02
「移動『奇蹟』、と言ってやるべきかね」
【世界】は言い捨てた。
「彼らは同一の神と同一の教義を信仰することで、意思の強化と同化を行っている。だから、長距離を一瞬で移動するなんてのも、神の御業と信じれば可能なんだろう。失敗したときが恐ろしいほどの力技だが」
そう言って、【世界】は大げさに体を震わせる。
奇蹟に対する嫌悪感を薄く漂わせる言動は、終始楽しげに魔術やアルカナの解説をしていた【世界】を見ていた十三番には新鮮だった。
魔術と奇蹟でここまで変わるものなのか、とも思うし、しかし記憶の中の誰かはそれを肯定している。
「で、その力技を行使するためのものを、そのまま放置してるのは?」
「それがまだ使えるなら、向こうはこちらを攻めるのを諦めない。来てくれるのなら、こっちは出迎えの準備をするだけでいいだろう?」
十代半ばの姿に似合わない不敵な表情を浮かべ、【世界】はくつくつと笑う。
「殺すべき相手が、遠くない未来に、わざわざ向こうから来てくれるのだから、君にとっても悪い話じゃないと思うのだがね」
──そう。悪い話ではない。
十三番に残されている「肉体の持ち主だった誰か」の記憶は、【死神】によって徐々に消されつつある。
夢で見た白服の内、すでに死んでいるのは金髪の女一人のみ。
記憶として残されている遺志を叶えるには、少なくとも残った白服たちを見つけなければならない。
彼が焼かれた町に滞在し続けているとは思えない。一度自らの拠点へ戻っているか、それともこちらへ侵攻を続けているのか──どちらにしろ、明確にしなければいけないことが一つだけある。
「……向こうがこちらを攻める理由は?」
風景とともに記憶されている感情を押し込めながら、十三番は問う。
対する【世界】も、なぜか同様にその顔から感情をそぎ落とした。
表情を消したまま目を伏せ、黙して数秒。
その沈黙は【世界】にしては珍しく、長い。
「奇蹟の発動に、複数人の意思を同化する必要があるなら……その同化を乱すものは、奇蹟を揺るがす存在となる」
低く抑えた声で、【世界】は語る。
「同一の神と教義を信じず、必要ないと断ずるものは、彼らの信仰心──すなわち奇蹟の発動を阻害する。われわれ魔術使いは、彼らにとって神と教義を受け入れない異教徒で、奇蹟に害をなす都合の悪い存在だということさ」
眉根を寄せる【世界】の顔からは、秘められた感情を読み取れない。