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「昨晩七時ごろ、首を刺された女性が路上に倒れているのが発見された事件について、女性の所持品が奪われていないことから、警察は怨恨による犯行の可能性が高いとして捜査を進めています──」


 滑らかにニュースを読みあげる女性アナウンサーの声が、今日はやけに耳に残った。

 スープの入ったカップを口に運びながら、私はテレビに目をやる。映っているのは見慣れない道だが、画面の角に書かれた地名は家と学校の最寄り駅の間にあるものだった。

「物騒ねぇ」

 自分の朝食を運び終えた母が、定位置の椅子を引きながら言った。

 分かりやすすぎるくらいに、心配そうな口調と表情。

 なぜ、この人は自分の感情をためらいなく表に出すのだろう──と考えたのは、なにも今日が初めてではない。

「しかも、近所じゃない? これ。はやく捕まってほしいねぇ」

 ぼんやりした頭で「そうだね」と応えながら、私はもう一度テレビに意識を向ける。

 テープで区切られた現場は、やはり見慣れない景色だ。しかしそれは周りが明るい朝の景色だからであって、夜になれば見覚えのある、忘れられない景色に変わるのだろう。

 昨日、訪れたばかりのところだ。

 理性の奥底に閉じ込めた「私」が、初めて外に出た場所。

 となれば、私はついさっき、上の空のまま、私が逮捕されるよう望んだ母に同意してしまったのだろうか。

 テレビ画面が切り替わり、動きまわる警察の姿が映らなくなって、ようやく私は我に返った。

 先ほどまでの真面目で冷静な声音から一転、アナウンサーは明るい口調でクリスマスの話題を読みあげている。

「そういえば、遥香はなにか欲しいものある?」

「ないけど、なんで?」

「もうすぐクリスマスでしょ」

 さらりと言った母は、もう殺人事件の報道など忘れてしまったかのようだった。

 テレビ画面には、有名デパートで売り出されるらしいケーキが映っている。サンタクロースの砂糖菓子が放つ赤色が、どうしてだか意識から離れない。

「ないなら仕方ないけど、なにか思いついたら言ってね。言わなかったら適当に買ってきちゃうんだから」

 楽しそうに語る母に、私はまた上の空で応える。

 母の表情は、色は、見ている内にころころと変わっていく。さっきまで暗い色をしていたのに、今はもう明るい色。この明るく、楽しそうな人のそばにいるのが、私にはどうも後ろめたい。うまく同調しなければ、なぜだか向こうが気を使ってしまうからだ。

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