06
「お前を殺すのは奇蹟だ」
「〈あなたを信じないものが居座りませぬように〉」
空気の変質を、青年はまず肌で感じた。
継いで肺が、「停滞」を飛び越え「停止」した空気を実感する。呼吸すら許さない空気は、青年を見捨てたようにその場で動きを止めている。
先ほどまでの澱んだ空気と比べるべくもない。むしろ、直接首を絞められているのに近い。
軋み歪む意識の端で、青年は女の声を聞いた。
「死んでからゆっくりと改心するがいい、異教徒」
──死。
それならば、視界を蝕んでいく闇は死そのものか。色が消えていく世界の中で、青年は傍らの台座に手をかける。
吸い込まれるように視線を台座へ向けると、その上に刺さっていたのは湾曲した刃だった。
切っ先は細く、柄に近づくほど幅広になる刃は三日月型。上端にほど近い場所から伸びる長い柄は、まっすぐ青年に向けられている。
そこにあるのは、大鎌──命を刈る凶器だった。
柄の上では、死神が青年を見下ろしている。闇の中で白く浮かびあがる骨の中、沈みこむような黒い眼窩が際立つ。存在しない眼球と視線が交わる。
一秒の間もない邂逅だった。
しかし、青年は確信する。自分を呼び続けていた声の正体が、この死神であることを。
ここまで導いたのが死神ならば、今向けられている鎌の柄は差し伸べられた手にも等しい。
青年は長い柄を掴み、大鎌を台座から引き抜いた。三日月型の刃が空を切る。途端、青年の周囲で動きを止めていた空気は流動を再開。
開いた喉に風が通る。
「バカな──動けるはずは」
血液が駆け巡り、鼓動が早鐘を打つ騒音の奥で、白服の誰かが驚愕の声をあげるのが聞こえる。
呼吸を取り戻した青年は、震える手に力を入れて鎌を握りなおす。
死にかけた体が生き返っていく。視界を蝕んでいた闇が晴れる。赤黒い刃が目に入る。機能性を突き詰めた、装飾のない死神の鎌が、自らの手の内に存在している。
──惨劇を引き起こしたらしい白服が、すぐ近くに立っている。
理性でそれらを認識したとき、今更のように芽生えたのは殺意だった。
相手を殺すまで、死ぬわけにはいかない。青年の内で湧きあがった感情が、ついさっきまで近くにあった死を遠ざけ、ここまで導いたはずの死神さえも拒絶する。
ひび割れるような音がして、大鎌から黒い閃光が迸った。それは、雷にも似た動きで青年の腕に触れ、衣服もろともに肌を焼く。