ゴミの町①
EP2 ゴミの町
眠りからルナは覚醒する。
見慣れぬ天井が視界にあった。
そこで昨日、ルージュのアパートに案内されたのを思い出す。
ベッドの上にいる感覚が不思議なものだった。
ずっとカプセルの中にいたのだ。
あそこは天国でもなく地獄でもなく、生でもなく死でもない。
虚無の場所だった。
時折、わずかに意識が目覚めるがそれもすぐに消えていく。
こんなにハッキリと意識があるのは人生で初めてなのだ。
ピンクのパジャマで起き上がり、ベッドに座る。
隣ではルージュがすやすやと眠っている。
睡眠時でもあのライダースーツのままだった。さすがにレザージャケットは脱いでいたが、眠るには苦しそうな格好である。
――それにしても黙っていれば美人だね~。
ルナはそう思ってルージュの顔をのぞき込み微笑む。
枕元にあった長方形の板のような通信デバイスを手に取る。
昨日、衣服と一緒にサイファーから送られたものだった。
液晶には時刻は朝の九時と表示されている。
起きるにはちょうどいい、いや少し遅いくらいの時間だ。
ルナはベッドから離れ、窓から空を見上げる。
――本当に太陽はないんだな。
空は昨日の夜と全く同じ模様をしていた。月と星が輝くだけ。
決して日の光が昇ることはない。
冷蔵庫に行き中身を確認する。
ベーコンと卵が少しあるのみだった。
それを取り出してコンロでフライパンに火を入れ、料理を始める。キッチンにはパンもあったのでオーブンに入れてトーストに。
インプラントメモリーは一般的な常識は備えてくれていたようだ。
しかし中途半端な覚醒の影響で、知識もまた中途半端なものが備わってしまっているのが現状だ。
――もし全部のメモリーがインプットされていたら私はどうなっていたんだろう。
推測ではあるが、ルナを創造した人間はただの一般常識をインプットしたかったわけではなかっただろう。
何かしらの記憶も植え付けたかったはずだ。
もしそれがなされていたら、少しは今と変わっていたのだろうか。
「考えても仕方ないか」
どのみち偽物の記憶であるのは間違いないのだ。
そうであれば今の方が幾分かはましだろう。
料理が出来上がり皿に盛りつける。
「偏ってんな」
目玉焼きとベーコンとトースト。
野菜がないのだ。冷蔵庫にないのだからしょうがない。
相方の分と二つ用意した。
ルナは相方を呼び出そうとベッドに歩く。
「おーい、起きろ。朝だぞ~」
ルージュに向かってそう言うが反応はなかった。すやすやと気持ちよさそうに眠っている。
「こういう時はアレだな」
ルナはベッドに上がり、ルージュの上に跨がる。
そしてルージュの唇に己のそれを近づけた。
唇と唇が重なり合う。
さらにルナはそこから舌を入れた。
ルージュがハッと目を覚ます。見る見る顔がタコのように真っ赤に変わっていく。
それでようやくルナは唇を離す。
「お、やっと起きたか」
「な、な、な……」
ルージュはグルグルと目を回している。
「何すんのよ、朝っぱらから!」
*
「全く、なんて目覚めよ……」
テーブルを置いていないので、床に座ってパンを頬張りながら、ルージュはため息混じりにそう呟く。
「いいじゃねえか。ばっちり目は覚めたっしょ?」
「そう言う問題じゃないのよ。次やったら拳骨だからね」
「そんなに怒んなって。アッハッハッハ!」
笑いながらルナはルージュの背中をバンバンと叩いてくる。
昨日はもうちょっとしおらしかった気がしたが、緊張と混乱のせいだったのだろう。たぶんこれが本来の彼女のスタイルなのだ。
――この先やってくのが不安だわ。
ルージュは胸の内で愚痴をこぼすのだった。
「それにしてもよ相棒」
「その呼び方で定着なのね……」
「冷蔵庫の中身、少なすぎないか? いつも何を食ってんのさ?」
「カップラーメンを三食」
「それ栄養大丈夫かよ」
「問題ないわ」
ルージュはきっぱりと言い放つ。
「アンタにも関係なくはない話だから言っておくけど、シードをその身に宿す存在にとって動力源を生み出すエネルギーは超力よ。その超力はシードが感情を食べて生み出されるものなの。だから食事は大したエネルギー源にはならないわ」
「取らなくても問題ないってか?」
「なくても問題はなく生きていけるわ。栄養よりもむしろおいしいだの不味いだの、そう言った感情の芽生えの方がよほど栄養になる」
「あんまり意味ないのか。でも一応食べてはいるんだな」
「そうね。別に全くエネルギーにならない訳じゃないし、それに……」
食事にはそれ以上の理由があった。
「自分が人間だったことを忘れたくないのよ」
ノワールが食事をするというのはそう言う意味合いの方が強い。
体が化け物に近くとも、自分は人間なんだと言い聞かせているのだ。
食事が終わり二人で食器を洗って片づける。
「ルナ、これから一緒に出かけるから準備して」
「どこ行くんだい?」
「鉄道の駅よ」