Ⅲ
アイリスが目を覚ますと、質素な屋根に淡い魔法の光が見えた。
少し考えてから、ここが宿屋だと気付く。
「起きたか」
ベッドの横には、街で出会った少年がいた。
確か私は巨人に叩きつけられて…。
どうもその先のことが思い出せない。気絶してしまったようだ。
アイリスは頭を抱えながら首を横に振って少年のほうを見る。
「全く、君はもう少し計画的に動いたほうがいいぞ。僕は君を抱えて逃げることが精いっぱいだったよ」
少年はやれやれと首を振る。
「あの巨人はどうなったの?」
少年は黙って窓のほうを見た。
アイリスが窓に近づくとあの巨人が見えた。
しかし、様子がおかしい。違和感の正体を必死に探し、ようやく見つける。
「あの巨人…気絶している?」
アイリスが少年のほうを見ると、少年は呆れたような顔をしていた。
「まさか…あなたが?」
アイリスの問いに黙って首を縦に振る。
「えええっ!」
アイリスの声が部屋中に響く。
もしかしたら下の宿屋の主にも聞こえたかもしれない。
少年は素早くアイリスの口を押えた。
アイリスが落ち着いたところで手を放す。
「はぁ…。こんなに小さな子でも魔術師になれるのか…。」
アイリスの言葉に少年の眉が少し上がる。
「人を見た目で判断するな、じゃなかったのか?」
少年はアイリスが酒場で言った言葉を引用する。
あれは外にも聞こえていたらしい。
アイリスは今更恥ずかしくなった。
「僕はロイだ。“見かけによらず”魔術師をしている」
ロイは結構気にするタイプだった。
ロイは黙って手を差し出した。
アイリスは一瞬何の真似かと思ったが、握手を求めていることがすぐにわかった。
「私はアイリス。ノーツマスターよ」
握手に答えながらアイリスも自己紹介をする。
自己紹介を済ませた二人はこの後の行動について考える。
「私は世界を見て回る旅をしているの。といっても、ここが最初に着いた街なのだけれどね」
アイリスははにかんだ。
「僕はこの街に住む古い友人を訪ねに来た。ただ、どこにいるのか分からない」
ロイはうつむく。
二人の間に不思議な空気が流れる。
「とりあえず僕は町長に会いに行くつもりだ。君はどうする?」
アイリスはしばらく考えてロイに言う。
「私もついて行くわ。町長は顔を見せないらしいし、いったいどんな顔をしているのか」
ロイは頷き、壁に掛かっていたフード付きのローブを着る。
「やることが決まったんだ、とりあえず飯を食おう。それから庁舎に行く」
ロイはやや命令気味にアイリスに言う。
アイリスはそれに少し不満を言おうとしたが、ロイの有無を言わせないオーラがそれを拒んだ。
街に出た二人は街の入り口近くの市場に向かう事にした。
街に入った時のおいしそうな匂いが今もしている。
アイリスは果物を二つ買って一つをロイに渡す。
「はい、ロイの分」
ロイは受け取りながらも、文句を言う。
「僕はこれが苦手なんだよ。買う前に確認してくれ」
ロイは一口かじり、まずそうな顔をする。
これをずっと繰り返していた。
アイリスはにやにやしながらその様子を見ている。
それに気づいたロイはアイリスの腹のあたりに威力の弱い衝撃魔法を放った。
「全く、自分が悪いんだぞ。苦手なものを食わせてきて、それをにやけながら見るなんて、趣味が悪すぎる」
ロイは腹を抱えるアイリスを置いてすたすたと歩き始めた。
アイリスは呻きながらロイの後をついて行く。
途中何回もロイはアイリスのほうを振り返る。どうやら、本気で置いて行こうとはしていないようだった。
「ここが庁舎か…」
アイリスは自分よりもはるかに高い建物を見上げた。
ロイはその様子を見て、鼻で笑う。
「田舎者丸出しだな、君」
アイリスは赤面しながら必死に言い訳をした。
庁舎の前でわめきながら痴話喧嘩をしている二人を見て、職員が出てくる。
「ちょっと君たち、喧嘩するなら別のところに行ってくれ」
アイリスは我に返ってうつむいてしまった。
仕方がないので、ロイが説明する。
「僕たちは町長に用があるんだ。会わせてくれないかな」
職員はしっかりした子だね、と言いながらロイの頭を撫でた。
アイリスは懲りずににやける。案の定、ロイから攻撃が飛んでくる。
「はぁ…。で、会わせてもらえるのかい?」
職員は腕を組んでうーんとうなる。
「会わせるのは構わないけど、町長はずいぶんと変わった人だよ?」
ロイはそれでも構わないといった目をして、頷いた。
すると、職員は受付に戻り、伝達魔法を使って町長に連絡をした。
しばらくして、職員が出てくる。
「今なら仕事が一段落したところだから会えるそうだよ」
ロイはアイリスのほうを見上げた。
アイリスは頷き、建物に入っていく。
職員が町長の部屋へと案内すると、
「町長。お客様です」
と言った。
中から「どうぞ」という男性の声がする。
職員が扉を開けて二人を中へ誘導する。
「私はこれで」職員が部屋を出て扉を閉めた。
ロイとアイリスはその様子を確認し、中にいた男性のほうを見る。
清潔感のある男性だが、その顔には仮面をつけていた。
「やぁ、よく来てくれた。私はこの街の町長を務めるクラークだ」
仮面の男は握手を求めた。
アイリスがその握手に応じる。
「私はアイリスです。旅の途中にこの町に寄らせていただきました。いい街ですね、ここ」
クラークは「ありがとう」と言うと、ロイのほうを向いた。
「久しぶりだね、クラーク。まさか君が町長になっているなんて思わなかったよ」
ロイはクラークの手をしっかりと握った。
クラークの表情は確認できないが、嬉しそうな声でしゃべりだす。
「お前ロイか!いやぁ、まさかこんなところでロイに会えるとはな」
二人はアイリスを置いて話を続ける。
アイリスは今目の前でおきている光景が不思議でならなかった。
初老であろう男性と、子供に見える少年が嬉々とした声で話している。
この二人の関係性が全く見えなかった。
「アイリス。クラークが僕の探していた友人だよ」
混乱するアイリスを見て、ロイが説明した。
その説明のせいで、アイリスは余計混乱してしまった。
ロイはいったい、何歳なのだろう…。
その疑問に答えるようにクラークが補足する。
「アイリスさん。確かにロイは子供に見えるが、我々よりもはるかに年上だよ。確か、今年で314歳だったか」
アイリスはもう言葉が出なかった。
ロイはアイリスのほうを見て、眉をあげる。
「“年上は敬え”だろ?」
アイリスはその場で膝と頭を地面につけ、手を前に出した。
土下座である。
ロイはそれを見て満足したのか、頭を上げろとジェスチャーした。
「まぁ、この体自体は僕にかけられた呪いのせいで朽ちないだけだから」
ロイは着ていた服を引っ張り胸のあたりにある印を見せた。
柄にもなく頭を使い過ぎたアイリスはとうとう倒れてしまった。