Ⅸ
「悪魔の…力」
「そう、悪魔の力。僕は触れたものの性質を他のものと合わせることができる力、アルヴァはいろんなものに岩を纏わせて固くする力だよ」
アルヴィンは悲しそうに説明する。
アイリスはアルヴィンの説明を聞いて考えた。
アルヴィン曰く彼らの力は“悪魔の力”。
しかし、彼らの手の甲には見覚えのあるものが浮かんだ。
“ノーツ”。
ということは…。
「ノーツマスター…?」
アイリスが呟くと二人は不思議そうな顔をする。
知らなくても無理はない。
ノーツは一般には知られていない魔法なのだ。
故に悪魔と言われることも少なくはない。
しかし、この年でここまでノーツを使いこなすということはそれだけノーツを使ってきたということになる。
悪魔の力と言われてもなお使い続ける二人がアイリスには少し奇妙に見えた。
「ねぇお姉さん。ノーツマスターって何?」
アルヴィンが首をかしげて聞く。
「えっと、ノーツマスターっていうのは君たちみたいに不思議な力を使う人たちのことで、大体どの系統の魔法にも当てはまらないの」
アイリスが軽い説明をする。
アルヴィンは少し難しい顔をしたが、しばらくして頷いた。
一方アルヴァの頭上には?マークがいくつも浮かぶ。
「そうねぇ、例えば…」
アイリスは足元に落ちていた石を思い切り投げる。
しかし、石は悲しいほどに近くに落ちた。
アイリスは悲しそうな目でアルヴァを見た。
アルヴァはため息をついてから、石を投げる。
石は風を切りながら飛んでいく。
何故か誇らしげなアイリスが二人に目で合図をして手を前に出す。
「過去へ戻れ“ウルズ”」
アイリスの手に模様が浮かび、石がアイリスの足元に戻ってくる。
アイリスは驚いている二人にドヤ顔をする。
「これがノーツよ」
二人はきらきらとした目でアイリスを見上げる。
この時アイリスは忘れていた。
自分のノーツがあくまで調和をする魔法だということに。
「あなたたちの力は悪魔の力なんかじゃない。ノーツという立派な魔法よ」
アイリスはそういって目線を前に移す。
ちょうど岩の穴が見える。
すぐに異変に気付いた。
「あれ、ふさがってない…?」
二人が一斉に振り向く。
さっきまで開いていた岩の穴はすっかりふさがっていて、水が一切流れていなかった。
二人は唖然としてアイリスを見る。
「……」
しばらくの沈黙の後、アイリスのほほに一筋の涙が流れる。
「ごめんなさい…」
泣きながら子供に謝罪する姿を見たらどっちが子供だかわからなくなるほど、アイリスは幼く見えた。
「まぁまぁ落ち着いて、お姉さん。場所は分かってるからまた砕けばいいよ。ね、アルヴァ?」
アルヴァは頷いて、呪文を唱える。
「固まれ“ロック”」
「共鳴しろ“チューン”」
流れるように二人は岩を砕いた。
さっきよりもあたりがよかったのか、勢いよく温泉が出てくる。
アイリスは泣き止み、目を輝かせた。
しかし、すぐに気づく。
(温泉って確か出たときはとても熱いのよね…。しかもこの勢いで出てきている。
このままだと…)
「ここ危ないかも」
アイリスはぽつりとつぶやいて、はっとなった。
「逃げるよ!」
三人は一斉に逃げ出す。
死に物狂いで走ってやっと安全な場所に逃げることができた。
「はぁ…はぁ…。危なかった」
息を切らしながらその場に座り込む。
「でも温泉がわいたよ」
アルヴィンがうれしそうな笑顔を見せる。
その顔を見ると不思議と達成感で満たされた。
「まだちゃんと自己紹介してなかったね。僕はアルヴィン。こっちはアルヴァ。僕の双子の兄弟だよ」
アルヴィンがアイリスのほうを見る。
「私はアイリス。ロイっていう人と一緒に旅をしているの」
アイリスは手を差し伸べ握手を求めた。
その手をアルヴィンがとりしっかりと握った。
「さて、さっそく入りたいところだけど…」
アイリスはちらっと温泉を見た。
温泉からは湯気が出ている。
「…まだ、熱そうだね」
三人は下山することにした。
「全く、君たちは僕を置いて一体どこに行っていたんだ?」
山を下りるとロイが少しふてくされた様子でアイリスたちの帰りを待っていた。
ロイのことをすっかり忘れていたアイリスは申し訳なさそうに謝る。
アルヴァとアルヴィンはその様を黙って見ていた。
「…で、そこの君たちはいったい何者だい?」
ロイはアルヴァとアルヴィンに向かい直す。
二人は少し警戒しながら自己紹介をした。
「僕はロイだ。よろしくアルヴァ、アルヴィン」
アイリスは三人が自己紹介を済ませたタイミングでこっそりロイに耳打ちする。
「この二人、ノーツマスターみたいなの。でも、この町の人々から悪魔の力だといわれて迫害を受けているらしいのよ」
ロイはその話を聞いて、再び二人に向き直した。
「…君たちはその力が嫌いか?」
ロイの質問に二人は少し戸惑って頷く。
ロイは質問を続けた。
「この町の人からいじめられるのは嫌か?」
二人は頷く。
「この町から出ていきたいと考えたことはあるか?」
二人は少し時間を空けて頷いた。
「よし、じゃあ僕たちと来るか?」
「「「えっ」」」
アイリスを含めた三人が驚きの声を上げた。
「いいだろ、アイリス?」
アイリスは戸惑って、髪をいじる。
そして、一回頷いた。
「うん、旅をする仲間は多いほうがいいもの。あなたたちがよければ一緒に行きましょうよ」
アルヴィンたちはますます驚きを隠せなくなってきた。
先に答えたのはアルヴァのほうだった。
「決めた。僕はついて行くよ」
アルヴィンは急かされたように続く。
「僕もついて行く。よろしくねアイリスさん」
こうして二人で始まったノーツアクトは四人と少し大きくなった。
「あ、でも母さんに知らせなきゃ」
意気揚々と家に向かっていった。
アイリスとロイもそれに続く。
「ただいま母さん!」
アルヴァが勢いよく扉を開ける。
そこに広がっていたのは真っ赤に染まった光景だった。
その真ん中に倒れる人影。
「母…さん?」
全てを理解したアルヴィンが悲痛な叫び声をあげた。