04
黙々と服を着ていたヴィオレに、カーテンの向こう側から声が届く。
「服を着終わったら右足を診るよ」
「……え?」
思いがけない言葉に、ヴィオレは御堂の方を向いた。垂れ下がった白い布の奥から、御堂が続けて言う。
「最初の着地で足を痛めたんじゃないか? 帰投に時間がかかったのはそのせいだと思ったんだけど」
ヴィオレは思わず口をつぐんだ。
効果範囲の限られた念動力は、攻撃と防御を同時に行うことに向いていない。自ら動き一点に集中して圧をかける攻撃か、一歩も動かずあらゆるものの接近を許さない防御か、どちらかを選ばなければならない。
御堂の言う「最初の着地」で、ヴィオレはペストの腰骨を折り、ある程度の機動力を削いだ。右足の先に念動力の圧を集中した、腰骨への直接攻撃だ。攻撃と防御は両立できないのだから、着地の衝撃は自分の体さばきでなんとかしなければならない。
その体さばきを、ヴィオレはしくじった。ごまかしているつもりだったが、御堂には通用しなかったらしい。
「……別に、たいした怪我じゃ」
「それは診てから判断するよ」
すげなく言った御堂に、ヴィオレは再び閉口する。
彼は厳しいことをほとんど言わないが、ことハイジアの身体的なコンディションについてはかなりうるさい。ヴィオレからすれば心配性に見えるほどだが、ハイジアの体調がそのまま浅間の防衛力に繋がるという点では合理的な行動だ。
ただし、御堂の言動をかんがみるに、浅間の防衛よりハイジア個人個人への心配が根底にある、とヴィオレは推測している。
ヴィオレはしらを切ることを諦め、下着類とパーカー、キュロットスカートを着てカーテンを引いた。白い布で隠れていた御堂がもう一度視界に入る。
目立ったところなど、ほとんどないような青年だった。細かい作業で邪魔にならないよう短く切られた髪は、通常の──ハイジアではない──人間であることを示す黒色。よれた白衣を気にすることなく着ているのも、浅間の科学者の間では珍しいことではない。
特徴を探すとしたら、他の学者のほとんどがつけている分厚いレンズの眼鏡をつけていないことくらいだろうか。それだって、外見的特徴としてあげるには弱すぎる。
「それじゃ、座って」
指示に従い、ヴィオレは簡易ベッドに腰掛けた。御堂はキャスター付きの収納棚を引っ張ってきて、ベッドの脇に置いてあった背もたれのない椅子に座る。
収納棚に入っているのは、消毒液や包帯などの医療品だ。
御堂が自分の太腿を二度叩く。ヴィオレが右足をその位置へあげれば、すぐに診察は始まった。
「痛かったら言ってくれ」
決まり文句を言う御堂だが、遠慮がちに行われる触診は痛いというよりくすぐったい。どちらの方が楽、というものでもないが、少し痛いくらいの方がまだ耐えようがある。
捻挫だね、と所見を述べた御堂は、患部から目を反らさずに収納棚からテーピング用の包帯を取り出した。必要な可動域を残しながら関節を固定し、上から薄地のサポーターをかぶせる。
「立ってみて、どこかきつくないか?」
こそばゆさから解放され、ヴィオレは床へ足を下ろした。