝わったようだ。
「ほんと、私たち考えが甘いようね。参ったわね……龍馬君どうしたら良いと思う?」
「それを今から皆で話し合ってほしい。偶然集まってた料理部主体のこのパーティーだけど、今後外部の人間も受け入れるのか?それとも仲間内で固めて裏切り行為を事前に排除するのか。男も受け入れるか受け入れないか、他のパーティーに合流するかしないか、いろいろ先に想定はしておいた方が良い」
「龍馬君は話し合いでどう決まっても納得して皆を守ってくれるの?」
「いや、悪いが気に入らなければ菜奈を連れて出ていくつもりだ。と言うよりここにそれ程長居するつもりはない。食料に余裕があるうちにどこかの町を目指すつもりだ。生産性の無いここにいてもじり貧になるだけだからな」
「ハァ……美弥ちゃん先生の言うとおり、リーダーは龍馬君で正解ね。私たちと違って見てる先が随分先なんだもの。助けられる者を助けないのは気持ち的に納得はできないけど、必要なのは理解できたわ」
「自分にとって何が一番大事なのか考えて、もう少し先の事も考えて見据えてほしい。仮に襲われてる女の子20人を助けて保護したとしよう。俺の持ってる食料では1月持たなくなる、この世界では災害物資を供給してくれる自衛隊なんか居ないからな。持ってる分が全てだという事を理解してほしい。俺が外部の人を警戒する理由の一つに、メールやコール機能の事がある。外部の人間を助けたばっかりに、メールで俺が食料を持ってるって教えられたら、助けを求めて生き残ったものが雪崩れ込んでくるぞ。もしくは襲いにくる。昔の百姓一揆を想像するといい……圧倒的な武力差があっても飢えには抗えなく、勝てないと解ってても死に物狂いで襲ってくるぞ」
「ん!お腹が空いたら狂暴になるのは必然!」
「雅、ちょっとこっち来い!クンクン……お前もめっちゃ良い匂いだな!」
「兄様!シリアスなお話をしてる最中に何やってるんですか!」
「本当にびっくりよ!脈絡もなくクンクンとか信じられないわ!雅ちゃんも素直に嗅がせない!」
「何言ってるんだ?ずっと気になってたんだから仕方ないだろ?城崎さんも他の皆も後で順番に匂いを嗅がせてもらうからな?俺の匂いを嗅いだんだから、今更嫌とかいうなよ?」
場の雰囲気を少し変えようと思ったのだが、どうやら失敗だったようだ……かなり引かれてしまった。