第70話 デートと呼ぶにはあまりに貧相な
「隊長は今頃何を食べてるんですかね……隊長は高位のお公家さんだから……懐石料理とか?それに比べて私達は……これって本当にデート?」
アメリアはそう言ってため息をついた。隊を出てから三時間。結局二人はどこに行くかを決めることすらできずにぐるぐると千要県北部の国道をウロチョロするだけだった。
その国道沿いのハンバーガーチェーン店で誠とアメリアはハンバーガーを食べていた。とりあえず豊川の中心部から少し離れた沼沿いのこの店の駐車場に車を止めて二人で今日することを話し合うためにこうして軽い昼飯を取ることにした。
「しかし、私達だとどうしてこう言う食事しかひらめかないのかしら。食通のランちゃんなら結構名店とか紹介してくれたかもしれないのに……これは失敗したかも。もう少し計画を練ってから出かけるんだったわ」
そう言ってアメリアはポテトをつまむ。
日ごろから給料をほとんど趣味のために使っている二人が、おいしいおしゃれな店を知っているわけも無い。それ以前に食事に金をかけると言う習慣そのものが二人には無かった。
「でもこの辺りには遊ぶ場所が何もないわね。まあ『ふさ』を管理してる艦船管理部の『釣り部』の連中なら喜ぶんじゃないの?印藤沼があるからブラックバスでも釣るんじゃないの。私は釣りは興味ないから。と言っても汚染率東和でトップテンに入るあの沼で連中が釣りをしたがるとは思えないけど」
この付近の観光名所と言えば湿地帯が広がる印藤沼くらいしか誠にも思いつかない。そもそも乗り物に弱い上に友達のほとんどいない誠に観光名所など初めから無縁な存在だった。
「あの、それじゃあ何のためのデートか分からないじゃないですか。でも僕も思いつくところは有りませんよ。それに今日は木曜だから映画は明日から新作が始まる日ですからどうせろくなのやってないでしょうし」
アメリアの言葉に呆れて言葉を返す誠だが、その中の『デート』と言う言葉にアメリアはにやりと笑った。
「デートなんだ、これ。誠ちゃんの初デートに相手になれて光栄だわ」
そう言ってアメリアは目の前のハンバーガーを手に持った。誠は耳が熱くなるのを感じながらうつむく。
「じゃあこれはさっき誠ちゃんが払ったハンバーガーの代金は誠ちゃんのおごりと言うことでよろしく」
食事を終えたアメリアはそう言うと笑顔で立ち上がった。
「あの、いや……その……あの……今月は僕も結構ピンチなんで……あの……その……」
誠は自分の口にした言葉に戸惑った。給料日までまだ一週間あった。その間にいくつかプラモデルとフィギュアの発売日があり、何点か予約も済ませてあるので予想外の出費は避けたいところだった。
「冗談よ。今日は私がおごってあげる。誠ちゃんの給料くらいは知ってるわよ、普通の女の子だったらそんなことも知らずに誠ちゃんに払えって言うでしょうけど……優しいでしょ、私は」
アメリアは涼しげな笑みを浮かべるともたもたしていた誠が手にしたハンバーガーを奪って自分の口に運んだ。
「良いんですか?確か今月出る落語の動画を揃えるって言ってたじゃないですか。レーザーディスクって結構するんですよ。僕もよく買いますけど」
趣味人のアメリアも自分の趣味に相当な額を投資している。アメリアのその事実を知っているので誠も遠慮してそう言った。
「誠ちゃん。そこはね、嘘でも『僕が払いますから!』とか言って見せるのが男の甲斐性でしょ?まあ、その甲斐性が無いから彼女いない歴年齢なんでしょうけどね」
明らかに揶揄われている。誠はアメリアにそう言われてへこんだ。
「でもそこがかわいいんだけど」
さりげなく小さな声でアメリアはそうささやいた。
「なんですか?今、何か言いました?」
アメリアのささやき声が良く聞こえなかった誠はそう聞き返した。
「別に何でもないわよ。行くわよ。こんなところでいつまでも時間を潰していてもつまらないだけだわ」
アメリアはそう言っていつもの糸目をさらに細めて満面の笑顔で誠を車へと誘った。