お菓子と仮装とムズキュンと
ぺらり、と紙のめくれる音がした。
この麻雀クラブに昔からある日めくりカレンダーのページをめくる音だ。
振り返ると、何事もない顔でカレンダーのページをちぎる師匠がいた。
「師匠、今日ハロウィーンですよ?」
「あぁそれがどうした」
「どうしたって、ハロウィーンですよ?!仮装は?どうしました?」
ゆさゆさと肩をつかんで揺らす。
師匠は別に抵抗をするわけでもなくぼーっとされるがままになっていた。
「別にそこまで必要じゃな
「必要ですよーーーーーーーー!」
師匠の言葉を遮って机を叩く。
机の上のアイスティーが少しこぼれて私の白いシャツを濡らした。
「ん…服、濡れてるぞ。」
「あ、やだ、鏡見てきますっ!」
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彼女はそう言い、トコトコと小走りで部屋を出ていった。
「ふぅうぅうぅうぅ……………」
駄目だ。俺は何も見ていない。
こぼれてしまったアイスティーのせいで透けた下着なんて見てない。
ハロウィンらしい黒とオレンジのストライプの下着なんて見てない。
「司つかさ……」
おもむろにポケットからスマートフォンを取り出し、数少ない連絡先から親友の名前を探した。
俺にとっての緊急通報だ。
『あ、どうした』
『司助けろ…』
『だからなんだ阿呆』
『…………可愛すぎるんだ』
『のろけか』
『と、いうか、ハロウィンだぞ今日は。仮装だぞ?!つまり天使なんだぞ?!』
『あーそうかそうか吸血鬼の格好でもして首に巻きついとけ』
『困ってるのがそれなんだよぉぉ…さっきつい冷たくあしらってしまってね。いやだってそうでもしないと抑えられなかったんだし』
『本当に阿呆だな。トリックオアトリートとかいってサプライズすればいいだろ。そこの引き出しに仮装は入れておいた』
『なんだその見透かしみたいなのは怖いぞ?!』
『そろそろ着替えないと。時間考えろよ。』
『今度なにか奢る!じゃあな』
通話終了のボタンを押し、言われたとおりの引き出しを開けるとそこには本当に吸血鬼の仮装が入っていた。
しかもサイズはぴったり。怖いなぁあいつ…
躊躇が全くないわけはないが、時間がなんだとか言ってたので急いでそれを着た。
近くにあった姿見を見ると、サイズはあっているのだがなんだかしっくりと来ない。
試しにメガネを外してみたらまだましになった気がした(単に視力が悪くなってよく見えなかっただけかもしれない)
ほっと一息ついた瞬間、部屋のドアが開いた。
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「やっちゃったぁ…」
洗面所の鏡を見てみると、さっきかかったアイスティーのせいで下着が透けてしまっていた。
しかも、ハロウィンだからってつけてしまったちょっと恥ずかしい色柄の。
どうしよう、師匠見てたよね……
ぼとりと手にもっていた手提げが床に落ちると、そこから出てきたのは黒猫の仮装だった。
そういえばハロウィンだからって持ってきていたのだった。結局、着ることはなかったけど。
「!」
突然頭に浮かんでしまった考えについ笑がこぼれる。
師匠は別にどんな反応をしてくれるだろうか。
いつも適当にあしらわれている師匠を驚かせたい、少し照れさせてみたい。そんな思いがふつふつと湧き上がった。
そこからの行動は早かった。素早く衣装を身につけて、ちょっとだけ大人っぽいメイクをする。
準備万端でドアノブを回した。
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「………………………………………は、っぴー、はろうぃん、です。」
「………………………………………と、とりっく、おあ、とりーと…?」
帰ってきた彼女を驚かせようと待ち構えていた俺だったが、逆に驚かされてしまった。
彼女も同じくびっくりしているみたいで、口を開けたまま固まっている。
「へっ.........あ、師匠も仮装してくれたんですね!!」
「うん、ハロウィン、だし」
嬉しそうに話す彼女が動く度に頭の上の猫耳がぴょこぴょこ揺れる。
メイド服みたいな短いスカートから伸びるしなやかな尻尾が可愛らしい。
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師匠を驚かせようと思ったのに、ドアの先の光景を見てびっくりしたのは私の方だった。
「ハロウィン?なにそれおいしいの(笑)」とか言ってそうだった師匠が黒い衣装に身を包んでいる。
闇のようなマントに身を包んで、ちょっと大きめのシルクハットに口から生えた2本の牙。
口をパクパクさせている師匠は、思わず固まってしまうような吸血鬼ぶりだった。
「お菓子...えぇっと......」
仮装をしたまではいいものの、肝心のお菓子がない。
これではハロウィンとはいえないと思って踵を返してコンビニへ向かおうとした。
「にゃっ?!」
とん、と優しい力で壁に押し付けられて、斜め上を見るとなぜか意地悪そうな顔をした師匠がいた。
「お菓子をくれなきゃキミを奪うよ」
私が何かを言う間もなく、お菓子のような甘い唇に塞がれたのだった。