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この素晴らしい経歴に祝福を

「本日は、ゲストとして経済評論家のホラティウス吉田さんをお呼びしています。ホラティウスさん、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

ニュース番組が始まった。
コメンテーターの仕事は何度もしているが、やはり緊張してしまう。
今日が、私の人生が破滅を迎える日になるかもしれないからだ。

私の名は、ホラティウス吉田、32歳。ローマ皇帝の血を引く、イケメン経済評論家だ。自分で言うのもアレだが、私には輝かしい経歴がある。

ハーバード大学経営学部を卒業、さらに生物学、心理学、インド文学で学位を取得。ビジネス英語のプロであり、私の著書「異世界に転生しても使えるビジネス英語のチートスキル」は、100万部を売り上げた。世界評論家認定協会からは、経済評論家、科学技術評論家、スポーツ評論家、軍事評論家、変態評論家の5つの称号を授与された。共同経営者のジェイムズと運営する企業であるIMCイマジナリーコーポレーションは、これまでに多くのプロジェクトを成功させてきた。


まあ、この経歴ほぼ全部ウソなんですけどね。

ハーバード大学は、オープンキャンパスに行っただけだ。もちろん、学位など取っていない。
両親は共に、日本人。私は生まれも育ちも大阪だ。
私の本名は、ホラティウス吉田ではなく、吉田小五郎だ。
世界評論家認定協会に至っては、そもそも実在しない架空の団体である。
共同経営者のジェイムズも捏造だ。

ちなみに、ビジネス書を100万部売り上げたのは本当だ。もっとも、ゴーストライターに書いてもらったので、なぜ売れたのかは私にもよく分からない。

要するに、私は、ただのおっさんなのである。
これは自分でも酷い経歴詐称だと思う。

でも、仕方ないじゃないですか。芸能事務所に入る時になんかすごい経歴書けって言われたんですから。

とにかく、一度嘘をついたからには、最後まで隠し通さないといけない。
バレたら、私の人生は終わってしまうんだから。

「さて、まずは経済ニュースのコーナーです。先程は紹介できなかったのですが、本日はもう一人素敵なゲストを招いています。東京大学経済学部教授の金本多目流かねもとためる教授です」
「こんにちは、金本です。今日は、ホラティウスさんと共演できることを光栄に思います」

最初にして最大の鬼門、経済ニュースのコーナーだ。
私の専門(と偽っている)こともあり、シビアな質問が来ることが予想される。
勿論、この分野に関しては、日夜勉強を積んでいるが、それでも本当の専門家と渡り合うのは辛い。
今日の共演者は、東大経済学部の教授だ。
かなり厳しい戦いになりそうだが、何としても隠し通さなければ。

大丈夫、日経の社説はちゃんと読んできた。
そんな風に自分に言い聞かせる。

大きな画面に、混乱する世界経済の様子が映し出される。
今日の話題は、中国政府による市場介入とそれに伴う、世界の株式市場の混乱。
その映像を見ながら、予想される質問への回答を必死に考える。

映像が終わった。
例の東大教授は、どんな質問をしてくるのか。
私の緊張は最高潮に達していた。

「ホラティウスさん、早速なんですが、中国政府による市場介入がサブジェクティブだということが話題になっているんですが、それについてはどうお考えでしょうか?」

これは、よく聞かれる質問だ。家での予習はバッチリしてある。
大丈夫、いつも通りの回答でいこう。

「私は、この市場介入はどちらかというと、オブジェクティブなんじゃないかと思いますね。この対応は、他に選択肢がない結果としてのアンビバレントな対応だと思います」
「オブジェクティブな対応ですか。そういう考え方もあるとは思います。まあ、私はそうは思いませんけどね」
専門家は少し訝しげな表情をしている。
だが、これでいいのだ。
テレビを見ている視聴者のほとんどは、経済の素人。
的当に難しそうな専門用語を言っておけば大丈夫なものなのだ。

今度は私が、質問する番だ。
いつも通りのアレで行こう。

「じゃあ、逆に聞きますけど、どうしたら世界のイノベーションのポテンシャリティーは、パーマネントにレギュレートされていくと思いますか?」

私の質問にしばらく沈黙する教授。
しかし、すぐに的確っぽい回答をしてくれた。

「株式市場のパースペクティブな動きに対して、アサーティブで、フレキシブルな対応をしていくことが重要だと思います、ハイ」
専門用語だらけで意味はよく分からないが、なんか凄そうな回答だ。
さすがは東大教授、ニセ評論家の私とは格が違う(と思う)。
とにかく、これで山場は超えた。

その後も、私と東大教授の議論は続いた。

我々の白熱したやり取りに、ニュースキャスターは全くついていけなかったらしい。おそらく、視聴者もわけの分からない専門用語だらけで、意味不明だったに違いない。経済評論家を自称する私ですら、自分でもよく分からないのだから。

「なんだか私には意味が分かりませんが、とにかく凄い討論でした。それでは、続いてのニュースです」

ニュースキャスターの言葉で画面が切り替わり、閑静な住宅街の様子が映し出される。

「今日、女子高生に猥褻な行為を働いたとして、35歳無職の木藻元滑流きももとなめる容疑者が逮捕されました。警察の調べに対して、容疑者は『女子高生の温もりを感じて、一つになりたかった。フヒィいいいいいいい』などと意味の分からないことを供述しており……」
ニュースキャスターが、事件の概要を淡々と、語ってゆく。このような事件のニュースについては、専門的な意見を求められることがないので、余裕を持って臨むことが出来る。

「さて、ホラティウスさんは、経済評論家であるだけでなく変態評論家でもあるんですよね。というわけで、ホラティウスさんにこの容疑者の行動心理についてお聞きしたいと思います」
変態評論家? ああ、そう言えばそんな肩書きも自称していた。
というか、これは地味にピンチだ。
変態の心理なんて、私には分からない。
ここは、通信教育で学んだ心理学の知識と自身の経験をフル活用して、乗り切るしかない。

「そうですね、この容疑者はきっと自らの内に湧き起こる衝動を抑えられなかったんだと思います」
「内に沸き起こる衝動ですか……」
「そうです。人間には、無意識に秘めたもう一つの人格であるイデアというものがあるんです。おそらくこの容疑者は、ストレスをため込み続けた結果、イデアが暴走してしまったのでしょう」

これは、全くの大ウソだ。
もし、この場に心理学の専門家がいたらヤバかった。
しかし、ウソは堂々とつくのが、バレない秘訣だ。
この十年間、ウソをつき通してきた私が言うんだから間違いない。

「しかし、内に沸き起こる衝動というのはそれほど危険なんですね」
「生物学の世界には、ストレスは種を滅ぼすという言葉があります。ストレスをため込み過ぎるのは非常に危険なことなんですよ。あのアンモナイトも内に沸き起こる衝動を抑えられなかった結果、絶滅したという説があります」
「生物学的視点から、物事を見れるなんてホラティウスさんはスゴいですね」
ニュースキャスターは、感心しているようだ。

なお、生物学の世界に私が言ったような言葉はない。
アンモナイトの絶滅に関する説も、全くのデタラメだ。
【ウソをつくなら、出来るだけ大きなウソをつけ】
かの有名な独裁者の言葉に、不覚にも納得してしまう自分がいる。

いつも、私はこんな風に危ない橋を渡りまくっている。
ここまでホラを吹いて、バレないのが逆に不思議だ。

その後も、スポーツコーナーやお天気コーナーなど様々なカテゴリのニュースが続いた。私には、度々質問が飛んできたが、あらかじめ想定していたものばかりだったので、私は難なく回答することが出来た。

「おっと、番組終了のお時間が来てしまいました。ホラティウスさん、金本教授、ありがとうございました」

番組が終わった。
私は、今日も自分のウソがバレなかったことに心から感謝した。

            *

ゴトン。
自販機が缶コーヒーを吐き出す音が、部屋に響く。

放送局の10階にある休憩室で、私は缶コーヒーを飲みながら、夜の摩天楼を見つめていた。

私は、大きく溜息をつく。

ウソがバレずに済んだという安心感の一方で、私は耐えがたい罪悪感と恐怖に苛まれているのだ。

確かに今日は、隠し通すことが出来た。だが、一体いつまでこの茶番を続ければよいのか。もう、いっそのこと自分から全てを告白したほうが良いのではないか?

そんな疑問にいつも負けそうになる。

だが、私は諦めない。

いつかはウソがバレて、私は社会的に抹殺されてしまうだろう。
それでも、メッキが剥がれるその日まで、黄金の像を演じ続けてやる。

「ジェイムズ、私は最後の一秒まで戦い抜いてやる。世間を欺き倒してやるよ」
大都会東京の夜景をバックに、共同経営者(捏造)のジェイムズを心に思い浮かべながら、自らの決意を宣言した。

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