魔王様と王子様
魔王様と王子様
騎士
我々について聞きたい?
はあ……まあ良いが、ちょうど落ち着いてきたしな。
いや、この国に迷惑をかけてるのは我々だからな、貴殿も含めて少しでも返せるものがあるのならば、それにこした事はないだろう。残念ながら、この国から奪う事はしてもまだ返せるものは何一つないと思うしな。
我々がこの国に来たのは……そうだな、考えたらまだ一年もたっていないのだな……準備を含めても余りにも期間が短かった事を考えても色々と思うところはあったものなのだ。故郷では王命により魔国に進撃をする話を聞いたのはまだ2年もたっていない。これは、余りにも不自然な事なのだよ。
そう、例えば我々の全員が罪人で死なせるつもりでもない限りな。
貴殿は魔国の方だろう? いや、気にするなと言われても……そうか、しかし魔王陛下にも貴殿等にも疑問はあるのだ。
何故、魔国は素直に明け渡した?
我々がこの国に来る間、認めたのは魔獣程度で魔族はついぞ会う事はなかった……意外に思ったがな。気が付かなかったのは、殿下と腰ぎんちゃく達だけで我々は想像がついてはいる。手応えがないにも程がある……いや、貴殿に謝られる事は……。
ん? 殿下じゃなくて陛下じゃないのかって?
ああ……確かに、祖国からは殿下がこの地に新たなる国を興すと言う意味で王位を宣言はしたけどな。
言っては何だが殿下は、帝王学を学んで来られたわけでもなければ民の声を聴くでもない。魔王城を制覇したとは言っても、これと言って何かを行ったわけでもない。
魔王陛下も? そうなのか? しかし……我々がこの地に来るまでも来てからも、魔王陛下の治世は理想的ではないだろうか? 確かに、魔国の住民の日常などは見ていないが明らかに統率が取れている。いかに魔王陛下が民に慕われているかがわかるものではないか?
……ん? どうかしたのか? そうか、体には気を付けて過ごすがよい。
そうか……ああ、確かに自ら求めて殿下について来たわけではないな。陛下の命と言うのもあるが……よく知っているな、確かに私は将軍などと言う地位にはついているがな。しかし、殿下を守る者は他にもある。
もしかしたら、魔王陛下は理想的な指導者なのかも知れないな……おや、そうなのか? 魔王陛下にも何か考える所があると言う事か。
ああ、確かに見えるな……そうだな、貴殿の言う事が生じたら部下をそこに行くように命じよう。
は? ああ……確かに、殿下を守る者は他にもある。しかし、これでも一応は魔国襲撃隊の隊長にして現在は将軍だからなあ……ああ、貴殿の言葉を覚えて置こう。
次に会える事を神に……いや、魔王陛下に祈るか。
魔術師
……五月蠅いっ!
……ああ、いやすまん。どうにも夢中になっていたものでな、何しろ俺がここから姿を外すと王子の手の者がこれ幸いと破壊しようとするから気が抜けなくてな。
お前は、この国の者か? いや、気にするな。別に兵士に教えたりはしないさ……俺の邪魔さえしなければな。
何をしているって……何をしている様に見える? は? 性格が悪い? 別に性格の良し悪しなどどうでも良い事だろう。
確かに、お前の言う様に貴族を相手にするのならば腹芸の一つも必要だろうな。俺には興味がない事だし、どうしてもその必要があるのなら立場を利用するさ、魔術師だからな。
それにしても、この国は流石に魔国なだけあって素晴らしい技術の塊だな! 国そのものがまるで一つの魔道具だ、これほどの技術はどこの国を見ても見た事がない……惜しむらくは、俺程の魔力があっても日常的な魔道具を使うのも一つや二つがせいぜいと言う所か。
ああ、確かに……この国の主制御用と言うのか? 魔法具に基礎魔力を込めているのは俺だ。そうする事で、この国の者は少ない魔力で道具を動かせるのだから凄いな……だが、何故に魔王は戦争を仕掛けてきた俺達に抵抗する事なく明け渡したのか……この遺跡とて、まだ解読が進んでいないと言うのに美意識とやらが邪魔するとかで阿呆王子が遺跡を破壊しようとするのは何とかして貰いたいものだな。解読が全く進みやしない……。
モノリス? 石碑? ほう、そうなのか……なんて書いてあるのかは判るか?
ああ……本来なら、教えて貰うなど確かに王子に言わせると美意識的に邪道と言うのだろうな。そう言う意味では俺と王子は気が合わないわけではないだろう。しかし、どうにも俺の勘だがあまり時間がないのではないかと言う気がしてならない。その鍵をこの……モノリスだったか? これが握っているかどうかはよく判らないが……翻訳表? そんなのがあるのか……この国は子供が読めるのか……凄いな。
こうなると、本当によく魔国の者達は姿も見せずに夜逃げ同然で逃げられたもんだな。感心する……故郷の国?
無理だろうな、あの国は上に行けば行くほど腐ってやがる。国を改革しようとした者だっていないわけじゃない、それでも上に上がる為には腐らなくちゃならないし、腐ったら元には戻れない。何しろ、国王が簡単に自分の子供達を殺すくらいだからな……あの王子だってそんな扱いだ。別に死んだら死んだで攻め込む理由になっただろうし、生き残ったら生き残ったであいつ等が後続軍を持ち出して占拠するだろうよ。言いたくはないが、魔国の奴らは一番上手い選択肢を選んだわけだ。
……おい、これは事実なのか?
いや、確かに解読したのは俺だが……この解読表だって、確かにおかしな所はないが……。
あの阿呆に伝えないと……なあ、て……あれ?
王子
なんだお前は……世がこの国の王だと知っての狼藉か?
それとも、魔国の生き残りか?
……何を笑っている?
「そりゃあ、笑いも止まらないでしょう。
何も知らない、知ろうともしない……ええと、裸の王様? が正しいかな?
でも、君を王様と認めている者は誰もいないのが大笑いだね」
尻尾を巻いて逃げた魔国の者がでかい口をほざく……せっかく助かった命を捨てるつもりか?
よかろう、それを望むのなら望み通りくれてやろう。
「ああ、その余裕はもうないと思うよ……いや、最初から無かったのに気が付きたくなかったって所?
噂もそうだし評判もそうだけど、あんたじゃあねえ……最初から、捨て駒宜しく親に放り出されたくらいだもの。あんたが死んでも母国じゃ万歳三唱で戦争吹っかけてくるつもりなのは判ってたからね、それならあんた達の親や先祖があえて『無かった事』にした事を思い出させる。いや、骨の髄まで叩き込んであげるって言うんだから、私達って心底お人よしだと思わない?」
何を……言ってる!
「そんな研いでもいない、お飾りで私に傷一つでもつけられると思ってるの? それってお笑い種なんだけど?
出来たら、これは国際問題になるから傷の一つもつけさせて上げても良いかなあって思ったけど……騎士達があんな程度の腕なのに、その上にいるあんたじゃあね。使える騎士があんだけ人数いるのに片手の数で足りるってどうなのよ?
可哀想に……本来は心ある人達だって言うのに、王侯貴族の癇に障ったからって言う詰まらない理由で追い出されるなんて何たる宝の持ち腐れ。そんな人達を救い上げる為には、あんたに傷一つでもつけられるなんて彼らの矜持を傷つける真似、出来るわけないよね?」
な、なんだ……お前は……!
「ねえ、オカシイと思わなかった?
どうして、今になってあんたの親達が魔国に進軍するように言ってきたのか。歴史で習わなかった? かつて、ここに何があったのか。
すごいでしょ? この国は国民ならばわずかな魔力で生活する事が出来るし国民は魔王に絶対服従で裏切る事なんてない。それはモノリスも大いに関わっている事ではあるし、アレがどんなものなのか理解出来ない者には単なる黒い大きな石にしか見えないから破壊したくてたまらないんだろうね?
でもね、ここまで来るのに時間がかかったの。沢山の命が失われた……あんた達の先祖の、詰まらない欲望が無ければ、もっとマシな歴史を作れたのかも知れない。仮定法過去形だから意味はないけどね。
無駄な戦争を吹っ掛けられるくらいなら、『私に戦争を仕掛ける事』がどう言う事なのかを思い知らせてあげないとね?
ふふ……ガタガタ震えちゃって……可愛くないね! そんな仕草をして可愛いのは子供くらいだよ!
そろそろ時間かな……私がここにいると少し安定しちゃうからね、見所のある人は逃げるように教えて置いたし、もうそろそろ限界かな? このお城も歴史はあるけどちょっと手狭になってきたし老朽化も激しいから建て直す手間も省けて一石二鳥も三鳥も兼ねて楽なもんだね。
……それに、お互いそろそろ時間の様だよ。
さようならだね、王子様。
次に会うのはあの世かねえ?」
ま、待て!
貴様は……!
other
そこは、長い歴史の中にあって重厚な造りをしている。
この地域ならば普通に使われている素材ではあるが、この建物に使われている素材は祖国に持って帰れば片手の拳大で都会に家一つがぽんと買える程の価値があると言われている。
実際、その耐久率等の関係からこぞって研究者が目の色を変えて送って来るようにと五月蠅く言ってきていたくらいだ。それ程までに気になるのならば、ここまで取りに来ればよいのに……と、この国に来た者達は誰もが一度ならずとも思った。
祖国で、王命が発令された。
ていの良い厄介払いだろうと、選ばれたと言われた者たちは思った。
実際、王が住む都市には人が増えすぎて田舎から出て来た者達によってかなり治安も悪くなり始めてはいた。仕事を求めて地方から出て来たものの、だからと言って都会に仕事がごろごろしているかと言えばそうでもない。
元は、ここ数年の不況と不作が表立った原因だった。その裏では、自分達の私腹を肥やそうとした貴族と商人達の詰まらない画策があって跳ね上がった価格と税金により生活に困った人々が故郷を捨てて来たのだ。
その理由の一つには、今や地元民の半分は知っている何番目のかの王子と、上位貴族の息子達の「若気の至り」が絡んでいる……詳しい事はよく判らないものの、それによって幾つかの貴族や領地で動きがあったらしいので、突き詰めたら面白い事になるのかも知れない。なかなかにスリリングな覚悟が必要だろうが。
増えすぎた人と、不況と、その他の理由をすべてまとめて何とかする為に王は魔国に目を付けた。
魔国と言うのは魔族の住む地域であり、実際には国として認められていないと言われている。少なくとも、その国では魔族は人とは異なる生き物だから討伐対象として推奨されている……貴族ならまだしも、傭兵や少し田舎に行った地域では地元の名物料理として食卓を彩る良い素材として推奨されていたりするのは公然の秘密と言った所だろう。動物に近い種類で力が強く、特に繁殖期に取れる肉は美味しいと評判だ。肉だけではなく、骨も油も牙も皮も様々な流用が出来るので腕に覚えのある者は狩りとって税として納める事もあるらしい。
しかし、捕り過ぎたのか数を減らすようになって来てしまった。
自分達の国はどんどん飢えて行くのに、旅人の評判では最近では魔物やら魔獣やらがすっかり姿を消してしまっていると言う……つまり、魔物や魔獣が減っている。魔族の数が減っていると踏んだ王や貴族は、あっさりと問題を起こした王子の一人とその周囲の者達、ついでに「貴族にとって邪魔になっても利用価値がない者」達に適当なことを言って討伐隊として送り出した。
だから、これはていの良い遠回しな処刑なんだろう。
運が良かったのか悪かったのか、道中は魔物や魔獣が襲い掛かってくる事はほとんどなかった。そう言う意味では平和そのものだったが、逆に同伴していた騎士とは名ばかりのならず者や護衛として雇ったはずの傭兵達が起こす問題の方が比重としては大きかったのは皮肉と言う所だろう。ここで、下手に騎士の中で人をまとめる実力にたけていたり攻撃魔法を得意とした本人曰くの研究職とか言うのがいたので、本来は総責任者である筈の王子の所には後日談的に報告がなされるだけだった。ただし、とうの王子本人が面倒を嫌ったので容認したと言うのが最大の功労と言うものだろうか?
そんなこんなで、どんな道中か着実に魔国へと進軍を進める最中。状況を冷静に考えられる者は魔族からの襲撃や抵抗がなく、魔国へ入り込んでもほとんど魔国の者が姿を見せずに家を襲撃してもろくに家財道具さえもないと言う状況に訝しむ者もあった。
かと言って、王子もそうだが他の者も誰もが留まる事も帰る事も口にしなかった為に進撃を続け、最終的に他国では貴重な素材で作られた城まで辿り着き……やはり、つい今しがたまで誰かが生活をしていたのではないかと思わせるほど生活感の残り香の様なものがあったと言うのに、食べ物の一つも無ければ子供の一人もいないのだ。
これはこれでうすら寒いものを感じる者もあったが、まったく気にしない者達もいたので王子の一行は足並みが揃わないながらも城を制圧。人っ子一人見つからない状態のまま、数か月を過ごした。
衣類も無ければ商人も現れない為、討伐隊の持っていたものを使うだけで野宿よりマシ程度の生活ではあったが……それでも、雨風が凌げる環境と言うのはそこまで悪いものでは無かった。しばらくは。
故郷の国まで伝令を出したり、近場と思われる集落や人のいる地域まで人を派遣したりもしたが、何故か伝令は届いた事は届いた様だが戻ってくる際に事故が多発したりしたし。近隣と言われる地域も幾つもの山や谷を越えたりしなければならなかったし、選ぶ道によっては大きな池や川を越えなければならない所が幾つもある。この魔国は、魔国であるだけで天然の要塞だと言う事は地図を見れば広く知れ渡っていたと言うのも周辺諸国の者達が二の足三の足を踏むのに十分な理由だろう。
中には、はっきりと口に出す事は無かったが「何故お前達は無事なのか?」と言う疑問を持つ者もあったのかも知れない。だとしても、当事者である筈の彼らは誰一人として魔国の住人である魔族を見てもいなければ聞いてもいないのだ。旅の商人だと言う者が僅かな商品を提供してくれる事はあるが、かと言ってその者だとて魔族がどこに逃げたのかとか、そういう話は聞いていないのだと言っていたくらいだ。
そんな事もあり、平和と言えば平和で。そうでもないと言えばそうでもないと言う日々は続いた。
何故、襲撃者もないと言うのにそうでもないのかと言えば理由は幾つかある。
一つは、故郷とも連絡が取れず商人から仕入れられる品物が品薄で他国を侵略した割に勝ち星を挙げたと言う気運が高まらない事。その割に、王子を初めとした何割かの上の者が楽天家で無茶な命令をしているらしいと言う事……これは、旅の途中でも中心となった騎士と魔術師と、その部下達が中心になって抑えてくれたので命令が実行こそされていないが、人々はよく知っていた。
もう一つは、その品薄なものを巡って人々が小競り合いを始めていると言うのもある。やはり、この国も魔物や魔獣はほとんど出ないらしく。僅かに残って放棄されているらしい畑も収穫間近なものが手入れもされずに放置されているのが幾つもあったし、最初の間は毒の混入などを懸念していたりもしたが次第に緊張感が薄れて怠惰になって行くのも仕方のない事ではあった。
加えて、最初のうちに紛れ込んでいた鳥などの動物をは食べごろでは無かったものの。空腹に負けて勝利の余韻に流されて食い尽くしてしまったのも悪かったのだ、せめて鳥の卵や乳があれば僅かでも回すことは出来たかもしれないと言うのに。
ここで、元は農村部出身だと言う自称田舎者達がかなり役立ち、故郷への思いを思い出してしまったと言うのもあったのだろう。満腹になるほど賄えるだけのものを近場で仕入れるのが難しくなったせいか、遠出に出始めたせいか、何人かずつ姿が見えなくなる者も出て来たのである。
そうなれば、確かに食う人数が減れば一人当たりの食事量は増えるのだが……かと言って、状況は良くなるかと言えばそうでもない。逃げだしたのではないかと思い始める者も徐々に増えて来た事もあり、王子の機嫌は悪くなる一方だ。加えて、魔術師が気になって仕方がないと言って張り付いている城の前庭に当たる部分にでんとそびえ立つ黒い石……表面はつるりとしているが、明らかに人工的に誰かの手により削られたと思われる模様とつるつるに磨かれた部分は、見つめる者の顔すらはっきりと映し出しているくらいだ。
何となくと言う理由で王子は石の破壊を命じたが、断固として魔術師はそれを許さなかった……城と言うより、この魔国はとても素晴らしい魔術により快適な生活をする事が出来るのだが。それは、あくまでも城の中にある巨大な魔石に魔力を補充しているからこそ出来る事であり、そのほとんどを魔術師が行っているからこそ新たなる住民となった彼らもまた快適な生活を送れるようになっていた。その魔術師の機嫌を損ねては、井戸で力仕事をしなくても水を汲んだり出来る事などを引き換えにしていられる生活を捨て去るには惜しいと思った為に、魔術師がひっついて離れない事もあって石を破壊する事は出来なかったのである。
兵士
大変な事になったな、と言うのが共通の意見だった。
この魔国に派遣された時に、もう生き残る事は無いだろうと悲観していたくらいだった。下手に生き残ってしまった……この言葉が適切かどうかは判らないが、そうなったのは騎士団長となった男と魔術師長と呼ばれている二人の人物のせい……いや、おかげだ。
少し前、故郷の国では都市の半分の者が知っていると言われる王子とその一派のばか騒ぎがあったそうだ。詳しいことは知らないが、長男でも何でもない王子……つまり俺達を引き連れて来たガキが色々あって王の怒りを買ったそうだ。
元は美人だと噂の婚約者がいたと言うのに、その婚約者を捨てて平民の女と結婚するとか言い出したらしい……貴族やら王子やらは大変そうだなと言う意見しかないけれど、何でもおかげで王子は後ろ盾を無くすし、婚約者を捨てた事で王子として処刑こそされなかったけど魔国への進撃を任されたと言う名前の捨てられた王子を、その女とやらは捨てたらしい。そのあとは知らないが、美味い事をやったと言う事なんだろう……子供でも、所詮は女は女と言う事か。甘やかされた王子様が甘かっただけか、それは知らない。
ちょうどと言うか、地方では作物がかなり駄目な感じだったらしい。海も山もほとほと獲物が取れないと傭兵達が酒場で零しているのを聞いた。きな臭い感じが都でもしていたから、王命だと言う部隊の配属に関してはまあいいか程度の気持ちだった。
たぶん、どっちにいた所で危険の度合いとしては変わら無かったという事なんだろう。
魔物も魔獣も出ないし、当然魔族なんてものも出なかった代わりに獲物も出ない。そうなると、食い物が侘しくなるから人間関係がぎすぎすする……こうなると、料理人の立場がものすごく向上する。知り合いに一人いるから比較的環境は悪くなかったが、取り立てて良いとも限らない。偵察ついでに森の恵みを拝借するにも礼儀を弁えようとすると腹が膨れないと言う感じだ、中には都に残った方が良かったと嘆く奴らもいるが、どっちもどっちだろうと踏んでいる。
そんな折、良い予感は欠片もしなかったけど魔国に入り込んだ。話に聞いた天然要塞の国は、まるでついさっきまで誰かがいたかの様な感じがしていたのが最初感想だった。
お城に入り込んでも、どこを見ても、人っ子一人いない代わりにがらんとした空間だけが広がっていた。そのうち、魔術師が城の中で何かをやったらしくてあちこちで井戸もないのに水が出たり火もないのに明かりがついたりと大騒ぎになった。魔国は凄いんだと興奮していただけはある……俺にはついていけない。
しばらく……一か月くらいだろうか?
あるとき、騎士団長に就任した男が慌てて逃げろと街中を走り回っていた。何でも、もう直ぐこの都市は壊滅するらしい。どうしてそうなったのかと聞きまくっている奴らを横目に、あんなに黒い石の傍から離れなかった魔術師が一目散に城に向かって行った。
「んじゃ、こっちもそろそろ行こうか?」
「そうだな」
俺は、少し前にある人物と知り合った。
その人物は、この国の人物だった……何でも「君は鼻が利きそうだから、こっちの陣営に入るなら助けてあげるよ」と言われたのだ。久しぶりの酒で酔っ払っていたせい、と言う話もある。
その人物は、何だか難しいことを言っていた。
難しくて理解は出来なかったが……まあ、少なくとも命は助かるし。何ならもう少し平穏な生活を望むことも出来ると言うので話に乗ることにしたのだ。何でも、しばらくすると魔国を含めて故郷の国付近の国々が木っ端みじんに近い状態になるらしい。そんな風にならない様に魔国は作られたと言うか、結果的にそうなったらしいのだが。自分達の都合に合わせて魔国を滅ぼすつもりであの国が兵士を送り込んでくるのを知ったので一枚上手の魔国は「責任を取って、自分達のツケを払って貰おうと思って」と言う事で、何でも間に合わずに対策が取れない様にしたのだそうだ。その為、魔国の周辺には近場に国を作らせないようにしてなるべく他の国に被害が行かない様に、故郷の国と魔国だけが吹っ飛ぶように計画を練ったのだそうだ。
「皆には悪いと思うけど、たぶん数百年はこの大陸も使い道がないと思うんだ。だから、他の大陸に行ける様に取り計らって置いたからね」
故郷の国は内陸部にあった事もあって、海の向こうとか船とか泳ぐとか、そう言った事が出来る人物はほとんどいない。僅かに川とかで漁をする者が水に浮く事が出来る程度で、それでも日常的に泳いでいるわけでもないので大陸から出られる者はあまりいないだろうと言うのが予想だった。
もちろん、進軍してきた全員が助かるわけではない。その中でもろくでもないと判断された者は大陸と一緒に運命を共にしてもらうのだそうだ。
「しっかし……何度見ても不思議なもんだな。
まさか、あんなちびっちゃい子供にしか見えない坊主が魔王様だなんて」
「魔王様って、女らしいぞ?」
え、マジ?
魔王
と言うわけで、改めまして魔王と呼ばれています。
うん、騎士のお兄ちゃんも魔術師のお兄ちゃんもさっきぶり。
え、うちの国民? とっくの昔に避難させたけど? あんた等の国の自分勝手なわがままに巻き込んだら可哀想じゃない?
一応、曲がりなりにも「王」やってるんだから、人の上に立ってるんだから、そりゃうちの子は守るよ、当然でしょ?
ああ、そこの腑抜け王子じゃ無理だよねえ……あん? 文句なんて言ったって意味ないでしょ? もう、この大陸もあんたらの国も数百年単位でおしまいだし?
うちの国や魔族が? あんたらの国で悪さなんてするわけないじゃない、少なくともここ数年はそんな事ありえないね……私が王となってからは一切そんな事してないよ。だって、そんな必要ないもの。
元々、魔物って言うのは世界に淀んだものが凝り固まって出来たものだし。魔獣は、それが獣の中に入り込んで変質したものだからね。魔族だって、元は普通の人よ? 一般人。
普通の歴史書に書いてなくても王族なら王家の歴史書にあるでしょ?
かつて、この世界の神様ってやつがこの世界を作った時に少しばかり大きく作りすぎちゃったのよ。だから、この世界には異世界とつながっているらしくて異世界の知識とかを持っている人が割といたりする。けれど、その穴は放っておけばどんどん広がっていつか、この世界を壊してしまう。だから、この世界の人達はその場所をゴミ捨て場の様にぽいぽい人を捨てた、言わば流刑場だった……は? 罪人なんだからって何をしても良いとは限らないでしょ? 大体、それが本当に罪人だったと思ってるわけ?
そうよ、「自分たちにとって都合の悪い」存在をぽいぽい捨てたのよ。何しろ、力のない者が近づくだけで破滅する様な場所だったからね。仮に生き残っても、生命などコケも生えない場所で生き残るのはさぞかし大変だったと思うわ。
かなり時間がたって、それでも人は都合の悪い存在をぽこぽこ捨てて行ったのね。そのうち、何とか生き残る事が出来る人物が生まれ始めた……特に、あの土地で生まれたら耐性が付くんでしょうね、緑が生えて人が生き残るようになり、動物が集まり……長い時間をかけて土地は穏やかに変化して行ったわ。
忘れた頃になると、人はこの地の恩恵を横取りしようとし始めた。自分達が勝手に捨てて行ったのに、いざそこで生きる人が生まれ始めると土地は自分達のものだって主張し始める自分勝手なバカが出る様になった。でも、この土地は元は不毛の土地。根本的な造りが違うのよね、何度も挑んでは負けた彼らはこちらを魔族だと言い始めて蔑みながら勝てないのに逃げまくると言う情けないルーティンを始めたそうよ……私はその頃生まれてないんだし、あんただってそうでしょ? 人の事を嘘つき呼ばわりする前にきちんと調べた上で言ってるんでしょうね? この国の礎もまともに動かせない様な情けない無能が吠えるなんて一千万年早い!
ええと……それで、何だったかしら?
ああ、そうそう。そんな不毛な話が何度も続いたから、いい加減に私も飽きちゃって……就任してから小競り合いだけで3回はあったのよ。だったら、あいつ等が言う様に土地を納めて貰おうじゃないって事にしたってわけ。
だって、この土地を抑える為だけに存在するなんてもったいないじゃない? だから、しばらく他の土地を見て回ろうと思ってね、あんだけ大言壮語をはいてるんだもの、あんた一人で納めなさい?
大丈夫、あんたの親兄弟も知ってるから。まあ、こっちに来て一緒に抑えようとするか、この大陸から逃げるかの二択しかないんだけどね。
お城の入り口のモノリスは、この大陸の歴史書であると同時に一定以上の魔力を持っていると一時的に外部から土地を抑える事が出来る制御装置の役割なのよね。でも、普通は一定以上の魔力を持っている存在が玉座につけばこの大陸からあふれ出ようとする魔力を勝手に調整してくれると言う風になっているの。
つまり、あんた達の言ってる魔王って言うのは「魔力でもって世界の調整を行っている王」と言う事であって。魔獣や魔物、ましてや魔族の王じゃないのよ。魔族は勝手にこっちを慕ってくるし、魔物も魔獣も人の悪意から生まれる存在。人が存在し続ける間、ずっとあいつらは存在するって言うのに、こっちがどうこうなんて出来るわけないでしょ?
は? なんでこの国を見捨てるかって……あのさあ、さっき言ったの聞いてた?
あんた達のあほ面見てるのが嫌になったの、やってもいない罪を擦り付けられるのも。難癖つけてこっちに言う事を聞かせたいって言うのも、なんで付き合ってやらないといけないのよ? バカバカしい。
元は、あんた達がずっと寄越せって言ってたんだから。綺麗さっぱりくれてやるって言ってるのよ? もっと喜びなさい? こっちは、そっちの国がガタガタになって土地が落ち着いた頃に次の世代が戻ってくれば、それで一安心よね。きっと。
見所のある人たちは脱出するようにしてあるし、お兄ちゃん達も逃げた方がいいわよ? そこの王子は許さないけど、お兄ちゃん達は皆に慕われてるしね。
……そうそう、王子の家族はどうすると思う?
終わり