オモイデのお弁当
皆さんは、お母さんのお弁当の思い出は有りますか?
ワタシのお弁当の思い出は……
アレは、近所で大人気の「万得屋」女主人が、一人で切り盛りするお弁当屋。
安くて美味いので、サラリーマンのランチタイムや、主婦のお昼。子供の遠足や運動会にも引っ張りだこだった。
ボリューム満点で三百円という破格に誰しもが喜んでいた。
「お、オタクも万得弁当ですか? イヤ、僕もなんですよ」
「アソコは、コンナに沢山の肉を使って居るのに、三百円なんて、小遣いを減らされたサラリーマンに優しいですな」
「ハッハッハ、しかし、お昼が万得弁当なら、モット小遣いを減らして良いでしょ? なんて云われかねませんなあ」
ナンテ会話は日常的にあった。
お腹を空かせた学生たちも、万得弁当にお世話になっている。
「ホントに、コンナに豪華で三百円なんて、コノ肉、牛や豚じゃナイんじゃない?」
「あり得るな、野良犬を捕まえて来てたりしてナ。最近野良犬見なくなったじゃん」
「確かに……デモ、保健所が、野良犬を捕まえて回ってるって話も聞いたぞ」
ソンナ噂も立つほどに、評判で有った。
かく言うワタシも、毎日のように「万得弁当」を食べていた。
でも、ワタシの「万得弁当」は、皆が言うほど豪華でも無かったし、お肉が多いナンテ事も無い普通のお弁当だった。
入れられているお肉も、鶏肉や豚肉とハッキリ分かったし、皆の言う、お得感も感じなかった。
幾日か経った有る夜、お友達と二人で「万得弁当」を食べる事が有って……お友達のお弁当の方には、ウワサの大きなお肉が入っていた。
ソレを見たワタシは、ヤット今日こそ大きなお肉が食べられると思って、ワクワクして蓋を開けた。自分の方にも入っていると思ったのに……いつもの様子。
落ち込むワタシを見て、お友達が申し訳なさそうに、半分あげよっか? なんて言うもんだから、一口だけ貰おうとしていた。すると、部屋の奥から母の声がした。
「コラ、人のお弁当を取るんじゃ無いよ。ちゃんと自分のをお食べ」
「ダッテ、ワタシのお弁当、いっつも大きなお肉が入ってないんだもん」
母は、分けて貰おうとするワタシを鋭く睨む
「ソンナ事よりココラ辺で、怖い事件が沢山起きているんだ。あまり夜遅くに出歩くんじゃないよ。さらわれて仕舞うよ?」
母の言い方がキツかったもんだから、お友達は、お弁当を口一杯にソソクサと詰め込んでから、逃げるように帰って行った。
ソシテ、ソノお友達とは、ソレキリ二度と会えなくなった。
帰り道の公園の脇で、頭だけが見つかったのだ。お友達の首から下は、三百人体制の警官たちが、どんなに探しても見つからず、捜査は迷宮入りかと思われた。
ワタシは悲しくて、ただ泣いていた。
ソノお友達のお葬式にも「万得弁当」
変わらず大きなお肉が入っていた。
弁当を食べる人たちからは、今日のお肉は何時もより柔らかいね、ナンテ会話が聞こえてきて、どうしても食べたくなって一つだけ食べた。ソレは凄く美味しくて、鶏や豚や牛では無い、何とも言えない味がした。二つ目に手を伸ばそうとしたところで、母がワタシの手を叩いて怒った。
「お肉を食べてはイケません!」
ズット、なんでワタシだけ食べたら駄目なの? って疑問に思っていたけれど、普段は優しい母だから……ワタシが我慢すれば良いだけだと、何も言わなかった。
ある日、ニュースで衝撃的な事件があった。
町で人気の弁当屋の女主人が逮捕されたという。ソノ近辺で、最近起こっていたバラバラ殺人事件の容疑者として……
それ以降、「万得弁当」は姿を消した。
町の人たちは、一体アレが何の肉だったかなんて話はしない。真実が思っている物で正解だったら、と思うとトテモやりきれないから。
皆は、弁当の材料が事件と関係無い事を祈るだけしか出来なかった。
でも、ワタシは真実を知っている。何で知っているかって?
二つ目を食べようとしたときに、「万得屋」の女主人でもあった、お母さんがこう言ったから。
「お友達を食べちゃあ駄目よ」
ってね。
コレが、ワタシのお母さんのお弁当の思い出なんです。