03
「……十三番」
後ろを見るまでもなく、その声は【世界】のものだった。
わずかな違和感を抱きながら、十三番は振り返る。【世界】はすでに廊下から中庭に大股で踏み入っていて、十三番が違和感の理由に思い至る前に目の前まで接近した。
顔はうつむいていて、十三番からは表情が覗えない。
「君は馬鹿か」
「は──?」
真意を問うまでの間もなく、十三番の呼吸が不自然に途切れた。
【世界】が十三番の脇腹に向けてのばした手は、自らうつむいて視界を制限しているにも関わらず、正確無比に傷のある場所を掴んでいる。
加減こそされているものの、治りきっていない傷を刺激されれば当然痛覚が発生する。思わず下を向いた十三番は、素っ気なかった口調に反して穏やかな表情の【世界】と目が合う。
見る者をむしろ不安にさせる穏やかさを保ったまま、【世界】は言葉を繋いだ。
「一応腹を刺されたのだから部屋で安静にしていたまえ。心配するだろう」
「その傷をえぐるようなことをしながら言──」
【世界】の手は反論を許さなかった。
十三番の言葉を途中でうめき声にしてから、【世界】が言う。
「まず『腕』をしまうがいい十三番。まだその魔術を使い慣れているとは言いがたいだろう」
促されて、十三番は【死神】の魔術を解除。同時に白骨の左腕が姿を消す。
眼窩のようになっていた左目も元に戻ったのを確認して、【世界】はようやく傷口を掴んでいた手を離した。
「素直でよろしい」
「ほとんど脅迫じゃなかったか?」
「惜しいな。あれは命令だ」
なぜか得意げに言った【世界】は、手を腰に当てて薄い胸を張る。
その拍子に身にまとった──というよりは巻いただけの布が肩から落ちかけて、【世界】が慌てて押さえるなどという事態がなければ、十三番も「どこがどう惜しいんだ」と聞けたのだが、
「さっきのは命令だが、ここからは忠告だ」
布をどうにか巻き直した【世界】が言葉を継ぐ。
「知らないようだから教えてやる。私は【世界】、アルカナを作った【世界】だ」
「……? その話はもう聞いて」
反論中断。
今度は【世界】の人差し指が、十三番の脇腹にある傷を小突いた。