珍しき依頼
そんなある日、憲治に指名で針子依頼が来た。
「物好き?」
「いや、ゲテモノ好き?」
「純粋に俺の腕を買ったとか思わないんですか?」
「それもそうだ」
まったくもって酷いものである。
ドレス所望にもかかわらず、クリスティナは何も要らないと言って、憲治を連れてきた。
古い洋館という言葉がしっくり来る建物だ。
「御崎先生、ここって……」
「数年に一度依頼が必ず来るの。イブニングドレスで」
ということは、それなりの銘家だ。そう判断した憲治は、来たことをものすごく後悔した。
何せ、この顔である。もし、使用人がいたら、絶対怯えられる!
見た目と反して、実はチキンで小動物好きな憲治は、クリスティナの後ろに隠れるように立った。
「あのね、驫木君。あんまり言いたくないけど、あたしの後ろに立ったほうが余計怖く感じるわよ? 修羅の面になってるから。あたしを人質に強盗に入るみたいで」
ざくっ。派手にライフが削られる気がした。
「ようこそおいでくださいました」
ぎぎぎ、という扉の開く音がした次の瞬間、そう言って能面のような老爺が出てきた。
「御崎様ですね。主がお待ちです」
そんな老爺を気にすることなく、クリスティナが挨拶していた。
館の中はアンティーク物で埋め尽くされていた。
古い柱時計は、音からしても毎日ねじを回すタイプだろう。
まるで過去の世界にタイムスリップしたようである。
こういうのが嫌いではない憲治は、きょろきょろと周囲を見渡す。
またしても、クリスティナに注意された。
……どこまでも悪人面が恨めしくなる瞬間である。
「ようこそ。御崎 クリスティナさん。それから驫木 憲治さん」
有閑マダムという言葉がよく似合う女性が、ソファに座っていた。
「今回使っていただきたい布は、こちらですの」
憲治を気にすることなく、女性が言う。
「相変わらず珍しい布をお持ちですね」
「ふふふ。あたくしの趣味のようなものですわ。これは、『アラクネの布』と呼ばれる布ですわ」
あまりいい響きじゃないな、憲治はそう思った。
ギリシャ神話に出てくる、織物の名人にしてオリュンポスの神々を愚弄した女性の名前。その後、罰として蜘蛛になっている。
それほどの織師が作った布だと言いたいのか、それとも蜘蛛の糸で織ったと言いたいのか。
「ふふふ。驫木さんはこの名前が気に入らないようですわね」
「……失礼しました」
「いいんですのよ。だって|本当のこと《、、、、、》ですもの」
どちらに対して本当のことなのか。それを女性は言おうとしない。
「驫木さんには、あたくしの執事の採寸をお願いしたいんですの。御崎さんはいつものようにあたくしとお話しましょう」
その言葉にクリスティナがため息をついていた。
「今日はこの布を持って帰ります。三日後に|お嬢様《、、、》のお眼鏡に適うデザイン画をお持ちします。その時に必要なものも持ってまいりますので、そちらの方の採寸はその時に」
「あらあら、それは残念だわ」
さして残念そうでもなく、女性が言う。
布の入った袋を担ぎ、憲治たちはその場を辞去した。
「せんせぇ」
「だって、あの人独身だもの。『奥様』なんていったらあの老執事に刺されるわよ」
「……独身だとお嬢様になるんですか」
クリスティナの言葉に、憲治はそれしか返せなかった。
そして、三日後。
約束どおり憲治は工具箱に入った仕事道具一式を持って、クリスティナと共に再度あの館へ向かった。